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第2章 食育の素晴らしさ
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(梨央side)
会社のビルの近くには、小さいながらも公園がある。
遊具は一切なく芝生と木陰、それにベンチがあるだけだ。それでも、オフィスビルというフィールドの中に安らぎを与えてくれるポイントだと思っている。
空を見上げて見える青空は澄んだ午後の彩りを示している。そんなことを考えながらベンチに座っていた。
ワンワン!
そうそう、空を見上げると青い空の中に犬の鳴き声がしていてね。
ワンワン!!
顔を下ろしてみると、視界の右端からこちらに向かって走ってくる犬が居た。
まさか、このオフィス街に野良犬がいるなんて......。
一瞬、謎の思考回路になった僕は動くのが遅くなり、その隙にその犬は寄りかかってくる。まるで僕の頬をなめんとばかりに顔を近づけていた。
「こら! ペッパーやめなさい!!」
遠くから見知った声が聞こえた。
だけどもすでに遅し。ペッパーと呼ばれた犬はもうすでに僕に飛び掛かっていた。僕は頬ずりをかわしながらも自分の首を伸ばして声の方を覗いてみた。
そこには玉井マスターが居たのだ。
「ああ、マスター」
「あら、あなたは......」
彼女は僕の方に走ってやってきて、赤いリードをしっかりとつかんだ。やっとペッパーが離れてくれた。なんだかずっと持っていた重石を手放す感覚に近かった。
失礼だが、だいぶ重いぞこの犬は。
彼女は僕の前に立ってすかさず頭を下げた。
「ごめんなさい、よそ見をしていたらリードを離してしまって......。
舐められませんでしたか?」
僕は慌てて顔の前で手を振った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。
スーツにしわが寄っちゃいましたけど安物ですから」
「そんな、申し訳ないですよう......」
彼女は困った様に眉をへの字に曲げてしまった。
・・・
ふたりしてベンチに座った。
僕の手には彼女のせめてもの償いという缶コーヒーが握られている。
「ところでマスター、今日はお店休みですか?」
「外でもそういう呼ばれ方をされると恥ずかしいですね」
彼女は少し照れくさそうに笑った。薄手のニットとハーフパンツという、彼女の私服姿は本当にキャンパスライフを謳歌する大学生という表現がぴったりな気がした。
「一応定休日はありますが、今日みたいに不定期で休みにすることもあります。その時は、この子を散歩させるのが日課ですね」
ペッパーは料理人が名付け親だから付けられた名前だろうか。だけども、どこか男性が名付けるような名前のような気がした。
そんな犬は、ベンチの手すりにリードが巻かれて地面に伏せている。こう見ていると大人しいけれど、人懐っこいのが素の性格なのだろうか。
「可愛い犬ですね」
「ありがとうございます。
柴犬を起点にした雑種犬らしいんですけど、散歩すると色んなとこに行っちゃって。
私も気が抜けません」
マスターは苦笑していた。それから、僕の方にぐっと近寄ってくる。あまり化粧っ毛の無い顔を間近に見てちょっとした緊張を覚えた。
「ほら、ペッパーの毛がついていました」
ひょいとつまみあげたものは犬の抜け毛だった。
でも、上目遣いをするのはなんだか止めなかった。何を言おうとしているのだろうか。
「ところで、午後のこの時分に居るあなたはどのように見ても......」
「別にサボっている訳じゃないですよ。
外せない会議があったので、昼休みを後ろにずらしただけですからね」
彼女はすみませんでした、と小声で謝って気まずそうにうつむいてしまった。
それ以来、会話の穂先を折ってしまう。
慌てて振り払うことにした僕は目の前の光景を素直に語った。そこには人だかりができていたのだ。
「あ、献血車だ」
僕が思わずつぶやくと、彼女もそちらを見て、そうですねえと相づちを打ちながら話を繋いだ。
「参加されてみてはいかがです?
当店の美味しい卵ばかりでコレステロールが高いでしょうから」
「なんですか、健康診断じゃあるまいし。
あ、AB型が一番少ないんですね」
「私はAB型ですけど。
あいにく、人様にあげるような血は......」
......体重が足りませんから。そこだけ小声で言い淀んでいたのにしっかり聞こえてしまっていた。女性に体重の話は厳禁なのだ。
・・・
さあ、午後二時になった。そろそろ戻らないといけない。
僕が立ち上がると同時にマスターも立ち上がった。そのままペッパーに声をかけている。
「さ、ペッパー行こう」
「また会おうね、ペッパー」
僕は犬の頭をなでながら言葉をかけた。
その様子を見ていたたまきさんがほほ笑みながら教えてくれた。
「この公園、たまにプリン屋の車両販売がやってきますよ。不定期なのですが」
「それは気になりますね」
いつか食べましょう、と自然な話の流れでメールアドレスを交換した。
店員と客という立場の関係が少し縮まったような気がした。
会社のビルの近くには、小さいながらも公園がある。
遊具は一切なく芝生と木陰、それにベンチがあるだけだ。それでも、オフィスビルというフィールドの中に安らぎを与えてくれるポイントだと思っている。
空を見上げて見える青空は澄んだ午後の彩りを示している。そんなことを考えながらベンチに座っていた。
ワンワン!
そうそう、空を見上げると青い空の中に犬の鳴き声がしていてね。
ワンワン!!
顔を下ろしてみると、視界の右端からこちらに向かって走ってくる犬が居た。
まさか、このオフィス街に野良犬がいるなんて......。
一瞬、謎の思考回路になった僕は動くのが遅くなり、その隙にその犬は寄りかかってくる。まるで僕の頬をなめんとばかりに顔を近づけていた。
「こら! ペッパーやめなさい!!」
遠くから見知った声が聞こえた。
だけどもすでに遅し。ペッパーと呼ばれた犬はもうすでに僕に飛び掛かっていた。僕は頬ずりをかわしながらも自分の首を伸ばして声の方を覗いてみた。
そこには玉井マスターが居たのだ。
「ああ、マスター」
「あら、あなたは......」
彼女は僕の方に走ってやってきて、赤いリードをしっかりとつかんだ。やっとペッパーが離れてくれた。なんだかずっと持っていた重石を手放す感覚に近かった。
失礼だが、だいぶ重いぞこの犬は。
彼女は僕の前に立ってすかさず頭を下げた。
「ごめんなさい、よそ見をしていたらリードを離してしまって......。
舐められませんでしたか?」
僕は慌てて顔の前で手を振った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。
スーツにしわが寄っちゃいましたけど安物ですから」
「そんな、申し訳ないですよう......」
彼女は困った様に眉をへの字に曲げてしまった。
・・・
ふたりしてベンチに座った。
僕の手には彼女のせめてもの償いという缶コーヒーが握られている。
「ところでマスター、今日はお店休みですか?」
「外でもそういう呼ばれ方をされると恥ずかしいですね」
彼女は少し照れくさそうに笑った。薄手のニットとハーフパンツという、彼女の私服姿は本当にキャンパスライフを謳歌する大学生という表現がぴったりな気がした。
「一応定休日はありますが、今日みたいに不定期で休みにすることもあります。その時は、この子を散歩させるのが日課ですね」
ペッパーは料理人が名付け親だから付けられた名前だろうか。だけども、どこか男性が名付けるような名前のような気がした。
そんな犬は、ベンチの手すりにリードが巻かれて地面に伏せている。こう見ていると大人しいけれど、人懐っこいのが素の性格なのだろうか。
「可愛い犬ですね」
「ありがとうございます。
柴犬を起点にした雑種犬らしいんですけど、散歩すると色んなとこに行っちゃって。
私も気が抜けません」
マスターは苦笑していた。それから、僕の方にぐっと近寄ってくる。あまり化粧っ毛の無い顔を間近に見てちょっとした緊張を覚えた。
「ほら、ペッパーの毛がついていました」
ひょいとつまみあげたものは犬の抜け毛だった。
でも、上目遣いをするのはなんだか止めなかった。何を言おうとしているのだろうか。
「ところで、午後のこの時分に居るあなたはどのように見ても......」
「別にサボっている訳じゃないですよ。
外せない会議があったので、昼休みを後ろにずらしただけですからね」
彼女はすみませんでした、と小声で謝って気まずそうにうつむいてしまった。
それ以来、会話の穂先を折ってしまう。
慌てて振り払うことにした僕は目の前の光景を素直に語った。そこには人だかりができていたのだ。
「あ、献血車だ」
僕が思わずつぶやくと、彼女もそちらを見て、そうですねえと相づちを打ちながら話を繋いだ。
「参加されてみてはいかがです?
当店の美味しい卵ばかりでコレステロールが高いでしょうから」
「なんですか、健康診断じゃあるまいし。
あ、AB型が一番少ないんですね」
「私はAB型ですけど。
あいにく、人様にあげるような血は......」
......体重が足りませんから。そこだけ小声で言い淀んでいたのにしっかり聞こえてしまっていた。女性に体重の話は厳禁なのだ。
・・・
さあ、午後二時になった。そろそろ戻らないといけない。
僕が立ち上がると同時にマスターも立ち上がった。そのままペッパーに声をかけている。
「さ、ペッパー行こう」
「また会おうね、ペッパー」
僕は犬の頭をなでながら言葉をかけた。
その様子を見ていたたまきさんがほほ笑みながら教えてくれた。
「この公園、たまにプリン屋の車両販売がやってきますよ。不定期なのですが」
「それは気になりますね」
いつか食べましょう、と自然な話の流れでメールアドレスを交換した。
店員と客という立場の関係が少し縮まったような気がした。
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