運命の番を殺した英雄

XCX

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30. 決意

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 とんだ混沌と化した朝食会を終えた後、僕たちは人を待っていた。
 ノックが聞こえるなりドアへと駆ける。扉を開くと、見慣れた顔ぶれ。

「父様、母様…っ!」
「ああ、ユテ…!」

 あんなに酷く痛めつけられていたのに、今やその影もない。元気そうな姿を目にしただけで、視界が涙で覆われていく。強く抱きしめられる前に、両親の目にきらりと光るものが見えた。
 安堵と後悔、罪の意識、自己嫌悪。様々な感情が一斉に押し寄せてきて、言葉にならない。どう謝罪したらいいのか分からなかった。

「父様、母様、…ごめ…ごめ、なさ…僕、僕の、せ、で…っ!」
「何を言うんだユテ…!お前が謝ることは一つもない」
「そうよ、許しを請わなければならないのは私たちのほう。息子のあなたを守らなければならなかったのに、それができなかった…。親、失格だわ…本当にどう、罪を償えばいいのか…っ!」

 父様と母様、二人から強く抱きしめられる。ごめんなさい、とうわ言のように繰り返される謝罪の言葉に応えるように同じ強さで抱きしめ返しながら、首を振って否定した。
 しばらくの間、僕たちはお互いの無事と再会できた喜びを分かち合いながら涙を流した。

「君がユテの…」
「シグルドです。ご挨拶が遅くなってすみません。お会いできて光栄です」
「こちらこそ光栄だわ。ユテを……私たちの大切な息子を助け出してくれて、本当にありがとう」

 シグルドが両親と握手を交わす。大切な息子、と言い直されて、また涙がにじんでしまう。
 立ち話もなんだし、と僕たちはソファーに腰を落ち着けた。
 僕を送り出してくれた後、当然だけど僕の不在はすぐにおじい様の知るところとなって、両親は毎日のように詰問を受けていたそうだ。僕の恋路のために奮闘していたものの、追及は日を追うごとに厳しくなり……ついにおじい様は暴力での手段に出た。父様の命が惜しくばユテの居場所を吐け、と脅され、従うほかなかったという。
 母様は約束を破ってごめんなさい、とまた泣いていたけど、僕からすれば母様の判断は当然のもので、そんな二択を迫るおじい様の卑劣さに腹が立った。
 同時に、そんなことを露ほども知らずにシグルドに愛されて浮ついていた自分にも怒りを感じる。

「シグにうなじを噛まれて正式な番になってから帰ろうと思ってたんだ。そうしたら、おじい様だって認めざるを得ない、って思って…。でも、父様と母様があんな風に傷つけられるなら、もっと早く帰ってれば良かった…」
「ユテのせいじゃねえよ。ユテが何か事情を抱えてることに気づいてた。なのに何も聞かなかった俺にだって責任の一端はある。ユテと両想いになった時点で挨拶に来てりゃ、こんな事態にはならなかったかもしれねえ」
「いや…ユテの判断は正しいし、もし仮にシグルドさんがお義父様に挨拶に来ていたら、事態はより悪化……いいや、考えうる限りの最悪の結末を迎えていたはずだ」

 ついいつもの癖で自分に責任があると主張する僕たちに、父様はゆっくりと頭を振る。同意するように力強く頷く母様に、僕はシグルドと顔を見合わせていた。

「ええ、シグルドさんは捕らえられて、どこか遠くの地で……殺害されていたかもしれません」
「そんな…っ!おじい様がそんなことをするはず──」
「いいえ、ユテ。お父様ならやりかねないわ。……それほどまでに、お父様は自分のやり方でクライゼル家を守ることに執着しているから」

 それから、母様はおじい様のことを話してくれた。
 僕の祖母──つまり妻とは政略結婚だった。家同士が決めた婚姻だったものの、おじい様はおばあ様を彼なりに愛して大事にしていた。しかし病に伏した彼女は息を引き取る間際、おじい様にこう告げたと言う。
 私には運命の番がいた。彼と一緒になりたかった。クライゼル家になんか嫁ぎたくなかった。自分の人生に喜びや幸せは一片たりとも存在しなかった。貴族の、クライゼル家の、全てが憎い。
 自分の夫や子供たち、屋敷の者たちに囲まる中、全てを呪いながら死んでいった。母様によるとおばあ様はいつだって誰に対しても優しくて、一度たりとも弱音を吐かなかったそう。だからこそ、おばあ様の告白に誰もが驚かされた。

「お父様が変わっていったのはその頃からよ。ユテも知っての通り、私には優秀なアルファの兄がいて、兄様が家督を継ぐことが決まっていた。だから私は自分で結婚相手を決めることが許されて、クライゼル家の名を捨てて別の町で慎ましく暮らしていたの。……ところが兄様が不慮の事故で命を落として、大事な後継者がいなくなってしまった。そこでお父様は私に白羽の矢を立てたのね。私の番として他家から婿入りさせることを画策していたのだけど、私達の間には既にユテがいて、今更私達を引き離すことなどできなかった。お父様は激高して、あろうことかユテを跡継ぎとして私達から取り上げようとしたの」
「そんな…」
「お義父様は私達に交換条件を突きつけた。ユテと離れたくなくば、クライゼル家に戻るようにと。そうすれば私達の婚姻も続けさせてやる、とね。……私達に選択肢は無かった。お義父様は強大な権力と力を持っていたから」
「え…でも、それじゃあ、父様と母様が結婚を許されなかったから駆け落ちして、でも生活が合わなかったから出戻ったって言うのは…」
「ええ、嘘。お父様が作った筋書きなの。一度は外へ出た娘を呼び戻した、と知られると自分の体裁が悪いと思ったのね。私が自分から出戻ったことにすれば、不出来な娘を持った父親と周囲からの同情を得られるもの。そっちの方が都合がよかったんだわ、きっと」

 初めて聞く話が両親の口から次から次へとこぼれて、衝撃を隠せない。

「お父様にも同情できる部分はあるし、家の存続に異常な執着を持ち始めたのも理解できる。だって、半生をかけて愛した妻に裏切られていたんだもの。でも、それを理由に家族を傷つけていいはずがない。自分が傷ついたことを盾に、それを振りかざして何をしてもいい訳がないわ…」

 母様はそこで声を詰まらせた。俯く頬に光るものが流れていく。

「だからお父様が逮捕された今、ほっとしているの。これで私達の誰も傷つかなくていい、やっと解放されたんだわ、って…」

 涙を流しながら母様は微笑んだ。まるで憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔だった。その表情に、両親が陰でどれだけ苦しんでいたのかが窺えて、胸が苦しくなる。

「ユテ…、母さんと今後のことを考えていたんだが……クライゼル家の爵位を国に返上してもいいと思っているんだ」

 父様の予想だにしない提案に、条件反射で目を見開いてしまう。
 爵位を返上って……つまり、貴族であることを辞めるってこと?そう聞き返すと、正面に座る父様はそうだと頷いた。

「貴族であることで受けた恩恵もたくさんあっただろうが、枷となって苦しめられたことも事実。ユテは前世では孤児だったと言っていただろう?私達は大事な息子に望まぬ重荷を背負わせたくない。自由に、愛する人とただ幸せになってほしいんだ」

 父様の、とても優しく慈愛に満ちた眼差しが僕とシグルドに注がれる。
 クライゼル家の令孫に生まれ変わったことで大変なことはたくさんあったけど、それ以上に良いこともあった。優しい両親のもとに生まれたこと。僕の荒唐無稽な話を信じてくれて、支援もしてくれた。辛い目にも逢ったけど、最終的にシグルドの元に戻れたし僕は本当に恵まれていると思う。
 僕は隣のシグルドの顔を見上げて、手を繋いだ。すると強くしっかりとした力で握り返された。向けられる瞳が、僕がどんな選択をしても尊重する、傍で支えると言っているように思えて、とても心強くなった。
 深く息を吸って、両親の目を真っ直ぐに見つめる。

「僕、跡を継ぐよ。クライゼル家の当主になる」

 僕の出した答えに、両親はとても驚いた様子だった。息を吞む音がここまで聞こえてくる。

「ユテ、もし責任や罪悪感を感じての決断なら──…!」

 焦燥に駆られた顔で身を乗り出す母様に、慌てて頭を振って否定する。

「違うんだ、そういう後ろ向きな気持ちで決めたんじゃなくて、前向きな気持ちで真剣に考えた結果!社交デビューもまだで特権階級の流儀や作法も、おじい様に比べたら足元にも及ばないけど……僕、やってみたいことがあるんだ。それはまだふわふわしてて、形にもなってない考えでしかないんだけど、それはただのユテじゃなくて、ユテ・クライゼルでしかできないことだと思うんだ。……だから、僕に跡を継がせてください」

 立ち上がって、頭を下げる。
 リュキテの時も何もできず何もなせないまま一生を終えた。世間知らずの僕が貴族の名前を背負うなんて、うまくいくか分からない。でも、やってみないと分からないし、やらないと後悔する気がした。

「ユテ、どうか頭を上げてくれ。私達やおじい様の気持ちを汲んだわけじゃなく、ユテ自身の意志でそう決めたのに反対する理由なんてありやしないよ。ユテの意識を尊重する」
「なんでも、私達を頼ってね。家族なんですもの、協力は惜しまないわ」

 顔を上げるように言われると、父様に抱きしめられた。背中や頭を優しく撫でられる。続いて母様からも熱い抱擁を受けて、両親からの愛情がひしひしと伝わってきて心地いい。

「勿論俺もユテのアルファとして尽力するからな。いざとなれば陛下とザヤも動かせるぞ」

 涙がこみあげてくるのを感じていると、ふと影が差してシグルドが傍らに立っていた。僕の腰を抱きながら、茶目っ気たっぷりに片目をつぶる彼に、僕たちは笑いを堪え切れなかった。
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