【完結】犬猿の同期が、恋人になるまで

なの

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第11話:秘密の恋人と二つの顔

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屋上での告白から一夜明け、俺、相田春人の世界は、昨日までとはまるで違って見えていた。

通勤電車の窓から見える景色は鮮やかに色づき、耳に流れ込んでくる音楽はすべて、俺たちのためのラブソングに聞こえる。柄にもなく浮かれている自覚はあった。

五年間、ただの憎きライバルだと思っていた相手は五年間も自分に片想いしていたという。その衝撃の事実に、浮かれるなという方が無理な話だ。

オフィスに足を踏み入れると、心臓がとくん、と跳ねた。
そこには、すでに自席に着き、完璧な姿勢でモニターに向かう橘……いや、京平の姿があった。その背中を見ただけで、昨夜の情熱的な記憶が蘇り、顔が熱くなる。

『明日から、俺たちはまた「犬猿の仲のライバル」だ』

昨夜、交わした俺たちの新しいルール。
そうだ、今日から俺は、恋人としての顔を完璧に隠し、憎きライバルの相田春人を演じなければならない。
俺は一つ深呼吸をすると、わざと大きな足音を立てて自分の席へ向かった。

「ちわーっす」

いつも通りの、少しだけ気だるそうな挨拶。
その声に、京平がちらりとこちらを向いた。目が合った瞬間、昨夜の記憶がフラッシュバックする。熱い吐息、絡められた指、愛を囁く低い声――。

「……おはよう。相田、昨日のプロジェクト会議、途中で放棄してくれたおかげで、残りのメンバーで後処理が大変だったみたいだが?」

きた。いきなりの先制攻撃。その声は、いつものように冷たく、刺々しい。

「あぁ?俺がお前に話があったからだろうが。文句があるなら、直接俺に言えよ」

「その態度が問題だと言っている。公私混同も甚だしい」

「んだと、てめえ!」

俺たちが火花を散らすと、周囲の同僚たちが「おいおい、朝からやめろよ」「お前ら、本当に仲良いんだか悪いんだか」と苦笑いしながら仲裁に入る。これも、いつもの光景だ。

だが、今日は一つだけ違うことがあった。
京平が俺に背を向け、自席に戻るその一瞬、彼の口元に、ほんのわずかに楽しげな笑みが浮かんだのを、俺は見逃さなかった。
そして、俺のPCの社内チャットに、一通のメッセージが届く。

送信者:橘 京平
『演技が下手すぎるぞ、春人。顔が赤い。それと、おはようのキスは、今夜たっぷりしてやる』

「~~~っ!!」

俺は、声にならない悲鳴を上げ、モニターに突っ伏した。心臓が、うるさくてたまらない。
こんなスリリングな毎日、心臓がいくつあっても足りないじゃないか。

***

俺たちの奇妙な二重生活は、こうして始まった。

オフィスでは、これまで以上に激しく火花を散らすライバルを演じる。会議で意見がぶつかれば、一歩も引かない。営業成績が出れば、些細な差でマウントを取り合う。
周囲は、ニューヨーク行きを蹴ったらしい京平が、再び俺との競争に火をつけたのだと解釈しているようだった。誰も、俺たちの本当の関係には気づいていない。

だが、その裏では。

『今日のネクタイ、似合っている。俺が選んでやったやつだから当然か』

『昼休み、屋上で5分だけ待ってる。声、聞きたい』

『昨日の夜、寝不足にさせた責任は取る。今夜、好きなだけ甘やかしてやるから覚悟しておけ』

仕事中に、こんなメッセージを次々と送りつけてくる。そのたびに俺は動揺を隠すのに必死で、まったく仕事に集中できない。
そんな俺を見て、向かいの席の京平が、満足げに口角を上げている。完全に、遊ばれていた。

ある日の昼休み。
屋上でこっそり会っていると、京平が不意に俺の唇を奪った。

「ばっ、馬鹿!ここ会社だぞ!誰か来たらどうすんだ!」

「誰も来ないことは、下の階から確認済みだ。それに、お前が足りない顔をしていたから、補充してやっただけだ」

そう言って、またキスをしようとする京平の唇を、俺は慌てて手のひらで塞いだ。
その手の上から、京平がちゅ、と音を立ててキスをする。その行動に、また顔が熱くなる。

「……お前、こんなキャラだったかよ」

「お前の前でだけだ。他の奴らには、一生見せてやるつもりはない」

その言葉に、独占欲が満たされていくのを感じる。悔しいが、嬉しい。

この秘密の関係は、俺たちの仕事に、最高の化学反応をもたらしていた。

恋人になったことで、お互いの考えていることが、手に取るようにわかるようになったのだ。
俺が情熱的にアイデアを語れば、京平がそれを完璧なロジックで補強する。
京平がデータから導き出した戦略の意図を、俺が誰よりも深く理解し、行動に移す。

会議での俺たちのやり取りは、傍から見れば激しい口論だが、その実、互いのプランを最高の形に磨き上げるための、阿吽の呼吸の共同作業だった。

「相田のプランは感情論が過ぎる。コスト意識が欠如している」

「お前のプランは数字ばっかりで、人の心がねえんだよ!」

そんな言葉を交わしながら、俺たちの目と目は、確かに「お前の言いたいことはわかっている」「もっとやれ」と語り合っていた。

プロジェクトは、最終プレゼンを目前に控えていた。
その日の夜も、俺たちは二人、誰もいなくなった会議室で、最後の準備をしていた。

「……これで、完璧だな」

最終稿の資料を確認し終え、京平が安堵の息を漏らす。俺は、達成感と、そして、少しの寂しさを感じていた。このプロジェクトが終われば、この特別な時間も終わってしまう。

「……京平」

「何だ」

「このプロジェクト、終わってほしくないな」

ぽつりと漏れた本音に、京平は静かに微笑んだ。

「馬鹿だな。俺たちの関係は、これが始まりだろ」

そう言って、京平は俺の椅子に近づくと、その背後からそっと俺を抱きしめた。首筋に、彼の顔が埋められる。

「今日もよく頑張ったな、春人。お前は、俺の誇りだ」

耳元で囁かれる甘い声に、体の力が抜けていく。
俺は、その腕に身を委ねながら、静かに目を閉じた。
そうだ、始まりなんだ。
ライバルとして、そして恋人として。俺たちの物語は、まだ始まったばかりなのだ。

俺は、背後から回された京平の手に、自分の手をそっと重ねた。その温もりが、俺の未来を明るく照らしてくれているようだった。
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