見習い薬師は臆病者を抱いて眠る

XCX

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12.脅迫

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 ザクセンのお気に入りの場所があるから、いるならきっとそこだと言うタータに連れられて、ティオは洞窟近くの小川へとやって来た。青々と群生している様々な植物に見蕩れてしまう。見習いとは言え薬師としては、研究対象が五万とあって体がうずうずしてしまう。

「父ちゃん、いた」

 タータが伸ばす指の先に、悠々と巨体を横たえる白金の塊があった。緑に囲まれ陽の光を浴びて、毛並みの美しさが一層際立っている。

「俺、ここで待ってようか?」
「いっしょに、来てほしい…」

 きゅっと手を握られ、ティオは即座に頷いて了承した。子狸の瞳は不安に揺れて、繋いだ手からは緊張が伝わってくる。

「父ちゃん」

 タータが大きな背中に向かって声をかける。しかし狐はそっぽを向いたままで全く反応を示さない。父親に無視された息子は途端に泣きそうになるも、めげずに何度も呼びかけた。そうして何回目かで、漸くザクセンはのっそりとした動きで振り向いた。

「父ちゃん、ひどいこと言ってごめんなさいっ。きらいじゃないよ!父ちゃんのこと、すっごくすっごく大好きだよ!だから、オイラのこときらいにならないでっ」

 狸に変化したタータは父親の懐に飛び込み、わっと泣き出した。ザクセンは愛おしげに目を細め、あやすように我が子に頬擦りする。

「タータを嫌いになる筈が無い。お前は父のかけがえの無い子供だ」
「父ちゃ、ぁ…ごめん、ごめんなさい…っ。もぅ、きらい、って言わない…っ!」
「その気持ちだけで十分だ。それに、タータが本気で言っているのではないと、分かっていたしな」
「とう、ちゃ…ぅ、っく…」
「もういい加減に泣き止め。体中の水分がなくなってしまうぞ」

 ザクセンはくつくつ喉で笑いながら、えずきながら激しく泣く我が子の涙ごと頬を舐めた。
 なんて素敵な父子関係なんだろう、とティオの胸は揺さぶられた。自分にも親がいたとしたらあんな感じだろうか。思わず顔が綻ぶ。
 泣き疲れてしまったのか、やがてタータは父親の足元で小さな寝息を立て始めた。あれだけ泣けば無理もない。ザクセンの視線がティオに向けられる。何故貴様がここにいる、と言葉はなくとも翡翠の瞳が雄弁に物語っていた。

「あの、お願いがあります」

 ザクセンの圧力を全身で感じながら、地面に正座し、彼の瞳を正面から見つめ返す。乾く唇を舐め、膝の上の拳を強く握る。

「しばらく、俺を置いてください」

 ティオの発言に、狐は盛大に顔を顰めた。

「貴様、先程は出て行こうとしていただろう」
「はい」
「どういうつもりだ。何が目的だ」
「森の入口が閉じたままだと知って、考えが変わった。五体満足で森から出て、元の場所に帰りたい」
「…なんて勝手な…っ!」
「うん、ザクセンさんの言う通り、すごく自分勝手だと思う。看病して、生かしてもらえてるだけ有難いと思ってる」
「…貴様、二度と生意気な口利けぬよう、その喉笛を噛み千切ってやろうか…!」
「い、いいよっ。タータを悲しませたいのなら」

 突如出てきた息子の名前に、狐の殺気が少し弱まる。ティオは内心、彼の迫力に圧倒されていたが、気丈に振舞った。恐怖に震える手を、改めて強く握りこむ。

「今俺を殺したら、タータはザクセンさんのことを本当に嫌いになる。入口が閉じたままになってるにも関わらず俺を追い出したとしても、タータはきっと悲しむ。最悪、俺を追いかけてくるかもしれない。それでも良いなら、どうぞ」

 そう言い終えて、ティオは目を閉じ顎を上げた。その状態で暫し待ってみるも、覚悟していた衝撃は来ず、青年はそろりと瞼を開いた。
 ザクセンは静かにこちらを睨みつけていた。剥き出しになった牙の隙間から、低い唸り声が聞こえる。彼の怒りを物語るかのように、大きな尾が地面を何度も叩きつけていた。
 怒りを露にしながらも手を出さないのは、ティオが的を射ているからだろう。タータを盾に脅迫するなど、自分でも卑怯だと思う。だが自分も生き延びる為に、背に腹は変えられない。

「タータは俺のことがもの珍しくて執着してるだけだ、きっと。俺のことなんかすぐに飽きると思うんだ。その時が来たらすぐに出て行く。…ううん、入口が開いたと分かった時点で、ちゃんと出て行くから…!だから、ここに置いてください、お願いしますっ!」

 ティオは地面に両手を突き、頭を下げた。頭上で、ザクセンが鼻を鳴らして笑うのが聞こえる。首元に感じる狐の吐息に、ティオは死を覚悟してきつく目を閉じた。

「……好きにしろ」

 顔を上げると、腕に眠る子狸を抱いた人型のザクセンがティオを見下ろしていた。自分から頼んだことではあるが、まさか承諾してもらえるとは思わず、青年は目を白黒させた。表情に出ていたのか、狐は顔を歪め、眉間に厳しい皺を刻んだ。

「勘違いするな。タータのことを思ってだ。決して貴様の為ではない。俺は貴様を受け入れない。宣言通り、タータが興味を失ったり、森の入口が開いた時点で即刻去れ。それが条件だ」

 そう言い捨てると、ザクセンはそれきり薬師に興味を失った様子で帰途へと着いた。ティオも慌てて立ち上がり、後を追う。一定の距離を保った上で感謝の言葉を投げかけるも、魔獣は全く反応を示さなかった。

 *

 まどろみから目覚めたタータは、どうしてお家に帰ってきてるのだろう、と寝惚けた頭で思った。眠る前の記憶の糸を手繰りつつ、辺りをきょろきょろと見回していると、ティオの後姿が視界に入る。途端に嬉しくなったタータは、ぴょこぴょこ跳ねながら彼の元へと駆け寄った。

「タータ、起きたんだ。おはよう」

 にっこり笑うティオに頭を撫でられる。ザクセンとは違う優しい触り方が気持ちよくて、子狸は目を閉じて自ら頭を擦り付けた。思う存分撫でてもらい満足したタータは、ティオの足元に彼の鞄が転がっているのに気がついた。鞄の周りには、様々な小物が転がっている。
 その瞬間、タータはそれまでのことを一瞬で思い出した。ティオがここにいられるように自分も父親に頼む筈だったのに、いつの間にか眠ってしまっていたことを。

「置いてかないでっ」
「タータ?」
「父ちゃんに謝ってたら、つかれちゃって、すりすりされるのも気持ちよくなっちゃって、オイラ寝ちゃったけどっ。オイラからもう一回父ちゃんにおねがいするから、だから出て行っちゃだめえっ!」
「タータ、タータ落ち着いて」
「やだあぁっ」

 突然のことにティオは困惑を隠せずにいたが、喚くタータを落ち着かせようと抱き上げた。一人勘違いをしている子狸は短く小さい脚をじたばたと動かして、全身で抗議の意を示している。

「タータ、大丈夫。俺、出て行かないよ」
「…んぇ?」

 タータは暴れるのをぴたりとやめた。理解が追いついていないとばかりに、呆然と固まっている。ちょっと間抜けな表情だが、なんとも言えずに愛らしい。

「ザクセンさんに許可もらえたんだ。だから、しばらくいるよ」
「でも、でもっ帰る準備してるっ」

 てっきり喜びを爆発させるものと思っていたが、タータは小さな前脚を地面に向かって伸ばした。責めるかのような眼差しに首を傾げながらも、指された方向に目をやれば、己の鞄と薬草を詰めた小瓶や調合器具が散乱している。

「ああ、これは帰る準備じゃなくて、その逆」
「ぎゃく?」
「うん、暫くお世話になるから荷物の整理をしてただけだよ。よく使うものは出しておこうと思って」
「……なんだあ…そっかあ…」

 緊張して硬くなっていた小さな体が脱力するのを、肌を通して感じる。ティオの腕の中で仰向け状態の、タータの丸っこいお腹から腹の虫が鳴る音が聞こえる。

「ほっとしたら、おなかすいちゃった」

 ティオが笑いをこぼすと、タータも少し照れくさそうに笑った。
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