少女遊戯

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少女遊戯

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1. 伊藤小夜の遺書

『これより、私、伊藤小夜は、十七年の短い人生を、愛する人と共に終えようと思います。これは私の遺書であると同時に、私の生きた痕跡、愛の記録でございます。
 私小夜めは、名門女学校に籍を置くものの、落第の劣等生でございました。優秀な令嬢ばかりの名門学校にあって、どれだけ惨めであったかしれません。学校を辞めたいと親に泣きつきましたが、おまえのような厄介者に帰ってこられては困ると、冷たく突き放されてしまいました。
 先生方が劣等生の私を見る目は冷ややかで、周囲の優秀な同窓生は、私など無視していました。私は、小さな肩に大きな孤独と絶望を背負っておりました。
 そんな哀れな私の前に、君原先生が現れ、手を差し伸べてくだすったのです。
 君原先生が赴任していらっした時は、女学生の間からため息がもれたものでございます。君原先生は、隣に立って紹介しておられる禿頭の校長先生と同じ男性なのかと疑問になるほどの、ステキな白皙の美青年でありました。
 名門女学校の生徒とはいえ、そこはやはり年頃の少女の群でございますから、私どもはすっかり、君原先生に注意を奪われてしまいました。
 何しろ、全寮制の女学校、存在する男性といえば、先ほど申し上げました禿頭の校長先生と太鼓腹の教頭先生、それにフランケンシュタインの怪物のような守衛さんしかおらず、あとは痩せてギスギスした女の先生ばかりですもの。そんな砂漠のような女学校にやって来た麗しの君原先生は、私たちのオアシスでありました。
 古参の女教師は皆、自分たちが失った若さと美しさを持つ生徒らが憎いのか、生徒の規律や成績のアラを、重箱をつつくように非難されますが、君原先生は違いました。君原先生は、男の方だからでしょうか、年増女教師のような嫉妬深い意地悪はなさらず、柔らかく温かくご教授くださいました。そのうえ、君原先生は、大変な美男子でいらっしゃいます。
 このように素敵な君原先生が、生徒の人気を集めることは当然でありました。君原先生は誰に対しても優しかったけれど、とくに劣等生の私には、真摯に目をかけてくださいました。
 君原先生が、私にだけ、他の生徒よりも愛情を注いでくださっていることは、ハッキリ口でおっしゃられずとも、その眼差しや仕草から、推し量ることが出来ました。
 普通、教師など、優等生しか相手にしないものなのに。私は戸惑いながらも、唯一私を気にかけてくださる君原先生を、尊敬、崇拝いたしました。優しい君原先生は、あまたの優等生よりも、可哀相な劣等生に対して注意を向けられ、同情されたのでしょう。
 けれど、君原先生の私への微妙な贔屓に気づいたのは、私だけではありませんでした。勘の鋭い優等生たちも、君原先生の贔屓に気づいたのです。少女たちは、君原先生の贔屓を非難するよりも、憧れの青年教師の注意をひいている私に、嫉妬の牙をむきました。
「おまえのような冴えない娘に、君原先生が注意を向けるものか。先生は迷惑なさったいるのよ、身の程をわきまえなさい」何人もに囲まれ、ひどい罵倒を受けました。
 気の弱い私は、言い返すことも出来ず、ただ泣いて、君原先生の元に行きました。私だけ贔屓するのをやめてくださいと、お願いいたしました。先生は首を振りました。
「どうしてですか。先生の同情と優しさは嬉しいけれど、そのために私はいじめられるのです」
「違うのだ。はじめは同情だったが、指導するうちに、君の可憐さに同情以上の気持ちを持つようになってしまったのだ。もちろん、こんなことは教師として許されないと分かっているが、もうどうしようもないのだ」
 先生は、真摯な眼差しで告白なさいました。私は驚きました。皆の憧れを一身に受ける君原先生が、劣等生の私に教師以上の愛情を抱いているなんて。嬉しくなるよりも戸惑ってしまい、私は逃げるようにして、一旦、先生の元から駆け出しました。
 その後も君原先生は、私への贔屓を続けられました。同時に、嫉妬深い他の生徒たちから、それとなく私を守ってくださいました。
 はじめは戸惑ったものの、私は君原先生の優しさに、だんだん彼の愛情を受け入れるようになっていきました。君原先生は誠実で、結婚を誓いながらも、私が卒業するまではと、手を握る以上のことはなさいませんでした。私と君原先生は、密かに、けれど確かな純愛を、育んでおりました。
 針のむしろのようであった学校生活が、君原先生の誠実な愛情で、柔らかいバラの園のようになりました。誰にも見向きもされなかったこの私が、皆の憧れ君原先生の愛情を、一身に受けているのです。私は幸せでありました。卒業が待ち遠しくてたまりませんでした。
 ああ、けれど、私は劣等生でありました。
 卒業どころか、二回も落第してしまい、私は女教師から、退学勧告を受けました。
 なんということでしょうか、卒業すれば、愛する人と結婚するばかりであったのに。私と君原先生は、絶望に沈みました。このままでは、半人前のまま、親元に突き返されてしまいます。君原先生と結婚など、出来ません。
 親の勧める結婚など、震えがします。君原先生以外に、私の伴侶は考えられません。君原先生も同じです。私たちは、不条理なこの世ではなく、何の束縛もないあの世で、結婚することにいたしました。
「先に逝っていてくれ。僕も、後から逝く」
 劣等生の私と違い、先生にはいろいろと後始末があるのです。その片づけを待っている間に、私は学校を追い出されてしまいます。一緒に逝きたいけれど、私は、先生のおっしゃるとおりにすることにいたします。
 私は、一足先に旅立ちます。けれど、きっと、先生も後でついてきてくださると信じています。
 さようなら、嫉妬深く、敵意に満ちた、この世の皆さん。私と君原先生は、皆さんの悪意の届かない世界にまいります。』


2. 新聞記事より、順次抜粋

 ×月×日新聞記事より
『少女自殺
 名門××女学校にて、一女生徒縊死。伊藤小夜十七歳。遺書には、同校青年教師との不倫な関係による心中とあるが、くだんの青年教師は関係を否定。検死解剖等調査の結果、小夜嬢に他殺の疑い無し。しかし警察は、青年教師には、無垢の少女を自殺に誘導した疑いがあるとして、彼に事情を訊いている。』

 ×月×日新聞記事より
『青年教師釈放
 警察は、名門××女学校の伊藤小夜嬢縊死事件の青年教師を、同嬢との関係を立証できず、釈放した。』

 ×月×日新聞記事より
『青年教師蒸発
 名門××女学校の伊藤小夜嬢縊死事件の青年教師が蒸発。警察は、やはり彼が小夜嬢自殺に関わりがあったものとみて、再捜査している。女学校の生徒ら関係者に聞き込みを進めるも、調査は芳しからず。よって本紙にて、広く同青年の行方を読者に請う。青年の特徴は以下のとおり。心当たりのある方は、警察にご一報を。

 尋ね人
 君原忠雄。××女学校教諭。二十四歳。中背細身。色白美顔(似顔参照)。物腰は穏やか。婦人を惑わす術に長けている。』

 ×月×日新聞記事より
『君原教諭、衰弱体にて発見
 ××女学校一生徒、伊藤小夜嬢縊死事件容疑者、君原教諭が、××女学校寄宿舎において、発見さる。同教諭は全身打撲の半裸体にて、衰弱著しく瀕死、警察は彼の回復を待って、事情を訊く予定。』


3. ××女学校一生徒の独白

 まあまあ皆さん、お聞きになりまして?
 今、聴聞会が終わった所でしょう。君原先生がなんとおっしゃったか、ご存じ?
 今回の不祥事、伊藤小夜さんの自殺は彼女の思いこみで、自分は彼女とは師弟以上の関係は無いと、君原先生はキッパリ否定なすったのよ。
 ねえねえ、信じられます? 小夜さんの遺書、皆さんご覧になったでしょ? 小夜さんの孤独と切ない恋情が切々綴られていて、私泣いてしまいましたわ。そういえば小夜さんは、よく先生に指導を受けていなすったわ。今から思えば、あれはただの授業ではなく、教師と生徒を越えた、逢瀬であったのね。
 でも小夜さんが、先生と結婚の約束までしていらしたなんて、驚きですわ。だって先生は、私にも師弟を越えた愛情を向けておられると、私、信じていましたのに。だって先生、授業で私をよく指名なすって、思わせぶりな視線を何度も投げられていたのですもの。
 あら、私が成績優秀だから、先生は授業進行の便宜のために、私を指名したとおっしゃるの。いいえ、私と先生は特別でしてよ。だって私、試験用紙の隅で、先生と秘密の通信をいたしておりましたもの。先生、丁寧なご指導くだすってよ。ホラ……。
 それなのに先生、小夜さんにも同じことをおっしゃっていただなんて……。
 え?
 嘘、貴女もなの?
 先生に、お弁当のお世話をしてさしあげていたの? 先生は、君は良い奥さんになれるよとおっしゃったの? ずっと僕のために作ってくれと? まああ、プロポーズじゃないの。
 なんてことなの、先生は小夜さんの他にも何人も、女生徒に手をつけておいでだったのね。信じられないわ。
 先生、きっと小夜さんにも、甘い言葉をかけなすったに違いないわ。純情な小夜さんは、先生のお言葉を信じておしまいになったのね。大人しい、内気な小夜さんですもの。この世で許されぬ恋を、あの世で成就しようと、思い詰めておしまいになったのね。きっと、先生が後から来てくださると、恋情を貫かれたのね。
 ああ、それなのに、君原先生ときたら、小夜さんを裏切っておしまいになったのよ。ご自分は小夜さんとは関係がないと、否定なすったのよ。小夜さん、彼岸で独りぼっちですわ。
 先生の被害者は、小夜さんだけではございませんわ。私も、貴女も、貴女も、貴女も、みいんな、純情を踏みにじられた被害者ですわ。先生、皆に、手当たり次第に、流し目をしておいでだったのよ。なんてことかしら。

 大変よ、皆さん。君原先生、○○中学校に転勤なさるそうよ。そう、男子校よ。たった今、校長先生が辞令をお下しになったのよ。
 今回の不祥事、ええ、小夜さんのことだけれど……君原君は潔白とはいえ、世間体がよろしくないので、男子校に行きなさいと、こうおっしゃったのよ、校長先生。男子校なら、もうこんなことは起こらないだろうって。
 君原先生が潔白ですって? 校長先生、何を根拠に、そんなことをおっしゃるのかしら。校長先生、世間体のために、君原先生の罪を隠蔽しておしまいになるおつもりよ。禿頭の校長先生と白皙の君原先生では、天地の開きがあるけれど、それでも一応同じ男性ですものね。男同士、連結しておられるのだわ。男性原理にのっとり、女性の純情を軽んじておられるのだわ。
 浮気は男の甲斐性とか申しますものね。世間は、男性の放蕩には寛大ですものね。世の中は、男性が支配しているのだわ。
 こんなこと、許せまして? 小夜さんが、あんまり可哀相じゃありませんか。私たちの傷ついた恋心も、何の補償もされないのですわ。
 君原先生、きっと、何食わぬ顔で、男子校で教鞭を取られるのでしょうね。あまたの女生徒を弄んだことなど、露一つ反省なさらず、少年たちに教授するのでしょうね。そして君原先生の教えを受けた少年らは、君原先生と同じような男性原理主義者となって、また多くの女性をオモチャにするのですわ。
 ねえねえ、このような悪循環、黙って見過ごしていて、よろしいのかしら? 私たち女性は、いつまでも受け身で泣き寝入りしていて、よろしいのかしら? 世間の男性原理に対して、一つくらいは女性の反抗があっても、然るべきじゃございません?
 これだけの同志がいるのですもの、きっと、ささやかな反抗を試みることが出来ますわ。一人一人はか弱くても、束になれば、君原先生をギャフンと言わせることができましてよ、ええ。

 君原先生、明日から、○○中学校にご出立ですのね。寂しくなりますわ。
 ねえ先生。私たち、最後のお名残に、先生のお別れ会を企画いたしましたの。ええ、他の先生方や寮母さんなんかには、内緒です。だって、急なお別れなんですもの……許可を待っていたら、間に合いませんわ。
 ええ、ですからね、先生、そっと寄宿舎にいらしてくださらない? え、教師とはいえ若い男が女子寮に忍び込むのは問題があるとおっしゃるの? まあまあ、何をおっしゃるの。最後のお別れですのに。第一先生、私どもは純粋に、君原先生を教師としてお慕いしていますのよ。そんな不倫なことが起こるはずもございませんわ。私ども、君原先生を信頼しておりますのよ。それともまさか先生、やっぱり小夜さんと不倫な事実でもございましたの? 無いのでしょう。なら、何もビクビクなさることはないじゃございませんか……。
 大丈夫。秘密なんですもの、君原先生が寮に忍んでいらしても、私どもや君原先生が何も言わない限り、誰にも分かりませんわ。
 ねえ、君原先生。きっといらしてね。転勤だなんて、こんなことになって、先生も不本意でございましょう? 先生に、××女学校を、良い所であったと、思っていただきたいの。

 まあ、君原先生。いらしてくだすったのね。お待ちしておりましたわ。
 さ、さ、さ。こちらにおかけになって。ええ、準備はすっかり出来ておりますの。はい、華道の優等生佳枝さんが、お茶をおいれいたしましてよ。ささ、ぐぐっと。
 あら、変な味がしまして? そうでしょうね、眠り薬が入っておりますもの。
 まあ、先生。驚いた顔して、どうなすったの。あら席をお立ちになったわ。でも、膝が揺れていましてよ。ホホホ……。

 あら君原先生、お目覚めになって? 何かおっしゃっているようだけれど、猿ぐつわでくぐもって、よく分からないわね。不安そうなお顔。ここはどこか、何をするつもりなんだと言いたいようね。
 ここはね、××女学校の女子寮でしてよ。ただ、さっきの部屋から移動して、誰も使っていない物置のような廃部屋でございますけれど……。窓もない奥まった素敵な牢屋ですわ。
 ウフフ、ここはねえ、舎監さんも滅多に点検しない廃部屋ですのよ。エスの密会場所として、女生徒がちょくちょく利用しておりますの。あら、エスってご存じない? シスターの頭文字で、女学生の同性愛の隠語ですわ。もっとも、君原先生が赴任していらしてから、エスはぐっと減りましたけど……。
 なぜ、縛られてこんな廃部屋で、教え子たちに囲まれているか……お分かりにならないようなご様子ね。本当に、お心当たりございませんの? まあ、なんて厚顔無恥な人……。
 先生、うまく警察の追求をかわしなすったようだけれど、私たちはちゃあんと分かっているんですのよ。小夜さんと何も無かったなんて嘘。先生、あの可憐な小夜さんを誘惑して、殺しておしまいになったのでしょう。なんて恐ろしい……。
 それだけじゃなくってよ、先生。先生は美形と甘い言葉で、大勢の教え子を惑わせて楽しんでいらしたでしょう。私に結婚の約束をしておいて、小夜さんや他の人にも、同じことをおっしゃっていたのね。節操の無い人……。
 何かおっしゃりたいようなお顔ね。駄目よ先生。言い訳は聞かないわ。先生はここで、大人しくお仕置きを受けるのよ。


4. 君原教諭の供述

 こんにちは、刑事さん。僕が話せるくらい回復したので、早速事情聴取にいらしたのですね。
 看護婦ですか? 下げてもらいました。しばらく、女性恐怖症は治りそうにありません。
 世間では僕のことを、色魔教師だのなんだのと好き勝手に言っているようですね。
 違います。
 真相は、まったくの逆なのです。
 伊藤小夜のことですか。
 いえ、僕は彼女とは、教師と生徒以上の関係ではありません。彼女の遺書には、僕のことが切々と綴られていたようですが、それはすべて、彼女の思いこみです。本当です。
 少女の思いこみというものは、恐ろしいものです。少女という人種は、宇宙人なのです。彼女らの思考は、我々男性、それも成人男性には、理解不可能、怪奇至極、残酷無情な代物なのです。
 たしかに僕は、小夜には、他の生徒よりも多少、目をかけていました。でもそれは決して恋情などではなく、ただ教師として、彼女を落第させたくなかったからです。小夜は、熱病にうかされたような、ボンヤリした目で、僕を見ていました。僕は、少女にありがちな夢見なのだろうと思っていました。なあに、卒業して世間に出れば、一介の新任教師のことなど、忘れてしまうさ。そう思っていました。
 夢見なのは、小夜だけではありませんでした。自慢するわけではありませんが、多くの女生徒が、トロンとした目で僕を見ていました。それも仕方のないことでしょう。若い男は僕しかいないのですから。
 少女たちは、僕に手紙をくれたりお弁当を作ったりしてくれました。まあ、悪い気はしませんでした。でも、生徒に手を出すような不倫をするほど、僕は非常識ではありませんでした。僕は少女天国に浮かれるよりも、教育の理想に燃えていました。
 教師というものは、上段に立って優越に物を言いがちです。僕は、そのような教育姿勢に疑問を持っていました。教師も生徒も同じ人間なのだから、居丈高に教壇に立つのはどうしたものだろう。優等生を誉めるばかりでなく、劣等生にこそ目をかけ、優劣の別なく、指導するべきではないのか。だから僕は、生徒らの視点に立って、教え子らを指導しました。でもその親切さが、仇になるとは……。
 僕は、成績の芳しくない伊藤小夜に、熱心に補習を施しました。でも、手を握ってもいません。結婚なんて、一言も言った覚えはありません。
 そして僕の努力の甲斐なく、小夜が落第した時は、僕は少なからず、敗北感を味わいました。退学勧告を受けた小夜は、そうショックを受けたふうでもなく、やはり夢見るような瞳で、僕を見ていました。
「先生ともお別れですのね」
 そう言って、小夜は自殺をしたのです。あの遺書を残して。
 遺書を読んで、僕は天変地異より驚きました。なんと遺書では、小夜は悲劇のヒロインとなって、悲恋心中をしたかのようではありませんか。
 先も申し上げましたが、僕は彼女に結婚のケの字も言っていません。ただ、教師として学業の指導をしただけです。密会など、一度もしていません。このことは、僕の下宿の大家が、証明してくれると思います。僕は一度だって、朝帰りをしたことはなく、定時に下宿に戻っています。
 けれど小夜の妄想の中では、僕は白馬の王子であり、彼女を熱愛し来世を誓う恋人だったのです。
 僕は小夜の死を悼むよりも、彼女の妄想に驚きました。恐怖さえ感じました。思いこみで、ありもしない恋で、死んだのですから。
 今思うと、小夜はそれほどまでに僕に恋い焦がれていたというのではなく、僕を通して、ロマンティックな不倫の恋に酔いしれていたのではないか、そんな気がします。小夜は、恋に恋していたのです。
 小夜の自殺で、僕と彼女の不倫が疑われました。僕は、自分の潔白を主張しました。
 僕と小夜が密会しているのを見た者は誰もいませんし、僕は職場と下宿を往復する毎日。
 校長は僕の身元引受人で、僕の潔白を信じてくださいました。刑事さんも、一度はお調べになったでしょう。何も、やましい事は、出てこなかったでしょう?
 僕は潔白だったとはいえ、生徒の自殺など、名門女学校の不名誉です。校長は僕に、男子校への転任を命じました。何もしていないのに、なぜ逃げるように放逐されなければならないのか……正直、悔しかったけれど、僕は従うしかありません。
 明日にも男子校に出立しようという時、生徒らが、秘密にお別れ会をすると、僕を招待してきたのです。傷心の僕は、生徒らの誘いに乗ってしまいました。
 けれども僕は、忘れていました。ここは女学校、生徒らはすべて、小夜と同じ夢見る年頃の少女であるということを。
 生徒らはお別れ会と偽って僕を呼び出し、寮の使われていない部屋に、監禁したのです。何のために? 少女らいわく、小夜の復讐と自分たちの踏みにじられた純情の仕返しのためです。
 僕を白馬の王子だと妄想していたのは、小夜一人ではなかったのです。
 手紙に返事を出したことが、手作りの弁当を受け取ったことが、笑顔で挨拶をしたことが、彼女らにとっては求愛であり逢瀬であったのです。自分だけが特別で、皆の憧れの先生が私を熱愛している、彼女らはそう思いこんでいたのです。
 何度も言いますが、僕は教え子に手を出していないし、どんな美少女に対しても、結婚だの愛しているだの、一言も言っていません。それなのに、彼女らは僕と結婚の約束をしたと、言い張るのです。そして、大勢に色目を使ったのはどういうことだと、僕を責めるのです。
 滅茶苦茶です。冤罪です。けれど、少女らの仕置きとやらは、ただただ、仕返しのためだけではなかったのだと思います。僕が転勤になれば、この女学校には男がいなくなるのですからね。彼女らは、僕というマスコット、妄想の王子を引き留めるために監禁したのではないか。そんなふうに思います。でなければ、あんなことは……。畜生、思い出すだけで……。
 少女らは僕を閉じこめ、いろいろな仕置きをしました。それがどんなものであったかは、言いたくありません。医者に訊いてください。


5. 米倉刑事の私見

「どう思うね?」
 君原教諭の聴取を終え、年輩刑事が、新米の青年刑事に尋ねた。青年刑事米倉は、首を捻った。
「どうでしょうね。シロともクロとも。少女らが君原を監禁、虐待したのは確かなようですが、はたして君原は純粋な被害者であるのか……。彼は手当たり次第に教え子を籠絡、弄んだ己の責任を誤魔化すために、加害少女らにすべての罪を押しつけているのかもしれません。けれど、もし彼が本当に潔白であるとしたら、恐ろしいことです」
 米倉には、判断がつきかねた。経験豊富な先輩刑事は、チ、チ、チと舌をならした。
「若いね、君は。こんなもの、クロに決まっとる。君原は、稀代の女たらしだよ。あいつぁ小夜をはじめ、大勢の女学生を手玉に取っていたのさ。天罰さね」
「そうでしょうか……」
「当然だろう。小夜は、自殺しとるんだよ。思いこみだけで、首をくくるかね。他の女生徒らだって、口を揃えて、君原にたぶらかされたと言っておるのだろうが。間違いないよ」
「でも、彼の供述通り、君原と小夜の密会を見た者はいませんし、調べた所、彼は本当に毎日定時に下宿に戻っていました。いつ、どこで、君原は小夜やその他女生徒と、不倫していたのでしょうか」
「そんなもの……密会の場所など、どこでもあるだろうよ。エスの部屋とかが、あるんだろ? 時間だって、うまくやりくりすれば、作れないことはないさ」
 もう一つ納得できないが、先輩が言うのだから、そうかもしれない。君原の潔白を証明する客観的材料は、何もないのだ。米倉は頷き、先輩に尋ねた。
「では、君原を監禁、イタズラや暴行を加えた少女らが罪に問われるのは当然として、君原は何か罪になりますか」
「そうだなあ……女たらし、痴情は罪に問えないからなあ。人妻なら、姦通罪が適用できるんだが。せいぜい、小夜の自殺幇助くらいだろう。これも、立証が難しいだろうな」
「君原は、無罪放免ですか」
「ま、遊んだ分、痛い目を見たんだ。それが罰になるだろうさ」
 そう言って、年輩刑事は笑った。
「では、米倉君。××女学校の生徒らに話を聞いて、裏付けをとってくれたまえ」
 先輩に言われ、米倉は病院から××女学校に向かった。大勢の、清楚な女学生が彼を迎えた。
 若い男が珍しいのか、米倉は少女に取り囲まれ、どっちが事情聴取をしているのか分からないような状態になった。少女らは無邪気に、米倉を珍しそうに眺め、彼の質問に答えた。
 こんな純情そうな、大人しい少女らが、はたして君原の言うような小悪魔であるのか……米倉は、やはり先輩が言うとおりなのだろうかと思った。
 少女らの答えはすべて、先輩刑事の見通しを裏付けるようなものだった。君原は、多くの教え子に、色目を使っていたようだ。
「ひどい奴だな」
 米倉は、警察手帳を閉じた。
「ありがとう。色々、参考になったよ」
 一通り話を聞き、米倉は少女らに礼を言った。
「あら。もうお帰りになるの。つまらないわ」
 少女らが、可愛らしく頬をふくらませた。米倉は、たくさんの妹が出来たような気になった。こんな所の教師にでもなれたら、毎日が幸せだろうな。米倉は苦笑しながら、少女たちと別れた。
 校門を出た所で、米倉はポケットに紙片が紛れているのに気づいた。
 女文字の手紙であった。
『お仕事のふりをして、私に逢いにいらしたのは、分かっておりますわ。今日は大勢まわりにいたから、親密なお話が出来なくて、さぞガッカリなさっておいででしょう。裏門の勝手口、開けておきますから、忍んでいらしてね。』
 手紙を読み、米倉の顔から、血の気が引いた。名前も書かれていないが、名乗らなくても分かるだろうという自信と思いこみが、文面からはうかがえた。
 先ほど事情を訊いた、初対面の少女らの誰かが、この薄気味悪い手紙を寄越したのだ。
 もちろん米倉は、××女学校に意中の少女がいたわけではない。××女学校に赴いたのは、はじめてだ。初対面なのに、こんな恋文を貰うなんて。しかもこの少女は、米倉が自分を熱愛していると思いこんでいるようだ。
「冗談……からかっただけ、だよな?」
 米倉は笑い飛ばそうとしたが、出来なかった。
 米倉は、今出てきたばかりの女学校を振り返った。誰もいなかったが、クスクスと、少女らの笑い声が聞こえたような気がした。

   終わり

この作品は大正変態ノベルゲーム「ヒトガタ奇談」の一遍です。
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.hogege.hitogatakidan
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