盗みから始まる異類婚姻譚

XCX

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59. 雪解け

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「違ぇよっ!暇潰しなんかじゃねえって!」
「嘘だ!だって、蘇芳言ったじゃん、迎えに来た日に!俺を買ったのは、暇潰しだって!」

 この期に及んで気を遣ってくれなくていい!
 忘れもしない、あの言葉。しっかりと記憶に残っているのに否定されて、頭にカッと血が昇る。顔を上げれば、手で目元を覆って、大きな溜息を吐いていた。その様子に、無性に腹が立った。

「…分かった。白状する」

 一転覇気のない声に、怒りが引いていく。再び視線を己の拳に戻し、赤鬼の言葉を待った。

「そもそもな、お前に契角を盗むように仕向けたのは、俺だ」
「え?」

 全く思いもよらなかった発言に、少年は目を見開いた。蘇芳が、俺に角を盗むよう仕向けた?意味が分からない。

「…お前のことは前から知ってたんだよ。お前が客からスリを働いてるのを偶然見てからな。俺に害はなかったし、スられる方も悪いと思って気にも留めてなかった。すぐにバレて殺されると思ってたしな。けど、それから何度も客の物を盗む人間の清掃夫の姿を見かけて、気づいたら目で追うようになってた。一丁前に気配消して、大胆不敵かと思えば、意外に慎重な面もあったりしてよ。人間って言やあ、卑屈な奴か媚びる奴しか知らなかったから、興味をひかれた。手元に置いたら、退屈しねえかもってな」
「…それ、暇潰しって言うんじゃねえの…?」
「そりゃ、最初はそういう気持ちのが強かったかもな。だってお前のことよく知らねえし。分厚い前髪のせいで、顔も見えねえし。…けど、イチかバチかだったんだぜ?契角を盗ませても、お前が身に着けるかどうかはわからねえし、最悪捨てられてどこかの馬の骨と伴侶になる可能性だってあった。それでも、そのリスクを冒してまでリュカのことが欲しいとは思った」
「じゃあ、普通に身請けしてくれれば良かったじゃん…っ」
「それも考えたけどな、あの娼館の主人に怪しまれると思ったんだよ。客と接点を持たないはずの清掃夫、それも人間の奴隷を理由もなしに引き取るなんざ、おかしいだろ?絶対ごねられると思ったんだよ。他の娼婦か男娼にしろってさ。だから、契角をつけたお前の姿を見せて、テル・メルが手放さなきゃなんねえ状況を作ったんだよ」

 リュカは唖然としていた。自分の意志で行ったと思っていた窃盗が、まさか蘇芳によって仕向けられていたものだったなんて。確かに、赤鬼の着物ポケットから覗く赤い包みは、まるで取ってくれと言わんばかりに主張していて、かつスリやすい絶妙な配置だった。

「俺は、命を賭してまで暇潰しの存在を助けに行くようなお人好しじゃねえ。リュカのことが大事だから、助けに来たんだ。……分かれよ」
「…じゃあ、俺のこと、捨てない…?」
「ハァ?捨てるわけねーだろ!そんなこと、一度たりとも思ったことねえよ!…つーか、お前の方が俺のことを捨てようとしてんじゃねーか」

 赤鬼の指が、まるで壊れ物にでも触れるかのように頬を撫でる。
 本当に、本当に自分のことを捨てない?
 蘇芳の言葉を信じてもいいのだろうか。彼の瞳が真っ直ぐと自分を見つめ返してくる。表情からも、発言に嘘はないように思えた。信じたい。ずっと傍にいたい。
 その瞬間、言葉にできない複雑な感情があふれ出し、リュカは大きな声を上げて泣いた。赤子さながらに人目をはばかることなく泣き喚く少年に、蘇芳たちは目を見開いた。

「おい、リュカ…!?」
「蘇芳の、ばがやろおぉ…っ!俺、めぢゃぐぢゃ悩んでたんだからなぁ…っ!暇潰しだって言うから…、いつ飽きて捨てられるんだろって、…おもっで…!飽きられないためには、ど、じたらいいんだろ、てえぇ…!」
「飽きるどころか、逆にハマっていく一方だったっつーの。…てか、本当にリュカのことがどうでもいいならな、服やら菓子やら買ってやったりしねえ。抱く時だって丁寧に時間かけて前戯したりせず、もっと雑に抱いてる。稽古だってつけてやらねえし、泣いてるお前を慰めたりしねえよ。…あのな、俺十分優しかったろうが。それなのに何で捨てられるって発想になるんだよ」
「そんなんでわかるわげないだろ、ばがぁ…っ!だって、だって…イズルも捨てられたし、ステラだって殺されだ…!だから俺も、って…思って!俺、ばがだから…ぢゃんと言ってもらわね、と…」

 暴れながら泣きじゃくる少年の手首を掴み、赤鬼は彼を抱き寄せた。包みこむように、きつく抱きしめる。

「分かった。全部謝る。お前を不安にさせてたことも、傷つけたことも、言葉足らずだったことも全部。……リュカ、お前のことが好きだ。手離したくねえ。頼むから、角を外して俺を捨てるなんて言うな」

 真っ直ぐな言葉と真摯な声に、全身が喜びに震える。心に長い間かかっていたもやが晴れるようだった。蘇芳とセキシと沙楼羅たちの元にずっといていいんだと、安堵で胸が満たされているのに、涙が止まらない。鼻水まで出て、本当に酷い有様だ。しゃくりあげながら尚も泣くリュカは、蘇芳の大きな背中に両腕を回して、ぎゅうと抱きしめ返した。

「捨てない…っ!捨てるわけないだろ…っ!ずっと、一緒にいてやるからな…っ!」
「上等。望むところだっつの」

 子猿さながらにしがみついて離れようとしないリュカに、蘇芳はケラケラと声を上げて笑った。他愛のないやりとりすら、懐かしく感じる。肩の荷が下りたような気がしていた。

「きちんと話が出来たみたいだね」

 離れたところから二人のやりとりを見守っていたレヴォルークが近寄ってきた。そこでリュカはたと思い至る。契角を返さなくていい、蘇芳の元にいたいとばかり考えていて、父親のことを忘れていた。
 蘇芳の元に帰ることを選んだのは自分なのに、ようやく会えた父親とまた離れることになるかもしれないと考えると、思った以上に困惑する。もっと母親の話を聞きたいし、父親のことも祖国のことだって知りたいのに。

「あ…父ちゃん、俺…蘇芳と一緒に戻りたい」
「うん」
「せっかく、迎えに来てくれたのに…父ちゃんよりも蘇芳のこと選んで、ごめん、なさい…」
「ああ、泣きそうな顔をしないで。もう、君って子は。どちらか一方しか望めないとでも思っているのかい?もっと欲張ってもいいんだよ。僕も一緒に鬼の里に行こう。君の伴侶の許しがあればだけど」
「えっ…いいの…?」
「勿論。言っただろう?もう絶対に君の傍を離れないって。住むところに執着は無いんだ。君がいるところが僕の家だよ」

 申し訳ないと感じつつも嬉しさを顔ににじませる息子の頬に口づけながら、レヴォルークは蘇芳に目を向けた。

「何も同じ屋根の下に住まわせてくれって訳じゃない。里の裏手の山に居を構えるのでも何ら問題はないからね」
「居候が一人増えようが、俺は別にいいぜ。山にいられるよりは、一緒の家に住んだ方がリュカも喜ぶだろ。ただ、一応親父——鬼族の頭領の了解を得てからでいいか。里の中には排他的な考えを持つ奴もいる。いきなり竜族が現れて、侵略してきたんじゃねえかって勘繰る奴もな」
「ああ。それで構わないよ。可愛い息子の傍にいられるなら、どこでもいいんだ」

 無条件で甘やかされて、ふわふわと妙にくすぐったい気持ちになる。

「アンタはどうする?一緒に来るか?」

 そう言って赤鬼はミーミルに視線を向けた。緑竜は大きく鼻から息を吐き、ゆっくりと否定した。

「儂は今の根無し草な生活を気に入っておる。行商として世界を放浪し、珍妙なものに出会う今の生活をな。また、お主らの元へは行商として伺うこととしよう」
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