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【番外編】楽しい時を
①
しおりを挟む五月の終わりの、ある金曜日の夜。康介は手に持ったスマートフォンの画面とにらめっこしながら、うんうんと唸っていた。
「日曜日って空いてる? もしよかったら映画見に行かない?」
画面に表示されているありきたりな文章は、まだ未送信のまま。これを送信する勇気があと一歩足りないのだ。
一昨日の水曜日。涼と喧嘩をして仲直りをして、二人で親子丼を作った。隣に並んでいつもより話をして一緒に料理をしたあの夜、もっと涼のことを知りたいと思った。知らなければいけないと思ったのだ。彼の、心の奥底にしまい込んだ核心をきちんと見つけられるようになるために。
とは言え、大学のキャンパスでも家でもない場所で会うのはやっぱりまだ少し緊張してしまう。前に成り行きで一緒にハンバーグを食べたことはあるけれど、約束をして待ち合わせて出かけたことはまだ一度もないのだ。もし断られたら……と尻込みする気持ちと、それでも一緒に出かけてみたい気持ちがゆらゆらとせめぎ合う。康介はぎゅっとスマホを握りしめる。
ええい、ままよ。心の中で叫びながら、なかば勢いで送信ボタンを押す。あんなに悩んでいたのが嘘のように、指先ひとつでいとも簡単に言葉は涼のもとへと飛んでいった。涼はまだバイト中だろうから返事がくるのはもう少し先になるだろう。早く既読になってほしいような、まだ読まないでほしいような。複雑な気持ちで康介は緑色の吹き出しを見つめた。
それから一時間と少し経った頃、スマホが軽快な音を鳴らした。康介は慌てて読みかけの本を閉じてスマホのチャットアプリを開いた。通知一件、涼から。ドキドキと胸を騒がせながらトークルームをタップする。
「いいよ。何みる?」
「よっしゃあ!」
康介は勢いよくガッツポーズをした。しゅわしゅわと泡立つような高揚感が胸の中で弾ける。安堵と歓喜が混じりあって、どうしたって口元がふにゃりと緩んでしまう。
「やった、ありがとう! 気になってたやつがあるんだけど──……」
返信を入力する指先は、まるで弾むように画面の上を滑ってゆく。
そうして迎えた日曜日。太陽が眩しく光る空は雲ひとつない晴天で、絶好のお出かけ日和だ。
窓から射し込む朗らかな陽光を感じつつ、康介はバタバタと慌ただしく準備をしていた。待ち合わせ(というか隣の部屋まで迎えに行くだけだけれど)の時間は十時だから、あと十分足らずだ。持ち物も服も昨日準備しておいたけれど、約束の時間が迫るごとにこれで本当にいいだろうかという不安がもこもこと膨らんでくる。ハンカチとティッシュはもちろん、もしかしたら天気が崩れてくるかもしれないから折り畳み傘も入れておこう。上着はカーディガンにしたけれど、映画館の中は寒いかもしれないから薄手のジャケットにした方がいいだろうか。
リュックの中身をひっくり返して持ち物点検をして鏡の前で服装と身だしなみチェックをして、気づいたときには時計の針が十時二分を示していた。康介は慌てて部屋を飛び出した。
インターホンを押すとすぐに涼が出てきた。私服姿なんて大学でも見慣れているのに、なぜか今日はいつもより特別に見えてしまう。どぎまぎしながら康介は片手を上げた。
「ご、ごめん待った?」
微妙に上擦った声で言うと、涼がクスクスと笑った。
「ううん今来たとこ……って言った方がいい?」
いたずらっ子のようにニヤッと笑う顔に、思わず頬が熱くなる。康介は目を泳がせながらぽりぽりと頭をかいた。
映画館のある大型ショッピングモールは、最寄り駅から三駅先にある。少し混んだ電車の中、かすかに肩が触れ合う距離に立っていると、「涼と一緒に出かけている」ことをまざまざと実感する。なんだか夢のようだ。同じリズムで左右に揺れる小さめの頭を眺めながら、康介はほわりと浮き立つような気分を噛みしめていた。
駅に着き構内から出ると、途端に喧騒が体を取り巻いた。にぎやかに騒ぐ若者たちの笑い声やらキャッチの声やらを、暑さを含んだ五月の風がかき混ぜる。雑多に行き交う人たちに紛れるように、ショッピングモールまでの道のりを二人並んで歩く。
「映画館で映画見るの結構久しぶりだわ。すげぇ楽しみ」
康介が言うと、涼もこくりと頷いた。
「うん、俺も」
「やっぱり映画館の大迫力で映画見るのってワクワクするよな」
「ポップコーンとか食べながら?」
「いいな、買おう買おう!」
康介は弾むように大きく頷いた。足取り軽く歩く二人のそばを、穏やかな風が通り過ぎてゆく。二人のジャケットの裾が同じようにひらりとたなびく。黒髪をかすかになびかせながら、涼が小さく笑った。
「どうかした?」
康介はすぐ隣にある顔を覗き込む。
「なんか、……すでに楽しい」
呟いた涼は、照れたように少し目を伏せた。長いまつげの上に白い光の粒が小さく輝いている。
同じときに、同じことを考えてくれていることが、どうしようもなく嬉しい。胸の中にほわりとあたたかいものが溢れていく。康介はニッと口元を緩めた。
「俺も、すげぇ楽しい」
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