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第三章 幽閉塔の姫君編
23 レオの企み
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「おはようございます」
リコを鳥類研究所に送り届けた後。
ビシッと制服を着こなしたレオは、優美な挨拶をする。
朝からレオを召致したのは、エルド護衛長だった。例の封筒を受け取った王宮の会議室で、レオとエルドは再び、二人きりになっていた。
エルド護衛長は昨日の喜びの顔はどこへやら、いつもの仕事モードに戻って、無表情で分厚い書類を手にしている。
「朝からすまない。レベッカ姫の発作騒動について、王様とローザ夫人に報告するための書類を作らねばならない。いったいどこで、どう過ごしたのか詳しく報告してほしい」
「わかりました」
レオは南の島にワープした直後から、起きたことのすべてを報告した。
エルド護衛長は顔色ひとつ変えずに聞き取って書き起こしていたが、魔獣の襲撃の話に差し掛かると、ペンを止めて顔をこちらに向けた。
「よくぞ無事で……姫を守ってくれたな」
「正直、ギリギリでした。頭を打って気絶したのは、完全に誤算です」
レベッカ姫の膝枕の件だけ隠して、すべてを伝えた。
エルド護衛長の能力を真似して姫を貝殻に閉じ込めたくだりで、エルドは「ふ」と軽く笑った。
レオはそのタイミングで、一旦時系列から会話を外した。
「あの。レベッカ姫は、窮屈を嫌いますよね。殆ど病的に」
エルドは眉を顰めて顔を上げたが、レオは構わず続ける。
「狭い空間や窮屈な靴、コルセットなどの物理的な物は勿論、束縛やルール、言動の制限といった、心理的なものも」
さらにレオは踏み込む。
「何よりも、王族という窮屈な立場。そして押し殺される、恋心も。発作の大きな原因と思われます」
室内は重い沈黙となった。
しばらくして、エルド護衛長は険しい顔で口を開いた。
「一体何を……」
「エルド護衛長がつれないので、レベッカ姫の恋心が殺されています」
怖いくらいに空気が緊張するが、レオは怯まずエルドを見据え続けた。エルド護衛長は「フン」と鼻で笑う。
「王族の姫と、ただの護衛の従者に恋仲が成立するとでも? 君は歳の割にしっかりしているが、やはりまだ子供だな」
「レベッカ姫の能力が発動する本質的な原因から目を逸らし、姫と王族に無意味なリスクを負わせ続ける方が、よほど子供じみています」
レオは自分の心臓に拳を当てた。
「僕は王族に忠誠を誓い、王族にとって最善の策を常に考えます。それが例え、常識から外れていても」
レオがあまりに毅然としているので、エルド護衛長は怯んで気圧されていた。
沈黙となった部屋に、ノックの音が響いた。
途中から訪れる予定だったローザ夫人が、従者と共に現れた。
エルド護衛長は動揺したままローザ夫人を迎え、レオは優美に挨拶をした。
「ローザ様。この度、レベッカ姫の発作の原因が判明しました。姫の今後について、畏れ多くも、私からご提案があります」
ローザ夫人は驚いて、エルド護衛長はさらに狼狽した。
凛としたレオの瞳に説得されるように、ローザ夫人は真剣な顔で頷いた。
「貴方の提案を聞きましょう。レオ」
* * * *
「は~……」
薔薇が咲き誇る塔の麓で、石段に座って溜息を吐くエルド護衛長は頭を抱えている。
「信じられない……」
独り言の横で、レオは薔薇の香りを嗅いでいる。
エルドはレオを横目で見上げた。
「君は優等生のような顔をして、やることが大胆すぎる」
恨みと畏れが入り混じった口調で責めるエルドを、レオは爽やかに振り返った。
「護衛長の恋心をローザ様にバラしたから、怒ってるんですか?」
「それだけじゃない。レベッカ姫の王位継承権を放棄させるだなんて」
「だって、どのみち姫はこの能力を持つ限り王女にはなれないし、政略的に他国へ嫁ぐのも難しいじゃないですか」
「それはそうだが、しかし」
レオは薔薇を一輪摘んで、エルドに差し出した。
「ローザ様の承諾は得ました。あとは王様の許可だけ……ほぼ決定ですね。ご婚約おめでとうございます。エルド護衛長」
エルドは真っ赤になって、また頭を抱えた。
「こんな突飛な提案を……姫が俺と婚約して、城を出るなんて」
「愛と自由を得たら、もうワープなんてしませんよ。円満解決じゃないですか」
エルド護衛長は複雑な顔で薔薇を受け取り、困惑を口にする。
「ローザ夫人はレベッカ姫の能力に、長年苦しまれてきた。何とか能力を封じ、王女の立場を守れないかと躍起になっていた。だが、あんなにもあっさりと姫の地位を手放されるとは」
レオを探るように見つめる。
「内密でと先ほど明かされたが……君は知っていたのか? ローザ夫人がご懐妊されている事を」
「いえ。ただ、この王宮内ではコルセットが流行していて、ご婦人方は皆、同じようなドレスを着用されていますが、ローザ様とレベッカ姫だけが、ウェストマークの無いドレスを召されていました。レベッカ姫は窮屈がお嫌いですが、ローザ様はもしかしてと思って」
「君はよく観察しているんだな」
エルド護衛長は感心したような、呆れたような溜息を吐く。
「新たに王位継承者となる御子をお育てになるローザ夫人に、お気持ちの変化があったということか」
「タイミングの良さはあったと思いますが、ローザ様はレベッカ姫の幸せを願っていますから。エルド護衛長になら任せられると、確信されたのでしょう」
エルド護衛長は薔薇の香りを嗅ぐふりをして、微笑みを隠していた。
リコを鳥類研究所に送り届けた後。
ビシッと制服を着こなしたレオは、優美な挨拶をする。
朝からレオを召致したのは、エルド護衛長だった。例の封筒を受け取った王宮の会議室で、レオとエルドは再び、二人きりになっていた。
エルド護衛長は昨日の喜びの顔はどこへやら、いつもの仕事モードに戻って、無表情で分厚い書類を手にしている。
「朝からすまない。レベッカ姫の発作騒動について、王様とローザ夫人に報告するための書類を作らねばならない。いったいどこで、どう過ごしたのか詳しく報告してほしい」
「わかりました」
レオは南の島にワープした直後から、起きたことのすべてを報告した。
エルド護衛長は顔色ひとつ変えずに聞き取って書き起こしていたが、魔獣の襲撃の話に差し掛かると、ペンを止めて顔をこちらに向けた。
「よくぞ無事で……姫を守ってくれたな」
「正直、ギリギリでした。頭を打って気絶したのは、完全に誤算です」
レベッカ姫の膝枕の件だけ隠して、すべてを伝えた。
エルド護衛長の能力を真似して姫を貝殻に閉じ込めたくだりで、エルドは「ふ」と軽く笑った。
レオはそのタイミングで、一旦時系列から会話を外した。
「あの。レベッカ姫は、窮屈を嫌いますよね。殆ど病的に」
エルドは眉を顰めて顔を上げたが、レオは構わず続ける。
「狭い空間や窮屈な靴、コルセットなどの物理的な物は勿論、束縛やルール、言動の制限といった、心理的なものも」
さらにレオは踏み込む。
「何よりも、王族という窮屈な立場。そして押し殺される、恋心も。発作の大きな原因と思われます」
室内は重い沈黙となった。
しばらくして、エルド護衛長は険しい顔で口を開いた。
「一体何を……」
「エルド護衛長がつれないので、レベッカ姫の恋心が殺されています」
怖いくらいに空気が緊張するが、レオは怯まずエルドを見据え続けた。エルド護衛長は「フン」と鼻で笑う。
「王族の姫と、ただの護衛の従者に恋仲が成立するとでも? 君は歳の割にしっかりしているが、やはりまだ子供だな」
「レベッカ姫の能力が発動する本質的な原因から目を逸らし、姫と王族に無意味なリスクを負わせ続ける方が、よほど子供じみています」
レオは自分の心臓に拳を当てた。
「僕は王族に忠誠を誓い、王族にとって最善の策を常に考えます。それが例え、常識から外れていても」
レオがあまりに毅然としているので、エルド護衛長は怯んで気圧されていた。
沈黙となった部屋に、ノックの音が響いた。
途中から訪れる予定だったローザ夫人が、従者と共に現れた。
エルド護衛長は動揺したままローザ夫人を迎え、レオは優美に挨拶をした。
「ローザ様。この度、レベッカ姫の発作の原因が判明しました。姫の今後について、畏れ多くも、私からご提案があります」
ローザ夫人は驚いて、エルド護衛長はさらに狼狽した。
凛としたレオの瞳に説得されるように、ローザ夫人は真剣な顔で頷いた。
「貴方の提案を聞きましょう。レオ」
* * * *
「は~……」
薔薇が咲き誇る塔の麓で、石段に座って溜息を吐くエルド護衛長は頭を抱えている。
「信じられない……」
独り言の横で、レオは薔薇の香りを嗅いでいる。
エルドはレオを横目で見上げた。
「君は優等生のような顔をして、やることが大胆すぎる」
恨みと畏れが入り混じった口調で責めるエルドを、レオは爽やかに振り返った。
「護衛長の恋心をローザ様にバラしたから、怒ってるんですか?」
「それだけじゃない。レベッカ姫の王位継承権を放棄させるだなんて」
「だって、どのみち姫はこの能力を持つ限り王女にはなれないし、政略的に他国へ嫁ぐのも難しいじゃないですか」
「それはそうだが、しかし」
レオは薔薇を一輪摘んで、エルドに差し出した。
「ローザ様の承諾は得ました。あとは王様の許可だけ……ほぼ決定ですね。ご婚約おめでとうございます。エルド護衛長」
エルドは真っ赤になって、また頭を抱えた。
「こんな突飛な提案を……姫が俺と婚約して、城を出るなんて」
「愛と自由を得たら、もうワープなんてしませんよ。円満解決じゃないですか」
エルド護衛長は複雑な顔で薔薇を受け取り、困惑を口にする。
「ローザ夫人はレベッカ姫の能力に、長年苦しまれてきた。何とか能力を封じ、王女の立場を守れないかと躍起になっていた。だが、あんなにもあっさりと姫の地位を手放されるとは」
レオを探るように見つめる。
「内密でと先ほど明かされたが……君は知っていたのか? ローザ夫人がご懐妊されている事を」
「いえ。ただ、この王宮内ではコルセットが流行していて、ご婦人方は皆、同じようなドレスを着用されていますが、ローザ様とレベッカ姫だけが、ウェストマークの無いドレスを召されていました。レベッカ姫は窮屈がお嫌いですが、ローザ様はもしかしてと思って」
「君はよく観察しているんだな」
エルド護衛長は感心したような、呆れたような溜息を吐く。
「新たに王位継承者となる御子をお育てになるローザ夫人に、お気持ちの変化があったということか」
「タイミングの良さはあったと思いますが、ローザ様はレベッカ姫の幸せを願っていますから。エルド護衛長になら任せられると、確信されたのでしょう」
エルド護衛長は薔薇の香りを嗅ぐふりをして、微笑みを隠していた。
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