運命の番を殺した英雄

XCX

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4. 温かな食卓

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 日が暮れ始め気温が下がり始めた頃、俺はようやく重い腰を上げた。リュキテの墓を離れるのはいつも後ろ髪を引かれる。
 家までの道中、広場にさしかかり銅像が目に入った。剣を頭上高く掲げる、俺を模した像。王が命じて作らせたものだ。
 当然俺は固辞した。敵国の王を討ち取る役目は王のものであるのに己の私怨のために面目を潰した。重大な命令違反で処罰されこそすれ、それを容認するかのような像の建立など許されない。だが、リズリカ王は俺の境遇を哀れむどころか理解を示し、俺の武勲を称えると建立を強硬した。
 …忌々しい存在だ。壊せるものなら今すぐにでも壊してやるのに。
 視界に入れることすら不愉快で、迂回路を取った。

「シグルドさん、おかえりなさい」

 家の扉を開けると柔らかな声で迎えられた。驚きのあまり動きが止まる。
 金を持って消えるだろうと期待を抱いていたのに、まさかまだいたとは。
 ユテの存在にも驚かされたが、それ以上に室内のありようにも面食らう。必要最低限の家具だけが置かれ、それも満足に使われていなくてほこりまみれ、酒瓶があちこちに転がっていたのが跡形もなく綺麗になっている。さらに驚くべきは、テーブルの上に湯気の立つ家庭料理が並べられていたことだ。

「ちょうど食事の用意ができたところです。……あ、その、その好きにしていいと言われたので、掃除と料理をしたんですけど……。あの、もしかしてシグルドさん、外で食べて来ましたか…!?夜は食事をとらない派だったり……。きちんと先に確認しておくべきでしたよね……!僕、お仕事をもらえたのが嬉しくて、はりきってしまって……。勝手なことをして、ごめんなさい…」

 まるで子犬のように嬉しそうに駆け寄ってきたユテだが、料理を無言で凝視したまま動かない俺の反応を怒っていると勘違いしたらしい。血色のいい顔が一瞬にして青ざめていく。
 その慌てようは、今にも泡を吹いて倒れるんじゃないかと心配になる程だ。

「い、いや、驚いただけだ。食ってきた訳じゃねえし、腹は減ってる…」

 呆気に取られつつかろうじて質問に答えると、ユテは安堵したようだった。大きく息を吐いて胸を撫で下ろしている。
 促されるままに席に着くと、食べるのを期待する強烈な視線を注がれる。監視するかのようなそれに食わないわけにはいかず、俺は料理を口にした。

「……うまい」

 あまりの美味しさに、純粋な賞賛が口をついて出た。脳が発言の内容を理解するのに時間がかかってしまうくらいに、無意識に口走っていた。

「本当ですかっ!?」

 驚きの声をあげるユテをよそに、他の料理にも手をつける。どの料理もうまい。それからは、今日一日まともな食事をしていなかったのを体が思い出したらしく、食欲のタガが外れて止まらなくなってしまう。

「シグルドさんのお口にあったみたいで嬉しいです…!」

 祈るように胸の前で両手を組んでいたユテの感激の声に、無我夢中で料理を貪っていた俺は我に返った。

「…お前も食えよ。でなきゃ俺が食い尽くしかねねえ」
「はい…っ!あの、でもっ、おかわりあるので、好きなだけ食べてください」

 正面に腰かけたユテは、スプーンを手にしながらも満面の笑みを浮かべて俺が食べるのを眺めている。年甲斐もなく子供のようにがっつく姿をまじまじと凝視しされるのは気恥ずかしかったが、食欲には勝てなかった。
 俺にとって食事は楽しむためではなく、最低限の生命維持のための面倒なものでしかない。そんなんだから料理はもってのほかで、酒場で食べるくらいだ。店を開いているだけにマスターの料理は文句なしにうまい。
 だが、ユテの料理はそれとは全く種類が違う。
 丁寧な下ごしらえが窺える、素朴でほっとする味。濃くも薄くもない、絶妙な味付け。その優しい味が体の細胞一つ一つにまで染み渡るような感覚に陥る。

「こんなにもちゃんとした食事をしたのはいつぶりだろうな…」

 食後に温かい茶まで出されて、身も心も満たされている。今までに食べた中で一番と言っても過言ではないくらいに美味しかった。
 気が緩んで心の声が出てしまったことに気づく。自分の面倒は自分で見れると言った手前、余計なことがザヤの耳に入るのはまずい。
 弁解しようとユテを見るが、皿洗いに集中していて聞こえていないようだった。

「部屋」
「?はい」

 ユテが後片付けを終えるのを見て、茶を飲み干す。濡れた手を拭いながら、目を丸くして首を傾げている。

「…部屋、寝れる状態じゃねえだろ。俺の部屋で寝ろ。綺麗とは言い難いが、あの部屋よりかはマシなはずだ。俺はソファで寝るから心配しなくていい」

 まくし立てるように一息で話す俺に、ユテは呆気に取られたようだった。言い終わってからやらかしたと思ったが、多少強引にいかないと少年は変な遠慮をしかねない。
 自分よりもずっと年下のユテを不衛生な寝床で休ませるわけにはいかない。うまい飯を作ってもらった礼も兼ねて。
 これで聞き分けないなら力づくにでも俺の寝室に連れて行く。

「あの…シグルドさん、こっち来てください」
「は?お、おい…っ」

 ユテは突然にこりと笑ったかと思うと、俺の手を取って立たせた。引っ張られるがまま、後をついていく。着いた先は、ユテにあてがった部屋だった。扉を開くように言われ、従った俺は驚きに目を見開いた。
 埃が何層にも積もって悲惨な状態だったはずの部屋が、見違えたように綺麗になっていた。どこもかしこもピカピカに磨かれている。

「僕のこと、心配してくださってありがとうございます。でも、頑張ってきれいにしたんです。だから、ここで寝ます。シグルドさんも、ご自分のお部屋で寝てください」
「……家中掃除して、食材の買い出しもして、料理まで作ったってのか?たったの一日で?」
「はい。僕、こんなに頑張ったの久しぶりですっ!」

 ユテが優しく語りかけ、両手で手を握ってくる。俺よりも小さくて、指は細く、温かい。触れ合う部分からユテの熱が俺の皮膚の中へと入り込んでくる感覚がする。
 心地よいのに、何故だか落ち着かない。耐えきれずに振り解きかけた瞬間、ユテが離れて室内へと入っていく。棚を漁って戻ってきた彼の手には、俺が預けた財布が握られていた。

「これ、お返ししますね。お言葉に甘えて、食材とか必要なものを買うのに使わせてもらいました」

 見た限りでは分厚さはさほど減っておらず、ちょろまかした様子は見られなかった。

「……返さなくていい」
「え、でも」
「生活費だ。必要だろ」
「そ、それはありがたいですけど、多すぎます!必要最低限くだされば、それでやりくりします…!」

 困惑するユテが、大量の紙幣が入った財布を眼前に突き出してくる。俺はズボンのポケットに手を突っ込み、受け取りを拒否した。
 自分で持ってても使わねえし、都度渡すのも正直面倒だ。ユテの人柄が誠実で働き者だと分かっては尚更だ。

「金の管理も使用人の仕事だろ」
「僕、今日会ったばかりの他人ですよ!?警戒心とか──」
「承諾しねえなら追い出すぞ。住む場所ないんだろ?」

 脅しめいてはいるが、実際はそうではない。住む場所なんかなくても、これだけの大金があれば住む場所はすぐに手に入れられる。…夜更けに近い今からとなると流石に苦労するだろうけどな。
 目を細め、ユテをじっと見つめる。圧をかけて、目の前の青年が首を縦に振るのを待つ。

「う、うう~…わかりました…!でも、シグルドさんがお願いするから仕方なくですよ…っ!?僕がもしやらかしちゃっても、知りませんからね!?」
「任せる以上、一切文句言わねえって約束する」

 してやったり。
 もはややけくそと言わんばかりに、顔を真っ赤に染めたユテは眉を吊り上げて憤慨している。じとりと睨みつけられるが、上目遣いのせいか迫力は皆無と言っていい。血気盛んな子犬が吠えているようにしか見えない。
 思い通りに事が進んで、思わずにやけてしまう。俺が面白がっているのが伝わったのか、ユテは声にならない呻き声を発した。それすらおかしい。
 やがてユテは何度か大きく深呼吸をして平静を取り戻すと、手をすっと差し出してきた。

「……改めて、今日からお世話になります、シグルドさん」
「ん」

 短く返事をして、手を握り返す。
 こうして、奇妙な共同生活が始まったのだった。
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