【R18】あるTS病罹患者の手記

Tonks

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6月9日(金)雨 『ビデオ』

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 何が起きているのかわからないままこれを書いている。

 ペンを持つ指が震える。……のんきにこんな日記を書いている状況ではないのかも知れない。

 だが僕には、こうして文章にしたためることでしか状況を整理することができない。

 ……そう、とりあえずは状況の整理だ。そのために、自分が目の当たりにした事実をありのままに書こうと思う。

 紺野と顔を合わせたくなかった僕は、一昨日、昨日に続いて、今日も寮の部屋に立ち寄ることなく栗谷のマンションに向かった。もちろん、そのまま週末をそこで過ごすためだ。

 だがいつものように鍵を開けて中に入った僕は、そこで不審な声を耳にした。それはくぐもった女の声だった。誰か中にいるのだろうか……だがそれにしては声が小さい――それが最初の印象だった。

 何度も通っていることで住み慣れた家のように感じていたこともあり、侵入者を警戒するような気持ちで中に踏み入ると、カーテンの下ろされた薄暗い部屋にテレビが点いていた。

 栗谷が消し忘れていったのだろうか。そう思いながら何気なくテレビの画面を見て――そこで僕は固まった。

 テレビに映っていたのは無修正のアダルトビデオだった。華奢な身体つきの美少女が快楽に歪んだ顔でよだれを垂らしながら、何かに取り憑かれたように股間をいじりまわし、切ないあえぎ声をあげていた。

 そのビデオが目に飛び込んできた瞬間に僕が思ったのが『誰この新人女優? 絶対に売れる!』だったのは、今思えば滑稽ですらある。

 実際、そのビデオできれいなピンク色の性器をいじりながらあえいでいるその透明感ある美少女が、どこぞのレーベルから鳴り物入りでデビューした前途有望な新人AV女優だと思ったのだ。

 カーテンをおろしたままの薄暗い部屋に、僕はテレビの前にまわって座り込むと、画面に映るその映像を食い入るように見つめた。

 壁に背中を預けるようにして大胆に脚を広げ、自分の股間を覗き込むようにして夢中でオナニーしているその少女は、さながら淫魔をその内に宿した天使だった。

 モザイクのかかっていない股間には、つやめいた桜色の粘膜の中央にひとつだけ小さな穴が開いた芸術的と言っていいほどの処女膜が垣間見えた。その女優がいわゆる処女喪失ものの作品でデビューしようとしているのだと知り、僕の興味はいやが上にも高まった。

 カメラは定点から撮影しているようで、画角は固定されたまま動かなかった。SSS級美少女のデビュー作には相応しくない、まるで盗撮もののエロビデオだ――そう思ったところでふと、僕は画面の中であえぎ声をあげている美少女の顔に見覚えがあることに気づいた。

 至近距離で画面に顔を近づけてその女優を凝視した。放恣にゆるみきった顔でついに涙まで流しはじめたその線の細い美少女の顔には、たしかに見覚えがあった。……どこで見た顔だろう? おそらくそんなに昔ではない。そう……今朝、洗面所で、あるいはトイレで、僕は何度もこの顔を見ている。

 そして僕は、自分が見ているのがデビュー前のAV女優ではないことに気づいた。

 これは僕だ。このビデオの中であえいでいる美少女は他の誰でもない、僕だ。

 そのことに気づいた瞬間、なぜか僕はきょろきょろとあたりを見回した。

 誰かに見られていると思ったのか……あるいは別の理由だったのかわからない。ただ意味もなくきょろきょろと部屋の中を見回して――そこで僕は、テーブルの上に胡椒の瓶をペーパーウェイト代わりにして、一枚のメモ用紙が置かれていることに気づいた。

『学校が終わり次第戻ります。栗谷』

 メモ用紙にはそれだけ書かれていた。

 僕はそのメモ用紙をポケットに突っ込むと、画面の中でいよいよ激しく自慰行為に耽っている自分の映像を置き去りにして、マンションを出た。

 どこをどう歩いて帰り着いたのだろう。寮に戻ったのは門限ぎりぎりの時刻だった。

 部屋に戻ると、紺野はもうベッドの上で毛布をかぶっていた。紺野も一昨日のことで僕と顔を合わせるのが気まずかったのかも知れない。僕は状況がよく把握できないまま机に向かい、この日記を開いた――

 ……以上が今日あったことだ。

 こうして書いていても考えはまとまらず、自分がどこにいるかさえわからない有り様なのだが、それでも自分が決断しなければならないことだけはどうにか見えてきた。

 今、僕が決断しなければならないことはひとつ。これから寮を抜け出し、栗谷が待つあのマンションに向かうべきか、向かわざるべきか――それだけだ。

 ……そういえば、前にも同じようなことがあった。トイレの掃除用具入れに隠しておいた予備の制服が消え、代わりに手紙が残されていたあのときだ。

 あのときも僕は行くべきか、行かざるべきか迷い、長い時間迷い抜いた挙げ句、あのマンションに向かった。

 そして、僕はそうすることで栗谷から多大な恩恵を受けることになった。栗谷のマンションを訪れたあの日から、それまで不自由だった僕の生活は一変したのだ。

 その恩を忘れるつもりはない。もしも――もしも栗谷がその見返りに一夜を共にしろと言うのであれば、僕はそれを拒めない……いや、拒んではならないと思う。

 栗谷はそれだけのことを僕にしてくれたのだ。そのことを思えば一夜を共にするくらい――たとえそれが処女である僕にとって特別な意味を持つことになるとしても――甘んじて受け容れなければならない。

 ――けれども、僕の中にはまだ栗谷を信じたいという気持ちがある。

 女になったことを隠し続ける生活に疲れ、押し潰されそうになっていた僕に栗谷が手を差し伸べてくれたときの感動が、まだ胸に残っている。

 どうしてそんなに良くしてくれるんですかと尋ねる僕に、生徒が困っているなら何でもすると言ってくれた栗谷の声が、まだ耳の奥に残っている。

 栗谷を信じる気持ち――信じたいと願う気持ちが、今にも消えようとする小さな炎のように、どちらを見回しても真っ暗な道を照らそうと必死にその身を焦がしている。

 今夜、あのマンションで栗谷が僕の身体を求めてくるようなことがあれば、その炎は消えるだろう。僕の中にある栗谷への信頼は崩れ、おそらく軽蔑がそれにとって代わる。

 ……それが、僕は何よりおそろしい。処女を奪われることより何より、自分が今、信じて頼ることができるたった一人の大人である栗谷を失うかも知れないことを、僕はこうして日記を書きながらペンを持つ手が震えるほどおそれている。

 いずれにしても、今夜だ。

 この日記を書き終えたら、僕は寮を抜け出して栗谷のマンションに向かうのだろう。

 悲観ばかりしているわけではない。マンションを訪れた僕を栗谷がいつものようにやさしく迎えてくれる――そんな都合のいい展開を、僕は心のどこかで期待している。

 けれども今日、あの部屋のテレビで再生されていたビデオを思えば、今夜こそ僕が処女を喪失する夜だという確信めいたものがある。

 男だった頃を含め生まれてこの方キスもしたことがない僕が、もうあと一時間もすればあのマンションで栗谷と初めてのセックスに耽っている――

 ……あの夜も同じようなことを思った。二週間前のあの夜、そのことを思う僕の心に、そうなることを願う気持ちは欠片も湧いてはこなかった。

 今も同じようなものだ。栗谷と裸で絡み合っている自分の姿を想像しても、淫らな気持ちはほとんど湧いてこない。

 そう……ほとんど湧いてこない。

 今夜、あのマンションを訪れてすぐあのビデオをネタに栗谷に脅され、セックスを強要されて処女を奪われ、やがてはじめての精液を膣内に出される――

 そんな自分の姿を想像しても、そうなることを期待する淫らな気持ちは、これを書く僕の中に湧いてこない。
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