盗みから始まる異類婚姻譚

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40. 三人揃って文殊の知恵

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 蘇芳が屋敷の外に出るのと時を同じくして、遠征に出ていた者達が帰還する。隊の先頭にいた黒鳶は、赤鬼を視認すると、配下に解散を告げ、こちらに足を運ぶ。

「蘇芳、戦場を放棄するとは何事――」
「何なんだ?その死体の山」
「琥珀、親父がまだ話している途中だ」

 黒鳶の発言を遮り、彼の背後から琥珀が顔をのぞかせる。その隣には、眉間に皺を寄せた厳しい顔の青藍もいる。皆、全身血にまみれている。実子の奔放さに重い溜息を吐きつつも、構わんと黒鳶は青藍をたしなめた。

「襲撃を受けた。俺のいねえ隙を狙ってな」
「何だと?」

 一瞬にして、黒鳶の雰囲気がぴりつく。

「他の邸宅に被害は見られない。何か明確な目的を持って、お前の屋敷を襲撃したようだな」
「え、やべえじゃん。セキシと人間ちゃん、無事?」

 青藍と琥珀の発言に、蘇芳は頷いて応える。それから彼は死体の一つに手を伸ばし、仮面を剥ぎ取った。顔に足型の赤い戦化粧を施した青白い顔が晒される。唇が異様に分厚く、毛のない眉骨が突き出ていた。

「赤足族だな。蘇芳、何か心当たりはあるか」
「ねえな」
「本当か~?娼館でひと悶着とか、あんじゃねえの?」
「ねえって。つか、娼館なんざ長らく行ってねえっての」
「…へえ~、あっそう」

 茶化そうとする黄鬼に、赤鬼は盛大に顔をしかめた。馴れ馴れしく肩を組む腕を、心底うざったそうに払う。

「親父、前に赤足族から依頼が来ていただろう。長の一人の息子が殺された復讐を號斑族にしたいと。結局引き受けはしなかったが…」
「逆恨みにしても、蘇芳の屋敷だけを狙った理由としては不十分だ」
「そうだぜ青藍。親父憎しなら、はずれにある蘇芳の屋敷より、一番でかい屋敷を真っ先に狙うだろ」
「それもそうだな…」
「まさか物盗りで人目につかなそうな家を標的にしたら、たまたま蘇芳の家だったとか?なんか盗られたもんとかねえの?」
「まだ確認してねえ。けど、盗まれて困るような物もねえな」
「物盗りならもっと少人数で来るはずだろう。こんなにも大人数で動いては否が応にも目立って仕方がない」
「あ、確かにそうだな~」

 赤青黄の鬼がああでもないこうでもないと意見を出して議論している間、黒鳶は赤足族の死体を見つめたまま微動だにしなかった。だが、やがて静かに口を開いた。

「青藍、琥珀。念のため、他に被害が及んでおらぬか確認を頼む。ひとまず、人を寄こして屍を片させる。襲撃した理由の手掛かりがないかどうかも確認させよう。問題ないか、蘇芳」

 頭領の言葉に、各一族の長は頷いて了承した。去り行く青藍と琥珀の背中を見送りながら、蘇芳は黒鳶を呼び止めた。

「…親父、後で少し時間もらえるか?」
「ああ、構わん」
「悪い。先に家ン中片したら寄らせてもらう」

 屋敷に戻った蘇芳はセキシや他の使用人と共に、荒らされた邸内を片付けた。盗られたものがないかどうか念のため従者に確認したが、予測の通り金目のものは何一つ失くなっていなかった。皆が片付けにいそしむ傍ら、リュカは不服そうにうどんを咀嚼していた。自分だけじっとしているなんて納得がいかない、とばかりに細めた目でこちらを睨んでいる。

「リュカ、そんなに動きたいんなら俺の相手するか?戦場から抜けてきたせいで、中途半端に血が滾ってんだよ。まあいつもよりはちょっと手荒になっちまうかもだけどな」
「する!」
「へえ、相手してくれんのか」
「あ、わ、違うっ。大人しくする!俺、急にじっとしてたくなっちゃったな~」

 にっこりと満面の笑みで笑いかけてやれば、リュカの顔から血の気が引いて蒼白になる。あからさまに視線を泳がせ、ずるずると大きな音を立てて麺を啜りだす。蘇芳は、髪の毛をかき混ぜるように少年の頭を乱雑に撫でた。このくらい脅しておけば、嫌でも大人しくしているだろう。
 それから蘇芳はセキシに一声かけ、黒鳶の屋敷に足を運んだ。

「赤足族の死体を調べさせたが、襲撃の理由になり得そうなものは何も見つからなかった。青藍と琥珀にも確認させたが、やはり他の家に被害は無かった。だが、どうやらお前の屋敷に不可視の呪いがかけられていた。里の者は襲撃があったことに気がついておらなんだ。彼らの話では、急にお前の屋敷の前に屍の山が出来たと」
「なら狙いは明白だ」
「…あの小僧か」
「青藍と琥珀の手前、突っ込んだ話は避けたが、十中八九そうだと思う。依頼を断った親父への報復や、物盗りなんかじゃねえ。奴等、リュカが山の中に逃げ込んでも、仲間が異形に殺されようとも、追うのを辞めなかったらしい」
「小僧を執拗に追う理由となると、クルクドゥア絡みか」
「ああ。親父、やっぱりクルクドゥアを潰すべきだ。これ以上何かしでかしてくる前に」
「ならん。以前告げたように、こちらからは手を出さん。儂の考えを変えられると思うな」

 黒鳶に睨めつけられ、蘇芳は不快感をあらわに長椅子に背を預けた。言葉はなくとも、赤鬼の目は雄弁に臆病者と罵っている。鬼の頭領はふと視線を下に落とし、煮湯のように熱い茶をすすった。

「今、偵察隊に赤足族の里を探るように命を出している。まだクルクドゥアが絡んでいるかどうか、決まった訳ではない。焦りや怒りは目を曇らせる。こういった時分こそ、冷静に慎重に物事を見極めねばならん」
「…分かった。偵察隊の報告を待つ。けど、もし何も収穫がない場合、俺はしばらく遠征には参加しねえ」
「どういう事だ、蘇芳」
「…俺、身内に裏切り者がいるんじゃねえかと思ってる」

 蘇芳の告発に、黒鳶は表情を変えずにじっと見つめ返す。

「親父だって、内心そう思ってんじゃねえの?」
「…戦で多くの者が里を留守にする日を知るのはそう難しいことではない。だが、蘇芳が参加するかどうかは内部の者でなければ知り得ない。それに、戦い手が少ないからと言って里に侵入するのは容易なことではない。誰かが安全に手引きをしなければ。お前の屋敷を襲撃した手際と言い、可能性の一つとしては確かに有り得る。だが、」
「へーへー、推論を裏付ける証拠が必要、ってことだろ?」
「そうだ。もしかするとクルクドゥアは全く関係なく、お前への私怨によるものかもしれん。お前に反感を抱いている者は多いからな」

 蘇芳は舌打ちし、乱雑に頭を掻いた。長い赤髪が乱れる。
 蘇芳はクルクドゥアが背後にいることを確信していたが、黒鳶の言う言も説得力に満ちて可能性として排除できない。
 実力は買われていても、里の者からよく思われていないのは百も承知だ。疎ましく思われていようと特に何とも思わなかった。むしろ、下手な干渉を受けなくて好都合と思っていた。

「とにかく、俺は遠征を控える。目的が何にしろ、俺がリュカの傍を離れないとなれば、手出しはしてこねえはず。焦れて尻尾を出してくれれば、儲けもんだ」
「…良いだろう。お前の存在が抑止力となることを期待しよう。突然のことに、皆少なからず動揺している。更なる襲撃を受けるのは避けたい」

 その夜、風呂を終えたリュカは、昼間の威勢が嘘のように、布団に入った途端に眠りに落ちた。体を横たえるまで、もう元気だ、とキャンキャン主張していたのにこのざまだ。わざとやってるんじゃないかと、何とも安らかな表情の少年に、赤鬼は笑いを禁じ得なかった。
 夜も更け、里も眠りについた頃。リュカがぐっすりと眠っていることを確認して、蘇芳はこっそりと布団を抜け出した。山を駆け抜け、鴉天狗の住処のある大木の下へと向かう。

「おい、沙楼羅。いるんだろ」
「何じゃ、こんな夜更けに。昼間の続きをしに来たのか?」

 赤鬼の呼びかけに答えに、沙楼羅はすぐに姿を現した。近くの木の枝の上であぐらをかいている。鴉天狗が喧嘩のことを指しているのを知り、蘇芳は顔をしかめた。

「違ェよ。そんな気、さらさらねえよ。あんたもだろ」
「…リュカに泣かれては、さすがにのう…」
「聞きたいことがあって来た」

 鴉天狗は珍しく困った様子で頭を掻いた。ふわりと浮かび、赤鬼の元へと降りる。

「リュカから、赤足族に背中を刺されたと聞いた。だが、傷が全く残っちゃいねえ。裸足で山の中を駆け抜けたとは思えねえ程に、汚れすらなく、まっさらで綺麗なもんだ。リュカはお前が治したんだろうと喜んでたが、違うよな?」
「違う、とは?」
「沙楼羅、治癒の力なんかねえだろ。誰の仕業だ?リュカが落ちたっつう穴と何か関係があるのか?そもそもリュカはどうやって穴から出てきた?」
「…質問だらけじゃのお。まるでリュカじゃ」
「誤魔化すなよ」

 揶揄いを含んだ物言いの育ての親を、蘇芳は睨みつける。

「…言えぬ」
「はあ?またそれかよ。何度もその手が通用すると思うなよ。言え」
「無理じゃ。誰にも漏らさぬと約束した」
「誰とだよ」

 肝心なことを何一つ話そうとしない彼に、蘇芳も苛立ちを隠せない。だが彼が一筋縄ではいかないことは重々承知していた。沙楼羅が言わないと言えば、きっと梃子でも話そうとしない。

「言えぬが、心配するほどのことではない。直に分かる」
「チッ」

 去ろうとする赤鬼に、沙楼羅が声をかける。目元を覆う仮面の下では、唇が美しく弧を描いている。蘇芳は舌打ちを残し、屋敷へと戻った。
 疑問が晴れずに苛つく気持ちのまま、リュカの隣に横たわる。するとリュカが懐に擦り寄ってきた。腰に腕が巻き付き、ぎゅうと抱きしめられる。

「リュカ…?お前、起きてたのか…?」
「…すぉ、こそ…どこ行ってたん、だよ…?」

 優しくこめかみを撫でれば、眠そうに目を瞬かせるリュカと視線が合う。ちょっとな、と答えるも少年は不満そうだった。眉間に深い皺が寄っている。

「…勝手に、どっか…行くなよ…」

 怖かった、と呟かれた声は消え入りそうな程に小さかったが、蘇芳の耳にはしっかりと届いた。胸元に顔を埋めるようにしっかりと抱きついてくる。
 腕の中の温かい存在に、ふと全身から力が抜けた。自然と口角が吊り上がる。

「悪かったよ。勝手にいなくなって」

 旋毛に口づけを落とし、蘇芳は強く抱きしめ返した。
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