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幻影でさえ魅せない
しおりを挟む寡黙な男ゆうちゃんは、今日も黙々と読書に勤しんでいる。構ってもらえず退屈になった私は堪られず、無視されるのを覚悟で話しかけた。
「ねぇ、保険証の裏にさ、臓器提供の意思表示の欄あるじゃん」
「うん」
「それね、私ね、眼球と心臓以外に丸つけてんの」
「へぇ~。····なんで眼球と心臓はダメなの?」
予想外に食いついてきた。
「だってね、目はずっとゆうちゃんとの思い出を見てきたでしょ。色んなゆうちゃんを見てきたんだよ。心臓はね、ゆうちゃんに沢山トキメいてきたんだもん」
「うん、だから?」
「臓器に記憶が宿るって話あるでしょ? 多分、私がゆうちゃんの事すごく愛してるから、余裕で臓器が覚えてると思うんだ」
「ふ~ん、それで?」
「眼球と心臓に記憶が宿ったって話を聞いた事があるから、それだけはあげたくないなって思ったの。もし女の人に移植されて、ゆうちゃんに恋したら嫌だもん。私の記憶は、思い出はあげないの」
「そっか」
「それにね、もしおじさんに移植されて、ゆうちゃんに恋したら困るでしょ?」
ゆうちゃんは分厚い本をバタンと閉じた。そして、伸びをしながら言う。
「確かに。それじゃあ、俺も眼球と心臓だけは丸しないようにしないとな」
少し間を置いて意味が分かると、なんだか途端に恥ずかしくなった。そして、ゆうちゃんは勝手に話を締め括る。
「お前の何一つ、誰にもあげないから。それ以前に、俺より先に死ぬなよな」
ゆうちゃんは私をギュッと抱きしめてそう囁くと、そそくさとトイレに逃げ込んだ。
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