握るのはおにぎりだけじゃない

箱月 透

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本当のこと

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「べつに、たいした理由なんてないよ。ただ、康介は人気者だから、あんまり俺ばっかりに構わせちゃ悪いよなって思っただけ」
 涼は、何でもないことのようにさらりと告げた。その声はもう掠れてはいない。淀みなく、軽い調子で語った後、涼はふっと口の端を持ち上げた。
 そのぎこちない笑顔も、わざとらしく流暢な言葉も。まるで虚勢を張るかのようなそれらは、おそらくもっと奥にある本心を覆い隠すための建前だろう。躱されたのだ。
 なのに、瞳だけはまだわずかに揺れている。まるで隠した本心が滲み出ているかのように。それが返って痛々しい。康介はぎゅっと唇を噛みしめた。
「そっか。話してくれてありがとう」
 康介は小さく笑ってみせる。一瞬、涼の黒い瞳が康介を捉え、けれどすぐに伏せられた。
「でも俺、べつに人気者でも何でもないよ」
「そんなことないだろ」
「そんなことあるよ。だからさ、変な遠慮とかしなくていいんだって」
 康介は俯いた涼の顔を覗き込んだ。しっかり、目を合わせて告げる。
「俺、涼と一緒にご飯食べるのすげぇ楽しいんだ。だから、もし涼の迷惑じゃなければこれからも水曜日の約束を続けていきたいんだけど、どうかな」
 涼の目が微かに見開かれた。それから、きゅっと細められる。小さくふるえるまつげが無性に儚くみえてしまい、まだ返事も聞いていないのに胸が詰まる。
涼は、こくりと頷いてくれた。
「迷惑なんかじゃない。俺も、楽しいと思ってるから」
 まっすぐなこの声音は、きっと作られたものではないはずだ。康介はほっと息をついた。
「よかった……」
 思わず体中の力が抜けてしまった。康介はカシカシと頭をかきながら、吐息のような言葉をこぼす。すると、涼がそっと体を寄せてきた。猫が甘えるような──悪戯の後で何かを償おうとするような、そんな仕草だった。
 もしかしたら、本音を話さないこと、話せないことに、涼自身が後ろめたさを感じているのかもしれない。チャットアプリでは『ちゃんと話したい』と言ってくれた彼だから、最初は心の奥の本音まで全部話すつもりだったのだろう。
 でも、そんな簡単に話せるもんじゃないよな。
 そばにある、伏し目がちな横顔を見つめながら、康介はそっと思う。
 心の奥底に隠しているからこそ、簡単にはさらけ出せないからこそ、それは「本音」と呼ばれるのだ。それに、さらけ出すことに慣れていない部分を、無理に暴くような真似はしたくない。康介は胡座をかいた足の上で、固く両手を握りしめた。
 すぐ隣に座る涼は、抱えた膝の上にこてんと頭を乗せた。それはひどく幼くて、頼りない仕草のように思えた。重力のままに顔を覆うように流れる黒髪のせいで、彼の表情は窺えない。
「……康介はつよいな」
 俯いたまま、涼がぽつりと呟く。
 何が──と尋ねようとしたとき、ふと涼が顔を上げた。
「ごめん、俺のせいで嫌な気分にさせて。それと話聞いてくれてありがとう」
 そう告げる涼は、幼さなど感じさせない、完璧なほどに整った笑みを浮かべていた。その微笑みはやっぱり綺麗で、だけど同時にどうしようもなく胸のあたりが苦しくなる。康介はぎこちなく首を横に振った。
「いや、全然大丈夫だよ。俺の方こそ、悪かった」
「ううん、俺が……って、これじゃキリがないな」
 涼がふっと口元を緩める。康介もついつい噴き出してしまった。
 張り詰めていた空気が、ゆっくりと解けてゆく。
「な、もしよかったら今日も晩ご飯食べていかない?」
 胡座の上で両手をもてあそびながら、康介はできるだけさりげなく提案する。
「えっ、でも」
 涼がちらりとドアの向こうのキッチンへと視線を向けた。そこにはいつもと違って鍋もフライパンも並んではいない。
「うん、まだ作ってないんだけど、でも親子丼ならすぐに作れるからさ」
「……じゃあ、俺も手伝う」
「えっ!」
 康介は勢いよく涼へと向き直る。涼は小さく苦笑した。
「あんまり役には立てないかもだけど」
「いやいや、すげぇ嬉しい!」
 思わず康介は立ち上がった。さっそくキッチンへと行きたくなるほど逸る気持ちを隠しもせずに言うと、涼は呆れたみたいに笑ってくれた。
 腰を上げた涼とともにキッチンへと向かう。狭いキッチンは男二人が立つとすぐにぎゅうぎゅうになったけれど、その距離がかえって嬉しい。
「じゃあ俺は味噌汁の準備するから、涼はお米研いでくれる?」
「わかった」
 鍋やまな板を取り出しながら指示を出す。炊飯器の内釜に米を一合半入れて手渡すと、涼はてきぱきと米を研ぎ始めた。前にカレーくらいなら作れると言っていた彼は、確かに思っていたより手慣れた様子である。シャッシャッと響く音が小気味よい。そこに、康介が玉ねぎを切るトントンという音が入り混じる。
 やがて、あたたかな湯気が白く立ちのぼり出汁の優しい匂いが香りはじめる。付け合わせに悩んでいたのが嘘のように、食卓に並んだおかずはいつもより一品多く、鮮やかなものになっていた。
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