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一兵はシオリの案内で異世界の町を散策、そして町外れの軍事基地にさしかかったところで新聞記者のアヤカに出会う
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一兵はシオリの案内でこのログハウス風の病院らしき建物を出ると、町へと出た。
異世界の町も正しく、ラノベ小説やあるいは漫画にでも出てきそうな町並みそのものであった。ともあれ快適に思えたのは電線がないためかも知れなかった。平成、いや、令和の現代にいた頃は現場に臨場すべくその車中から点々(てんてん)と見える電信柱と電信柱とを結ぶ電線を目にする度(たび)、
「早く地中化すれば良いものを…」
そう思わずにはいられなかったからだ。それゆえ電線の存在しない異世界の町並みは一兵の目には快適な空間として映ったのであった。
「重くない?」
町並みを散策している最中、シオリは一兵に尋ねた。一兵が右肩に掲げている、指紋採取の機材が入った、『鑑識』と銘打たれたアルミケースを見てのことである。
それに対して一兵は「重い」と正直に答えた。
「私が持とうか?」
シオリがそう言ってくれたので、一兵はシオリの好意には感謝しつつも謝絶した。
「女に持たせるわけにはいかない…、ってか他人に預けられないんだ」
「私が信用できないってこと?」
「そういうことじゃない。いや、そういうことかも知れないが、でもそれはシオリだからじゃなく、すべての人間に言えることだから…」
「どういうこと?」
「鑑識の機材は他人には預けられないんだ。それは命を預けるのも同じだからな…」
鑑識課員ならば必ずやそう考える筈(はず)であった。
「そう…」
一兵の答えにシオリは目を丸くした。
さて、町外れに出ると広大な軍事基地が見えてきた。尤(もっと)も、ミサイル基地などといったそのような近代的な基地ではなく、やはり異世界そのものの基地であった。
だが少し、基地周辺が騒がしいようだった。一兵はそうとは気付かなかったが、案内役のシオリが首をかしげた。
「どうした?」
基地周辺の騒がしい様子を目にして首をかしげるシオリに対して一兵は尋ねた。
「いや…、少し騒がしいような…」
シオリは基地周辺、それも喧騒(けんそう)へと指差してそう言った。
「そうか…」
一兵もそう言われればそのような気がし、警察官としての本能から喧騒(けんそう)へと足を向けさせた。シオリもそのあとをついてきた。
やがて基地に近付くにつれ、喧騒(けんそう)がさらに大きく感じられた。
やがて喧騒(けんそう)の元である人だかりのところで一兵とシオリは足をとめた。足止めされたと言うべきだろう。
一兵とシオリが遠巻きにして眺めていると不意に、「シオリ」と声をかける者があった。女の声であり、シオリと一兵は同時に声の主へと振り向いた。
するとそこには案の定、女がおり、シオリはその女に向かって、「アヤカ」と呼んだ。すると「アヤカ」と呼ばれた女はシオリと一兵の元に近付いて来た。手には一兵の見た目には筆記具が握られていた。
「紹介するね。私が世話をしているイッペイ…。ええっと…」
シオリは「アヤカ」なる女に一兵のことを紹介しようとしていたが、どうやら一兵の苗字(みょうじ)を忘れたらしく、言葉に詰(つ)まっていた。
そこで一兵が「啄木(たくぼく)一兵です」と自己紹介して頭を下げた。
「私はアヤカと申します…」
アヤカもこうして一兵に自己紹介すると一兵に倣(なら)って頭を下げた。それにしても異世界にはもしかしたら苗字(みょうじ)がないのかも知れない。これもまた如何(いか)にも異世界らしい。
「アヤカは私の友人で、新聞記者なの…」
異世界にも新聞記者という職業があったのかと、一兵は心底驚き、目を丸くした。
するとアヤカもまた、シオリと同じく勘の良い女であり、「驚きました?」と笑顔で一兵に声をかけてきた。
「えっ…」
「異世界にも新聞記者という職業があったことに…」
「ええ…」
その通りであった。一兵はアヤカの勘の良さに舌を巻いたが、すぐに頷(うなず)けた。勘が良くなければ記者稼業などやってられないからだ。
だが一兵はすぐに別の疑問が浮かんだ。
「アヤカさんも日本語を…」
まさかアヤカなる女までが異世界転生者か…、一兵は一瞬、そんな考えが浮かんだ。するとやはりアヤカは一兵の胸のうちを読み取ったらしく、「バリバリの異世界の女ですよ」と教えてくれた。
「それじゃあどうして日本語を…」
一兵にはアヤカまでがどうして日本語を喋ることができるのか、それが分からなかった。日本語を喋(しゃべ)ることができるのは自身についたこのシオリという女とそれに聞き取り調査を行った担当官のタテとジュンぐらいのものだろうと思っていたからだ。
「言語変換の呪文はかけられましたよね?」
アヤカはさも当然といった調子で尋ねた。どうやらその辺の事情にも詳しいようだ。
「ええ」
「その場合、イッペイさんもまた異世界の言語、さしずめ異世界語を話せるようになるんですよ」
「そうなんですか…、って、それじゃあ今、俺が話している言語は異世界語?」
「異世界語でありニホン語です…、ですから例えば、これがアメリカ人やイギリス人ならば…、アメリカ人やイギリス人が異世界転生者ならば英語であり、異世界語でもあるわけですが…、その英語にして異世界語で私たち、異世界の現地住民と話をすることになります」
「それじゃあ例えばその、アメリカ人やイギリス人といった異世界転生者とは勿論、言葉が通じないと?異世界の、さしずめ現地住人との通訳でも介さないと…」
「いえいえ、人種は違えど、異世界転生者同士は異世界語で会話可能です」
アヤカはそう説明してくれた。ここまでシオリは親切に説明してくれなかった。これから説明してくれるつもりだったのだろうか。
ともあれ異世界では言語に苦労しないことだけは一兵にも分かった。
「それで…、何かあったの?」
シオリはアヤカに尋ねた。それは一兵も聞きたいところであった。
「それが兵舎で殺人事件が起こったらしいのよ…」
アヤカが口にした「殺人事件」という単語に一兵は敏感に反応すると、ほぼ条件反射的に人だかりを掻(か)き分けていた。
異世界の町も正しく、ラノベ小説やあるいは漫画にでも出てきそうな町並みそのものであった。ともあれ快適に思えたのは電線がないためかも知れなかった。平成、いや、令和の現代にいた頃は現場に臨場すべくその車中から点々(てんてん)と見える電信柱と電信柱とを結ぶ電線を目にする度(たび)、
「早く地中化すれば良いものを…」
そう思わずにはいられなかったからだ。それゆえ電線の存在しない異世界の町並みは一兵の目には快適な空間として映ったのであった。
「重くない?」
町並みを散策している最中、シオリは一兵に尋ねた。一兵が右肩に掲げている、指紋採取の機材が入った、『鑑識』と銘打たれたアルミケースを見てのことである。
それに対して一兵は「重い」と正直に答えた。
「私が持とうか?」
シオリがそう言ってくれたので、一兵はシオリの好意には感謝しつつも謝絶した。
「女に持たせるわけにはいかない…、ってか他人に預けられないんだ」
「私が信用できないってこと?」
「そういうことじゃない。いや、そういうことかも知れないが、でもそれはシオリだからじゃなく、すべての人間に言えることだから…」
「どういうこと?」
「鑑識の機材は他人には預けられないんだ。それは命を預けるのも同じだからな…」
鑑識課員ならば必ずやそう考える筈(はず)であった。
「そう…」
一兵の答えにシオリは目を丸くした。
さて、町外れに出ると広大な軍事基地が見えてきた。尤(もっと)も、ミサイル基地などといったそのような近代的な基地ではなく、やはり異世界そのものの基地であった。
だが少し、基地周辺が騒がしいようだった。一兵はそうとは気付かなかったが、案内役のシオリが首をかしげた。
「どうした?」
基地周辺の騒がしい様子を目にして首をかしげるシオリに対して一兵は尋ねた。
「いや…、少し騒がしいような…」
シオリは基地周辺、それも喧騒(けんそう)へと指差してそう言った。
「そうか…」
一兵もそう言われればそのような気がし、警察官としての本能から喧騒(けんそう)へと足を向けさせた。シオリもそのあとをついてきた。
やがて基地に近付くにつれ、喧騒(けんそう)がさらに大きく感じられた。
やがて喧騒(けんそう)の元である人だかりのところで一兵とシオリは足をとめた。足止めされたと言うべきだろう。
一兵とシオリが遠巻きにして眺めていると不意に、「シオリ」と声をかける者があった。女の声であり、シオリと一兵は同時に声の主へと振り向いた。
するとそこには案の定、女がおり、シオリはその女に向かって、「アヤカ」と呼んだ。すると「アヤカ」と呼ばれた女はシオリと一兵の元に近付いて来た。手には一兵の見た目には筆記具が握られていた。
「紹介するね。私が世話をしているイッペイ…。ええっと…」
シオリは「アヤカ」なる女に一兵のことを紹介しようとしていたが、どうやら一兵の苗字(みょうじ)を忘れたらしく、言葉に詰(つ)まっていた。
そこで一兵が「啄木(たくぼく)一兵です」と自己紹介して頭を下げた。
「私はアヤカと申します…」
アヤカもこうして一兵に自己紹介すると一兵に倣(なら)って頭を下げた。それにしても異世界にはもしかしたら苗字(みょうじ)がないのかも知れない。これもまた如何(いか)にも異世界らしい。
「アヤカは私の友人で、新聞記者なの…」
異世界にも新聞記者という職業があったのかと、一兵は心底驚き、目を丸くした。
するとアヤカもまた、シオリと同じく勘の良い女であり、「驚きました?」と笑顔で一兵に声をかけてきた。
「えっ…」
「異世界にも新聞記者という職業があったことに…」
「ええ…」
その通りであった。一兵はアヤカの勘の良さに舌を巻いたが、すぐに頷(うなず)けた。勘が良くなければ記者稼業などやってられないからだ。
だが一兵はすぐに別の疑問が浮かんだ。
「アヤカさんも日本語を…」
まさかアヤカなる女までが異世界転生者か…、一兵は一瞬、そんな考えが浮かんだ。するとやはりアヤカは一兵の胸のうちを読み取ったらしく、「バリバリの異世界の女ですよ」と教えてくれた。
「それじゃあどうして日本語を…」
一兵にはアヤカまでがどうして日本語を喋ることができるのか、それが分からなかった。日本語を喋(しゃべ)ることができるのは自身についたこのシオリという女とそれに聞き取り調査を行った担当官のタテとジュンぐらいのものだろうと思っていたからだ。
「言語変換の呪文はかけられましたよね?」
アヤカはさも当然といった調子で尋ねた。どうやらその辺の事情にも詳しいようだ。
「ええ」
「その場合、イッペイさんもまた異世界の言語、さしずめ異世界語を話せるようになるんですよ」
「そうなんですか…、って、それじゃあ今、俺が話している言語は異世界語?」
「異世界語でありニホン語です…、ですから例えば、これがアメリカ人やイギリス人ならば…、アメリカ人やイギリス人が異世界転生者ならば英語であり、異世界語でもあるわけですが…、その英語にして異世界語で私たち、異世界の現地住民と話をすることになります」
「それじゃあ例えばその、アメリカ人やイギリス人といった異世界転生者とは勿論、言葉が通じないと?異世界の、さしずめ現地住人との通訳でも介さないと…」
「いえいえ、人種は違えど、異世界転生者同士は異世界語で会話可能です」
アヤカはそう説明してくれた。ここまでシオリは親切に説明してくれなかった。これから説明してくれるつもりだったのだろうか。
ともあれ異世界では言語に苦労しないことだけは一兵にも分かった。
「それで…、何かあったの?」
シオリはアヤカに尋ねた。それは一兵も聞きたいところであった。
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