93 / 279
第五章
第十話
しおりを挟む
ゆっくりと寝た翌日。
おっさんは呟いた。
「もう一年くらいここにいるよな」
数えた訳ではないが
体感的にそう感じた。
頂上まで行くってことは、
あと一年半くらいはかかる訳だ。
衣食住に不満はないが…
飽きたのだ。
どんな大きい現場でも、やればやっただけ進捗があるし。
終わるが見える。
「ここでの結果は、壁に刻まれた数字だけ。進捗が可視化されすぎてて逆に辛ぇ…」
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ぐずぐずしていても、終わりはやってこない。
重たい腰を上げ、おっさんはヒリヒリと疼く尻をさすりながら、また歩き出した。
【10000f】
部屋は、階段を一周しただけで、すぐそこにあった。
だが、奇妙なことにモンスターの気配がない。
いつもなら、扉の奥に潜んでいたり、部屋の隅から現れたりするものだが——今のところ、何も。
石造りの空間は、これまでよりも幾分か無機質で、静かだった。
草も、装飾も、罠すらも見当たらない。まるで“何かが終わった後”のような、冷えた余韻が残っているだけ。
壁を叩いても、床を蹴っても、反応はない。
おっさんは肩をすくめ、煙草に火を点けた。
ふぅ、とひと息つき、白い煙を吐き出す。
そこに、トゥエラが小さな足取りで部屋の中央へと歩いていく。
いつものように、ただの探索だと思っていた——その瞬間。
床が、光った。
真四角の空間いっぱいに、丸い紋様が浮かび上がる。
それはまるで、神殿の封印でも解かれたかのように、音もなく、荘厳に輝き始めた。
幾重にも絡む幾何学模様。
無数の細い線が、ひとつずつ光を帯びていく。
それらはやがて、中央に立つトゥエラへと集い、まるで“選ばれし者”を認識したかのように、彼女の足元を囲んだ。
「……魔法陣?」
アニメでしか見たことがなかったその光景が、現実として目の前にある。
そして——
トゥエラの身体が、静かに、そして確かに——発光を始めた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
目の眩むような光が、やがて静かに、波紋のように収束していく。
残された光の粒が、金の砂のように宙を舞いながら床へと降り注ぎ…
そこに立っていたのは——
もはや“幼女”ではなかった。
すらりと伸びた手足。
揺れる長い髪。
あのトゥエラの面影を残しつつも、どこか気品と風格を纏った、見知らぬ美しい女性がそこにいた。
だが、瞳だけは変わっていない。
懐かしい、強く、優しい光を湛えたまま、こちらをまっすぐ見つめてくる。
そして、彼女は口を開いた。
「……妾は、トゥエラ・アーキペルラ。かつて、ドワーフの王家に連なる者なり——」
まるで昔語りのような調子で、ゆっくりと語り始める。
おっさんは、煙草の火を落としそうになりながら、口を開けたまま、しばし硬直していた。
「……え、誰?」
手には、美しくもどデカい斧を携えて——
まるで泉に落とした時に拾ってくれる“正直者だけが出会える人”みたいな。
威風堂々たる佇まいのまま、一歩。
魔法陣の中心から足を踏み出すと…
「ぴこんっ」
音が鳴った気がした。
次の瞬間、元通りの幼女だった。
ちょこんとした姿に、巨大な斧だけが場違いに残る。
「探偵かよ……」
おっさんのツッコミが、塔の壁にやけに響いた。
おっさんは呟いた。
「もう一年くらいここにいるよな」
数えた訳ではないが
体感的にそう感じた。
頂上まで行くってことは、
あと一年半くらいはかかる訳だ。
衣食住に不満はないが…
飽きたのだ。
どんな大きい現場でも、やればやっただけ進捗があるし。
終わるが見える。
「ここでの結果は、壁に刻まれた数字だけ。進捗が可視化されすぎてて逆に辛ぇ…」
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ぐずぐずしていても、終わりはやってこない。
重たい腰を上げ、おっさんはヒリヒリと疼く尻をさすりながら、また歩き出した。
【10000f】
部屋は、階段を一周しただけで、すぐそこにあった。
だが、奇妙なことにモンスターの気配がない。
いつもなら、扉の奥に潜んでいたり、部屋の隅から現れたりするものだが——今のところ、何も。
石造りの空間は、これまでよりも幾分か無機質で、静かだった。
草も、装飾も、罠すらも見当たらない。まるで“何かが終わった後”のような、冷えた余韻が残っているだけ。
壁を叩いても、床を蹴っても、反応はない。
おっさんは肩をすくめ、煙草に火を点けた。
ふぅ、とひと息つき、白い煙を吐き出す。
そこに、トゥエラが小さな足取りで部屋の中央へと歩いていく。
いつものように、ただの探索だと思っていた——その瞬間。
床が、光った。
真四角の空間いっぱいに、丸い紋様が浮かび上がる。
それはまるで、神殿の封印でも解かれたかのように、音もなく、荘厳に輝き始めた。
幾重にも絡む幾何学模様。
無数の細い線が、ひとつずつ光を帯びていく。
それらはやがて、中央に立つトゥエラへと集い、まるで“選ばれし者”を認識したかのように、彼女の足元を囲んだ。
「……魔法陣?」
アニメでしか見たことがなかったその光景が、現実として目の前にある。
そして——
トゥエラの身体が、静かに、そして確かに——発光を始めた。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
目の眩むような光が、やがて静かに、波紋のように収束していく。
残された光の粒が、金の砂のように宙を舞いながら床へと降り注ぎ…
そこに立っていたのは——
もはや“幼女”ではなかった。
すらりと伸びた手足。
揺れる長い髪。
あのトゥエラの面影を残しつつも、どこか気品と風格を纏った、見知らぬ美しい女性がそこにいた。
だが、瞳だけは変わっていない。
懐かしい、強く、優しい光を湛えたまま、こちらをまっすぐ見つめてくる。
そして、彼女は口を開いた。
「……妾は、トゥエラ・アーキペルラ。かつて、ドワーフの王家に連なる者なり——」
まるで昔語りのような調子で、ゆっくりと語り始める。
おっさんは、煙草の火を落としそうになりながら、口を開けたまま、しばし硬直していた。
「……え、誰?」
手には、美しくもどデカい斧を携えて——
まるで泉に落とした時に拾ってくれる“正直者だけが出会える人”みたいな。
威風堂々たる佇まいのまま、一歩。
魔法陣の中心から足を踏み出すと…
「ぴこんっ」
音が鳴った気がした。
次の瞬間、元通りの幼女だった。
ちょこんとした姿に、巨大な斧だけが場違いに残る。
「探偵かよ……」
おっさんのツッコミが、塔の壁にやけに響いた。
33
あなたにおすすめの小説
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
転生したら王族だった
みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。
レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

