現場指紋係主任は転生先の異世界でも指紋捜査官として活躍します

ご隠居

文字の大きさ
8 / 27

一兵はシオリの案内で異世界の町を散策、そして町外れの軍事基地にさしかかったところで新聞記者のアヤカに出会う

しおりを挟む
 一兵はシオリの案内でこのログハウス風の病院らしき建物を出ると、町へと出た。

 異世界の町も正しく、ラノベ小説やあるいは漫画にでも出てきそうな町並みそのものであった。ともあれ快適に思えたのは電線がないためかも知れなかった。平成、いや、令和の現代にいた頃は現場に臨場すべくその車中から点々(てんてん)と見える電信柱と電信柱とを結ぶ電線を目にする度(たび)、

「早く地中化すれば良いものを…」

 そう思わずにはいられなかったからだ。それゆえ電線の存在しない異世界の町並みは一兵の目には快適な空間として映ったのであった。

「重くない?」

 町並みを散策している最中、シオリは一兵に尋ねた。一兵が右肩に掲げている、指紋採取の機材が入った、『鑑識』と銘打たれたアルミケースを見てのことである。

 それに対して一兵は「重い」と正直に答えた。

「私が持とうか?」

 シオリがそう言ってくれたので、一兵はシオリの好意には感謝しつつも謝絶した。

「女に持たせるわけにはいかない…、ってか他人に預けられないんだ」

「私が信用できないってこと?」

「そういうことじゃない。いや、そういうことかも知れないが、でもそれはシオリだからじゃなく、すべての人間に言えることだから…」

「どういうこと?」

「鑑識の機材は他人には預けられないんだ。それは命を預けるのも同じだからな…」

 鑑識課員ならば必ずやそう考える筈(はず)であった。

「そう…」

 一兵の答えにシオリは目を丸くした。

 さて、町外れに出ると広大な軍事基地が見えてきた。尤(もっと)も、ミサイル基地などといったそのような近代的な基地ではなく、やはり異世界そのものの基地であった。

 だが少し、基地周辺が騒がしいようだった。一兵はそうとは気付かなかったが、案内役のシオリが首をかしげた。

「どうした?」

 基地周辺の騒がしい様子を目にして首をかしげるシオリに対して一兵は尋ねた。

「いや…、少し騒がしいような…」

 シオリは基地周辺、それも喧騒(けんそう)へと指差してそう言った。

「そうか…」

 一兵もそう言われればそのような気がし、警察官としての本能から喧騒(けんそう)へと足を向けさせた。シオリもそのあとをついてきた。

 やがて基地に近付くにつれ、喧騒(けんそう)がさらに大きく感じられた。

 やがて喧騒(けんそう)の元である人だかりのところで一兵とシオリは足をとめた。足止めされたと言うべきだろう。

 一兵とシオリが遠巻きにして眺めていると不意に、「シオリ」と声をかける者があった。女の声であり、シオリと一兵は同時に声の主へと振り向いた。

 するとそこには案の定、女がおり、シオリはその女に向かって、「アヤカ」と呼んだ。すると「アヤカ」と呼ばれた女はシオリと一兵の元に近付いて来た。手には一兵の見た目には筆記具が握られていた。

「紹介するね。私が世話をしているイッペイ…。ええっと…」

 シオリは「アヤカ」なる女に一兵のことを紹介しようとしていたが、どうやら一兵の苗字(みょうじ)を忘れたらしく、言葉に詰(つ)まっていた。

 そこで一兵が「啄木(たくぼく)一兵です」と自己紹介して頭を下げた。

「私はアヤカと申します…」

 アヤカもこうして一兵に自己紹介すると一兵に倣(なら)って頭を下げた。それにしても異世界にはもしかしたら苗字(みょうじ)がないのかも知れない。これもまた如何(いか)にも異世界らしい。

「アヤカは私の友人で、新聞記者なの…」

 異世界にも新聞記者という職業があったのかと、一兵は心底驚き、目を丸くした。

 するとアヤカもまた、シオリと同じく勘の良い女であり、「驚きました?」と笑顔で一兵に声をかけてきた。

「えっ…」

「異世界にも新聞記者という職業があったことに…」

「ええ…」

 その通りであった。一兵はアヤカの勘の良さに舌を巻いたが、すぐに頷(うなず)けた。勘が良くなければ記者稼業などやってられないからだ。

 だが一兵はすぐに別の疑問が浮かんだ。

「アヤカさんも日本語を…」

 まさかアヤカなる女までが異世界転生者か…、一兵は一瞬、そんな考えが浮かんだ。するとやはりアヤカは一兵の胸のうちを読み取ったらしく、「バリバリの異世界の女ですよ」と教えてくれた。

「それじゃあどうして日本語を…」

 一兵にはアヤカまでがどうして日本語を喋ることができるのか、それが分からなかった。日本語を喋(しゃべ)ることができるのは自身についたこのシオリという女とそれに聞き取り調査を行った担当官のタテとジュンぐらいのものだろうと思っていたからだ。

「言語変換の呪文はかけられましたよね?」

 アヤカはさも当然といった調子で尋ねた。どうやらその辺の事情にも詳しいようだ。

「ええ」

「その場合、イッペイさんもまた異世界の言語、さしずめ異世界語を話せるようになるんですよ」

「そうなんですか…、って、それじゃあ今、俺が話している言語は異世界語?」

「異世界語でありニホン語です…、ですから例えば、これがアメリカ人やイギリス人ならば…、アメリカ人やイギリス人が異世界転生者ならば英語であり、異世界語でもあるわけですが…、その英語にして異世界語で私たち、異世界の現地住民と話をすることになります」

「それじゃあ例えばその、アメリカ人やイギリス人といった異世界転生者とは勿論、言葉が通じないと?異世界の、さしずめ現地住人との通訳でも介さないと…」

「いえいえ、人種は違えど、異世界転生者同士は異世界語で会話可能です」

 アヤカはそう説明してくれた。ここまでシオリは親切に説明してくれなかった。これから説明してくれるつもりだったのだろうか。

 ともあれ異世界では言語に苦労しないことだけは一兵にも分かった。

「それで…、何かあったの?」

 シオリはアヤカに尋ねた。それは一兵も聞きたいところであった。

「それが兵舎で殺人事件が起こったらしいのよ…」

 アヤカが口にした「殺人事件」という単語に一兵は敏感に反応すると、ほぼ条件反射的に人だかりを掻(か)き分けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...