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第八章
閑話 リリ
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──私には、家の記憶がない。
私にとっての居場所は、冒険者ギルドの託児所。
父は──いつも白衣を着ていた。
母は──スーツを着ていた。
両親は、何かの研究調査が仕事だったみたい。
いつも私をギルドに預けて、護衛の冒険者を雇って、何処かへ居なくなった。
託児所には、同じくらいの歳の子達が大勢いた。
夕方になると、親が迎えに来て──嬉しそうに帰っていった。
私にだけは……迎えが来なかった。
夜は小さな部屋に連れて行かれて、あまり美味しくないパンとスープを食べて、一人で眠った。
長い時は、何週間も帰って来なかった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
文字が読める歳になった頃から、私は本を読むようになった。
最初は、実在したのかも判らない──勇者が魔王を倒すお話だった。
王都の冒険者ギルドには、地下が埋め尽くされる程の本があった。
薬草の図鑑、剣の振り方、王国の歴史──
どれほど読んでも、飽きることはなく、寂しさも薄れた気がした。
だけど、沢山の本を読んでいくと…前に読んだ本の内容を思い出せなくなった。
地理の本に書いてあった筈のいろいろな国の名前──
その後に読んだ冒険の話で、変わった名前の国が出てきたんだけど、
それが地理の本に載ってたかどうか──
思い出せなかった。
自分なりに、忘れないように、
リズムをつけて本を読むようにした。
トン、トン、ツー、トンツー、ツートントン、
指で机を叩きながら文字を読むと、
何十冊も読んだ後でもその文章を完璧に思い出せるようになった。
トン、トン、ツー、ツー、
そうして、あれ程あった本の山は──
全て壁の棚に綺麗に整理整頓されて、
何万冊あるのかの総数はわからないのだけど、
トン、トン、と指を叩けばどの本が何処にあるのか、すぐにわかった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ある時、両親が亡くなったと言われた。
私が13歳の時だった。
ただの孤児になってしまった私は、
ギルドで無料でご飯を貰うわけにはいかない。
たぶん、私を預けるのにもお金を払っていたはずだ。
「何か──働ける事はありませんか?」
職員さん達にお願いして、ギルド内での雑用をやらせてもらえることになった。
箒と雑巾を持って、広いギルドの中を磨いて回った。
いつの間にか、指を使わなくても──頭の中でリズムが聞こえるようになって、
それは、掃除でも、怖そうな冒険者でも、優しい職員さんも、全てを思い出せるようになった。
効率よく掃除をして行くと、
ちょうど一日ピッタリでギルドはピカピカになった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
それから数年経って、職員さんの仕事も手伝えるようになった。
登録されている、全冒険者の名前、性別、年齢、得意不得意──
遥か昔から現在までの、依頼の内容とその危険度と報酬額の傾向と対策。
モンスターの特徴と危険度の少ない戦い方。
とはいっても、非力なリリは重そうな剣など持ち上げることも出来ない。
全ては頭の中の、空想の話であり、ゴブリン一匹すら実際に見た事はない。
リリは自覚していなかったのだが、
この頃には、ギルドの経理よりも、ギルドマスターよりも、ギルドの内情に精通してしまっており、
それが故に──ちょっとした計算ミスも見つけてしまうようになってしまった。
癒着。賄賂。談合。裏帳簿──
片っ端から暴いてしまい、本人は悪気もなく報告を済ませると……
職員さん達の顔ぶれがガラッと変わった。
リリが幼い頃から、あまり美味しくないパンを届けてくれていたお姉さんは、今も受付に座っていて、
手招きで呼ばれた。
「あんたねぇ、私でも気付けなかった膿を全部出しちゃったのは凄いけど──気をつけなさいよ……
ギルドの外に、絶対に一人で出てはダメよ。」
リリには何のことだかピンと来なかったのだが、
そもそもギルドに住んでいるリリは、ここから外出する必要は一つもなく、
給金も頂けるようになった今は、併設されている酒場で、お肉の入ったスープも、
焼きたてのパンも食べれるようになった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ある時──自分の身体から、変な音がした。
『ピポパピポパ────ポーポーポー──
ピーヒョロロ~~──ガガガガ──』
ギルド中の視線がリリに向けられる。
異世界人にとって聞いたこともない電子音は、とても奇妙で……不快だった。
「あ、三日前に討伐に出かけた『白波の結末』さん達一行が──
西の──山間で──オー…ガ?の群れに襲われていて危険です。直ぐに増援を──」
伝令が駆け込んできた訳でもないのに、机に座って書類を整理していた少女が、突然荒唐無稽な事を言い出した。
「バカ言うな!西の山にオーガなんざ居るわきゃねぇだろ!」
怖そうな冒険者が大声でリリを叱責してきた。
騒つくギルド内を一括したのは──ギルドマスターだった。
「鎮まれ!!──おいリリ、おめぇどこでそんな話を知った?」
筋肉ムキムキの黒猫が、仁王立ちで問い詰めてくる。
「あの、頭の中に聴こえたんですよね……
あと半日遅れれば全員死亡して、そのオーガは南下して小さな村を襲うとも──」
ギョッとした顔をするギルマスは、それでも大きな声をだし、
「Bランク以上のパーティ!直ぐに集まれ!!
馬も各自に貸す!!直ぐに増援に走れ!!」
後日──満身創痍の白波の結末は、それでも命を拾い王都に帰還した。
増援に向かった冒険者達もベテランだった事もあり、何とか死者は出さずにオーガの群を鎮圧し切れたようだ。
それからも度々、リリから妙な音声が響くようになり──
気味悪がって距離を置く者、
感謝して崇拝する者、
様々な人物と関わりを持ちながらも──
色恋沙汰も「い」の字もなく、26歳になってしまった。
そんなある日、風体の冴えない中年の男性が、
ギルドを訪れてきたのだが──
──この話は、ここまでとしよう。
閑話 リリ 完
私にとっての居場所は、冒険者ギルドの託児所。
父は──いつも白衣を着ていた。
母は──スーツを着ていた。
両親は、何かの研究調査が仕事だったみたい。
いつも私をギルドに預けて、護衛の冒険者を雇って、何処かへ居なくなった。
託児所には、同じくらいの歳の子達が大勢いた。
夕方になると、親が迎えに来て──嬉しそうに帰っていった。
私にだけは……迎えが来なかった。
夜は小さな部屋に連れて行かれて、あまり美味しくないパンとスープを食べて、一人で眠った。
長い時は、何週間も帰って来なかった。
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文字が読める歳になった頃から、私は本を読むようになった。
最初は、実在したのかも判らない──勇者が魔王を倒すお話だった。
王都の冒険者ギルドには、地下が埋め尽くされる程の本があった。
薬草の図鑑、剣の振り方、王国の歴史──
どれほど読んでも、飽きることはなく、寂しさも薄れた気がした。
だけど、沢山の本を読んでいくと…前に読んだ本の内容を思い出せなくなった。
地理の本に書いてあった筈のいろいろな国の名前──
その後に読んだ冒険の話で、変わった名前の国が出てきたんだけど、
それが地理の本に載ってたかどうか──
思い出せなかった。
自分なりに、忘れないように、
リズムをつけて本を読むようにした。
トン、トン、ツー、トンツー、ツートントン、
指で机を叩きながら文字を読むと、
何十冊も読んだ後でもその文章を完璧に思い出せるようになった。
トン、トン、ツー、ツー、
そうして、あれ程あった本の山は──
全て壁の棚に綺麗に整理整頓されて、
何万冊あるのかの総数はわからないのだけど、
トン、トン、と指を叩けばどの本が何処にあるのか、すぐにわかった。
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ある時、両親が亡くなったと言われた。
私が13歳の時だった。
ただの孤児になってしまった私は、
ギルドで無料でご飯を貰うわけにはいかない。
たぶん、私を預けるのにもお金を払っていたはずだ。
「何か──働ける事はありませんか?」
職員さん達にお願いして、ギルド内での雑用をやらせてもらえることになった。
箒と雑巾を持って、広いギルドの中を磨いて回った。
いつの間にか、指を使わなくても──頭の中でリズムが聞こえるようになって、
それは、掃除でも、怖そうな冒険者でも、優しい職員さんも、全てを思い出せるようになった。
効率よく掃除をして行くと、
ちょうど一日ピッタリでギルドはピカピカになった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
それから数年経って、職員さんの仕事も手伝えるようになった。
登録されている、全冒険者の名前、性別、年齢、得意不得意──
遥か昔から現在までの、依頼の内容とその危険度と報酬額の傾向と対策。
モンスターの特徴と危険度の少ない戦い方。
とはいっても、非力なリリは重そうな剣など持ち上げることも出来ない。
全ては頭の中の、空想の話であり、ゴブリン一匹すら実際に見た事はない。
リリは自覚していなかったのだが、
この頃には、ギルドの経理よりも、ギルドマスターよりも、ギルドの内情に精通してしまっており、
それが故に──ちょっとした計算ミスも見つけてしまうようになってしまった。
癒着。賄賂。談合。裏帳簿──
片っ端から暴いてしまい、本人は悪気もなく報告を済ませると……
職員さん達の顔ぶれがガラッと変わった。
リリが幼い頃から、あまり美味しくないパンを届けてくれていたお姉さんは、今も受付に座っていて、
手招きで呼ばれた。
「あんたねぇ、私でも気付けなかった膿を全部出しちゃったのは凄いけど──気をつけなさいよ……
ギルドの外に、絶対に一人で出てはダメよ。」
リリには何のことだかピンと来なかったのだが、
そもそもギルドに住んでいるリリは、ここから外出する必要は一つもなく、
給金も頂けるようになった今は、併設されている酒場で、お肉の入ったスープも、
焼きたてのパンも食べれるようになった。
➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖
ある時──自分の身体から、変な音がした。
『ピポパピポパ────ポーポーポー──
ピーヒョロロ~~──ガガガガ──』
ギルド中の視線がリリに向けられる。
異世界人にとって聞いたこともない電子音は、とても奇妙で……不快だった。
「あ、三日前に討伐に出かけた『白波の結末』さん達一行が──
西の──山間で──オー…ガ?の群れに襲われていて危険です。直ぐに増援を──」
伝令が駆け込んできた訳でもないのに、机に座って書類を整理していた少女が、突然荒唐無稽な事を言い出した。
「バカ言うな!西の山にオーガなんざ居るわきゃねぇだろ!」
怖そうな冒険者が大声でリリを叱責してきた。
騒つくギルド内を一括したのは──ギルドマスターだった。
「鎮まれ!!──おいリリ、おめぇどこでそんな話を知った?」
筋肉ムキムキの黒猫が、仁王立ちで問い詰めてくる。
「あの、頭の中に聴こえたんですよね……
あと半日遅れれば全員死亡して、そのオーガは南下して小さな村を襲うとも──」
ギョッとした顔をするギルマスは、それでも大きな声をだし、
「Bランク以上のパーティ!直ぐに集まれ!!
馬も各自に貸す!!直ぐに増援に走れ!!」
後日──満身創痍の白波の結末は、それでも命を拾い王都に帰還した。
増援に向かった冒険者達もベテランだった事もあり、何とか死者は出さずにオーガの群を鎮圧し切れたようだ。
それからも度々、リリから妙な音声が響くようになり──
気味悪がって距離を置く者、
感謝して崇拝する者、
様々な人物と関わりを持ちながらも──
色恋沙汰も「い」の字もなく、26歳になってしまった。
そんなある日、風体の冴えない中年の男性が、
ギルドを訪れてきたのだが──
──この話は、ここまでとしよう。
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