お墓参りの後には一服どうぞ

ご隠居

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再生 ~最期の墓参り~ 1

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 小雨こさめがちらつくなかでの墓参はかまいほどいやなものはなかった。

 折角せっかくった一対いっついはなあめがかかり、はな可哀想かわいそうであった。

 それなられのおとずれればさそうなものだが、しかし、おとこにはどうしても今日きょうでなければならない理由わけがあった。

「いや…、いくらでもあったよな…、墓参はかまいりにおとずれる機会きかいは…」

 おとこあめたれながらはか掃除そうじをしつつ、自嘲じちょう気味ぎみにそんなことをおもったりした。

 たしかにそのとおりだからだ。おとこにはこれまでにも墓参はかまいりにおとずれる機会きかいはあった。それもれのに。

 だがおとこはそれをおこたった。

 いや、おとこにしてみれば今日きょう、こうして墓参はかまいりにあしはこぶまでは墓参はかまいりをおこたったという意識いしきすらなかったであろう。

 それどころか孝行こうこう息子むすこだとすらおもい、そうしんじてうたがわなかった。

 おとこ霊園れいえんそなけの布巾ふきんでもって綺麗きれいみがいているはか父親ちちおやねむはかであった。

 おとこみがけばみがほどに、はかかがやきをした。それはけっして比喩ひゆではなく、実際じっさい黒光くろびかりしていた。

 はか国産こくさん御影石みかげいしであり、てるのにゼロが七桁ななけたもかかったが、しかしおとこにしてみればそれが親孝行おやこうこうになるとしんじており、なによりそのおとこにとってはゼロが七桁ななけたであろうとも、

みぎからひだりへと…」

 どうにでもなったので、しくはなかった。

 だがそのあと御世辞おせじにも親孝行おやこうこうとは言えなかった。

 おとこ父親ちちおやのために立派りっぱはかてただけでしとし、以後いご一度いちど墓参はかまいりにおとずれることはなかった。

 いや、それでも母親ははおや健在けんざいであったころにはこのおとこもとい不肖ふしょうせがれわって父親ちちおや…、母親ははおやにとってはおっと墓参はかまいりをかさず、それゆえはか見事みごとかがやきをはなっていた。

 だがその母親ははおや足腰あしこしよわくなり、墓参はかまいりにおとずれることも出来できなくなると、はかはすっかりほこりまみれた。

 無論むろん霊園れいえん管理かんり事務所じむしょがそれなりに管理かんりをしてくれるので、てることはないものの、それでもあくまでも、

「それなりに…」

 ぎず、綺麗きれいみがいてくれることはなかった。

「これで今日きょうれだったら、もっとかったんだけどな…」

 おとこにとってはそれが唯一ゆいいつ心残こころのこりであった。

 たしかにれていればはかはなかがやきたるや、もっとえたにちがいない。

自業自得じごうじとく、か…」

 おとこ内心ないしん、やはり自嘲じちょう気味ぎみにそうつぶやくと、最後さいご墓誌ぼしいままでにないほど綺麗きれいに、そしてこころめて丁寧ていねいみがげた。

 その墓誌ぼしには父親ちちおや戒名かいみょう俗名ぞくみょう、そして行年ぎょうねんきざまれていた。

おれも、もうきざまれることになるか…」

 おとこ最後さいごにそうおもい、掃除そうじえると、並々なみなみみずそそいだおけなかれておいたはなはか花立はなたてへとうつえ、そしておけ布巾ふきん片付かたづけると、最後さいご持参じさんした線香せんこうにいつもふところしのばせているライターで火をつけようとした。

 小雨こさめがちらつくのでれのとはちがって、中々なかなかおもうようには火がつかなかった。かさをさせばいだけのはなしだが、しかし、一人ひとり線香せんこうをつけるとなると、どうしても両手りょうてふさがりかさをさすどころではない。それは勿論もちろんはか掃除そうじさいしても言えることであった。

 ともあれおとこかがめてみずからの背中せなかかさわりにどうにか線香せんこうをつけると、それをそなえ、おとこはやはりこころめて合掌がっしょうした。
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