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異世界転移の章
8 夢の終わり / 悪魔の昔語り。
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恐らく国家連合の正規軍であろう一団に拘束されて2日。
朔の扱いは時間を増す毎に丁寧なものになって行った。これは、想像でしかないが、朔の身元や行動が判明してきたのだろう。
最初は手錠を嵌められ、乱暴に護送車の中で銃を突きつけられていたが、その日の夕方には、監視付きで、ベッドの有る個室に通される。翌日には、ホテルの一室が与えられるほどになった。
一室と言っても、前室に、ゲストルーム付きのフロアだが、朔に許されているのはシャワールームとトイレ、そして寝室との行き来くらいだ。いくらフロアが広かろうと、これでは、一室と変わらない。もちろん監視と護衛は何処に行くにも付いてくる。
だが、自分の扱いがどうなろうとも、朔にとっては興味の無い事だ。いや、扱い所か今の朔の興味を引くものなど存在しなかった。例え西洋風に作られたホテルのシャワールームがガラス張りで、護衛は更衣室から出て行かなかったとしても、だ。
抜け殻、何か話しかければ、反応はするがそれだけ。目の前に食事が準備されれば義務的に口に運ぶ。上手いも不味いも無い。喉が渇けばフィンガーボールの香り付けされた水も飲む。
『ちょっと! 聞いてるの!?』
だが、そんな朔に常に話しかけてくる者も居る。呆れながら、文句を言いながらも、傍から離れない存在。
「あぁ、聞いてるよ」
『嘘ね! もし本当なら、アタシが今まで何を話していたか、言ってみなさいよ!?』
「あぁ…、えっと、部屋の外に立ってる、見張りは不味そうだったっけ?」
『残念、はずれ。 正解は……何も話してない! よ!』
「そうか」
突っ込み待ちで、少しだけ有る胸を反らす悪魔。いや、本人(本悪魔?)は、別に突っ込み待ちをしている訳では無いのだろが、朔にはそう見えなくも無い。
『まったく、腑抜けちゃって~。 で、あんたこれからどうする積り?』
「どう、とは?」
『故郷へ帰って、復讐の続きでもするの?』
「その気は無い…かな?」
表面上は、平和な国。少なくとも、今回の事件が起こるまで、朔には平和だと信じる事が出来たあの国に、この悪魔を連れて行き、流血絶え間無い復讐を行うのは何か違う気がする。
誰かが誰かを殺す不幸な事件は有っても、一般市民が殺し合いをする事はまず起こりえないあの国。出来れば、今回の事が特別であって、今後はこのような事は起きないと信じたい。国と国民が持つ自浄能力を信じ続けたい。そう考えていた。
だからこそ、其処(そこ)から外れた朔には、帰ることが出来無い場所でもあった。
『じゃぁ、さぁ? アタシと良いとこ行って、楽しい事、し・な・い?』
「なんだ? またどっかの紛争地にでも行って、殺し続けろとでも言うのか?」
『そうじゃないよ。大体戦争なんて、魂はいっぱい食べれるけど、悪人も善人もゴッチャ混ぜで、食べた気しないよ。それに、職業軍人や祖国の独立に闘志を燃やしてる人間って美味しくないのよね』
余談だが、この悪魔。食べる魂を自分で選定出来ない。悪魔の傍で死んだものの魂は、皆捕食してしまうと、朔は聞いている。これは、この悪魔の生まれに由来するらしく、拒否は出来無いみたいだ。
だから、契約者に自分の望んだ者だけを殺させ、文字通りの美味しい所取りがしたいらしい。
刻印を付けられた者は例外で、遠く離れた地で死んでも、その魂は悪魔の元に飛ばされ捕食される。
それなら、刻印だけバラ撒(ま)けば良いのでは?と、考えるが、それも上手くはいかなかったらしい。
『人間って、ころころ変わる生き物なんだよね。 昨日まで悪人だったのにある日突然いい人になって、周りから感謝されながら、長生きしちゃったりするんだもん』
そうなると、悪魔が刻印を付けた事すら忘れてしまった相手の魂が、ある日突然、己の善行を身に纏いながら、口の中に飛び込んでくるのだ。
想像して欲しい。人間が街を歩いていたら、いきなり口の中に腐った魚を放り込まれた時の心情を。そして、それが何時起こるのか分からず生きていく様を。
まぁ、悪魔の場合は自業自得なのだが。
「で? 良い所って何処なんだ?」
『ふふぅ~ん、異世界って、興味ない?』
「異世界?」
現実と血に塗れ、薄れ擦り切れかけていた朔の心の琴線に何かが触れる。
今となっては、酷く懐かしく感じる心沸き立つあの感覚。この国に来る前は休みの前日など、徹夜で画面にかじりつき読み明かしたものだ。
『実はね~……』
何か言い難そうにする悪魔。この悪魔が、こんな風に言葉を濁す時は、碌なことが無いと朔は感じている。
「なんだ?」
嫌な予感に襲われつつも、聞かない方が後で酷い目に遭うと、経験則から続きを促す。
『どうも監視者に目を付けられちゃったみたいなの』
「監視者?」
『そ、この世界で、アタシ達悪魔がやり過ぎないように、見張ってる存在?』
何故か最後は疑問系。
「で?」
『最後、お城でご飯食べた時の事覚えてる?』
現実はかなり凄惨な場面だったはずだが、この悪魔の喋り方だと、とても優雅なひと時に聞こえるから不思議だ。
『あの時、近くに人間が居る事にアタシは気付かなかったでしょ? いつもなら、そんなこと無いのに。 考えたんだけど、あれ絶対監視者に邪魔されていたのよ! だから、逃げちゃおうと、ね?』
「監視者に見つかるとどうなるんだ?」
『さぁ? 遭った事無いし、ちょっとイラっとくる?』
(訳分からん……。でも、異世界か…)
「良いかもな。 お前には世話になったし、恩も返さないと」
『恩返し? 悪魔に!?』
「当然だ。 俺の国では、相手が悪魔だろうが鬼だろうが、恩を受けたら返すように言われている……かも?」
当たり前の事のように語り始めた朔だったが、実例を探そうと、記憶を詮索してみたが、出てきたのは昔話や、民話の類しかなく、言い終わる頃には少しだけ自信を無くしていた。
『嫌な国ね! 相手が悪魔だと知ってたら、出来るだけ利用して、最後は「あいつは悪魔ダー」って、殺させようとしてくれなきゃ、美味しくないじゃない』
「お前にとっては、そうかもな」
何の話をしても、基準が味覚な悪魔はある意味立派かもしれない。
「でも、異世界に渡るなんてそんな事できるのか?」
『大丈夫! あんたがいっぱい殺してくれたから、魔力は問題ないよ! でも、そのお陰で目を付けられたんだけどね。 ちょっと調子に乗ってヤ(・)リ過ぎただけなのにね』
異世界に渡れるだけの魔力を持った存在ともなれば、この(・・)世界の監視者とやらに目を付けられるのも、納得のいく話だ。
「で、異世界とやらに行くには、どうすれば好い?」
『ん? 死んで。 食べるから』
「ん、分かった」
それは、私の体の一部となってと言うあれだろうか? それなら、それでも構わない。今の朔は生きる目的を完全に失っているのだ。出来るだけ苦しまないようにしたいと考える位か。
『ちょっと! 少しは勘繰ったりしなさいよ! 今から説明するから! そのシーツを捩(よじ)って、ロープを作るのを辞めなさい! 椅子! 椅子はそこに置いて! 手をかけない!!』
手を止めて、悪魔の方を向く朔。
『いい? 別の世界には、この世界の物質は何も持っていけないの。 本当は魂もいけないんだけど、アタシの胃の中に入れれば多分大丈夫。 それで、向こうに付いたら、その魂の記憶(データ)を元にあんたの身体を作る。 わかった?』
「あぁ、分かった」
『じゃぁ、これ』
悪魔は何処からとも無く、拳銃を取り出した。
魔法で作った内空間に色々保管できる、使える悪魔の便利な機能の一つ。
『他の物は、もう捨ててきたから』
「了解」
そして、とある国のホテルの一室に銃声が響き渡る。
『…ずっと一緒だよ。サク』
朔の耳に、遠くから悪魔の声が聞こえた気がした。
**********
夜。悪魔の横で朔が寝息を立てている。
人間五人を食べた後、暫く歩いて夕暮れ前に見つけた森の中の廃村。その中に今にも崩れそうな水車小屋を見つけて、朔は嬉しそうに駆け寄っていった。そして水車小屋の前に着もせずに持ったままだった服をドサリと置き、返り血を洗い流し、服を丹念に洗い始めた。
その後、川で取った魚と、食べられそうな果物で腹を満たすと、朔は直に眠ってしまった。
悪魔は夜が嫌いだった。夜になると契約者が寝てしまう。そうなったら、誰も悪魔の声を聞いてくれなくなる。誰にも見られず、誰にも話しかけても応えてくれない、契約者が居ない間の、長い長い時間を思い出してまう。だから、悪魔は夜が嫌いだった。
朔がうなり声を挙げる。眉間に皺を寄せて、あどけない顔には似合わない、苦しそうな寝顔をしていた。この契約者が、無理をしていつも通りに振舞おうとしているのは、悪魔にも何となく分かる。
その顔に、一瞬起こそうかと手を伸ばしかけるが、悪魔は思いとどまる。
『例え魘(うな)されていても、起こさないほうがいい。 寝ても地獄、起きても地獄なら、魘されながらでも寝ていた方が、起きた後、地獄から生きて帰えれる確立は増すのだから』
悪魔にそう語ったのは、二人目の契約者だった軍人だ。
場所は野営テントの中だったか、今ではよく覚えていない。もともと熱さも寒さも感じない悪魔は、状況や環境になど興味は無かった。
悪魔がこれまで契約した人間は、朔を除いて二人。
一人目。初めて契約を結んだ相手は少女だった。男達に押さえつけられ、犯されながら、目の前で幼い弟を嬲(なぶ)り殺されていた時に契約をした。
少女とはいっぱい話をした事を覚えている。
創造者(おとうさん)以外で、初めて悪魔の声を聞いてくれた、青い目をした綺麗な顔の少女。
少女はいっぱい人を殺してくれて、悪魔に食べさせてくれた。
「おいしい?」
いつも悪魔が魂を食べてる姿を、優しいまなざしで見つめながら問いかけてくる。
『うん、おいしいよ』
だから悪魔はそう応える。もともと魂に味の違いは感じても、それに良し悪しを付ける事は無かった悪魔だが、少女の期待の篭った目で問われれば、そう応えるのが一番自然だと思ったからだ。
「そう、良かった。 その人達は、悪い人なの。 だから殺したの。 いっぱい食べてね」
悪魔の応えにいつも嬉しそうに笑う少女。悪魔も少女の笑顔を見ると、何故か顔がほころんでしまうのを、感じていた。
そして、あっという間に少女は死んでしまった。少女に教えてもらった一年を50も数えない内に。
「契約だものね、美味しく食べてね。私の悪魔ちゃん」
深く皺の刻まれたやせ細った身体から、しわがれたか細い声で言われた言葉が少女と最後にしたお話しだった。
もともと悪魔との契約に、契約者の魂をどうこうする等、含まれて居ない。
少女がそれを知らなかったのか、それとも、知っていても直、食べられる事を望んだのか、それを知る術(すべ)は、今はもう無い。
悪魔は少女の魂を食べた。食べたくなかったけど食べるしかなかった。そう生まれてきたから、少女の最後の言葉だから。
そして、一人になった後、たまに、少女の事を思い出させる味の魂がある事に気がついた。思い出させて欲しくない、思い出しても、戻ることは決して出来無い、あの日々に心だけが至る味を。自分が少女を消してしまった時の味を。
それと同じで、少女が「美味しい?」と聞いてきた味も有った。だから、悪魔は考えた、どうして味が違うのかを、よく見て、よく味わう事にした。
そして、少女の言っていた美味しい味の悪い人と、そうじゃない味の人間が分かるようになった時、二人目の契約者とであった。
少女を食べてから、一年を300程数えた位だったと思う。
二人目は、軍人と言う男だった。契約した時は、自分が人質になって、自分のブカが手も足も出せないまま殺されていた時だと、男は言っていた。
契約して、一番最初に食べさせてもらった、相手のショウグンとやらは、とても美味しかった。
軍人の家に帰った時にその事を話すと、軍人は自分のオクサンを指差して、「こいつは?」と聞いてきた。
『食べたくない、嫌な味がしそう』
悪魔がそう応えると、軍人はそれは、「まずそう」とか、「凄く不味そう」って言うんだと、何処(どこ)かほっとした様な、嬉しそうな顔をして教えてくれた。
その後、何故(なぜ)かオクサンに叩かれていた。
それからほんの少しの間、軍人とお話をした。無口な軍人だったが、悪魔が聞けばきちんと応えてくれた。悪魔はそれで満足だった。
でも、一年を4回数えたころ、軍人は何回目かの戦争に行ってしまった。悪魔もまた付いていくと言ったのだが、戦いで死んだ戦士達には、出来る事なら天に召されて欲しいからと、悪魔にはよく分からない理由で、留められた。
そして、軍人は帰ってこなかった。遠くで契約が切れたのも、何となく分かった。
それから、一年を何百回も繰り返し数えた時、悪魔は三人目の契約者とであった。
その男は、美味しい魂をいっぱい食べさせてくれた。軍人と違って、食べたくない、不味い魂は、無かった。
ある日、悪魔は自分の力の一部が使えなくなっている事に気がついた。それは、これまで当たり前のように見聞きできていたものが、少しずつそがれていくような感覚。自分が世界から遠ざけられて行く様な、そんな不安な気持ちが心に広がっていく。
そして創造主(おとうさん)の言っていた、監視者の事を思い出した。
悪魔は慌てた。せっかく契約者が居るのに、この世界から切り離されてしまう。また一人になってしまうと。
だから、世界を渡る事にした。これは賭けだった。創造主(おとうさん)の記憶には、世界の渡り方もあった、だけど誰も帰ってこなかったから、成功したのか失敗したのか分からないと言う、内容だった。
そして、悪魔は賭けに勝った。契約者と共に。
だから、悪魔は朔の身体を弄った。世界を渡り、残り少くなった魔力を使って。体外(そと)に魔力が漏れて、監視者に見つからないように、慎重に取り込んである魂の記録(データ)を書き換えた。
長く一緒に居られるように、ある程度で成長が止まるような呪いをかけた。上手くいったか分からないが、魔力は殆ど残らなかった。
でも、呪いが失敗していても、それでも、ほんの少しでも長く居られるように、子供にした。あんまり幼すぎたら、直に死んでしまう、だから調整した。魔力がいっぱい有ったら、気にしない事なのに、もう、魔力は欠片も残ってなかったから、しかたなかった。
今、契約者は横で寝息を立てている。夢のせいなのか、寝相はかなり悪い。
まだまだ魔力は足りない。もっといっぱい有ったら、契約者《サク》が死んでも、又、魂を取り込んで、いくらでも復活させれるのに、今はそれが出来無い。
それでも、悪魔は契約者《サク》の寝顔に近寄って、ささやくように、語りかけた。
『ずっと一緒だよ。サク』
小屋の外で、小鳥が鳴き出す。水車小屋の壁の隙間から、差し込む光に朔が身じろぎをする。
もうすぐ起きそうだ。
一人の夜が終わる。
夜が明けても一人じゃない。
そう思うだけで、顔に笑顔が浮かぶ、はしゃぎたくなる。
朔は目を覚ますが、寝ぼけているのか少し呆けている。
そんな朔の顔の前に飛び出し、悪魔は抑えきれない気持ちで話しかけた。
『おはよう! いい朝だよっ!』
朔の扱いは時間を増す毎に丁寧なものになって行った。これは、想像でしかないが、朔の身元や行動が判明してきたのだろう。
最初は手錠を嵌められ、乱暴に護送車の中で銃を突きつけられていたが、その日の夕方には、監視付きで、ベッドの有る個室に通される。翌日には、ホテルの一室が与えられるほどになった。
一室と言っても、前室に、ゲストルーム付きのフロアだが、朔に許されているのはシャワールームとトイレ、そして寝室との行き来くらいだ。いくらフロアが広かろうと、これでは、一室と変わらない。もちろん監視と護衛は何処に行くにも付いてくる。
だが、自分の扱いがどうなろうとも、朔にとっては興味の無い事だ。いや、扱い所か今の朔の興味を引くものなど存在しなかった。例え西洋風に作られたホテルのシャワールームがガラス張りで、護衛は更衣室から出て行かなかったとしても、だ。
抜け殻、何か話しかければ、反応はするがそれだけ。目の前に食事が準備されれば義務的に口に運ぶ。上手いも不味いも無い。喉が渇けばフィンガーボールの香り付けされた水も飲む。
『ちょっと! 聞いてるの!?』
だが、そんな朔に常に話しかけてくる者も居る。呆れながら、文句を言いながらも、傍から離れない存在。
「あぁ、聞いてるよ」
『嘘ね! もし本当なら、アタシが今まで何を話していたか、言ってみなさいよ!?』
「あぁ…、えっと、部屋の外に立ってる、見張りは不味そうだったっけ?」
『残念、はずれ。 正解は……何も話してない! よ!』
「そうか」
突っ込み待ちで、少しだけ有る胸を反らす悪魔。いや、本人(本悪魔?)は、別に突っ込み待ちをしている訳では無いのだろが、朔にはそう見えなくも無い。
『まったく、腑抜けちゃって~。 で、あんたこれからどうする積り?』
「どう、とは?」
『故郷へ帰って、復讐の続きでもするの?』
「その気は無い…かな?」
表面上は、平和な国。少なくとも、今回の事件が起こるまで、朔には平和だと信じる事が出来たあの国に、この悪魔を連れて行き、流血絶え間無い復讐を行うのは何か違う気がする。
誰かが誰かを殺す不幸な事件は有っても、一般市民が殺し合いをする事はまず起こりえないあの国。出来れば、今回の事が特別であって、今後はこのような事は起きないと信じたい。国と国民が持つ自浄能力を信じ続けたい。そう考えていた。
だからこそ、其処(そこ)から外れた朔には、帰ることが出来無い場所でもあった。
『じゃぁ、さぁ? アタシと良いとこ行って、楽しい事、し・な・い?』
「なんだ? またどっかの紛争地にでも行って、殺し続けろとでも言うのか?」
『そうじゃないよ。大体戦争なんて、魂はいっぱい食べれるけど、悪人も善人もゴッチャ混ぜで、食べた気しないよ。それに、職業軍人や祖国の独立に闘志を燃やしてる人間って美味しくないのよね』
余談だが、この悪魔。食べる魂を自分で選定出来ない。悪魔の傍で死んだものの魂は、皆捕食してしまうと、朔は聞いている。これは、この悪魔の生まれに由来するらしく、拒否は出来無いみたいだ。
だから、契約者に自分の望んだ者だけを殺させ、文字通りの美味しい所取りがしたいらしい。
刻印を付けられた者は例外で、遠く離れた地で死んでも、その魂は悪魔の元に飛ばされ捕食される。
それなら、刻印だけバラ撒(ま)けば良いのでは?と、考えるが、それも上手くはいかなかったらしい。
『人間って、ころころ変わる生き物なんだよね。 昨日まで悪人だったのにある日突然いい人になって、周りから感謝されながら、長生きしちゃったりするんだもん』
そうなると、悪魔が刻印を付けた事すら忘れてしまった相手の魂が、ある日突然、己の善行を身に纏いながら、口の中に飛び込んでくるのだ。
想像して欲しい。人間が街を歩いていたら、いきなり口の中に腐った魚を放り込まれた時の心情を。そして、それが何時起こるのか分からず生きていく様を。
まぁ、悪魔の場合は自業自得なのだが。
「で? 良い所って何処なんだ?」
『ふふぅ~ん、異世界って、興味ない?』
「異世界?」
現実と血に塗れ、薄れ擦り切れかけていた朔の心の琴線に何かが触れる。
今となっては、酷く懐かしく感じる心沸き立つあの感覚。この国に来る前は休みの前日など、徹夜で画面にかじりつき読み明かしたものだ。
『実はね~……』
何か言い難そうにする悪魔。この悪魔が、こんな風に言葉を濁す時は、碌なことが無いと朔は感じている。
「なんだ?」
嫌な予感に襲われつつも、聞かない方が後で酷い目に遭うと、経験則から続きを促す。
『どうも監視者に目を付けられちゃったみたいなの』
「監視者?」
『そ、この世界で、アタシ達悪魔がやり過ぎないように、見張ってる存在?』
何故か最後は疑問系。
「で?」
『最後、お城でご飯食べた時の事覚えてる?』
現実はかなり凄惨な場面だったはずだが、この悪魔の喋り方だと、とても優雅なひと時に聞こえるから不思議だ。
『あの時、近くに人間が居る事にアタシは気付かなかったでしょ? いつもなら、そんなこと無いのに。 考えたんだけど、あれ絶対監視者に邪魔されていたのよ! だから、逃げちゃおうと、ね?』
「監視者に見つかるとどうなるんだ?」
『さぁ? 遭った事無いし、ちょっとイラっとくる?』
(訳分からん……。でも、異世界か…)
「良いかもな。 お前には世話になったし、恩も返さないと」
『恩返し? 悪魔に!?』
「当然だ。 俺の国では、相手が悪魔だろうが鬼だろうが、恩を受けたら返すように言われている……かも?」
当たり前の事のように語り始めた朔だったが、実例を探そうと、記憶を詮索してみたが、出てきたのは昔話や、民話の類しかなく、言い終わる頃には少しだけ自信を無くしていた。
『嫌な国ね! 相手が悪魔だと知ってたら、出来るだけ利用して、最後は「あいつは悪魔ダー」って、殺させようとしてくれなきゃ、美味しくないじゃない』
「お前にとっては、そうかもな」
何の話をしても、基準が味覚な悪魔はある意味立派かもしれない。
「でも、異世界に渡るなんてそんな事できるのか?」
『大丈夫! あんたがいっぱい殺してくれたから、魔力は問題ないよ! でも、そのお陰で目を付けられたんだけどね。 ちょっと調子に乗ってヤ(・)リ過ぎただけなのにね』
異世界に渡れるだけの魔力を持った存在ともなれば、この(・・)世界の監視者とやらに目を付けられるのも、納得のいく話だ。
「で、異世界とやらに行くには、どうすれば好い?」
『ん? 死んで。 食べるから』
「ん、分かった」
それは、私の体の一部となってと言うあれだろうか? それなら、それでも構わない。今の朔は生きる目的を完全に失っているのだ。出来るだけ苦しまないようにしたいと考える位か。
『ちょっと! 少しは勘繰ったりしなさいよ! 今から説明するから! そのシーツを捩(よじ)って、ロープを作るのを辞めなさい! 椅子! 椅子はそこに置いて! 手をかけない!!』
手を止めて、悪魔の方を向く朔。
『いい? 別の世界には、この世界の物質は何も持っていけないの。 本当は魂もいけないんだけど、アタシの胃の中に入れれば多分大丈夫。 それで、向こうに付いたら、その魂の記憶(データ)を元にあんたの身体を作る。 わかった?』
「あぁ、分かった」
『じゃぁ、これ』
悪魔は何処からとも無く、拳銃を取り出した。
魔法で作った内空間に色々保管できる、使える悪魔の便利な機能の一つ。
『他の物は、もう捨ててきたから』
「了解」
そして、とある国のホテルの一室に銃声が響き渡る。
『…ずっと一緒だよ。サク』
朔の耳に、遠くから悪魔の声が聞こえた気がした。
**********
夜。悪魔の横で朔が寝息を立てている。
人間五人を食べた後、暫く歩いて夕暮れ前に見つけた森の中の廃村。その中に今にも崩れそうな水車小屋を見つけて、朔は嬉しそうに駆け寄っていった。そして水車小屋の前に着もせずに持ったままだった服をドサリと置き、返り血を洗い流し、服を丹念に洗い始めた。
その後、川で取った魚と、食べられそうな果物で腹を満たすと、朔は直に眠ってしまった。
悪魔は夜が嫌いだった。夜になると契約者が寝てしまう。そうなったら、誰も悪魔の声を聞いてくれなくなる。誰にも見られず、誰にも話しかけても応えてくれない、契約者が居ない間の、長い長い時間を思い出してまう。だから、悪魔は夜が嫌いだった。
朔がうなり声を挙げる。眉間に皺を寄せて、あどけない顔には似合わない、苦しそうな寝顔をしていた。この契約者が、無理をしていつも通りに振舞おうとしているのは、悪魔にも何となく分かる。
その顔に、一瞬起こそうかと手を伸ばしかけるが、悪魔は思いとどまる。
『例え魘(うな)されていても、起こさないほうがいい。 寝ても地獄、起きても地獄なら、魘されながらでも寝ていた方が、起きた後、地獄から生きて帰えれる確立は増すのだから』
悪魔にそう語ったのは、二人目の契約者だった軍人だ。
場所は野営テントの中だったか、今ではよく覚えていない。もともと熱さも寒さも感じない悪魔は、状況や環境になど興味は無かった。
悪魔がこれまで契約した人間は、朔を除いて二人。
一人目。初めて契約を結んだ相手は少女だった。男達に押さえつけられ、犯されながら、目の前で幼い弟を嬲(なぶ)り殺されていた時に契約をした。
少女とはいっぱい話をした事を覚えている。
創造者(おとうさん)以外で、初めて悪魔の声を聞いてくれた、青い目をした綺麗な顔の少女。
少女はいっぱい人を殺してくれて、悪魔に食べさせてくれた。
「おいしい?」
いつも悪魔が魂を食べてる姿を、優しいまなざしで見つめながら問いかけてくる。
『うん、おいしいよ』
だから悪魔はそう応える。もともと魂に味の違いは感じても、それに良し悪しを付ける事は無かった悪魔だが、少女の期待の篭った目で問われれば、そう応えるのが一番自然だと思ったからだ。
「そう、良かった。 その人達は、悪い人なの。 だから殺したの。 いっぱい食べてね」
悪魔の応えにいつも嬉しそうに笑う少女。悪魔も少女の笑顔を見ると、何故か顔がほころんでしまうのを、感じていた。
そして、あっという間に少女は死んでしまった。少女に教えてもらった一年を50も数えない内に。
「契約だものね、美味しく食べてね。私の悪魔ちゃん」
深く皺の刻まれたやせ細った身体から、しわがれたか細い声で言われた言葉が少女と最後にしたお話しだった。
もともと悪魔との契約に、契約者の魂をどうこうする等、含まれて居ない。
少女がそれを知らなかったのか、それとも、知っていても直、食べられる事を望んだのか、それを知る術(すべ)は、今はもう無い。
悪魔は少女の魂を食べた。食べたくなかったけど食べるしかなかった。そう生まれてきたから、少女の最後の言葉だから。
そして、一人になった後、たまに、少女の事を思い出させる味の魂がある事に気がついた。思い出させて欲しくない、思い出しても、戻ることは決して出来無い、あの日々に心だけが至る味を。自分が少女を消してしまった時の味を。
それと同じで、少女が「美味しい?」と聞いてきた味も有った。だから、悪魔は考えた、どうして味が違うのかを、よく見て、よく味わう事にした。
そして、少女の言っていた美味しい味の悪い人と、そうじゃない味の人間が分かるようになった時、二人目の契約者とであった。
少女を食べてから、一年を300程数えた位だったと思う。
二人目は、軍人と言う男だった。契約した時は、自分が人質になって、自分のブカが手も足も出せないまま殺されていた時だと、男は言っていた。
契約して、一番最初に食べさせてもらった、相手のショウグンとやらは、とても美味しかった。
軍人の家に帰った時にその事を話すと、軍人は自分のオクサンを指差して、「こいつは?」と聞いてきた。
『食べたくない、嫌な味がしそう』
悪魔がそう応えると、軍人はそれは、「まずそう」とか、「凄く不味そう」って言うんだと、何処(どこ)かほっとした様な、嬉しそうな顔をして教えてくれた。
その後、何故(なぜ)かオクサンに叩かれていた。
それからほんの少しの間、軍人とお話をした。無口な軍人だったが、悪魔が聞けばきちんと応えてくれた。悪魔はそれで満足だった。
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そして、軍人は帰ってこなかった。遠くで契約が切れたのも、何となく分かった。
それから、一年を何百回も繰り返し数えた時、悪魔は三人目の契約者とであった。
その男は、美味しい魂をいっぱい食べさせてくれた。軍人と違って、食べたくない、不味い魂は、無かった。
ある日、悪魔は自分の力の一部が使えなくなっている事に気がついた。それは、これまで当たり前のように見聞きできていたものが、少しずつそがれていくような感覚。自分が世界から遠ざけられて行く様な、そんな不安な気持ちが心に広がっていく。
そして創造主(おとうさん)の言っていた、監視者の事を思い出した。
悪魔は慌てた。せっかく契約者が居るのに、この世界から切り離されてしまう。また一人になってしまうと。
だから、世界を渡る事にした。これは賭けだった。創造主(おとうさん)の記憶には、世界の渡り方もあった、だけど誰も帰ってこなかったから、成功したのか失敗したのか分からないと言う、内容だった。
そして、悪魔は賭けに勝った。契約者と共に。
だから、悪魔は朔の身体を弄った。世界を渡り、残り少くなった魔力を使って。体外(そと)に魔力が漏れて、監視者に見つからないように、慎重に取り込んである魂の記録(データ)を書き換えた。
長く一緒に居られるように、ある程度で成長が止まるような呪いをかけた。上手くいったか分からないが、魔力は殆ど残らなかった。
でも、呪いが失敗していても、それでも、ほんの少しでも長く居られるように、子供にした。あんまり幼すぎたら、直に死んでしまう、だから調整した。魔力がいっぱい有ったら、気にしない事なのに、もう、魔力は欠片も残ってなかったから、しかたなかった。
今、契約者は横で寝息を立てている。夢のせいなのか、寝相はかなり悪い。
まだまだ魔力は足りない。もっといっぱい有ったら、契約者《サク》が死んでも、又、魂を取り込んで、いくらでも復活させれるのに、今はそれが出来無い。
それでも、悪魔は契約者《サク》の寝顔に近寄って、ささやくように、語りかけた。
『ずっと一緒だよ。サク』
小屋の外で、小鳥が鳴き出す。水車小屋の壁の隙間から、差し込む光に朔が身じろぎをする。
もうすぐ起きそうだ。
一人の夜が終わる。
夜が明けても一人じゃない。
そう思うだけで、顔に笑顔が浮かぶ、はしゃぎたくなる。
朔は目を覚ますが、寝ぼけているのか少し呆けている。
そんな朔の顔の前に飛び出し、悪魔は抑えきれない気持ちで話しかけた。
『おはよう! いい朝だよっ!』
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