思惑

ぴんぺ

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日常

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「いってらっしゃい。」沙奈の明るい声が聞こえる。昨日の疲れもきみの声を聞くと吹っ飛ぶよ、そんなことは気恥ずかしくて言葉にはできず、いつものように満遍の笑みで応対する。玄関先での毎朝のルーティン。結婚したての頃は玄関先とはいえ、もう外の世界に出ていることからか、どうも恥ずかしくてしかたがなかったが、結婚生活3年目ともなるとそんなことは気にも留めなくなっていた。
毎朝の儀式を終えて、職場へと歩みだす。ふと、ため息がこぼれる。
職場の学習塾までは徒歩で50分ほど、1週間前、自転車のタイヤがパンクしてからというもの、健康のためと思って歩いて仕事に向かっているが、正直つらい。


「いってらっしゃい。」とこー君を仕事に送り出す。私の1日はこの言葉から始まる。
「あら、さっちゃん。今日もおアツいわねぇ。」あと、お隣の三枝さんのこのヤジもだ。「あ、三枝さん、おはようございます。」「おはよう。そうだ、昨日ね、知り合いからとっても美味しいお蕎麦もらったんだけど…お昼一緒にどう?」「私お蕎麦大好きなんです、ぜひいただきたいなぁ。」「じゃあ決まりね。」1週間に1度はこの類の会話をする。三枝さんは絵に描いたような世話焼きさんで、ここに引っ越してきてからというもの、いろいろお世話になっている。「じゃあ、家のこと済ませちゃいますね。」適当に話を切り上げて、家の中に戻る。昼時までにやるべきことを考えながら食器を洗いに向かう。


歩きはじめて25分。駅前のスクランブル交差点で信号待ちをしていると、後ろから声をかけられた。
「康二君、おはよう。」「あ、新井先生、おはようございます。」新井璃子。僕の勤めている学習塾の塾長だ。もとは大手の学習塾で勤務しており、独立して、個人経営の塾を立ち上げた。阿山先生とは毎日この時間にこの交差点で遭遇する。「昨日も遅くまで残ってたのに元気ね。若いっていいなぁ。」「若いって、新井先生僕の2つ上でしょう、大して変わらないじゃないですか。」「2年って大きいぞ、若者よ。」「そういうものですかねぇ。」2年前26歳で独立し、塾を立ち上げ、今や大手会社にいた時よりも稼いでいるというところをみると、そんなセリフが出るのも当然かと思われる。「康二くん今26だよね。うんうん、希望に満ちておる。」新井先生の経験からくる言葉。やはり、重さがちがう。
新井先生と並んで職場まで歩く。自転車が存命の時は彼を押して歩いていたので、今は彼を押す分の力を歩くことに向けられる分楽ではある。景色は駅前のビル街を抜けて、閑静な住宅街へと移る。都内きっての高級住宅街。ここに塾を建てた新井先生はかなりのヤリ手だなぁとつくづく感じる、今の僕にそんなことができるのだろうか…。
そこそこ大きな住宅の中に、異風なこじんまりとした建物が見えてくる。「新井個別指導塾」僕の職場だ。今日も僕の1日が始まる。
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