魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

文字の大きさ
73 / 110
第二章 魔獣退治編

28 開かない扉

しおりを挟む
 レオはバッツの心臓マッサージを繰り返しながら、落石の壁の向こうの音に耳を澄ませた。
 人の悲鳴はかなり減って、大きな生物が暴れる衝撃音と落石の音が響いている。この狭い空間もいつ、岩盤の下敷きになるかわからない。だがそんな恐怖よりも、今、目前で仲間に死が迫っている状況の方が恐ろしい現実だった。

「がふっ!」

 レオは我に返る。バッツが息を吹き返し、水を吐き出していた。
 気道を確保して声をかけ続けると、バッツは目を開けないが、僅かに頷いた。
 安堵でどっと血の気が戻り、レオはすぐに応急手当の道具を出し、バッツの頭を止血し、包帯を巻いた。
 横たわるシエナは肋骨を何本かと手足を折っているようで、固定する。

「シエナさん、シエナ班長!」

 レオの呼びかけに、シエナは流血していない方の目を開けた。

「レオ……相手は本当に魔獣か?」

 シエナと同じことを、レオも考えていた。

「おかしいです……魔獣があんな緻密な罠を仕掛けるなんて。それにあの巨大魔獣は人間の言葉を理解して、こちらの作戦を読んでいたように思えます」
「ああ。まるで突入時刻も、陣形も把握しているような戦略だった」
「こ、こんなことがあるんですか? 魔獣が、そんな高度な知恵を……?」
「落ち着け、レオ。今動けるのは君だけだ」

 レオはどうしたらこの状況が好転するのか、まったく浮かばない。
 出口となる唯一の穴は、巨大な石で埋まっているのだ。

 自身の掌の中にある、様々な道具が脳裏を巡った。

 爆薬……
 ダメだ。落石を誘発するし、こんな狭いところじゃ人間も巻き込まれる。

 だったらツルハシ、ハンマー……
 馬鹿馬鹿しい。こんな巨大な岩石の壁をどうやって砕く?

 レオは身体中から、また血の気が引く思いだった。このままここにいたら、バッツもシエナも失血死するかもしれない。
 鼓動が高まっていた。

「異次元に……二人を確保する?」

 あの可哀想な子犬を思い出していた。
 異次元の扉から出した時の、グッタリとして魂の抜けたような状態を。ご飯も食べず、鳴くこともなく……。

「それから、どうなったんだっけ……」

 記憶が混乱している。

「死にはしなかったんだ。そう、仮死なんだ」

 震える手を、シエナに向ける。

 レオの異次元の扉は、無制限に大きく開けるわけではない。背丈は自分と同程度。横幅はそれを基準に正円の幅まで。小型の船が自分の限界値であり、人体なら収納は可能なはずだ。

 レオは涙を流していた。
 後悔と恐怖のあまり、自分で消していた、8歳の時の記憶が蘇る。

「ぼ、僕はあの子犬を……怖くなって、森に置いたまま逃げたんだ」

 その後子犬がどうなったのか、レオは知らないままだった。

「なんて事を……僕のせいで……」

 岩に膝を着いて震えるレオの手からは、異次元の扉は現れない。
 恐怖で開けることができなかった。

 その時、大きな地響きが起きた。

 いよいよ天井が落ちてくるのかと見上げると、天井ではなく、出口を塞ぐ巨岩が動いているのがわかった。
 幻を見ているように呆然と眺めていると、巨岩は確実に、右に向かって動いている。ゴゴゴ、ゴゴゴ、と恐ろしく重たい音をたてて、横にスライドする巨岩の向こう側に、うっすらと灯りが見えた。
 そこには人影が見える。人間が、巨岩を素手で押して動かしていた。

「ダ……ダリアさん……」

 あのオレンジの巻髪のダリアが、全力で岩を押している。

「くっそ重いわ!」

 文句を言いながら大きく押し切ると、「うおりゃぁ!」とドスの効いた声で、完全に巨岩をどけていた。

「は~、しんど」

 内部の悲惨な状況を見回すと、こちらにやって来た。

「あ~あ、全滅じゃない。うちのチームも私以外、全滅だけどさ」

 シエナは片目を開けて、ダリアを見た。

「淫獣は魔獣よりも頑丈だからな……」
「はあ? こんな時までムカつく女ね」

 岩の間から、シエナの鱗竜が駆け寄って来た。
 ダリアは手早く、シエナとバッツを鱗竜の背中に載せた。

 レオは信じられない光景に、呆然とへたり込んだままだった。

「ダリアさん……どうしてここが?」
「その落石の下……下敷きになったガーネットの尾が見えたのよ。可哀想に」

 レオは唇を噛み締める。

「ロープ!」

 ダリアの怒鳴り声に、レオは慌ててロープを出して、シエナとバッツを固定した。

「殆どの隊は負傷者を抱えて撤退したわ。今、洞窟の奥で軍のエリート班だけが巨大魔獣と戦っている」

 状況を説明しながら、ダリアはテキパキと二人を運び出す準備をしている。

「全員が脱出するまでの、ただの足止めよ。あの魔獣はおかしい」

 ダリアも同じ違和感を持っているようだった。
 指を咥えて鳴らすとダリアの鱗竜が入って来て、ダリアは飛び乗った。

「脱出するわよ! 新人!」
「は、はい!」

 レオは岩盤から飛び降りて、2人を載せた鱗竜を補助しながら、岩の小部屋から出た。

 小部屋の外も同じように、地獄だった。
 武器が散乱し、彼方此方に鱗竜の遺体がある。
 レオはガーネットとともに落石の下敷きになったであろう、オニキスを探すが、見つからなかった。

 ダリアと一緒に出口に向かう最中、後ろから大きな鳴き声が聞こえた。

「キエーッ!」

 振り返ると、洞窟内の高い崖の上にオニキスが立ち、こちらを見下ろしていた。

「オニキス! 無事だったのか!」

 オニキスは黙ってレオを見ろしたまま、動かない。
 レオはオニキスの目に、侮蔑の色を感じていた。お前は逃げるのかと言われているようで、レオは動けなくなった。

「レオ? 行くわよ、何してるの!」

 先を進むダリアが振り返るが、レオはオニキスに向かって走った。

「先に行ってください! オニキスを回収します!」

 ダリアはそのまま走って出口に向かい、レオがオニキスの足元まで来ると、オニキスは飛び降りてきた。バシャーン! と水しぶきを全身に浴びて、レオは思わず笑った。

「ハ、ハハ……その気高さ……お前こそが勇者だよ」

 オニキスに飛び乗ると、レオは轟音が響く洞窟の奥に向かって走り出した。オニキスの静かなる激しい士気がレオの身体を通して、怯える心を突き動かしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

多分、うちには猫がいる

灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
傭兵のコウの家には、いつの間にか猫が住み着いていた。 姿は見えないけれど、多分、猫。 皿を洗ったり、洗濯をしたり、仕事を手伝ったり、ご近所さんと仲良くなったりしているけど、多分、猫。 無頓着な傭兵の青年と、謎の猫のステルス同居物語。 ※一話一話が非常に短いです。 ※不定期更新です。 ※他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢の妹君。〜冤罪で追放された落ちこぼれ令嬢はワケあり少年伯に溺愛される〜

見丘ユタ
恋愛
意地悪な双子の姉に聖女迫害の罪をなすりつけられた伯爵令嬢リーゼロッテは、罰として追放同然の扱いを受け、偏屈な辺境伯ユリウスの家事使用人として過ごすことになる。 ユリウスに仕えた使用人は、十日もたずに次々と辞めさせられるという噂に、家族や婚約者に捨てられ他に行き場のない彼女は戦々恐々とするが……彼女を出迎えたのは自称当主の少年だった。 想像とは全く違う毎日にリーゼロッテは戸惑う。「なんだか大切にされていませんか……?」と。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!

ヒロインに躱されて落ちていく途中で悪役令嬢に転生したのを思い出しました。時遅く断罪・追放されて、冒険者になろうとしたら護衛騎士に馬鹿にされ

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
第二回ドリコムメディア大賞一次選考通過作品。 ドジな公爵令嬢キャサリンは憎き聖女を王宮の大階段から突き落とそうとして、躱されて、死のダイブをしてしまった。そして、その瞬間、前世の記憶を取り戻したのだ。 そして、黒服の神様にこの異世界小説の世界の中に悪役令嬢として転移させられたことを思い出したのだ。でも、こんな時に思いしてもどうするのよ! しかし、キャサリンは何とか、チートスキルを見つけ出して命だけはなんとか助かるのだ。しかし、それから断罪が始まってはかない抵抗をするも隣国に追放させられてしまう。 「でも、良いわ。私はこのチートスキルで隣国で冒険者として生きて行くのよ」そのキャサリンを白い目で見る護衛騎士との冒険者生活が今始まる。 冒険者がどんなものか全く知らない公爵令嬢とそれに仕方なしに付き合わされる最強騎士の恋愛物語になるはずです。でも、その騎士も訳アリで…。ハッピーエンドはお約束。毎日更新目指して頑張ります。 皆様のお陰でHOTランキング第4位になりました。有難うございます。 小説家になろう、カクヨムでも連載中です。

こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果

てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。 とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。 「とりあえずブラッシングさせてくれません?」 毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。 そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。 ※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。

処理中です...