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家康は二条城の周囲を弓矢で囲み、秀頼の影武者である木下みつおを討ち取ろうとする

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 二条城では既に、秀頼(ひでより)に扮(ふん)した木下みつおを討ち取るための準備が整っていた。正則が付き添ってきたのは誤算であったが、家康としても今さら後へは引けない。正則(まさのり)を始めし、秀頼(ひでより)の家臣ら諸共(もろとも)、討ち取るつもりでいた。正則らは恐らく、必死の抵抗を試みるに違いないが、家康は既に、城の周囲にびっしり弓矢を構えさせた家臣を配していた。正に包囲というヤツであった。

 みつおが正則ら一行と共に二条城に足を踏み入れた途端(とたん)、家康の合図でもって射掛(いか)ける算段であった。まず家康が本心とは裏腹にニコニコと庭先まで秀頼(ひでより)を…、木下みつおを出迎え、そしてそれに続く正則ら一行が全員、城内に入ったところで家康は素早く身を翻(ひるがえ)して、木下みつおの元から離れると、手を上げる。それこそが弓矢を射掛(いか)ける…、みつおらを射殺(いころ)す合図であった。

「みつおや正則と共に…、清正や幸長(よしなが)も射殺(ころ)すことが出来れば、一石二鳥、どころか三鳥よ…」

 家康はニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。清正も幸長(よしなが)も鳥羽にて、みつおの姿を目(ま)の当たりにして、影武者だとすぐに気づいた筈だ。当然、正則に詰問(きつもん)したであろう。いや、もしかしたらその影武者であるみつおを斬り捨てたやも知れぬ。

 だが逆に、清正にしろ幸長(よしなが)にしろ、正則の意を汲んで、みつおが影武者であるのを承知の上で、二条城までみつおを秀頼(ひでより)として連れて来るやも知れなかった。その場合には家康にしてみれば清正と幸長(よしなが)は正則同様、「有罪」であり、清正も幸長(よしなが)も射殺(いころ)すつもりであった。

「その方が、かえって手間が省けて良いやも知れぬわ…」

 家康としてはいずれは清正も幸長(よしなが)も、そして勿論、正則も「処分」するつもりでいた。豊臣恩顧の諸大名の中でもとりわけ豊臣家に心を寄せる正則、清正、幸長(よしなが)の三人は家康にしてみれば正に、

「目の上のたんこぶ」

 どころか危険極まりない存在であり、いつの日か改易に追い込むつもりであった。それゆえこうも早くに「処分」する機会が巡ってきたのだ。しかも改易などと生易しいものではなく、実際にその命を奪うことが出来るのだ。家康としては改易にするよりも命を奪う方が、

「枕を高くして寝られる…」

 というものであり、それゆえ正則らの命を奪うことが出来る機会が巡ってきたので、笑みがこぼれ落ちるのも当然といえば当然であった。

「いや…、その前に義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)を避難させねば…」

 みつおや正則らの他にも、鳥羽まで秀頼(ひでより)に扮(ふん)したみつおを出迎えさせるべく、家康は実の倅(せがれ)である義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人を遣(つか)わした。本当は大事な倅をわざわざ影武者のために遣(つか)わす必要などなかったが、それでも大事な倅を鳥羽まで出迎えにやらせることについては既に秀頼(ひでより)サイドに伝えてあったからだ。影武者のみつおが仮にそのことを知らないにしても、みつおに付き添う正則らは知っている筈であり、にもかかわらず義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の姿がそこになければ、

「何かに勘付くやも知れぬ…」

 家康はそれを恐れ、気が進まなかったが、予定通り義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人を鳥羽までみつおの出迎えにやらせたのだが、

「それなら…、高虎(たかとら)にしろ輝政(てるまさ)にしろ、このわしに正則が付き添うて来たことを、わざわざご注進に及ぶべく戻って来るなら、義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人も一緒に連れ帰って来るぐらいの機転を利かせても良かろうものに…」

 家康はそう思わずにはいられなかった。高虎(たかとら)も輝政(てるまさ)も決して気が利かぬ方ではなかった…、それどころかむしろ気がつく方であったが、正則が付き添ってきたことによほど動転したのであろう。いつもの高虎(たかとら)や輝政(てるまさ)なれば、義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人を連れて来るぐらいの機転を利かせたであろうが、しかし動転したあまり、機転が利かなかったということであろう。

「全く…」

 家康は爪を嚙まずにはいられず、思わず高虎(たかとら)と輝政(てるまさ)の方を見た。高虎(たかとら)も輝政(てるまさ)も家康のご機嫌(きげん)を取るべく、家康の家臣と共に弓矢を構えてみつおが来るのを待ち受けた。場合によっては…、どころかほぼ確実に正則をも…、これまで同じ釜の飯を喰った仲の正則をも、それに同じく清正や幸長(よしなが)までも、討ち取ることになるやも知れないにもかかわらず、高虎(たかとら)も輝政(てるまさ)もそれを承知の上で弓矢を構えたのであった。家康はそんな二人を恨めしそうに見たものの、今さら二人を…、機転を利かせられなかった二人を責めてみたところでどうにもならぬと思い至り、視線を前へと…、みつおが正則らを引き連れて現れるであろう大門の方へと戻した。

「身を翻(ひるがえ)す前に何としてでも義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人をみつおの元より、引き離さねばならぬが、さて如何(いか)にして…」

 義利(よしとし)と頼将(よりのぶ)の二人がそれこそ、人質にでも取られたら大変だからだからだ。
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