魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第一章 リコプリン編

7 魔女小屋の怪

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 大きな楠の下に、とんがり屋根の、こじんまりとした小屋。
 鉄格子のような黒い柵と、蔓を描く黒い装飾。ドアは紫色に塗装されていて、全体が怪しい雰囲気に包まれている。菜園らしき花壇がある小さな庭は、寂しく枯れ果てていた。

「わぁ、まるで絵本に出てくるみたいな……」

 リコは続きを言いかけて、飲み込んだ。
(魔女の小屋……)

 マニは鍵を使ってドアを開けながら、説明してくれた。

「一ヶ月くらい前まで、女の人が一人で住んでたんだよ。その人も旅人だったけど、村長に依頼して小屋を建てて、一年くらい住んでたかな」

 マニの後ろからそっと小屋の中を覗くと、しばらく無人らしき埃っぽい匂いがしたが、綺麗に整頓されている。

 大きな釜戸、立派な薬棚、干からびた植物の山、沢山の蝋燭に、やたらと大きな長テーブル……。

「な、なるほど、まるで……」
(やっぱり魔女の小屋……)

 と言葉を半分飲んで、リコは笑顔で頷いた。

「なんか薬草を調合して、町に卸してたみたいだけど、村人ともあまり交流しなくてさ。ちょっと変わった人だったみたい」

 マニの解説を聞く限り、住んでいた人物も魔女っぽい。

 中へ進んで家具の布を外すと、小さな椅子や本棚があり、中の本はそのまま置いてある。よく見ると、大釜の横に調味料の瓶なども揃っていた。

 リコはなんとなく本棚から一冊取ってパラパラとめくってみるが、異形の生物の解剖図が延々と載っているので、慌てて閉じた。
 他にも魔獣図録、危険植物、毒物辞典……と不穏なタイトルが並んでいる。

「えっと、住人だった人は家具も持ち物も全部、置いてっちゃったんだね」
「うん。荷物はいらないって言って、また旅に出ちゃったみたい」

 マニは小屋をあちこちと見回して、うーんと考える。

「布団とかタオルはそのまま使えないだろうから、爺ちゃんちから持って来るよ!」

 頼もしく優しいマニにリコは心がジンとして、深々とお辞儀をした。

「マニちゃん、ありがとう! この御恩は必ずお返しします!」
「やだなぁ、そんなかしこまんないでよ。ここら辺は爺婆ばっかり住んでるからさ。年の近い住人が増えて、あたしは嬉しいんだ!」

 マニは元気に小屋を飛び出すと、ペロとともに荷物を取りに家に戻った。

 一人になったリコは、メラメラと燃えていた。

「ようし、徹底的に掃除だ!」

 服の袖をめくると、窓を開け、箒で大掃除を始めた。
 初めての一人暮らしへの不安や、この魔女小屋の不気味さを全部吹き飛ばすように、豪快に埃を祓っていった。


 * * * *


 マニはペロに繋いだリヤカーに、大量の荷物を乗せて運んで来た。
 リコと2人で小屋に運び終わると、マニはペロと共に、農場の家に帰って行く。

 森はすっかり、夜色になっていた。

「じゃ~ね~! ちゃんと戸締りすんだよ!」

 マニが森の向こうに見えなくなるまで、リコは大きく手を振った。

 玄関のドアを閉めると、一人ぼっちになった小屋の中は途端に静かになった。

「はあぁ……」

 豪快な掃除は何時間にも及んで、身体中が痛い。
 しかし、何も考えずに集中したこの時間は、リコを爽快な気持ちにしてくれた。

 不気味な本や薬瓶はまとめて箱に隠す事で、この小屋の魔女っぽさが少々払拭された気がする。
 小屋のベッドの上には、お婆さんが用意してくれた綺麗なお布団と寝巻き、タオル。
 そして長テーブルの上には、いろんな種類の大きな野菜と、パンやナッツ。ありったけの食料を、老夫婦はマニに持たせてくれた。

「ありがたいなぁ。こんなに大きい食べ物をいっぱいくれて……これも、これも。でっかいなぁ」

 ボーリング玉大のミニトマト、抱き枕のピーマン、岩石のようなじゃがいも……ひとつずつ確認するうちに、グウ~とお腹が鳴っていた。
 思わず「お母さん、お腹すいた~!」と言いたくなるが、リコは涙目で踏ん張った。

「ようし、夕ご飯を作ろう!」


 岩石サイズのじゃがいもを布で磨いた後、必死で持ち上げて、大きな釜戸に放り込む。

「せいやっ!」

 マニが樽ごと運んでくれた水を釜に入れて、火打ち石をカチ鳴らし続けると、火の粉が藺草に移って、薪はメラメラと燃え出した。

「ふえ~……」

 ジャガイモひとつ茹でるのに、大層な体力と時間を費やしていた。
 カチッ、と回せば火がつくコンロが恋しい。捻ればお水が出る蛇口もあって、お家のキッチンは何て便利だったんだろうか。


「今、何時かな? 夜の8時くらい?」

 じゃがいもが茹で上がるのを待つ間、時計が止まっている小屋の中で、リコは床に座って釜戸の炎を眺めていた。

 ガタ、ガタタ……

 突然窓が揺れて、木造の小屋も小刻みに揺れ出した。

「え? 地震!?」

 地震大国である日本で育ったリコは危険を感じて即座に立ち上がり、テーブルの下に隠れようとしたが、揺れる窓の向こうに、大きく金色に光る物体を見つけてしまって、息を飲んだ。

 大きな獣が、金色の目玉で小屋を覗いていたのだ。

「ひっ……!?」

 獣の目玉と目が合ったまま、リコは石のように硬直した。

「ひぎゃっ……」

 リコの悲鳴の始まりは冷静なノックの音で中断された。

「こんばんは」

 ドアの向こうに、誰かが訪ねて来ていた。
 リコは助けを求めて急いでドアの鍵を開けると、そのまま必死の勢いで、来客にしがみついた。

「大きい目玉が! 窓から覗いて!」
「……」

 来客はしばらく固まった後、そっとリコを引き剥がして、申し訳なさそうに頭を下げた。

「すみません。あの獣は僕の連れで……あの、小包の配達です」

 リコはまん丸の目で来客を改めて見ると、それは配達員らしき制服を身に付けた少年……レオだった。その後ろに立った大きな黒猫は、呑気に欠伸をしている。

「レオ君!!」

 リコの大声に驚いて、レオは下げていた頭を上げると、同時にリコの後ろを指した。

「あっ! 噴いてる! お鍋が噴いてますよ!」

 大釜は沸点に達して、お湯が盛大に噴きこぼれていた。
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