「piyo-piyo」~たまきさんとたまごのストーリー

卯月ゆう

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第3章 変わってゆくものばかり

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(たまきside)

 シャワーからお湯が降り注ぐ。
 その流れは川のように、私の身体の上を流れていく。
 無事に営業が終わったという安堵の気持ち、明日への糧にするための気持ちを込めて、一日の終わりのささやかな時間を大切に過ごしている。

 部屋に戻ってきた私は白いラベルの瓶を開けた。
 それは琥珀色をした液体、ウイスキーだ。仕事柄毎日は飲めないのだけど、久しぶりの再会を待ちわびるような楽しみがここにはあると思う。
 漂う香りさえ私には甘く、まるでクラシックのコンサートのよう。気分を落ち着かせる効果があると思う。
 ウイスキーの瓶をグラスに注いでハイボールを作った。柔らかな口当たりはつるりと喉を通り抜けていく。このすっきりした味が好きなんだな。
 私はため息をついた。
 なんだろう、なんの気持ちなんだろう。心に残っているわだかまりはハイボールの流れにも負けずに残っている気がした。
 ウイスキーのラベルが目についた。これのせいだろうか。この味をいつまで楽しめるか、正直不安なところがある。ファンの一人として、終わりの時が近づいていることを寂しく思っているのだ。
 グラスに残る最後の一口を飲み干した。氷がゆっくりと解けていく光景を見ながらも、その正体が掴めないままだった......。

 ・・・

 ある日、私は「piyo-piyo」のお店を閉めて買い出しをしていた。
 駅前にあるショッピングモールは小さいながらも、色んな店が店舗を構えている。私が良く行く食品店にはちょっとした高級なものが置いてある。いつも「piyo-piyo」で出している野菜とコーヒーはここのものを買っておけば間違いない。
 私はいつも真っ先に欲しい商品を取ることはない。自分のルールなのだろうか、一通り店内をぐるりと見て周る。
 色んなものを見るのが楽しいんだ、と思うのは商売柄なのだろう。そんな中、私はあるところで足を止めた。
 ウイスキーのコーナーを覗いてみたら、ひとつの列だけまったく陳列されていなかった。それは私がこないだ飲んだ白いラベルのものだ。
 ユーザーの消費にメーカーの供給が追い付かないという話は本当のようだった。商品棚には、小さな貼り紙で"メーカーの生産遅れによる入荷の滞りが......"などと書かれている。
 いつも喜んでくれるお客様に出すべきものが出せないのは、メーカーも苦しいのだろう。それは私も同じなのかもしれない。
 なんだか悲しくなってしまう。
 私はいつまでこの店舗を構えていられるだろうか、はたまた不慮の事故でも起きてしまったらどうしようか。頭に思い浮かべるその人のように。
 そんなことを考えながら「piyo-piyo」に戻ると、ある人物が目についた。

 ・・・

(梨央side)

 「piyo-piyo」でランチを食べようとした僕は足を止めた。
 ドアプレートが<CLOSED>になっていたのだ。仕方ないと引き返したところに、マスターの顔と鉢合わせになった。ショッピングバッグを掲げているところを見ると、買い出しにでも行っていたのだろう。
 たまきさんは少しはにかみながら答えてくれた。
「あ、梨央さんすみません......。
少し買い出しをしていて、今開けますね」
「いえいえ、こちらこそすみませんでした」
 彼女が店の鍵を開けて、僕を招き入れてくれる。そして、部屋の明かりをつけてあっという間に開店準備をするのだった。
「炒め物や麺類ならすぐできますよ。
いかがなさいますか」
 彼女はこの提案をしてきたのは、すぐに提供できるメニューにすることで困らせたくないということだろう。だから、それに乗じておくことにした。
「うどんありますか?
そこに卵を落としてくれれば良いです」
「なるほど、かきたま汁ですね。
関西風にいたしましょう」
 マスターは僕の言わんとしていることをすぐに理解する。
 最近は詳細なメモを作らずに、少々の説明だけで調理してくれるのだ。阿吽の呼吸とはこういうものだろう。
 そして、あっという間に白だしのうどんを提供してくれた。何も言わずに、味付けまで完璧だった。

 マスターはお茶のためにヤカンを沸かしながら、ショッピングバッグから食材を出して片付けている。その手際の良さに感心しながらも、あるものに興味をそそられた。
「おや、ウイスキーをお店で出すのですか?」
「ああ、これですか?
あまり頼まれるお客様はいませんが、ストックだけでも......」
 彼女はウイスキーの瓶をショッピングバッグから出したところだった、手を動かしたまま少しはにかんで答えてくれた。
「最近はそのウイスキーが売り切れていませんか?」
「梨央さん、お詳しいですね。
まさか、おうちでウイスキー飲まれますか?」
「いや、ニュースで見ただけで。
今、居酒屋で炭酸割りってブームですから。
会社の飲み会でも、ウイスキーをハイボールにして飲む人が多いので」
 僕は手を振りながら、まんざらでもないように答えた。ほうじ茶を持ってきてくれたマスターは納得した風に語ってくれた。
「インスタなんとか? じゃないけれど、みんな流れに乗っているような気がします。
食事を楽しむのは悪いことじゃないのですけどね。
ひとつ花が咲くと誰もがそこに集まって、散ってしまうと別のところに飛んでいくみたいな感じがしています」
 相変わらず、マスターは<インスタ>の正式な名前を言えない。
 まるで、餌に群がる鳩のような気さえします。と語る彼女に、僕は共感してみせた。
「周りには関係なく、自分の好きなものを貫いて愛するみたいな感じですね」
 ええ、と彼女は頷いた。
「じゃあ、お片付けの邪魔しちゃ悪いので。
もうお会計しますね」
「はい、ありがとうございます」
 そのウイスキーの瓶を、彼女が自分のために買ったものだと嘘をついたのは最後まで気づかなかった。

 ・・・

(たまきside)

 帰宅した私はウイスキーの瓶を開けた。
 新しく買ってきたものは同じメーカーでも、別の黄色いラベルのものだ。お気に入りのものは買えなかったのであきらめてこちらにしてみた。
 瓶の口から香ってくるのは濃厚な香りで、どこか重ささえ感じられた。喉に残るような味わいに少しむせてしまった。こんなにも味が違うんだな。納得はしたけれど私の好みではなかった、ただそれだけのことだろう。
 お気に入りのものはまた会えるだろうか、いつかメーカーが生産を打ち切るまで買ってあげよう。
 それがファンというものだと思っている。
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