1000字以下の掌編集

よつば 綴

文字の大きさ
上 下
17 / 26

幻影でさえ魅せない

しおりを挟む

 寡黙な男ゆうちゃんは、今日も黙々と読書に勤しんでいる。構ってもらえず退屈になった私は堪られず、無視されるのを覚悟で話しかけた。


「ねぇ、保険証の裏にさ、臓器提供の意思表示の欄あるじゃん」

「うん」

「それね、私ね、眼球と心臓以外に丸つけてんの」

「へぇ~。····なんで眼球と心臓はダメなの?」


 予想外に食いついてきた。


「だってね、目はずっとゆうちゃんとの思い出を見てきたでしょ。色んなゆうちゃんを見てきたんだよ。心臓はね、ゆうちゃんに沢山トキメいてきたんだもん」

「うん、だから?」

「臓器に記憶が宿るって話あるでしょ? 多分、私がゆうちゃんの事すごく愛してるから、余裕で臓器が覚えてると思うんだ」

「ふ~ん、それで?」

「眼球と心臓に記憶が宿ったって話を聞いた事があるから、それだけはあげたくないなって思ったの。もし女の人に移植されて、ゆうちゃんに恋したら嫌だもん。私の記憶は、思い出はあげないの」

「そっか」

「それにね、もしおじさんに移植されて、ゆうちゃんに恋したら困るでしょ?」


 ゆうちゃんは分厚い本をバタンと閉じた。そして、伸びをしながら言う。


「確かに。それじゃあ、俺も眼球と心臓だけは丸しないようにしないとな」


 少し間を置いて意味が分かると、なんだか途端に恥ずかしくなった。そして、ゆうちゃんは勝手に話を締め括る。


「お前の何一つ、誰にもあげないから。それ以前に、俺より先に死ぬなよな」


 ゆうちゃんは私をギュッと抱きしめてそう囁くと、そそくさとトイレに逃げ込んだ。
 
しおりを挟む

処理中です...