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第九章
第五十話
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焦ってやるような仕事でもあんめえと──
おっさんは数日の休暇をとって、リリとのデートに出かけていた。
ミニクーパーの助手席に乗せて貰い、海岸線を気持ちよくドライブしていた。
この島国は意外と狭く、車で走るのならば、一日あれば一周出来るくらいの面積だった。
ハワイのオアフ島くらいの規模の島が、アラブっぽい荒地と砂漠化しつつあるイメージ……だろうか?
観光施設などはもちろん無く、ただただ、綺麗な海と岩山、砂──それが広がるばかりである。
釣りをしても、泳いでも、何をしても構わないのだが……
おっさんは、隣で運転する、リリの横顔を見ながら神の雫を啜っているのが楽しかった。
カーステレオから流れてくる、古臭い夏の歌を頭の中で口ずさみ、たまーに生えているヤシっぽい木を見つけては、腰袋から出したハシゴを登って、リリに採ってやったりもした。
娘達とパステルはどうしたかといえば、すっかり楽しくなった海底採掘漁に出かけている。
信じられない話だが、テティスの創り出した水中結界の中では、火も起こせるし風呂に入ることも出来るそうで……
おっさんの腰袋から、テントやらキャンプ道具一式を勝手に出して、トゥティパによる海底キャンプ合宿が開催されているようだ。
セーブルとシェリーには、ちょっとした旅行をプレゼントした。
……二歩で辿り着く、港町・ラッキーアイランドの招待券と、リゾートホテル・サンクチュアリィの宿泊券だ。
ちょっとしすぎではあるが、
まぁ樹海サバイバルをプレゼントするよりはマシであろう。
そういった訳なので、おっさんとリリは数日の間自由なのである。
とはいえ、これといって何かしたい事があるわけでもなく──
セーブル達を送るついでに買って帰ってきた水着をリリにあてがって、赤面されたり、日焼け止めオイルを塗り合ったり……
仕事をしていれば、あっという間に終わってしまう一日を──ゆっくりと、のんびりと過ごしていた。
するとリリが、
「旦那様、あれは何でしょうか?」
と浜辺を指差して言った。
日本の海岸のようにゴミだらけではない、ワカメや珊瑚の屑くらいしか見当たらない海岸に、ポツリと一つ、小さな木樽のような物が流れ着いていた。
照れくさいが……リリがそうするので手を繋ぎ、
波打ち際まで近寄ってみると──
落ちていたソレは、おっさんのジョッキを一回り大きくしたような、木製のコップみたいな物だった。
「コップけ…?…タコでも入ってそうだな」
などと言い、足で蹴ってみると──
本当にニュルリと、タコの足が出てきた。
二人は顔を見合わせて笑い、
「酢締めにして、披露宴用のツマミにでもしてやっけ?」
と、木樽を拾い上げて腰袋に仕舞った。
おっさんの腰袋には、異世界テンプレ的な、
『生物は入らない』といった制約はない。
何故なら、ただの腰に付けた道具袋だからだ。
ハンマーもバールも、タコも入るのだ。
波がいい感じに割れている砂浜を見つけ、車で乗り付けてしばらく眺める。
ふとリリを見ると、何やら身体を捻って波を見ているので──
「これやってみっけ?」
と、昔どこかのお施主さんに貰ったサーフボードを、腰袋から出してみた。
するとリリは、それを砂の上に置いて乗り、海上のうねりが波になり、崩れ始めるのに合わせて身体を動かした。
「海には入らないのけ?」
と聞くと──
「波の上に降ろして頂けるなら、乗れますが……
手で漕いで沖に出るなど出来るわけがありません」
と言った。
地球の『乗り物』を全て操縦する知識をインプットしたリリだが、筋力やスタミナはダウンロード出来ないらしい。
おっさんも若い頃憧れはしたが、いじめられっ子体質が故にサーファーになどなれなかった為、煙草だけを真似した記憶がある。
面白くなったので、後ろに回ってサーフボードを持ち上げてやり、本当の斜面っぽい角度にして揺らしてやると──
とても楽しそうに笑ってイメージサーフィンを魅せてくれた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
本日、おっさんが宿舎として取り出したのは──
『海の家』だ。
丸太と番線で組まれていて、釘やネジをなるべく使わない、2ヶ月程度で解体する、毎年恒例の簡易的な休憩所である。
床はコンパネとゴザ、屋根はプラスチックの波板、壁に至っては、よしずである。
プライバシーもセキュリティもあったもんじゃないが、人っ子一人いないビーチで、愛する妻と二人っきりである。
気にすることはあるまい。
海底ゴブリンの血液は、キリッと冷えた白ワインだった。
グラスに注いでリリに出してやり、魚介を入れたシーフード焼きそばでも作るか…と、腰袋に手を入れると──
ヌルリと気色の悪い感覚が腕を撫でた。
……先程突っ込んだだ、木樽に入ったタコだった。
おっさんの腰袋は、巨大な重機からリゾートホテルまで──すっぽりと入ってしまう深さ(?)があるというのに……
なぜか腕に絡みついてきたのだ。
「きめぇな……焼いちまうど?」
樽ごと引っ張り出して、流し台へ。
流水でゴシゴシ洗って滑りを落とし、ぶつ切りにしてしまう。
焼きそばにも使うが、まぁまぁ大きいからタコ焼きにも回してやろう。
海の家にはたこ焼き用鉄板も備えてあったので、手早くくるくると焼いてゆく。
リリの元へ運び、とりあえず乾杯して少しくつろぐ。
さっきのタコだと教えてやると、喜んで口に運ぶが、熱すぎたのか苦戦しているようだ。
恥ずかしがりながらも、しぶしぶ着てくれた水着が似合い、普段からあまり肌を出さないので腕も足も真っ白である。
ハフハフッっと一生懸命に冷ましながら食べているが、おっさんが焼いた鉄板ごと木板に乗せて運んできたため、熱気で汗ばんでしまったようだ。
「──樽の中には、何か入ってましたか?」
ひとしきりして落ち着いたリリが、そんな事を聞いてきたので、
「ん?タコは引っ張り出したけんども、
底まではみてねぇな?」
そう言って、キッチンへと立ち、藻でヌルッとする樽を逆さまにしてみると──
カランっと、一つ、貝殻が落ちてきた。
「お?こりゃ、トゥエラ達がハマってるアコヤ的な貝だっぺよ」
それ以外には何も入っていなかったので、さっと水で洗って、リリに見せに持っていってやる。
「ほれ、貝が入ってたわ。
テーブルに置くと、リリがにっこりと微笑んで、
「良かったです。少々角度が…と思って心配していたのですが」
と、よくわからない事を言う。
「それよりも、開けてみて下さい!」
と、急かしてくるのだが、ピストンツールとピックアップツールは、トゥティパの3人に預けてあるのだ。
ドライバーを突っ込んで無理にこじ開ければ、中の貝が死んでしまうだろうし…どうしたものかと考えていると──
「この個体はですね、中身も詰まってて美味しいそうですよ」
と、どこかにアクセスして調べたリリが言う。
「そうけ!んだらば焼いて、バター醤油で食ってみっけ?」
と、カセットコンロと鉄板を設置して、以前港町で仕入れた魚介も一緒にジュウジュウと熱してゆく。
やがて、貝先が少しずつ開き始め、隙間から醤油を流し入れ、しばらく待つ。
見た目は化け物みたいだが、確実に美味いエビやイカ、他の貝類もひっくり返したりしつつ──
ワインで喉を潤す。
醤油が焦げて香ばしい匂いが立ち上がり、リリが思わずゴクリと喉を鳴らす。
外を見れば夕日がとても綺麗で、半分くらい海に沈み、
空を見れば後ろから、夜が追いかけてきているようだった。
完全に開いた貝は、グツグツと醤油と旨みを煮立たせており、そこに小さいバターを置けば──
なんとも食欲のそそるいい香りが漂う。
風呂の洗面器くらいある個体の貝柱は、極厚ステーキのようなボリュームで、貝殻の上でナイフで切り分けてリリの皿に置いてやる。
すると──コロリと……
大きめのビー玉くらいの宝石が、テーブルに転がった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
──ここで一旦、時を戻そう──
<<<<<<<<<<<<<<<<<<
リリの視界の先に、小石が一つ、道に転がる。
彼女は一気にアクセルを全開にし──
突然のヘアピンカーブを決め、そのまま路地へと走り去る。
その、数瞬前──滑るタイヤに弾かれた、豆粒程の小石は──
通りすがりの馬車の蹄を直撃し、馬が驚いて跳ね上がった。
この後の展開は、お察しの通りであるが──
では、蹄に当たって跳ね返った小石は、どこにいったのか?
安物とは言え、余った宝石で拵えられた馬の蹄は相当に硬く、馬を脅かせこそしたが、ソコにはなんの傷を残す事もなく、小石を跳ね返した。
ヒューっと空を舞った小さな石粒。
本来であれば、そのまま道に転がり、誰の目にも止まることはないだろう。
だが──因と果、全ての結末を把握したリリの、ドリフトによって飛ばされた小石の役割は、悪徳な大臣と宝石商を裁く事だけでは──無かった。
カラスが一羽、道に落ちていたパン屑を見つけて空から降りてきた。
そこへ丁度、小石がカラスの顔を掠め、驚いて声を上げさせた。『カァ~~~!!』
その真下あたりで丁度、野良猫がネズミを追い詰め、今まさに飛びかかろうとしていた。
突然のカラスの鳴き声に、全身の毛を逆立てて飛び上がり、その隙にネズミは逃げ出した。
床に食べカスの散らばる、酒場に逃げ込んだネズミは、カウンターにいくつも伏せられていた木樽のジョッキを齧って穴を開け、そこを住処とした。
その夜、営業の始まったら酒場は騒がしく、酔っ払い達が機嫌良く酒を飲み、店員達は忙しなく酒を作っては運んでいた。
確認を怠り、ネズミの入った木樽に酒を注いでしまい、客の元へ。
酔っ払いは気にする事もなく酒を飲み、頃合いを見て金を払って店を出る。
この店の木樽は、呑みながら持ち帰っても咎められる事はなく、次回返しにくれば、酒が一杯タダになるというサービスがある。
酔っ払いは千鳥足で、機嫌良く歌を歌いながら、酒を煽り……顔にネズミが落ちてきた。
おっさんは数日の休暇をとって、リリとのデートに出かけていた。
ミニクーパーの助手席に乗せて貰い、海岸線を気持ちよくドライブしていた。
この島国は意外と狭く、車で走るのならば、一日あれば一周出来るくらいの面積だった。
ハワイのオアフ島くらいの規模の島が、アラブっぽい荒地と砂漠化しつつあるイメージ……だろうか?
観光施設などはもちろん無く、ただただ、綺麗な海と岩山、砂──それが広がるばかりである。
釣りをしても、泳いでも、何をしても構わないのだが……
おっさんは、隣で運転する、リリの横顔を見ながら神の雫を啜っているのが楽しかった。
カーステレオから流れてくる、古臭い夏の歌を頭の中で口ずさみ、たまーに生えているヤシっぽい木を見つけては、腰袋から出したハシゴを登って、リリに採ってやったりもした。
娘達とパステルはどうしたかといえば、すっかり楽しくなった海底採掘漁に出かけている。
信じられない話だが、テティスの創り出した水中結界の中では、火も起こせるし風呂に入ることも出来るそうで……
おっさんの腰袋から、テントやらキャンプ道具一式を勝手に出して、トゥティパによる海底キャンプ合宿が開催されているようだ。
セーブルとシェリーには、ちょっとした旅行をプレゼントした。
……二歩で辿り着く、港町・ラッキーアイランドの招待券と、リゾートホテル・サンクチュアリィの宿泊券だ。
ちょっとしすぎではあるが、
まぁ樹海サバイバルをプレゼントするよりはマシであろう。
そういった訳なので、おっさんとリリは数日の間自由なのである。
とはいえ、これといって何かしたい事があるわけでもなく──
セーブル達を送るついでに買って帰ってきた水着をリリにあてがって、赤面されたり、日焼け止めオイルを塗り合ったり……
仕事をしていれば、あっという間に終わってしまう一日を──ゆっくりと、のんびりと過ごしていた。
するとリリが、
「旦那様、あれは何でしょうか?」
と浜辺を指差して言った。
日本の海岸のようにゴミだらけではない、ワカメや珊瑚の屑くらいしか見当たらない海岸に、ポツリと一つ、小さな木樽のような物が流れ着いていた。
照れくさいが……リリがそうするので手を繋ぎ、
波打ち際まで近寄ってみると──
落ちていたソレは、おっさんのジョッキを一回り大きくしたような、木製のコップみたいな物だった。
「コップけ…?…タコでも入ってそうだな」
などと言い、足で蹴ってみると──
本当にニュルリと、タコの足が出てきた。
二人は顔を見合わせて笑い、
「酢締めにして、披露宴用のツマミにでもしてやっけ?」
と、木樽を拾い上げて腰袋に仕舞った。
おっさんの腰袋には、異世界テンプレ的な、
『生物は入らない』といった制約はない。
何故なら、ただの腰に付けた道具袋だからだ。
ハンマーもバールも、タコも入るのだ。
波がいい感じに割れている砂浜を見つけ、車で乗り付けてしばらく眺める。
ふとリリを見ると、何やら身体を捻って波を見ているので──
「これやってみっけ?」
と、昔どこかのお施主さんに貰ったサーフボードを、腰袋から出してみた。
するとリリは、それを砂の上に置いて乗り、海上のうねりが波になり、崩れ始めるのに合わせて身体を動かした。
「海には入らないのけ?」
と聞くと──
「波の上に降ろして頂けるなら、乗れますが……
手で漕いで沖に出るなど出来るわけがありません」
と言った。
地球の『乗り物』を全て操縦する知識をインプットしたリリだが、筋力やスタミナはダウンロード出来ないらしい。
おっさんも若い頃憧れはしたが、いじめられっ子体質が故にサーファーになどなれなかった為、煙草だけを真似した記憶がある。
面白くなったので、後ろに回ってサーフボードを持ち上げてやり、本当の斜面っぽい角度にして揺らしてやると──
とても楽しそうに笑ってイメージサーフィンを魅せてくれた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
本日、おっさんが宿舎として取り出したのは──
『海の家』だ。
丸太と番線で組まれていて、釘やネジをなるべく使わない、2ヶ月程度で解体する、毎年恒例の簡易的な休憩所である。
床はコンパネとゴザ、屋根はプラスチックの波板、壁に至っては、よしずである。
プライバシーもセキュリティもあったもんじゃないが、人っ子一人いないビーチで、愛する妻と二人っきりである。
気にすることはあるまい。
海底ゴブリンの血液は、キリッと冷えた白ワインだった。
グラスに注いでリリに出してやり、魚介を入れたシーフード焼きそばでも作るか…と、腰袋に手を入れると──
ヌルリと気色の悪い感覚が腕を撫でた。
……先程突っ込んだだ、木樽に入ったタコだった。
おっさんの腰袋は、巨大な重機からリゾートホテルまで──すっぽりと入ってしまう深さ(?)があるというのに……
なぜか腕に絡みついてきたのだ。
「きめぇな……焼いちまうど?」
樽ごと引っ張り出して、流し台へ。
流水でゴシゴシ洗って滑りを落とし、ぶつ切りにしてしまう。
焼きそばにも使うが、まぁまぁ大きいからタコ焼きにも回してやろう。
海の家にはたこ焼き用鉄板も備えてあったので、手早くくるくると焼いてゆく。
リリの元へ運び、とりあえず乾杯して少しくつろぐ。
さっきのタコだと教えてやると、喜んで口に運ぶが、熱すぎたのか苦戦しているようだ。
恥ずかしがりながらも、しぶしぶ着てくれた水着が似合い、普段からあまり肌を出さないので腕も足も真っ白である。
ハフハフッっと一生懸命に冷ましながら食べているが、おっさんが焼いた鉄板ごと木板に乗せて運んできたため、熱気で汗ばんでしまったようだ。
「──樽の中には、何か入ってましたか?」
ひとしきりして落ち着いたリリが、そんな事を聞いてきたので、
「ん?タコは引っ張り出したけんども、
底まではみてねぇな?」
そう言って、キッチンへと立ち、藻でヌルッとする樽を逆さまにしてみると──
カランっと、一つ、貝殻が落ちてきた。
「お?こりゃ、トゥエラ達がハマってるアコヤ的な貝だっぺよ」
それ以外には何も入っていなかったので、さっと水で洗って、リリに見せに持っていってやる。
「ほれ、貝が入ってたわ。
テーブルに置くと、リリがにっこりと微笑んで、
「良かったです。少々角度が…と思って心配していたのですが」
と、よくわからない事を言う。
「それよりも、開けてみて下さい!」
と、急かしてくるのだが、ピストンツールとピックアップツールは、トゥティパの3人に預けてあるのだ。
ドライバーを突っ込んで無理にこじ開ければ、中の貝が死んでしまうだろうし…どうしたものかと考えていると──
「この個体はですね、中身も詰まってて美味しいそうですよ」
と、どこかにアクセスして調べたリリが言う。
「そうけ!んだらば焼いて、バター醤油で食ってみっけ?」
と、カセットコンロと鉄板を設置して、以前港町で仕入れた魚介も一緒にジュウジュウと熱してゆく。
やがて、貝先が少しずつ開き始め、隙間から醤油を流し入れ、しばらく待つ。
見た目は化け物みたいだが、確実に美味いエビやイカ、他の貝類もひっくり返したりしつつ──
ワインで喉を潤す。
醤油が焦げて香ばしい匂いが立ち上がり、リリが思わずゴクリと喉を鳴らす。
外を見れば夕日がとても綺麗で、半分くらい海に沈み、
空を見れば後ろから、夜が追いかけてきているようだった。
完全に開いた貝は、グツグツと醤油と旨みを煮立たせており、そこに小さいバターを置けば──
なんとも食欲のそそるいい香りが漂う。
風呂の洗面器くらいある個体の貝柱は、極厚ステーキのようなボリュームで、貝殻の上でナイフで切り分けてリリの皿に置いてやる。
すると──コロリと……
大きめのビー玉くらいの宝石が、テーブルに転がった。
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──ここで一旦、時を戻そう──
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リリの視界の先に、小石が一つ、道に転がる。
彼女は一気にアクセルを全開にし──
突然のヘアピンカーブを決め、そのまま路地へと走り去る。
その、数瞬前──滑るタイヤに弾かれた、豆粒程の小石は──
通りすがりの馬車の蹄を直撃し、馬が驚いて跳ね上がった。
この後の展開は、お察しの通りであるが──
では、蹄に当たって跳ね返った小石は、どこにいったのか?
安物とは言え、余った宝石で拵えられた馬の蹄は相当に硬く、馬を脅かせこそしたが、ソコにはなんの傷を残す事もなく、小石を跳ね返した。
ヒューっと空を舞った小さな石粒。
本来であれば、そのまま道に転がり、誰の目にも止まることはないだろう。
だが──因と果、全ての結末を把握したリリの、ドリフトによって飛ばされた小石の役割は、悪徳な大臣と宝石商を裁く事だけでは──無かった。
カラスが一羽、道に落ちていたパン屑を見つけて空から降りてきた。
そこへ丁度、小石がカラスの顔を掠め、驚いて声を上げさせた。『カァ~~~!!』
その真下あたりで丁度、野良猫がネズミを追い詰め、今まさに飛びかかろうとしていた。
突然のカラスの鳴き声に、全身の毛を逆立てて飛び上がり、その隙にネズミは逃げ出した。
床に食べカスの散らばる、酒場に逃げ込んだネズミは、カウンターにいくつも伏せられていた木樽のジョッキを齧って穴を開け、そこを住処とした。
その夜、営業の始まったら酒場は騒がしく、酔っ払い達が機嫌良く酒を飲み、店員達は忙しなく酒を作っては運んでいた。
確認を怠り、ネズミの入った木樽に酒を注いでしまい、客の元へ。
酔っ払いは気にする事もなく酒を飲み、頃合いを見て金を払って店を出る。
この店の木樽は、呑みながら持ち帰っても咎められる事はなく、次回返しにくれば、酒が一杯タダになるというサービスがある。
酔っ払いは千鳥足で、機嫌良く歌を歌いながら、酒を煽り……顔にネズミが落ちてきた。
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