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芽生えたものは
①
しおりを挟む翌週の水曜日は、鮭ときのこのガーリック炒めとオニオンスープ、それからポテトサラダを振る舞った。魚を使ってはいるけれど洋風の味付けであり、骨も皮も取り除かれている料理ならばきっと涼も食べやすいだろうと考えたのだ。
実際、涼は美味しいと言って平らげてくれた。淀みなく箸を動かす様子に、安堵と歓喜で胸がじんわりとあたたかくなった。
恒例となった二人での片付けも終えて人心地ついたとき、康介は「そうだ」と山積みになった本の一番上からある物を取り出した。
「来週食べたいもの、ここから選んでくれる? 何でも作るからさ」
取り出した物──レシピ本を手渡す。それは先週の水曜日の一件をきっかけに買ったものだった。
本を参考にすることで、あまり家庭料理の種類に詳しくない様子の涼でも簡単に自分の食べてみたい料理、興味のある料理を見つけられるのではと思ったのだ。表紙に大きく「時短で簡単!」と書かれているものを選んだのは、涼に遠慮を感じさせないようにするためである。
レシピ本を受け取った涼がパラパラとページをめくる。
「……わざわざ買ってくれたんだろ、これ」
ページに目を落としたまま涼が呟く。図星を突かれた康介はビクッと微かに肩を跳ねさせた。
「いや、えーと……」
答えに窮していると、ふいに涼が顔を上げた。
「じゃあさ、次はこれ食べてみたい」
開かれていたのは、ブリの照り焼きのページだった。
「この前作ってくれた和食、すげぇ美味しかったから」
そう言った涼は、はにかむようにふわりと笑っていた。
金曜日は一週間の中で最もしんどい曜日だ。板書に勤しむ教授の背中を確認して、康介はちらりと腕時計に目をやる。時計の針はさっき確認したときからほとんど変わっていない。こぼれそうになるため息をなんとか噛み殺す。
金曜日は、一限に学科の、二限に初修外国語の必修授業があるし、三、四限にも授業が詰まっている上に五限と六限には司書課程の授業がある。ほとんど丸一日を大学で過ごさなければならないのは精神的にきついし、空きコマが一つも無いのは体力的にしんどい。
とは言え、同じ司書課程を履修しながらバイトに励んでいる人もいるし、教職課程を履修している友人はもっと大変そうだし、これくらいで根を上げるわけにはいかない。ぐっと腹に力を込めて、丸まっていた背中を無理やり伸ばす。
意識的に授業に集中しているうちに遅々として進まなかった時計の針もなんとか半円を描いて、ようやく四限の授業が終わった。伸びをすると肩のあたりからゴキッと不気味な音が鳴った。隣で机に突っ伏していた友人、嶋田と菅田を揺り起こし、寝ぼけまなこの二人を急かしながら講義室を後にする。
「二人はこの後も授業だっけ?」
あくび交じりに嶋田が尋ねる。康介はこくんと頷いた。
「うん、司書課程のが入ってる。嶋田はバイトだろ?」
近所の学生街にある居酒屋チェーンでバイトをしているという嶋田は、たしか金曜日はこれからシフトが入っていたはずだ。康介が言うと、今度は嶋田が頷いた。
「おう。金曜日は混むからダルいんだよな」
「んーファイトぉ」
寝起きだから微妙に呂律が回っていない菅田がへらへらとガッツポーズを繰り出す。あまりにも気持ちのこもっていない応援に、康介と嶋田は「お前、思ってないだろ」「適当にもほどがある」と呆れたように目を細めた。
嶋田と別れた後、いまだにふにゃふにゃとしている菅田を引っ張りながら次の授業の講義室へと急ぐ。少し離れたところにある棟に移動しなければならないから、いつも講義室に着くのが授業開始時間ギリギリになってしまうのだ。
歩みの遅い菅田をせっついていると、ふと前から向かってくる学生の波の中に涼の顔を見つけた。あっ、と思い声をかけようとしたとき、向こうもこちらに気づいたようでバチリと視線が交わった。
「康介」
名前を呼んだ涼が、花がほころぶように微笑む。彼のまとう空気が一瞬でふわりと軽くなったように感じた。まるで風でも起きたように、周りの人たちが一斉にふっと顔を上げて涼を見た。その例に漏れず康介も、彼の表情に目を奪われる。
「お疲れ。康介はまだ授業?」
側まで寄ってきた彼が小さく首を傾げる。我に帰り、康介は慌てて頷く。
「う、うん。涼はこれからバイト?」
「おう。授業、頑張れ」
「涼もバイト頑張って」
お互いひらひらと手を振って別れる。
少し歩いてから、菅田が涼の歩いて行った方を振り返った。
「ひゃー、やっぱりイケメンの笑顔は破壊力がすげえな。みんな釘付けだったじゃん」
さっきまでのふにゃふにゃした態度が嘘みたいに、菅田は大げさなほどに目を丸くして騒ぎ出す。
「つーか芝崎、高倉と仲良いの?」
「うん」
家が隣であることは伏せて、康介は頷く。嶋田や菅田とはよく連んでいるのでいずれ家に招くこともあるかもしれない。そのとき、芋づる式に涼の家までバレてしまうのを防ぐためだ。
「そっかぁ、なんか意外」
「そう?」
「だってあい……高倉、あんまり人と連んでるところ見ねーもん。話しかけられてるところはよく見るけどさ」
おそらく『あいつ』と言おうとしながらも康介を気にして『高倉』と呼び直した律儀さに、思わず苦笑をもらす。
「まあたしかにね」
「だろ? 高倉が自分から誰かに話しかけてるところ、初めて見たかもしんねーわ」
菅田が頭の後ろで手を組みながら笑った。
そこで、はた、と気づく。言われてみれば初めてだ、涼から声をかけてくれたのは。康介は思わず後ろを振り返った。もちろんすでに涼の姿などないけれど、それでも人混みの中に彼を探そうとするみたいに目を凝らす。
「一匹狼気取りとかじゃなくて本当に一人でも大丈夫なヤツなんだと思ってたけど、普通に友達いたんだなぁ」
さも意外そうに呟かれた菅田の声が、やけにはっきりと聞こえた。
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