殺人承ります

いずみたかし

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殺人承ります

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 一大決心をして僕はメールで送られてきた住所のマンションの前に辿り着いた。都心にあるそのマンションはとても階層が高く、築年数が浅そうな綺麗な外観だった。ベランダから地上にいる夫と思われる男性へ向かって手を振る女性が微笑ましく見え、宙を舞う桜の花びらがスローモーションのように映った。暖かい春の気候と共に僕の人生にもチャンスが巡ってきた。

 サイトを見つけた時はマウスを握る右手が震えた。殺したくて殺したくて仕方のない奴をどうやって殺すべきか考えを巡らせていた長い時間が報われ、神様からチャンスを与えられたような気がした。
 サイトのトップページには血を連想させるような猟奇的な赤文字で「殺人承ります」と大きく表示されていた。
   これなら自分の手を汚さずに・・・。
 そんな考えが頭をよぎり、寝る間も惜しんで何日もパソコンにかじりつき、殺人代行サイトを隅から隅まで眺め、サイトの管理人と連絡を取ることに成功したのだ。

 マンションの入口はオートロックだった。メールに記載されていた部屋番号を押す。いよいよ僕も人としての一線を越えるのだと思うと心臓の鼓動が速くなっていくのを感じる。ドキドキしながら待っていると、何の返答もなく自動ドアが開いた。素っ気ない殺人代行人だ。いや、殺人を犯すような人間が愛想のいい人間の方がおかしいか。
 開いたドアを通過し、エレベータのボタンを押し、できるだけ監視カメラに顔が映らないように帽子を深く被った。そして俯きながらエレベータへ乗り込む。4階のボタンを押してから閉ボタンを押す。だだっ広いエレベータは小綺麗だが無機質で空虚な感じがした。
 4階に着き、指定された部屋番号の部屋を探す。
   427号室。
 427で「死にな」とも読めるその数字は殺人代行のためにあえて選んだ部屋番号なのだろうかと意味のないことを考えた。
 インターフォンを押す前に今からなら引き返せるかもしれないという思いが一瞬ちらついたが、すぐに振り払う。覚悟を決めてここに来たはずじゃないか。奴を殺すために。
 インターフォンを押して1秒もしない内に玄関のドアが開いた。
「浦川(うらかわ)哲郎(てつろう)さん?」
 パジャマ姿で寝ぐせの目立つ少年が眠たげな表情でこちらを窺う。10代後半、いや10代半ばにも見える程に幼く見える。メールのかしこまったお堅い文章からは想像できない程、若く柔らかそうな人物だ。
「あ、はい。そうです」
「入って入って」
 少年に促されるがまま、部屋に入る。用意されていたグレーのスリッパを履いて部屋に踏み入ると、あまりにも簡素な部屋の様子に少し拍子抜けした。壁紙は真っ白で木製のダイニングテーブルとソファぐらいしか物がない。殺人者の部屋はもっと禍々しい雰囲気が出ているものなのではないかという先入観が打ち砕かれた。
「まあ、座って楽にしてよ」
 殺風景なワンルームの中央にポツンと置かれた黒い革張りのソファに少年が腰掛ける。僕は言われた通りに木製の低いテーブルを挟んだ対面のソファに腰を降ろした。
「ああ、挨拶がまだだったね。俺は三島(みしま)しのぶ。よろしく」
 男の子でしのぶとは珍しい名前だと思った。ジェンダーレスが根付きつつある今時は普通なのだろうか。
「で?どんな風に殺してほしいの?」
 前置きもせずに三島が本題に入る。その時の三島の目は新しい遊びを楽しみに待つような純粋な子供のようにキラキラしていた。本題とは言っても僕は殺し方までは考えてはいなかったので唖然とする。
「え、えーとですね」
「あー、浦川さん。敬語じゃなくていいよ。俺の方が年下だろうし。ちなみに俺20歳ね」
 10代だと思っていた三島が成人していることに少し驚いたが、それでも僕よりも1回り以上若い。
「じゃあお言葉に甘えて。三島さん」
「しのぶでいいよ。さん付けもしなくていいしさ。俺も哲郎さんって呼んでいい?」
 随分と軽く距離を詰めてくる子だ。本来距離を詰められるのは苦手だが、三島が年の離れた子だからなのか、純粋で人懐こそうに見える人間だからなのか、不思議と嫌な感じはしなかった。僕は哲郎と呼んでいいよと答えて言葉を続ける。
「しのぶ君。僕は殺したい人間は決まっているけど、殺し方についてはまだ考えてないんだ」
「えー、そうなの?じゃあ今考えようよ。何かあるでしょ。できるだけ苦しめて殺したいとか」
 笑顔でとんでもない話をするしのぶに少し恐怖を覚えた。だがしのぶが言った、できるだけ苦しめて殺したいという想いは少なからず僕の中にあった。
「じゃあ毒殺、とか?」
 とりあえず思いついた殺害方法を口に出してみる。毒で苦しむ奴を想像すると、僕の心臓がドクドクと鳴った。
「毒殺ねー。まあそれが哲郎さんの本当に望む殺し方ならそれで殺すんだけど、それだけだと何か殺しがいが無さそうだなぁ」
 頬杖をついて遠くを見据えるようなしのぶの瞳を見ると、毒殺はしのぶのお気に召す殺し方では無さそうだった。
「じゃあ逆にしのぶ君の希望の殺し方は?僕はどんな殺し方でも構わないからさ」
 しのぶが目を伏せて考え込む。さっきまでは見せなかった真剣な顔つき。
「うーんとね」
 しのぶが少しためたいながら、言葉を紡ぐ。
「まず目を抉るかな」
「え?」
   メヲエグル?
 しのぶの口から出た言葉がまるで外国語のように遠く離れたものに感じた。
「知ってる?目を抉った時の感触ってすっげえ気持ちいいんだよ。相手もいい声で鳴くしさ」
 興奮した表情で悪意が無さそうに語り出すしのぶに鳥肌が立った。何てことを口にする子だ。
   だが。
 僕は想像してしまった。しのぶの口から放たれた目を抉るという光景を。奴が目を抉られ、悲痛な叫び声を上げる姿を思い浮かべると、口元が少し緩んでいく。
「どう?目を抉るのはコース料理に例えると前菜みたいなもんだけど、いい殺し方だと思わない?」
 しのぶが僕の顔をじっと見て、笑顔で囁きかけてくる。これは悪魔の囁きか。それとも。
「殺し方についてはもう少し考える時間をくれないかな?」
 僕は浮つく自分の気持ちを抑えるため、待ったをかける。
「全然いいよ。依頼人は哲郎さんなんだからゆっくり考えなよ」
 殺人代行人はもっと厳つい外見で、依頼人への態度も大きく、当たりのきつい人間だと想像していたが、しのぶは僕の想像していた人間とは全く異なる人間に見える。だが、いきなり目を抉る等という話を繰り出す狂気じみた人間であることも間違いない。
「哲郎さん、飲み物でも飲む?コーヒー?紅茶?水?何がいい?」
「ああ、ありがとう。じゃあ水で」
 ちょうど緊張で渇き切った喉を潤したいと思っていた所だった。実に出来た子だと感心し、一瞬殺人代行人であるということを忘れそうになるぐらいだ。
「安いミネラルウォーターだけど、どうぞ」
 丁寧な所作で置かれたペットボトルのキャップを捻り、ゴクッゴクッと等を鳴らしながら水を流し込む。
「哲郎さん。メールで情報もらった今回のターゲットのことで話を進めてもいいかな?」
 しのぶはペットボトルの水を一口飲むと、真っ直ぐな目でこちらを見てきた。その目は汚れを知らない純粋な子供のような目だった。
「ああ、殺して欲しいターゲットは赤石(あかいし)しずかっていう女で・・・」
「この女だね」
 しのぶは木製テーブルの上に写真を何枚も並べた。その写真は赤石しずかの様々な場面での写真だった。デスクに座っている仕事中、プライベートのショッピングモールにいる写真等、多岐にわたっていた。
「メールで情報伝えてから短期間なのによくこんなに写真を集めたね」
 僕はしのぶの情報収集能力に驚いた。裏社会の人間にとってはこのぐらいは簡単なのだろうか。もっとも僕は赤石しずかの職場については押さえており、他の秘密も知っているが。
「メールのやり取りでは聞かなかったけど、哲郎さんはどうしてこの女を殺したいの?」
   この女がほのかを奪った。僕のほのかを・・・。
「それは・・・」
「言いたくなければ別にいいんだ。俺は殺しができれば満足だからね」
 口ごもるとしのぶはすぐに察したようで、決して無理強いをしない心遣いを見せた。
「全て奪われたから。この女に」

「順調に進んでるよ。ありがとな」
 しのぶのマンションを出て、駅へと向かう途中、僕は唯一の友人である黒崎(くろさき)に電話をかけた。
「あ、あ、そうなんだね。よかった」
 吃音のある黒崎のいつもの声。僕を安心させる声。僕達は中学時代、共にいじめられっ子同士で、いじめられていたことがきっかけで友達になった。今でも続いているその友人関係は僕にとって手放せない毛布のようなものだった。
「管理人はいい人そうだし。上手くいきそうだよ。本当に黒崎のおかげだ」
「浦川君」
「ん?」
「ご、ごめんね」
「え?何が?」
 突然謝り出した黒崎の声は震えているようで、なぜ謝るのか見当もつかなかった。
「あ、友達なのに悩んでたの気付かなくて。もっと早くあのサイト教えてあげられれば良かったなと思って」
「何言ってんだよ。全然そんなことないよ」
 こんなにも自分のことを想ってくれている友人がいることに胸が熱くなった。親からも職場からも見放されている僕にとって、この友人の存在は命綱のようなものかもしれないと気付いた。

 ほのかとの出会いは1年程前だった。僕の脳内のメモリに保存されている言葉がまるで昨日のことかのように再生される。
   浦川さんってとても素敵な方ですね。いつもありがとうございます。
 ほのかが全く嫌みのない笑みを浮かべながら口にしたその言葉は、僕の心をかき乱した。もっともっとかき乱されたい。手汗をかきながら僕は心の底からそう思った。ほのかの為ならどんなことだってしてみせる。そう思っていた。

 日曜日の夜はいつも憂鬱だ。サザエさん症候群という言葉を作った人は天才だと僕は思う。もっとも僕はサザエさんを観るわけではないが。
 夕食のカップラーメンを流し込んだ後、シャワーを浴びてから冷蔵庫の扉を開ける。自炊をしない僕の冷蔵庫の中はお酒しか入っておらず、がらんとしている。僕は缶ビールを1本取り出し、プルタブに指をかける。プシュッという缶を開ける音と一口目のビールの苦い味わいが日頃の鬱憤を少し晴らしてくれる。
【本日午後2時過ぎ、三鷹駅前の交差点で自動車の暴走事故により12名が死傷し、12名の内5名が死亡、7名が重軽症を負っています。運転手の森(もり)陽一(よういち)(35歳)容疑者は青信号を横断中の歩行者に猛スピードで突っ込んだ模様です。容疑者の体内からはアルコールや麻薬は検出されず、「誰でもよかった。人を殺して全て投げ出したかった」とだけ供述が取れています】
 たまたま夜のニュース番組を付け、その報道をぼんやりと見ていた。
 5名の死者の中には大変仲のいい3人の親子がおり、その3人がクローズアップされていた。夫は大手広告代理店に勤めていた明るく仕事ができる人間、妻は美人で穏やかな性格、可愛らしい5歳の娘。この3人がとてもいい人間であったという知人のインタビューが行われていた。
 僕はこの報道に感じた違和感があった。誰でも良かった等という言動で殺人を犯してしまう人間がいることにはさほど僕にとってインパクトはない。問題は5名の死者がいるにも関わらず、クローズアップして取り上げられているのが3名の家族だけという点だった。残り2名の死者は先程紹介された社会にとって失われれば誰もが悲しむような人間とは真逆の人間なのではないだろうかという僕の穿った想像が働いた。このような感情を他人に曝け出すことはないが。
 どんな命もかけがえのないもので命は平等という綺麗事がいかに虚飾であるかを実感せざるを得ず、憤りすら感じた。気付くと500mlの缶ビールを飲み干し、2本目に手を出していた。

 月曜日の朝を迎える。頭がガンガン痛むが、そのぐらいで有給休暇を気軽に使える立場ではないため、重たい体に鞭を打って起き上がる。
「そのデータ入力、今日中に処理しといて」
 出社すると、上司の笠岡(かさおか)がいきなり書類の山を僕の机の上に置いた。
「これ全部、ですか?」
 書類の量からして今日中というのはかなり厳しいノルマだ。それを当然と言わんばかりの態度で押し付けてくる上司に苛立ちを覚えた。
「ああ、よろしく頼むよ」
「さすがにこの量はちょっと厳しいです」
 反論すると笠岡が眉を顰め、場の雰囲気が凍り付いた。
「そういえば、浦川君。そろそろ契約期間満了だよね」
 笠岡の口元は緩んでいるが、目は笑っていない。その目はまるで人形のように無機質で、僕に何かを訴えている。
 派遣社員である僕は現在2か月毎の契約を結んでいる。そして契約が更新されるかどうかは僕の上司である笠岡が権限を握っている。よって、笠岡の機嫌を損ね、評価を下げるような真似をすれば、契約解除につながりかねない。
「今日中ですね。分かりました」
「最初からそう言えばいいんだよ」
 笠岡がボソッと呟いた独り言がかすかに聞こえた。
「悪いね。宜しく」
 笠岡が黄ばんだ歯を見せて笑い、その場を去っていった。僕は右手をぎゅっと握りしめる。
「ふざけやがって。ハゲ野郎」
 笠岡が視界から消えてから、僕は誰にも聞こえないボリュームで悪態をつく。オフィスチェアを蹴り倒したい衝動にも駆られたが、周囲の目や評判を気にする理性が勝ち、思いとどまった。
   あの女の次は笠岡を殺してもらうか。
 僕の脳裏に殺人代行サイトがよぎる。いや、だが身近な人間を狙うのは避けるべきか。しのぶに話したら何と言うだろうか。
 自分の心が不安定になっていることに気付き、コーヒーでも飲んで心を鎮めようと思い立つ。愛用のマグカップを手に取り、じっと眺める。ほのかのサインが入ったマグカップ。マグカップを触った手から、ほのかとの思い出が体の中へ侵入し、僕の心を癒してくれる魔法のような力が働く気がした。

 あの日は仕事でミスを繰り返し、上司から度重なる叱責を受けたのもあり、最悪の気分のまま会場に辿り着いた。新宿のさびれた雑居ビルが並んでいる通りを傘をさしながら歩いていたはずだが、気分が沈んでいたからか雨の中を歩いていた記憶は全くなかった。
 会場のあるビルの入口にはその日のライブの内容が書かれている看板が設置されていた。
『トリプルガールズライブ 地下1階ライブ会場にて19時~開演』
 スマートフォンで時間を確認すると19時を少し回った所なので、少し前にライブは始まってしまっているようだった。
 会場に入るとライブハウスの規模は小さく、観客こそ少ないが、想像以上の盛り上がりだった。地下アイドルのライブというはもっと静かなものだと思っていた。ライブハウス全体を黒で覆われたこの空間が何だか僕には新鮮に感じた。
「みなさーん。楽しんでいってくださいね」
 壇上で踊る3人の内の真ん中の子の声が僕の鼓膜を震わせた。今思えば鼓膜だけでなく、心も震えていたのだと思う。
「センターの三崎(みさき)ほのかです。今日は来てくれてありがとうございます」
 とても小柄で華奢な体。そして満面の笑みを浮かべる少し丸っこい愛嬌のある顔に僕は心を奪われた。
「ほのぴー。ほのぴー」
 いかにもアイドルオタクという風貌のファンが曲の間奏に合わせて声を張り上げていた。4人の集団のオタク達はサイリウムを振り上げるタイミングも綺麗に一致しており、その姿がとても滑稽に映った。そのような人間がいることに僕は少し優越感を覚えた。
 ライブの後にはファンとの交流会があり、このようなイベントが初めての僕は委縮していた。しかし、ほのかと交流したいという想いもあり、参加することを決め、10人程の列に並んだ。
「ほのぴー。今日も最高だったよ」
 先程見かけたオタク達の内のリーダー挌と思われる太った男がほのかと握手しながら、顔を異常なくらい近づけていた。鼻息も荒い。気持ち悪い奴だなと思った。
「本当ですか?ありがとうございます」
 こんな気持ち悪い奴に対しても嫌そうな素振りもなく笑顔で対応しているほのかの健気さが少しかわいそうに思えた。アイドルとはこういうことが当然なのだろうか。
「CD出たら100枚は買うからね」
「嬉しいです。でもご無理なさらないでくださいね」
 オタク男の長い握手が終わり、僕の番が来た。
「初めまして、ですよね?今日はありがとうございます」
 にっこりと笑みを浮かべながらほのかが差し出した右手に僕はおそるおそる手を合わせる。
「あの、ライブすごい良かったです。また行きます」
 ほのかは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに顔をほころばせた。
「ライブ良かったって言ってもらえるのが一番嬉しいです。ありがとうございます」
「また会えるのを楽しみにしてますね」
 これが僕とほのかの出会いだった。

 上司の笠岡から指示されたデータ入力を終え、時計を見ると23時30分を回っていた。
 やっと終わった。単純作業ではあるが、長時間パソコンと向かい合っていた僕は心身ともに疲弊していた。明日は祝日で休みのため、一日中家で寝ようと思った。
 帰り支度を済ませ、オフィスの鍵をロックすると、ポケットのスマートフォンが震えた。
スマートフォンを開くとメールが来ており、差出人はしのぶだった。
【例の件ですが、そろそろ実行に移そうと思います。明日家に来れますか?】
 しのぶはメールだと他人行儀で、会って話している時とは別人のような言葉遣いだ。
【分かりました。明日の13時頃伺っても良いでしょうか?】
 他人行儀なメールに僕も他人行儀な文章で返す。
【承知しました。お待ちしております】

「やあ、哲郎さん」
 翌日の13時過ぎにしのぶのマンションまで行くと、昨日メールを送った人物とは思えない柔らかい笑みを浮かべるしのぶが迎えてくれた。
「今日はプランを考えてきたよ」
「おー。いいね。楽しみだなぁー」
 しのぶは少し興奮した様子でリビングのソファに座るように僕を促し、コーヒーを淹れにキッチンへと向かった。
「コーヒー、ブラックでいい?」
「うん、ありがとう」
 そういえばほのかもブラックコーヒーが好きだったことを思い出した。
   どうしてここにいるんですか?
   もしかしてずっと尾けてたんですか?
 ほのかのマンションの表札には赤石と書いてあった。
   それ以上近づかないでください。警察呼びますよ。
   本当に気持ち悪いです。
 僕のほのかがあんなことを言うはずがない。だから僕は赤石しずかをこの世から消すんだ。僕をあれだけ侮辱したことは絶対に許さない。
ただ殺すだけじゃ駄目だ。それ相応の苦しみを伴わせる必要がある。
 コーヒーを一口啜ると、とても苦く感じたので、砂糖を一杯入れてかき混ぜる。
【先日の三鷹駅前の交差点で自動車の暴走事故により12名が死傷し、12名の内5名が死亡、7名が重軽症を負った事件についてです】
「またこのニュースかぁー。もう飽きたなー」
「確かに毎日見るね。このニュース」
「そうそう。それにさ。取り上げる被害者が一部だけなんだよね。社会的評判とか社会的地位の高い被害者だけ取り上げて、どうしてあんないい人が死ななければならないんだろうって具合にさ」
 しのぶの熱弁に思わず聞き入る。
「でも本当はそれっておかしいよね。本当は命は平等なのに、命に優劣をつけるみたいでさ」
「僕もそう思うよ」
 僕が考えていたことを代弁してくれたしのぶが愛おしく思えた。
「しのぶ君、本題のターゲットの殺し方だけど」
 しのぶが興味深そうに前のめりになる。
「まずはしのぶ君が言ったように目を抉って欲しいんだ。それから両手両足の骨を折って
・・・。最後は毒で殺すっていうのはどうかな?」
「考えてくれたんだね」
 しのぶは僕が殺人プランを考えてきたことに安堵の表情を浮かべた。そして微笑を浮かべた。
「では、殺人承ります」
 グシャッという音と共に左目に激痛が走る。左目が見えない。一体何が起きた。
「いぎゃああああああ」
「まず目を抉るんで良かったよね?あ、片目だけにする?それとも両目?」
「し、しのぶ君、ターゲットは赤石しずかだろ」
 どうして僕がこんな目に合わなければならない。
「哲郎さん」
「俺さあ、今回殺人依頼を受けたの、哲郎さんじゃないんだよね」
「どういう・・・」
 床に落ちた自分の潰れた目玉とドクドク流れる赤黒い血が視界に映り、しのぶの放った言葉が頭に入って来ない。
「いい声で鳴くねぇ、哲郎さん。もっと聞かせてよ」
「ねぇ哲郎さん」
 しのぶが無表情で上から僕を覗き見る。こんなに冷たい眼差しをしていた子だっただろうか。
「俺、命は平等なのにって言ったけどさぁ」
 しのぶは笑いをこらえながら僕を見る。
「あれ、嘘だから。命に優劣はあるに決まってんだろ」
 この子は、誰だ。
「だからあんたみたいな底辺の人間はさ・・
・。死ぬべきなんだよ」
 しのぶが振り下ろした金属バットが僕の左膝に直撃し、とてつもない痛みで思わず叫ぶ。
「いやぁぁーーー。もう嫌だーーーーーー」
「大丈夫、そろそろ楽になるよ」
 なんだか呼吸も苦しくなってきた。
「じゃあな。社会のごみくず」

        *

「ありがとう。これ報酬ね」
「どうも」
 赤石しずかから約束の金が入った封筒を受け取る。
「それにしてもひどいストーカーだったみたいだね、あの男。アイドルってのも大変だな」
 赤石しずか。芸名三崎ほのか。目の前にいる女は表の顔と裏の顔を使い分けられる才能があるように感じた。そういう所もあの人に似ている。
「ええ、本当にしつこくて一度警察にも相談したんだけど、全くひるまなくて」
「警察はよっぽどのことが起きてからしか本格的に動いてくれないからね。まあ、でもあの浦川って男、想像以上に間抜けだったな。友達の黒崎に紹介されたサイトにまんまと誘導できたしね」
 浦川哲郎を調査した所、交友関係が非常に狭い男だったが、長い付き合いのある友人がいる点に着目した。そしてその友人の黒崎が金に困っている状況を利用し、100万のギャラで浦川を僕の作った殺人代行サイトに誘導するように説得した。黒崎は二つ返事で了承し、浦川にサイトを教えて僕の所に来るように動いた。ご立派な友情だこと。
「あなた、若いのに何でこんな仕事をしてるの?」
 赤石しずかはコーヒーを啜りながら、僕の顔を覗き込んでくる。他人に詮索されるのはあまり好きではない。
「まあ、俺は殺しが好きなもんで」
 嘘ではなかったが、俺がこの仕事を始めたのはそれだけではなかった。
「じゃあ、また何か依頼があったら引き受けるんで。くれぐれも今回の依頼のことは他言無用でよろしく。でないとあなたの命は保証できない」
「ええ、十分承知しています。あなたを敵に回したら、私なんてすぐに消されそう。今回は本当にありがとう」
 赤石しずかが右手を差し出してきた。
「アイドル活動はまだ続けるつもり?」
「もちろん。そのために今回依頼した訳だし」
 間接的にとは言え、人を殺しているにもかかわらず、そのことを全く引きずっていなさそうな表情。
「じゃあ、頑張って」
 僕は差し出された右手をそっと握り返した。握手を交わした後、赤石しずかは営業スマイルを浮かべながら手を振って部屋から出て行った。
 一人になってソファに腰かけてコーヒーを啜る。やはり一人は落ち着く。他人と喋るのが嫌いな自分をひしひしと感じる。
 カーテンを開けて外を見ると、つい最近まで満開だった桜の花びらが散っていた。花が咲けば散るように、人も生まれれば死ぬという宿命からは避けられない。少しセンチメンタルな気持ちになっていたつかぬ間の時間、突如携帯電話が鳴った。電話は新しい依頼人からの依頼だった。
「はい。分かりました」
「殺人承ります」
 今度はどんな花を散らせるのだろう。俺の心臓が少し高鳴った。
                【おわり】
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