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【番外編】楽しい時を
②
しおりを挟む映画を見る前にまず腹ごしらえ、ということで昼食を食べるところを探す。ちょうど昼時なのでカフェやレストランはどこも人で溢れているようだ。映画が始まる一時四十分に間に合うように、待ち時間のないファストフード店に入ることにした。
「康介、本当にファストフードでいいの?」
大手ハンバーガーチェーンに入りレジの列に並んでいると、涼が首を傾げながら尋ねてきた。料理が得意、というだけで彼は康介のことを結構買いかぶっている節がある。康介は苦笑しながら手を振った。
「全然いいよ。久しぶりにハンバーガー食べたくなったし」
「そっか」
涼が安心したように頬を緩めるのを見て、康介もふっと顔を綻ばせた。
注文後、ハンバーガーとドリンク、それからサラダの乗ったトレーを片手に空いている席を探す。人で埋め尽くされた賑やかな店内をきょろきょろと見回して、やっと隅っこの方に空席を一つ見つけ出すことができた。二人は向かい合って腰を下ろす。
正方形二つ分のテーブルは狭く、向かい合うとなんだか予想以上に距離が近い。家で一緒に晩ご飯を食べるときはいつも隣に座っているから、真っ正面で向かい合っているのが少し気恥ずかしい。店内を満たす騒がしさのせいで会話をするには顔を近くに寄せないといけないのも、妙に意識してしまう原因だ。一緒に食事をするのなんてもう何度もやってきたことなのに。けれど今日は、まるで初めて家に呼んだときのようにぎこちなく緊張してしまう。ちらりと涼を窺うも、彼はいつもと何も変わらない様子でハンバーガーを食べていた。
「ん、どうかした?」
康介の視線に気づいたようで、一生懸命ハンバーガーにかぶりついていた涼がふと顔を上げた。その口元に、少しだけソースがついている。涼、口ちっさいからな。子どものような姿が微笑ましくて、さっきまで感じていた緊張がふわりと解けていく。康介は頬を緩めながら、とんとんと自分の口元を指で示した。
「涼、ついてる」
「えっ」
教えると、彼は慌てて紙ナプキンで口元を拭った。ほのかに頬が赤くなっているのが可愛らしくて、ますます頬が緩んでしまう。すると、よっぽどにやけた顔をしていたのか、涼が拗ねたようなじっとりとした視線を向けてきた。
「……あんまり見んなよ」
上目遣い気味に呟かれる。むっと膨れた頬にはいまだ赤みが残ったままなので、睨まれたって何ら怖くなどない。むしろ可愛いだけだ。「ごめんごめん」と笑いながら言うと、もっと睨まれてしまった。
昼食の後ショッピングモールへ向かい、上映開始時間が近づくまでモール内の店をいくつか冷やかしながら時間をつぶす。服屋でも本屋でも、涼はどんなものを選ぶのか、どんなものが好きなのかが知りたくて、彼が手に取るものをついつい目で追ってしまう。
「あっ、それ面白かったよ」
本屋で涼が手に取った文庫に思わず反応すると、涼が振り向いた。
「そうなんだ?」
「うん。俺、その作家結構好きなんだ」
「へえ、じゃあ買ってみようかな」
あまりにもためらいなく決めてしまうから、かえって康介のほうが戸惑ってしまった。
「えっ、俺は好きだけど涼の好みに合うかは分からないよ!?」
慌てて声をかける。すると涼はちらりと康介に視線を向け、微かに目を細めて呟いた。
「大丈夫だよ。たぶん、好きな作家は似てるはずだから」
それぞれ文庫を一冊ずつ買って本屋を出ると、時刻は一時ニ十分を少し過ぎた頃となっていた。腕時計を見ながら康介が「そろそろ映画館行こっか」と促すと、涼も「そうだな」と頷いた。
チケットとポップコーンを買って、案内された三番シアターへと入る。前評判が良くて注目度も期待度も高い洋画だから、ハコはほとんどいっぱいに埋まっていた。ワクワクとした高揚感とほんの少しの緊張が綯い交ぜとなったヒソヒソ声があちこちから聞こえてくる。康介がちらりと隣を見やると、同じタイミングで涼もこちらへと振り向いていた。お互いの目に、浮き立つような興奮と期待が滲んでいる。顔を見合わせ、思わず二人とも噴き出してしまった。
ポップコーンはどっちが持っておくか、スマホの電源はきちんと切ったかなどを話しているうちに、ふっと照明が暗くなった。いよいよ始まるのだ。ワクワクと胸を躍らせながら、もう一度涼へと視線を向ける。暗闇の中、ほの白い薄明かりに照らされた彼は目を輝かせながらじっとスクリーンを見つめていた。そのわずかに上がった口角を見届けて、康介もスクリーンへと視線を移した。
とは言え、上映中もついつい横目で涼の様子を窺ってしまっていた。映画を見に行こうと誘ったのも、見る映画を提案したのも康介であるから、ちゃんと涼が楽しめているかが気になってしまうのだ。内容を追う合間にちらちらと涼を観察していると、彼は激しいバイクチェイスのシーンではほんの少し肩が強張らせ、主人公がピンチに陥る場面では脚の上に置いた両手を固く握りしめているのが見てとれた。それらはほんの些細な仕草だけれど、涼が映画に没頭していることを窺わせる。いつもクールで冷静な性格――と周りから思われがちな涼だが、実際は小さな仕草に感情が滲んでいることがよくあるのだ。できたての食事を口に運んだときにふっと口元を綻ばせたり、料理を全部お腹に収めて空になった食器を見下ろすときに満足そうに眉を下げたり。そんな姿を、もう何度も隣で見てきた。
よかった、楽しんでいるようだ。康介はそっと胸を撫で下ろし、自分も映画に没頭することにした。
「いやぁ面白かったな」
映画館の外にある休憩スペースのベンチに腰掛けながら、康介は興奮冷めやらぬ声を上げた。
映画館を後にしてからも、二人はまだ映画の余韻の中にいた。アクション満載でスリルのある展開から目が離せず、夢中になって魅入ってしまったのだ。その証拠に、康介が腕に抱えている箱にはまだたくさんのポップコーンが残っている。
「ほんと、ポップコーン食べるの忘れるくらい集中しちゃったな」
箱にたっぷり残ったポップコーンをひょいとつまみながら涼が笑った。つられるように康介も口へと放りこむ。少ししんなりとしているが、塩味がきいていて美味しい。パッと弾けた形は複雑で、けれどどこかワクワクとさせるような楽しさを秘めている。二人はポップコーンを頬張りながら、映画の感想話に花を咲かせた。
手に汗握ったバイクチェイスや思わず涙ぐんだ恋人との再会など、涼が心に残ったと話すシーンはどれも康介にとっても印象深かったもので、話はなかなか尽きることがない。ぽんぽんと話しているうちに、先にポップコーンの方がなくなってしまった。
「なあ、これからウチ来ない?」
話し足りなさから、康介は弾みでぽろりとこぼしていた。その言葉に涼はわずかに目を見開き、それからこくりと頷いた。
「うん、行きたい。まだまだ物足りないし」
「よっしゃ! よかったら晩ご飯も食べてってよ」
「じゃあ俺も一緒に作りたい。水曜日、楽しかったから」
思わぬ言葉を告げられ、胸にじんわりとあたたかいものが溢れだす。水曜日、並んでキッチンに立ったあの時間を、涼も楽しいと思ってくれていた。その事実に、ポップコーンのような喜びが弾ける。康介は勢いよく首を振った。
楽しい時間は、まだまだ終わらない。
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