魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める

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第三章 幽閉塔の姫君編

19 乙女の戦い

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 リコの言葉に、ユーリは気まずそうに首を傾げた。

「今日は、あの保護者の方はいないのかな?」

 アレキがいないと確認した上で姿を現しているのは明白だが、ユーリはさらに慎重に周囲を見回している。

 三人娘はジッとユーリを睨んで、佇んでいる。
 ユーリは歓迎されない空気に苦笑いして、頭を下げた。

「この前は、強引に君を攫ってすまなかった。最愛の許婚に再会できて、気が動転してしまったんだ」

 頭を上げると、ユーリの瞳は悲しみで潤んでいた。

「君は忘れてしまっただろうけど、僕は君と過ごした愛の日々を、ずっと糧に生きていたんだ。どうかわかってほしい」

 思わず同情してしまいそうな麗しい反省顔だが、リコは一歩前に出て、背筋を伸ばした。

「ユーリ。私は記憶を取り戻しました」
「えっ?」

 記憶喪失の回復は喜ばしいはずなのに、ユーリは強張り、顔色が変わっていた。

「あなたは婚約者ではないわ。社交の場で、何度かお会いした程度の関係。名前を思い出すのも時間がかかりました」

 毅然としたリコの言葉に、夕陽色の森は時が止まったように静まった。
 ユーリは真っ青になっている。
 リコの瞳は毅然として、オーラは別人のように冷たくなっていた。

「記憶喪失と聞いて咄嗟に婚約者だと名乗った挙句、私に暴力まで奮うなんて……」

 すべてはエリーナから聞き出した真実で、リコはエリーナの口調を真似しただけだったが、ユーリは震えて膝から崩れ落ち、そのまま土下座していた。

「お、お許しください! エリーナ姫!!」

 その言葉に、リコもマニもミーシャも目を丸くした。

「ひ、姫?」

 思わず口にするリコを、ユーリは見上げる。

「畏れ多くも、私は貴方様にずっと恋煩っていました! しかし私は貴族とはいえ、ただの伯爵家の息子。王族であるエリーナ姫との身分の違いに苦しみ、焦がれていたのです!」

 リコは動揺しながら、エリーナに言われた言葉をそのまま伝えた。

「わ、私には、正式な婚約者がいます。これ以上付き纏うならば、私が選んだ男と決闘してもらう決まりですが?」

 北の地でのルールらしいが、言いながら、リコは赤面していた。ユーリの言う通り、まるでお姫様のようなことを嘯いている。

 ユーリの地面に着いた手は震えていた。

「と、とんでもございません……私のような者が、決闘など……」

 否定しながらも、ユーリは唇を噛み締めていた。強い未練と悔しさが伝わるようだった。
 マニとミーシャは注意深く目配せし、リコも右手をそっと構えた。

「リング!!」

 叫んだのは、ユーリだった。土下座からの奇襲のリングがリコを目掛けて飛ばされて、同時にミーシャが叫んだ。

「ブラスト!」

 リングの前方に突風が放たれて、リングは分解して霧散した。

「!!」

 ユーリはまさかの風の防御に驚き、目を見開いた。
 今度はリコが叫んだ。

「フリーズ!」

 ユーリは一瞬で全身が真っ白になり、動きが固まった。

「リング!」

 リコはさらにユーリの胴に不完全な、だが太い拘束を加え、言葉を重ねる。

「リング! リング! リング!」

 ユーリは全身に重い氷の枷を嵌められて、絶叫した。

「うあぁぁ!」

 棒のようになって倒れると、真っ白な氷の粉を噴いたまま、ミリも動けない状態になっていた。
 三人の女の子の、足がこちらに向かって歩いてくるのが見える。

「ひっ……」

「トルネード」

 ミーシャの手から、高速で回転する竜巻が現れて、それは森の芝生や木の葉を大きく揺らしていた。

「アイス」

 リコの手から氷の結晶が次々現れて、竜巻はそれを巻き込んで、巨大な吹雪の竜巻となった。冷気の雲が朦々と立ち込める。

「ひぃぃぃ!?」

 吹雪の竜巻はユーリの目前で回転を続け、ユーリの髪や睫毛が凍っていく。
 マニがしゃがんで、竜巻を指差した。

「お兄さん。一週間くらい、ここで凍る?」
「や、いやだぁぁ!」
「だったら誓うんだ。今後二度と、うちらの前に現れないって」
「ち、誓う! 誓うから、助けてくれ!」
「今日は争わずに話し合うって、決めてたんだ。なのに、仕掛けて来たのはあんただ。次はもっと本気でやるからね?」

 ユーリは氷の冷たさと恐怖で凍えて、絶句していた。

 ヒューイ! マニが口笛を鳴らすと、前方から猛スピードでオスカールが現れて、ユーリに向かって牙を剥き出して吠えた。

「どうどう。もういいよ」

 マニがオスカールに飛び乗り、リコとミーシャも竜巻を消して、マニに続いた。あっという間にオスカールは町に向かって、消えていった。

「うっ、うっ、うっ……」

 ユーリは解いて貰えなかった極太の拘束具で固定されたまま、暗くなった森でひとり、怯えて泣き続けた。

 隠れていた銀狐がおずおずと現れて、主の氷の枷を申し訳なさそうに舐めている。銀狐はマニに付いたオスカールの匂いにすっかり怯えて、引っ込んでいたようだ。

 離れた樹の上では、オペラグラスで事を見守っていたアレキサンダーが、青い顔でそっとレンズを下ろした。

「こ、こえぇぇ~……」

 人ごとながら、気の毒なほど怖い退散劇だった。
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