22 / 52
第3章 変わってゆくものばかり
13
しおりを挟む
(たまきside)
シャワーからお湯が降り注ぐ。
その流れは川のように、私の身体の上を流れていく。
無事に営業が終わったという安堵の気持ち、明日への糧にするための気持ちを込めて、一日の終わりのささやかな時間を大切に過ごしている。
部屋に戻ってきた私は白いラベルの瓶を開けた。
それは琥珀色をした液体、ウイスキーだ。仕事柄毎日は飲めないのだけど、久しぶりの再会を待ちわびるような楽しみがここにはあると思う。
漂う香りさえ私には甘く、まるでクラシックのコンサートのよう。気分を落ち着かせる効果があると思う。
ウイスキーの瓶をグラスに注いでハイボールを作った。柔らかな口当たりはつるりと喉を通り抜けていく。このすっきりした味が好きなんだな。
私はため息をついた。
なんだろう、なんの気持ちなんだろう。心に残っているわだかまりはハイボールの流れにも負けずに残っている気がした。
ウイスキーのラベルが目についた。これのせいだろうか。この味をいつまで楽しめるか、正直不安なところがある。ファンの一人として、終わりの時が近づいていることを寂しく思っているのだ。
グラスに残る最後の一口を飲み干した。氷がゆっくりと解けていく光景を見ながらも、その正体が掴めないままだった......。
・・・
ある日、私は「piyo-piyo」のお店を閉めて買い出しをしていた。
駅前にあるショッピングモールは小さいながらも、色んな店が店舗を構えている。私が良く行く食品店にはちょっとした高級なものが置いてある。いつも「piyo-piyo」で出している野菜とコーヒーはここのものを買っておけば間違いない。
私はいつも真っ先に欲しい商品を取ることはない。自分のルールなのだろうか、一通り店内をぐるりと見て周る。
色んなものを見るのが楽しいんだ、と思うのは商売柄なのだろう。そんな中、私はあるところで足を止めた。
ウイスキーのコーナーを覗いてみたら、ひとつの列だけまったく陳列されていなかった。それは私がこないだ飲んだ白いラベルのものだ。
ユーザーの消費にメーカーの供給が追い付かないという話は本当のようだった。商品棚には、小さな貼り紙で"メーカーの生産遅れによる入荷の滞りが......"などと書かれている。
いつも喜んでくれるお客様に出すべきものが出せないのは、メーカーも苦しいのだろう。それは私も同じなのかもしれない。
なんだか悲しくなってしまう。
私はいつまでこの店舗を構えていられるだろうか、はたまた不慮の事故でも起きてしまったらどうしようか。頭に思い浮かべるその人のように。
そんなことを考えながら「piyo-piyo」に戻ると、ある人物が目についた。
・・・
(梨央side)
「piyo-piyo」でランチを食べようとした僕は足を止めた。
ドアプレートが<CLOSED>になっていたのだ。仕方ないと引き返したところに、マスターの顔と鉢合わせになった。ショッピングバッグを掲げているところを見ると、買い出しにでも行っていたのだろう。
たまきさんは少しはにかみながら答えてくれた。
「あ、梨央さんすみません......。
少し買い出しをしていて、今開けますね」
「いえいえ、こちらこそすみませんでした」
彼女が店の鍵を開けて、僕を招き入れてくれる。そして、部屋の明かりをつけてあっという間に開店準備をするのだった。
「炒め物や麺類ならすぐできますよ。
いかがなさいますか」
彼女はこの提案をしてきたのは、すぐに提供できるメニューにすることで困らせたくないということだろう。だから、それに乗じておくことにした。
「うどんありますか?
そこに卵を落としてくれれば良いです」
「なるほど、かきたま汁ですね。
関西風にいたしましょう」
マスターは僕の言わんとしていることをすぐに理解する。
最近は詳細なメモを作らずに、少々の説明だけで調理してくれるのだ。阿吽の呼吸とはこういうものだろう。
そして、あっという間に白だしのうどんを提供してくれた。何も言わずに、味付けまで完璧だった。
マスターはお茶のためにヤカンを沸かしながら、ショッピングバッグから食材を出して片付けている。その手際の良さに感心しながらも、あるものに興味をそそられた。
「おや、ウイスキーをお店で出すのですか?」
「ああ、これですか?
あまり頼まれるお客様はいませんが、ストックだけでも......」
彼女はウイスキーの瓶をショッピングバッグから出したところだった、手を動かしたまま少しはにかんで答えてくれた。
「最近はそのウイスキーが売り切れていませんか?」
「梨央さん、お詳しいですね。
まさか、おうちでウイスキー飲まれますか?」
「いや、ニュースで見ただけで。
今、居酒屋で炭酸割りってブームですから。
会社の飲み会でも、ウイスキーをハイボールにして飲む人が多いので」
僕は手を振りながら、まんざらでもないように答えた。ほうじ茶を持ってきてくれたマスターは納得した風に語ってくれた。
「インスタなんとか? じゃないけれど、みんな流れに乗っているような気がします。
食事を楽しむのは悪いことじゃないのですけどね。
ひとつ花が咲くと誰もがそこに集まって、散ってしまうと別のところに飛んでいくみたいな感じがしています」
相変わらず、マスターは<インスタ>の正式な名前を言えない。
まるで、餌に群がる鳩のような気さえします。と語る彼女に、僕は共感してみせた。
「周りには関係なく、自分の好きなものを貫いて愛するみたいな感じですね」
ええ、と彼女は頷いた。
「じゃあ、お片付けの邪魔しちゃ悪いので。
もうお会計しますね」
「はい、ありがとうございます」
そのウイスキーの瓶を、彼女が自分のために買ったものだと嘘をついたのは最後まで気づかなかった。
・・・
(たまきside)
帰宅した私はウイスキーの瓶を開けた。
新しく買ってきたものは同じメーカーでも、別の黄色いラベルのものだ。お気に入りのものは買えなかったのであきらめてこちらにしてみた。
瓶の口から香ってくるのは濃厚な香りで、どこか重ささえ感じられた。喉に残るような味わいに少しむせてしまった。こんなにも味が違うんだな。納得はしたけれど私の好みではなかった、ただそれだけのことだろう。
お気に入りのものはまた会えるだろうか、いつかメーカーが生産を打ち切るまで買ってあげよう。
それがファンというものだと思っている。
シャワーからお湯が降り注ぐ。
その流れは川のように、私の身体の上を流れていく。
無事に営業が終わったという安堵の気持ち、明日への糧にするための気持ちを込めて、一日の終わりのささやかな時間を大切に過ごしている。
部屋に戻ってきた私は白いラベルの瓶を開けた。
それは琥珀色をした液体、ウイスキーだ。仕事柄毎日は飲めないのだけど、久しぶりの再会を待ちわびるような楽しみがここにはあると思う。
漂う香りさえ私には甘く、まるでクラシックのコンサートのよう。気分を落ち着かせる効果があると思う。
ウイスキーの瓶をグラスに注いでハイボールを作った。柔らかな口当たりはつるりと喉を通り抜けていく。このすっきりした味が好きなんだな。
私はため息をついた。
なんだろう、なんの気持ちなんだろう。心に残っているわだかまりはハイボールの流れにも負けずに残っている気がした。
ウイスキーのラベルが目についた。これのせいだろうか。この味をいつまで楽しめるか、正直不安なところがある。ファンの一人として、終わりの時が近づいていることを寂しく思っているのだ。
グラスに残る最後の一口を飲み干した。氷がゆっくりと解けていく光景を見ながらも、その正体が掴めないままだった......。
・・・
ある日、私は「piyo-piyo」のお店を閉めて買い出しをしていた。
駅前にあるショッピングモールは小さいながらも、色んな店が店舗を構えている。私が良く行く食品店にはちょっとした高級なものが置いてある。いつも「piyo-piyo」で出している野菜とコーヒーはここのものを買っておけば間違いない。
私はいつも真っ先に欲しい商品を取ることはない。自分のルールなのだろうか、一通り店内をぐるりと見て周る。
色んなものを見るのが楽しいんだ、と思うのは商売柄なのだろう。そんな中、私はあるところで足を止めた。
ウイスキーのコーナーを覗いてみたら、ひとつの列だけまったく陳列されていなかった。それは私がこないだ飲んだ白いラベルのものだ。
ユーザーの消費にメーカーの供給が追い付かないという話は本当のようだった。商品棚には、小さな貼り紙で"メーカーの生産遅れによる入荷の滞りが......"などと書かれている。
いつも喜んでくれるお客様に出すべきものが出せないのは、メーカーも苦しいのだろう。それは私も同じなのかもしれない。
なんだか悲しくなってしまう。
私はいつまでこの店舗を構えていられるだろうか、はたまた不慮の事故でも起きてしまったらどうしようか。頭に思い浮かべるその人のように。
そんなことを考えながら「piyo-piyo」に戻ると、ある人物が目についた。
・・・
(梨央side)
「piyo-piyo」でランチを食べようとした僕は足を止めた。
ドアプレートが<CLOSED>になっていたのだ。仕方ないと引き返したところに、マスターの顔と鉢合わせになった。ショッピングバッグを掲げているところを見ると、買い出しにでも行っていたのだろう。
たまきさんは少しはにかみながら答えてくれた。
「あ、梨央さんすみません......。
少し買い出しをしていて、今開けますね」
「いえいえ、こちらこそすみませんでした」
彼女が店の鍵を開けて、僕を招き入れてくれる。そして、部屋の明かりをつけてあっという間に開店準備をするのだった。
「炒め物や麺類ならすぐできますよ。
いかがなさいますか」
彼女はこの提案をしてきたのは、すぐに提供できるメニューにすることで困らせたくないということだろう。だから、それに乗じておくことにした。
「うどんありますか?
そこに卵を落としてくれれば良いです」
「なるほど、かきたま汁ですね。
関西風にいたしましょう」
マスターは僕の言わんとしていることをすぐに理解する。
最近は詳細なメモを作らずに、少々の説明だけで調理してくれるのだ。阿吽の呼吸とはこういうものだろう。
そして、あっという間に白だしのうどんを提供してくれた。何も言わずに、味付けまで完璧だった。
マスターはお茶のためにヤカンを沸かしながら、ショッピングバッグから食材を出して片付けている。その手際の良さに感心しながらも、あるものに興味をそそられた。
「おや、ウイスキーをお店で出すのですか?」
「ああ、これですか?
あまり頼まれるお客様はいませんが、ストックだけでも......」
彼女はウイスキーの瓶をショッピングバッグから出したところだった、手を動かしたまま少しはにかんで答えてくれた。
「最近はそのウイスキーが売り切れていませんか?」
「梨央さん、お詳しいですね。
まさか、おうちでウイスキー飲まれますか?」
「いや、ニュースで見ただけで。
今、居酒屋で炭酸割りってブームですから。
会社の飲み会でも、ウイスキーをハイボールにして飲む人が多いので」
僕は手を振りながら、まんざらでもないように答えた。ほうじ茶を持ってきてくれたマスターは納得した風に語ってくれた。
「インスタなんとか? じゃないけれど、みんな流れに乗っているような気がします。
食事を楽しむのは悪いことじゃないのですけどね。
ひとつ花が咲くと誰もがそこに集まって、散ってしまうと別のところに飛んでいくみたいな感じがしています」
相変わらず、マスターは<インスタ>の正式な名前を言えない。
まるで、餌に群がる鳩のような気さえします。と語る彼女に、僕は共感してみせた。
「周りには関係なく、自分の好きなものを貫いて愛するみたいな感じですね」
ええ、と彼女は頷いた。
「じゃあ、お片付けの邪魔しちゃ悪いので。
もうお会計しますね」
「はい、ありがとうございます」
そのウイスキーの瓶を、彼女が自分のために買ったものだと嘘をついたのは最後まで気づかなかった。
・・・
(たまきside)
帰宅した私はウイスキーの瓶を開けた。
新しく買ってきたものは同じメーカーでも、別の黄色いラベルのものだ。お気に入りのものは買えなかったのであきらめてこちらにしてみた。
瓶の口から香ってくるのは濃厚な香りで、どこか重ささえ感じられた。喉に残るような味わいに少しむせてしまった。こんなにも味が違うんだな。納得はしたけれど私の好みではなかった、ただそれだけのことだろう。
お気に入りのものはまた会えるだろうか、いつかメーカーが生産を打ち切るまで買ってあげよう。
それがファンというものだと思っている。
0
あなたにおすすめの小説
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる