運命の番を殺した英雄

XCX

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21. 一縷の望みは細い糸の如く

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 顔がにやけそうになるのを必死で堪えながら、リースロークの話に耳を傾ける。だけど、内容はあまり頭に入ってこなかった。
 だって社交場、それも王主催となれば軍の元帥であるザヤもいるはずだ。彼に助けを求めれば、この状況を打開できて、シグルドに僕の言葉を届けてもらえるかもしれない。例え僕がなりふり構わない強引な手に出たって、貴族をはじめ王の御前ではリースロークも下手な行動は取れないはずだ。

「夜会には護衛は入れないが、ジゼア様も同行する。誰に話しかけられてもアンタは決して喋らず、微笑むだけにしろ。応対は俺がする。帰宅後に嫌な思いをしたくなければ、俺たちがすぐ傍で目を光らせているのをゆめゆめ忘れず、馬鹿な行動を起こさないことだ」
「……馬鹿な行動って?」

 僕の言葉に、リースロークは肩をすくめて見せた。

「さあ?俺はアンタじゃないから。だけど、窮鼠猫を噛むとも言うし、追い詰められた者が何をしでかすかは分からないだろう?警戒するにこしたことはない」

 彼が指を鳴らすと、屈強な体つきの護衛が室内に入って来た。夜会用と思われる衣装と、もう片方の手には黒革でできた謎のものを持っている。本能的に嫌な予感がした。

「だから、アンタにはこれを身に着けてもらう」
「…それは、なに…?」

 リースロークの目配せを受けて護衛が掲げて見せたそれに、ますます頭の中で警鐘が鳴る。
 問いかける声が震えてしまう。
 下着のような形状のものに、螺旋を描くかのような長い金属と小さな鍵までついているのだ。
 婚約者の男の目がにんまりと弧を描いた。

「貞操帯さ」
「っ!?」
「脱がせろ」

 衝撃で動けない僕を見据えたまま、男が護衛に向かって顎をしゃくる。反射的に逃げようとするも、すぐに体の大きな護衛に捕まってしまった。自分の体に巻きつく腕を殴ったりつねったり引っ掻いたりするも、丸太のように太いそれはびくともしなかった。
 僕をベッドに押し倒した男が腹部の上にのしかかって、力づくで下着もろともズボンを脱がされる。

「やだ、嫌だっ!やめて、嫌だ、イヤ、…っ離せ、離せってば…ッ!」

 無我夢中で手足を振り乱して暴れまくった。目の前の護衛の背中を力の限り殴りつける。

「駄犬に枷をつけるのは飼い主の責務だろう?婚前に男に簡単に足を開くような発情犬には特に。高貴な方々に粗相があってはいけないからね」

 小馬鹿にした笑いを含んだ声。
 この男はどこまで人を虚仮にすれば気が済むんだ…!幾度となく人の尊厳を侵して辱めを与えられる。自分の出世しか見ていないこの男にとって、僕は人間以下の、自分の野望を叶えるための駒でしかない。
 僕の必死の抵抗をちっとも意に介さない。叫びも訴えにも耳を貸さない。着実に、確実に、息の根を止められていく感覚だ。

「嫌だ…!嫌だ嫌だあァ…ッ!」

 護衛の巨体で視界を塞がれてリースロークの姿が見えない。だけど足に触れられる感覚はある。
 抵抗を封じられて、拘束具をつけられる…。

「ひっ…!」

 陰部にひんやりとした金属があたって、情けない声が喉を突いて出た。体が強張る。
 それから程なくして、カチャリと鍵のかかる非情な音が聞こえた。
 今まで僕の拳をどれだけ受けても不動だった護衛がの上から護衛が体の上から退く。

「おしっこは問題なくできるよ。心配しなくとも」

 横たわったまま愕然と天井を見つめるしかない僕の顔を、憎たらしいにやけ面でリースロークが覗き込んでくる。
 僕が気にしているのはそこではないとわかっているくせに、どこまでもおちょくって、神経を逆撫でしてくる。

「誰があんたみたいな最低な奴と番になるものか…っ!」

 口から出るのは苦し紛れの言葉だった。彼にとって何のダメージにもならないのは分かってる。だけど屈服したと思われたくなかった。
 何度傷つけられようとも、こんな男に絶対に屈しない。それが僕のできる最大の抵抗だ。

「……着替えるんだな。まもなく出発するけど、泣く時間は必要だろうから少しは待ってあげるよ」

 僕に衣装を投げつけ、リースロークは護衛と一緒に部屋を出た。しんとした室内に一人残される。

「ふっ…うぅ…!」

 腹這いになり、ベッドに顔を埋める。途端、涙が溢れた。鋭利なナイフで心臓をズタズタにされた気分だった。どうにか止血を繰り返して保っていたものが、ガラガラと音を立てて崩れていくような。
 シグルドの元に戻るために諦めるつもりなんてないけど、でも、何度も心を砕かれる。リースロークは僕が嫌がることを的確に見抜いて実行してくる。
 諦めない。諦めたくない。でも……。
 シグ、シグルド。僕はどう頑張っていけばいい…?


 ********


 リースロークが呼びに来る前に、身支度を整える。まだ心はズタズタだったけれど、自分の両頬を力一杯叩いて気合を入れる。泣き腫らした目を晒して、リースロークを喜ばせたくなかった。
 屈したと思われたくない。まだ終わってないんだ。
 護衛の監視付きで玄関を出ると、馬車の前でリースロークが待っていた。繊細な刺繍の入った上等な生地に豪華な装飾がふんだんにあしらわれた豪奢な装束を身に纏った彼はとても機嫌が良さそうだった。
 華美な装束にも負けない存在感と容姿。何も知らずに彼と知り合っていれば、素敵な人と印象を持ったと思う。でも今は違う。偽りの表情の下に隠れた本性は、強烈なオメガ蔑視を持った鬼畜だ。ドーラン国のシャクビ王と同じ、己の野望のためにはオメガを犠牲にすることを厭わないアルファ。

「お手をどうぞ」

 優美な動きでリースロークが手を差し出してくる。僕はそれを無視して、自分で馬車の中へと乗り込んだ。さしたるダメージを受けていないリースロークが隣に座って、御者に出せと指示する。馬車内におじい様の姿はなかった。別の馬車で現地で向かうのだろう。
 僕と顔を合わせたくないおじい様の意志か、リースロークによる指示なのかは分からない。どちらにせよ分かるのは、おじい様はこの男との結婚しか認めない気だ。

「夜会では頼むから大人しくしていてくれよ。貞操帯、外して欲しいだろう?」

 そう言ってリースロークは首にかけた貞操具の鍵を見せつけ、服の下へとしまい込んだ。

「……まあ、アンタが騒ぎ立てたところで、誰も信じちゃくれないだろうけどね」

 奥歯を食いしばると、ぎりと音がした。狭い車内、実力行使で鍵を奪ったとしても、すぐに取り返されてしまうのがオチだ。
 今は違う。その時じゃない。夜会でザヤ様を探して、助けを請うんだ。シグルドの使用人として自分が雇ったはずの僕が会場内に現れれば、事情を問いただすべく近づいてくるはず。その好機に賭ける。
 今はリースロークに大人しく従ってる振りをして、彼の油断を誘うんだ。

 王城に到着し、中へと足を踏み入れる。僕の場合社交に出るのは十八歳を迎えてからだと、おじい様にかねてより言われていた。
 十八歳になってすぐ、僕はシグルドの元へ行った。だから今日が社交デビューになる。まさかこんな形で、まさかリースロークと同伴で迎えるとは思わなかった。

「リースローク・ファロー少将、ユテ・クライゼル様、ようこそお越しくださいました」

 執事らしき男が出迎える。恭しい所作で頭を下げる彼に、リースロークは満足そうに頷く。
 そこへ、箱を持った別の使用人が執事の傍らに現れた。

「それでは、こちらのご着用をお願いします」

 執事が手で指し示した箱、その中身に我が目を疑った。そこに置かれていたのは、鼻と目元を覆う仮面だった。

「ああ、言ってなかったかな。今日の夜宴はマスカレードだ、って」

 茫然と箱を見つめる僕の隣で、リースロークはその中の仮面の一つに手を伸ばしながら、悪びれもせずにいけしゃあしゃあと言ってのけた。
 伝えるのを忘れていたんじゃない。わざと言わなかったんだ。
 僕を絶望の淵に突き落として、その反応を楽しむために。


 ──僕の最後の希望は、悪魔のような男によって脆くも崩れ去ってしまった。
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