灰になった白雪

よつば 綴

文字の大きさ
上 下
1 / 1

灰になった白雪

しおりを挟む

 しんしんと降り積もる雪の中、少女は立ち尽くしていた。

 少女は、艶やかな黒髪に滑らかな白い肌、桃色の膨良かな唇と薄茶の輝く瞳を持て余していた。この愛らしい容姿の所為で、継母に命まで狙われる始末。
 ついに、命を投げ出してしまおうと決心がついたのに、邪魔が入り7人の小人達暮らす手狭な家で居候する羽目になった。
 罪人の如く身を隠していたが、どういうわけか老婆に扮した継母が現れる。あまつさえ、毒林檎を携えて。


 この時代のこの国には未だ自警団などもなく、各国の王族が持つ私兵によって治安が守られていた。しかし、それが全く機能していない現状に、ほとほと呆れ顔の少女。
 それはそうだ。機能するはずがない。敵である継母は、この国の王妃なのだから。

 実父である国王が病で床に伏せてからは、継母のやりたい放題だった。少女が殺されかけたのも、1度や2度ではない。おちおち散歩もできない、息の詰まる生活を強いられていた。
 そんな日々に疲れてしまった少女は、殺される覚悟をして継母直属の部下を護衛につけ公務に出た。城に帰る事はもうないのだろうと思うと、少女は胸の辺りがチクリと痛んだ。

 馬車で揺られること半日。予定ではあと半日は掛かるはずだが、停まったのだから仕方がない。
 ここが死に場所かと覚悟を飲み込み、何事も知らないかの如く淑やかに馬車を降りた。いよいよ死を間近にした少女の瞳には、じんわりと涙が滲んでいる。

 護衛の男は、少女を見つめ『こちらへお越しください』と言って森へ入った。
 森の最奥へと歩みを緩めない男は、ぽつりぽつりと少女に語る。少女は、小走りでついて行きながら黙ってそれを聞いた。

 男は、元々国王の直属だったが、家族を人質に脅されて仕方なく継母に従っていると言う事。継母の命令には、誰一人賛同していないという事。
 さらに、国王の病は王妃が仕込んだ毒の所為である可能性が高い事。そして最後に、国王の回復を待ち、王妃を廃する為の企てがある事。
 このような重大機密事項を、男はペラペラと得意げに語った。

 男は、継母の命令に逆らえなかった。だが、これまで少女を虐げてきた罪悪感から、少女を逃がす役目に立候補したそうだ。
 少女を殺した事にして逃がし、国王が回復したら迎えに来る手筈なんだとか。

 そんなこんなで、少女は男の知り合いだという小人達の家で、暫くの間世話になる羽目になったのだった。


 快適とは程遠いうえに、炊事洗濯を任された。見ず知らずの小さいオッサンの洗濯など、少女にとっては苦痛でしかなかった。
 さらに、何から何まで小さいので、兎にも角にも扱い辛い。椅子やテーブル、ベッドも扉も、トイレに至るまで全てが子供サイズなのだから。

 少女は全てから逃げ出したくなった。そもそも、何故自分は命を狙われるのか。それさえ少女は知らなかった。
 企てに気づき家臣を皆殺しにした継母が、森の奥までやって来る日までは。


 継母は、禁術で林檎売りの老婆に容姿を変え、小人達の留守を狙い少女の元へやって来た。

「もし、お嬢さん」

 非常に聞き取りづらい、しゃがれた声の老婆。怪訝な表情を隠す事なく、無愛想に応える少女。

「なにか?」
「えらく愛想が無いねぇ。可愛らしい顔をしているのに。勿体無い勿体無い。世界で一番美しいのに」
「は? 何それ。あたし、別に可愛くないし」
「チッ、まったく······。それよりもねぇ、この林檎はどうだい? 海の向こうから取り寄せた、特別な林檎なんだよ」

 老婆が、腕に掛けた籠から林檎を手に取り、ずいっと少女へ差し出した。少女は林檎を見つめ、微笑むこともなくたんと言葉を落とす。

「要らない」
「え····。そ、そう言わずに。どうだい、一口味見してみないかい?」
「タダなの?」
「あ、あぁ、勿論お代は要らないよ。食べてみて気に入ったら、いくつか買っておくれ」
「ったく、林檎丸かじりとか下品だなぁ」

 老婆は顔を伏せ、ローブに隠れて苛立ちを噛み締めた。
 少女は、老婆から手渡された林檎を、全体的にしっかりと拭きあげてからかぶりついた。それがまさか、毒林檎だとも知らずに。
 少女はその場で倒れ、静かに息を引き取った。

 帰宅した小人達は、小さな齧り跡のついた林檎と、既に息絶えた少女を見つける。深い悲しみに打ちひしがれ、枯れるまで涙を落とし続けた。
 少女を埋葬しなければならない事は、小人達も重々分かっていた。けれど、なかなか決心がつかなかったのだ。
 少女の為に誂えた、美しい硝子の棺に横たわる死体は、まるで眠っているようにしか見えなかったのだから。


 自然の摂理に反し、少女の躰は朽ちなかった。
 博士の愛称で親しまれる小人が、不思議に思い調べた結果、少女を想う王子のキスで目覚める事がわかった。

 タイミング良く、少女の噂を聞きつけた隣国の王子がやって来た。そして、少女の唇にそっと口付ける。
 少女は見事に息を吹き返し、袖口で唇を拭った。

 少女の暴露によって、継母は廃妃となり刑に処された。国王は順調に回復し、再び少女を蝶よ花よと可愛がった。
 少女の唇を奪った王子は、徐々に少女との距離を詰めに詰め、後に結婚に至る。

 その美しさ故に、継母から命を狙われた憐れな少女。運命に翻弄され、美しさとは裏腹に強かで口の悪い捻くれ者になっていた。
 少女の名は白雪。降り積もる儚い雪のような世界で、最も美しく荒んだ姫である。

しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

大林和正
2024.01.07 大林和正

将来が心配ですね
毒林檎を彼女も?
とか妄想してしまいました
最後が奇想天外で面白かったです
ありがとうございます😊

よつば 綴
2024.01.07 よつば 綴

大林さん𖥧𖤣
感想ありがとうございます🍀*゜

この子、本当に将来が心配ですよねぇ(笑)
しかし、良くも悪くも環境の影響を受けすぎる子なので、良い環境で暮らせば良い子になるはず····きっと。王子に期待です🌼*・
王子頑張れっ‎(๑˙꒳​˙๑)و
こちらこそ、読んでいただきありがとうございました🍀*゜

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。