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助けを求める心の声
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次の日、俺は決意して遥の元へ向かった。
昨日見た痣のことが頭から離れない。もう見て見ぬふりなんてできなかった。
一晩中、俺は眠れずにいた。 遥の腕にあった指の形がくっきりと残った跡。それが何を意味するのか考えれば考えるほど怒りと不安で胸がいっぱいになった。
誰が、あんなことを? なぜ遥は一人でそれを抱え込んでいる? 俺に助けを求めてくれないのは、なぜだ?
朝から、遥の様子を注意深く観察していた。
いつもより顔色が悪い気がする。時々、腕を押さえるような仕草をしているのも気になった。痛むのだろうか。
授業中、遥はノートも、ほとんど取っていないようだった。ただ机の上に置かれた教科書をぼんやりと見つめているだけ。
体育の時間、着替えの時に遥の身体を見ようとしたが、あいつは人目につかない場所でこっそりと着替えていた。まるで自分の身体を隠すことに必死になっているかのようだった。
その様子を見ていると胸が締め付けられるような思いがした。
昼休み、いつものように一人で窓の外を眺めている遥の背後から、わざとらしくチャラい声色で話しかける。昔あいつを笑わせようとした時みたいに少しだけふざけたフリをして。
でも心の中は全然軽くなんてない。 あいつの腕にあった痣のことを思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。
「おーい、ハルくん?」
ぴくり、と遥の肩が揺れた。ゆっくりと振り返った彼の瞳が俺を捉えてわずかに見開かれる。
「俺のこと忘れたとか、ずいぶんつれなくね? 俺、結構ショックだったんだけど」
「……」
遥は何も言わず、ただ俺をじっと見つめている。その瞳は警戒心で満ちていて、まるで威嚇する小動物のようだ。
でも、よく見ると、その瞳の奥に、ほんの少しだけ別の感情が見えた気がした。
寂しさのような。助けを求めるような切ない光。
「まあ、五年も前だしな。忘れちまうのも無理ねーか。でもさ、これから思い出せばよくね?」
馴れ馴れしく、彼の隣の席の椅子を引いて腰掛ける。 ぐっと距離が縮まったことで、遥の身体がこわばるのが分かった。それでも俺は話を続けた。
近くで見ると、遥の顔色の悪さがより際立って見える。目の下には、うっすらと隈ができていた。ちゃんと眠れているのだろうか。
「俺さ、お前のこと、ずっと覚えてたぜ。夏祭りとか秘密基地とか」
「……やめろ」
初めて、遥がはっきりとした声で俺の言葉を遮った。 その声は低く拒絶の色が滲んでいる。
でも、その声にも、微かな震えが混じっていた。 本当に覚えていないなら、こんなに動揺するはずがない。
「なんでだよ。本当のことだろ?」
「……関係ない」
「関係なくねぇって前にも言っただろ」
食い下がると、遥はぎゅっと唇を噛み締めた。その表情は苦痛に歪んでいるように見えた。
まるで楽しい思い出を語られること自体が、彼にとっては拷問であるかのように。
なぜだ? なぜ、あいつは過去を思い出すことを、こんなに嫌がる?もしかして、俺との思い出が、今の遥にとっては辛いものになってしまったのか?
幸せだった過去を思い出すことで、現在の苦しみがより際立ってしまうから?
そう考えると、胸が張り裂けそうになった。
やがて、遥は絞り出すような声で言った。 今まで聞いた中で一番強い、明確な拒絶の言葉だった。
「俺のことなんか、ほっとけよ」
その声は怒っているというより、むしろ何かに怯えているようだった。俺に関わるな、近づくな、と。そう全身で訴えかけていた。
でも、その言葉の裏に隠された本当の意味を、俺は感じ取っていた。 「ほっとけよ」じゃない。 本当は、「助けて」と言いたいんじゃないか。
「でも、俺には関係あるんだよ」
俺は思わず本音を口にしていた。
「お前が苦しんでるのを見てるのが、辛いんだ」
遥の瞳が大きく見開かれた。 そこには驚きと戸惑いと、そして僅かな希望のような光が見えた。でも、それも一瞬のことだった。
遥はすぐに表情を硬くすると立ち上がろうとした。
「待てよ」
俺は咄嗟に遥の手首を掴んだ。その瞬間、遥が「あっ」と小さく声を上げて身体を震わせた。
俺の手が触れた部分に、また痣があったのだ。
「……痛いのか?」
俺は、できるだけ優しい声で尋ねた。 遥は、俯いたまま何も答えない。でも、その震える肩がすべてを物語っていた。
「誰にやられたんだ?」
その問いに遥の身体がびくりと跳ねた。
図星だった。そして、俺が何かを言う前に、遥は勢いよく立ち上がると鞄を掴んで教室から逃げるように出て行ってしまった。
その時、遥の袖がめくれ上がって、また痣が見えた。 昨日見たものとは違う場所に新しい痣ができているようだった。
残された教室で俺は彼の言葉を反芻する。
「ほっとけよ」その言葉の裏に隠された悲鳴を、俺は確かに聞いた。
あいつは、助けを求めている。 でも、それを素直に言えない何かがある。 プライドか、恐怖か、それとも別の理由か。
放っておけるわけ、ねぇだろ……絶対に、だ。 お前がその腕に隠している秘密も、お前をそんな顔にさせた原因も、全部俺が暴いてやる。
そして、今度こそ。今度こそ、お前を絶対に守ってやる。
俺は、机の上に置かれた遥の消しゴムを見つけた。 慌てて出て行ったから、忘れていったのだろう。
それを手に取ると、小学生の頃のことを思い出した。 遥は、よく文房具を忘れて、俺に借りていた。
「涼太、消しゴム貸して」 「また忘れたのかよ」 「えへへ、ごめん」
そんな他愛もない会話が、今では懐かしい。俺は、その消しゴムをポケットにしまった。明日、遥に返すための口実にしよう。
そして、もう一度、あいつと向き合うんだ。 今度は、逃がさない。
夕暮れの光が差し込む教室で、俺は固く、そう誓った。
あの日、小学生の俺が果たせなかった約束を今度こそ守るために。
あいつを笑顔にしてやる。 あの頃のような、太陽みたいな笑顔を取り戻してやる。それが、俺の使命だ。
一晩中、俺は眠れずにいた。 遥の腕にあった指の形がくっきりと残った跡。それが何を意味するのか考えれば考えるほど怒りと不安で胸がいっぱいになった。
誰が、あんなことを? なぜ遥は一人でそれを抱え込んでいる? 俺に助けを求めてくれないのは、なぜだ?
朝から、遥の様子を注意深く観察していた。
いつもより顔色が悪い気がする。時々、腕を押さえるような仕草をしているのも気になった。痛むのだろうか。
授業中、遥はノートも、ほとんど取っていないようだった。ただ机の上に置かれた教科書をぼんやりと見つめているだけ。
体育の時間、着替えの時に遥の身体を見ようとしたが、あいつは人目につかない場所でこっそりと着替えていた。まるで自分の身体を隠すことに必死になっているかのようだった。
その様子を見ていると胸が締め付けられるような思いがした。
昼休み、いつものように一人で窓の外を眺めている遥の背後から、わざとらしくチャラい声色で話しかける。昔あいつを笑わせようとした時みたいに少しだけふざけたフリをして。
でも心の中は全然軽くなんてない。 あいつの腕にあった痣のことを思うと、胸が苦しくて仕方がなかった。
「おーい、ハルくん?」
ぴくり、と遥の肩が揺れた。ゆっくりと振り返った彼の瞳が俺を捉えてわずかに見開かれる。
「俺のこと忘れたとか、ずいぶんつれなくね? 俺、結構ショックだったんだけど」
「……」
遥は何も言わず、ただ俺をじっと見つめている。その瞳は警戒心で満ちていて、まるで威嚇する小動物のようだ。
でも、よく見ると、その瞳の奥に、ほんの少しだけ別の感情が見えた気がした。
寂しさのような。助けを求めるような切ない光。
「まあ、五年も前だしな。忘れちまうのも無理ねーか。でもさ、これから思い出せばよくね?」
馴れ馴れしく、彼の隣の席の椅子を引いて腰掛ける。 ぐっと距離が縮まったことで、遥の身体がこわばるのが分かった。それでも俺は話を続けた。
近くで見ると、遥の顔色の悪さがより際立って見える。目の下には、うっすらと隈ができていた。ちゃんと眠れているのだろうか。
「俺さ、お前のこと、ずっと覚えてたぜ。夏祭りとか秘密基地とか」
「……やめろ」
初めて、遥がはっきりとした声で俺の言葉を遮った。 その声は低く拒絶の色が滲んでいる。
でも、その声にも、微かな震えが混じっていた。 本当に覚えていないなら、こんなに動揺するはずがない。
「なんでだよ。本当のことだろ?」
「……関係ない」
「関係なくねぇって前にも言っただろ」
食い下がると、遥はぎゅっと唇を噛み締めた。その表情は苦痛に歪んでいるように見えた。
まるで楽しい思い出を語られること自体が、彼にとっては拷問であるかのように。
なぜだ? なぜ、あいつは過去を思い出すことを、こんなに嫌がる?もしかして、俺との思い出が、今の遥にとっては辛いものになってしまったのか?
幸せだった過去を思い出すことで、現在の苦しみがより際立ってしまうから?
そう考えると、胸が張り裂けそうになった。
やがて、遥は絞り出すような声で言った。 今まで聞いた中で一番強い、明確な拒絶の言葉だった。
「俺のことなんか、ほっとけよ」
その声は怒っているというより、むしろ何かに怯えているようだった。俺に関わるな、近づくな、と。そう全身で訴えかけていた。
でも、その言葉の裏に隠された本当の意味を、俺は感じ取っていた。 「ほっとけよ」じゃない。 本当は、「助けて」と言いたいんじゃないか。
「でも、俺には関係あるんだよ」
俺は思わず本音を口にしていた。
「お前が苦しんでるのを見てるのが、辛いんだ」
遥の瞳が大きく見開かれた。 そこには驚きと戸惑いと、そして僅かな希望のような光が見えた。でも、それも一瞬のことだった。
遥はすぐに表情を硬くすると立ち上がろうとした。
「待てよ」
俺は咄嗟に遥の手首を掴んだ。その瞬間、遥が「あっ」と小さく声を上げて身体を震わせた。
俺の手が触れた部分に、また痣があったのだ。
「……痛いのか?」
俺は、できるだけ優しい声で尋ねた。 遥は、俯いたまま何も答えない。でも、その震える肩がすべてを物語っていた。
「誰にやられたんだ?」
その問いに遥の身体がびくりと跳ねた。
図星だった。そして、俺が何かを言う前に、遥は勢いよく立ち上がると鞄を掴んで教室から逃げるように出て行ってしまった。
その時、遥の袖がめくれ上がって、また痣が見えた。 昨日見たものとは違う場所に新しい痣ができているようだった。
残された教室で俺は彼の言葉を反芻する。
「ほっとけよ」その言葉の裏に隠された悲鳴を、俺は確かに聞いた。
あいつは、助けを求めている。 でも、それを素直に言えない何かがある。 プライドか、恐怖か、それとも別の理由か。
放っておけるわけ、ねぇだろ……絶対に、だ。 お前がその腕に隠している秘密も、お前をそんな顔にさせた原因も、全部俺が暴いてやる。
そして、今度こそ。今度こそ、お前を絶対に守ってやる。
俺は、机の上に置かれた遥の消しゴムを見つけた。 慌てて出て行ったから、忘れていったのだろう。
それを手に取ると、小学生の頃のことを思い出した。 遥は、よく文房具を忘れて、俺に借りていた。
「涼太、消しゴム貸して」 「また忘れたのかよ」 「えへへ、ごめん」
そんな他愛もない会話が、今では懐かしい。俺は、その消しゴムをポケットにしまった。明日、遥に返すための口実にしよう。
そして、もう一度、あいつと向き合うんだ。 今度は、逃がさない。
夕暮れの光が差し込む教室で、俺は固く、そう誓った。
あの日、小学生の俺が果たせなかった約束を今度こそ守るために。
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