魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

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第二章 魔獣退治編

30 拗らせる能力者

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 レオは剣から槍に、盾に、弓矢にと目まぐるしく武器を変えながら攻撃し続け、口輪の鎖をやっと剥ぎ取ったダムは、大声で吠えていた。

「てめえ、嘘吐きやがったな!!」

 切断の能力ではないことに、怒り狂っていた。
 レオが崖に着地した瞬間を狙って、オニキスごと潰そうと伸ばしたダムの手は剛速で、レオの身体を貫いたように見えた。

「レオ!!」

 ウェルターは上空を見上げて叫んだ。大量の血しぶきが滝のように降って、全員が凍りついた。

「グッギャーーッ!!」

 叫んでいたのはダムだった。
 ダムの右手はレオの胸を目掛けていたが、そこには大きな黒い空間が現れて、ダムの手が異次元の扉に挟まれていた。

「嘘じゃない。切断すると言っただろ!」

 バチーン! という大きな音が鳴って扉は閉じられて、ダムの右手は完全に切断していた。

「グガッ! ウガアーッ!!」

 切断の痛みに、ダムは血を撒き散らしながら暴れている。

「着火!」

 ウェルターが右手に握った小石をダムの尻尾に集中して投げ置き、「爆破!」その声に従って小石が次々と爆発し、尻尾が弾け飛んだ。ダムはもんどりうって、地面に倒れた。
 わっと一斉に攻撃を受けて、腹や首の柔らかい急所を、次々と割かれていった。
 断末魔を上げてのたうちまわるが、急所を曝け出したダムには抵抗の術がなく、最後には動かない肉塊となった。

 全員の荒い息遣いが、洞窟に響く。
 犯人を討ち取ったものの被害は甚大で、誰もが喜びの声を上げなかった。

 フシュ~、フシュ~、と血の泡を吹きながら呼吸をするダムの顔に、ウェルターは怒りの形相で近づいた。

「ダムよ。お前は発声の能力者であって、変身の能力者ではない。この身体はどうやって、手に入れた?」

 ダムは薄笑いを浮かべている。

「ガフ……ラッキーなことに……変身の能力者に……会ったのさぁ」

 隊員たちはどよめいた。
 それは大昔、魔獣を作り出した狂気の能力者と同じ……伝聞上あったとされる、生物の身体を変形させる能力だ。

「まさか。人間を化物に変えるというのか。いったい誰が!」
「ガフッフ……変身したい人間……いっぱいいるぞ……お前ら……もう……」

 憎まれ口の途中で、息絶えていた。
 全員が無言のまま、恐ろしい予言に身体を硬らせていた。

 レオは動かなくなったダムを、悲しい目で見つめていた。
 人生を拗らせる能力者は多い、と、オリヴィエ村長の言葉を思い出していた。
 ダムに能力が無ければ力の比較に悩まされることもなく、無謀な変身願望など持たなかったのかもしれない。
 能力はラッキー……本当にそうなんだろうか。

 思い詰めた顔のレオの肩に、優しく手が置かれた。
 見上げると、ウェルターが無言で見下ろしていた。修羅場を沢山見て来た人には、レオの心がわかるのかもしれない。

 隊員たちは怪我人の救助を開始し、黙々と撤収作業が行われた。


 * * * *


 その日の夜ーー。

 医療施設は、怪我人たちでごった返していた。
 沢山の見舞い客で溢れる病室で、窓際でひときわ大きな泣き声が聞こえる。嗚咽が止まらずしゃくり上げているのは、リコだった。

「リコさん……僕は軽傷ですから」

 レオはあちこちと何針か縫っていたが、打撲と肋骨のヒビで済んでいた。バッツとシエナが大怪我を負った尻尾の攻撃も、咄嗟に出した盾によって、衝撃がいくらか防がれていたのだった。

「わだっ、私が、勇者レオぐんなんて、いっだからっ……」

 リコはまた自分を責めていて、隣のマニが乱暴に鼻を拭いた。

「まーた、めそめそリコが始まった。生きてたんだから、おかえりって言ってやんなよ」
「お、お、おがえり」

 レオはベッドの上で笑って、その隣にいるアレキサンダーを見上げた。
 無言で立ったまま、瞳を伏せていた。
 その手を、ミーシャが優しく握っている。
 珍しく憔悴している様子に、レオは声を掛けた。

「師匠……ただいま」
「うん……おかえり、レオ」

 アレキはレオの横に来ると、青い瞳でじっと顔を見つめて、生きているのを確かめているようだった。
 この病室に来る前に、アレキは被害者の遺族達とすれ違っていて、その悲しみの気持ちに同調していた。

 レオは久しぶりにアレキに抱きしめられて、目を瞑った。子供のように頭を撫でられるのも、懐かしい感覚だった。
 しばらく抱き合う二人を、リコとマニとミーシャは眺めていた。

 リコはそっと立ち上がると、小声でマニとミーシャを促す。

「バッツ君のお見舞いに行こう」

 三人はレオとアレキを残して、隣の病室へ向かった。

 しばらくの無言の後、レオは呟いた。

「アレキ師匠が全部教えてくれたから……僕は生還できました。それに、師匠に会えたから、僕は……拗らせずに生きることができて……」

 レオは子犬と、ガーネットと、ダムと、数々の遺体と……いろんな思いが巡って、泣いていた。
 アレキはレオの震える肩を優しく摩っている。

「俺だって一緒だよ。君が側にいてくれたから、俺はギリギリの人間性を保てた。もっと傲慢で残酷な能力者になっていても、おかしくなかったんだ」

 互いに自分をも潰しかねない能力を持つ者同士、人生の加減の難しさを理解していた。

 魔獣退治は多くの犠牲者と負傷者と、不気味な予言を残して幕を閉じた。
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