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猫たちの楽園で
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「おはよう、みんな」
朝の光が差し込む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」で、悠月は小さく声をかけた。
「悠月、おはよう」
「今日もよろしく」
「昨日の夢、面白かった」
猫たちの声が、悠月の耳に聞こえてくる。普通の人間には聞こえない猫たちの声……幼い頃から持っていた不思議な能力。最初は怖かったけど、今では当たり前に人と話すようになっていた。
三毛猫のミケが悠月の足元にすり寄ってきた。
「悠月、今日も元気ないね。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
悠月は膝を曲げてミケを抱き上げた。本当は大丈夫じゃなかった。
ふと、店内を見回した。古い木のテーブルと椅子、手作りの猫タワー、壁に貼られた里親募集のポスター。そして反対側には、普通の喫茶店のカウンターとテーブル席。
ここは「ニャンコの隠れ家」――叔父の健太郎が営む喫茶店の一角を改装して十年前に作られた保護猫カフェだ。
***
十年前のあの日のことを悠月は今でも鮮明に覚えている。
両親を交通事故で失い、心を閉ざしてしまった十二歳の悠月。親戚の間をたらい回しにされ、最後に引き取ってくれたのが健太郎だった。
「悠月は昔から猫に好かれるからな」
健太郎はそう言って、喫茶店の一角に猫スペースを作ってくれた。保護猫たちが新しい家族を見つけるまでの間、お客さんに愛されながら過ごせる場所。
悠月にとって、ここは唯一心から安らげる居場所になった。
人見知りで、学校でも上手く人と関われなかった悠月。でも猫たちとなら、何の躊躇もなく心を開ける。猫たちの声が聞こえるなんて、誰にも言えない秘密だけれど。
「悠月、おはよう」
振り返ると、叔父の健太郎がカウンターから顔を出していた。いつものように人懐っこい笑顔だけれど、目の下にはうっすらとクマができている。
「おはようございます、叔父さん」
「おはよう。今日も頼むよ。俺は午後から銀行に行ってくる」
銀行……その言葉に、悠月の胸がきゅっと締め付けられた。
三年前、近くに大型ショッピングモールができてから、この商店街は急速に寂れていった。老舗の店が次々と閉店し人通りもめっきり減って、喫茶店の常連客も高齢化が進み、新しいお客さんはほとんど来ない。猫カフェ目当ての客も、アクセスの良い駅前の新しい店に流れてしまった。
「悠月、心配してるの?」
足元で、長老猫のコロがゆっくりと振り返った。グレーの毛に白い斑点がある、この店で一番の古株だ。
「コロさん……」
「大丈夫。きっと何とかなるよ」
コロの優しい声に、悠月は少しだけ救われた気がした。
でも現実は厳しい。客足は減る一方で、猫たちの医療費や餌代もかさむ。健太郎は必死に頑張っているけれど、もう限界が近いのかもしれない。昨夜も叔父が電話で誰かと話している声を聞いてしまったのだ。
『すみません。来月末には……』
その先は聞こえなかったけれど、叔父の沈んだ表情を見れば、店の経営が厳しいことは明らかだった。
悠月は猫たちの餌やりを始めた。一匹一匹の好みを覚えているから、みんな喜んで食べてくれる。
「悠月の作ったご飯、美味しいね」
「いつもありがとう」
猫たちの幸せそうな声を聞いていると、悠月の心も温かくなった。でも、その温かさの裏に、言い知れぬ不安が潜んでいた。
午後の静かな時間。喫茶店エリアには常連の老夫婦が一組だけだった。
夕方、疲れた顔で帰ってきた叔父さんに意を決して声をかけた。
悠月は意を決して声をかけた。
「何だい?」
「お店のこと……大丈夫ですか?」
健太郎の表情が一瞬曇った。でも、すぐにいつもの笑顔を作った。
「心配しなくていいよ。叔父さんが何とかするから」
でも、その笑顔が無理をしているのは明らかだった。
悠月は猫たちと一緒に店の掃除をしていた。
「悠月、心配?」
白猫のシロが心配そうに見上げてくる。
「みんなと離れ離れになったりしないよね?」
悠月の問いかけに、猫たちは一瞬静まり返った。
「大丈夫」
「みんなでずっと一緒」
「悠月も一緒」
でも、その声にも不安が混じっているのが分かった。猫たちも、店の危機を感じ取っているのだ。
「絶対に、みんなを守りたい」
悠月は心の中でそう誓った。でも自分に何ができるのか分からなかった。
その夜、悠月は布団の中で天井を見つめながら考えていた。もし、お店が閉店してしまったら、猫たちはどうなるのだろう。保護施設に引き取られるのか、それとも……
考えたくない未来が頭をよぎって、悠月は目を閉じた。
明日もまた、「ニャンコの隠れ家」で猫たちと過ごせますように。
悠月はそう願いながら、眠りについた。まだ知らない。運命を変える出会いが、すぐそこまで近づいていることを。
朝の光が差し込む保護猫カフェ「ニャンコの隠れ家」で、悠月は小さく声をかけた。
「悠月、おはよう」
「今日もよろしく」
「昨日の夢、面白かった」
猫たちの声が、悠月の耳に聞こえてくる。普通の人間には聞こえない猫たちの声……幼い頃から持っていた不思議な能力。最初は怖かったけど、今では当たり前に人と話すようになっていた。
三毛猫のミケが悠月の足元にすり寄ってきた。
「悠月、今日も元気ないね。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
悠月は膝を曲げてミケを抱き上げた。本当は大丈夫じゃなかった。
ふと、店内を見回した。古い木のテーブルと椅子、手作りの猫タワー、壁に貼られた里親募集のポスター。そして反対側には、普通の喫茶店のカウンターとテーブル席。
ここは「ニャンコの隠れ家」――叔父の健太郎が営む喫茶店の一角を改装して十年前に作られた保護猫カフェだ。
***
十年前のあの日のことを悠月は今でも鮮明に覚えている。
両親を交通事故で失い、心を閉ざしてしまった十二歳の悠月。親戚の間をたらい回しにされ、最後に引き取ってくれたのが健太郎だった。
「悠月は昔から猫に好かれるからな」
健太郎はそう言って、喫茶店の一角に猫スペースを作ってくれた。保護猫たちが新しい家族を見つけるまでの間、お客さんに愛されながら過ごせる場所。
悠月にとって、ここは唯一心から安らげる居場所になった。
人見知りで、学校でも上手く人と関われなかった悠月。でも猫たちとなら、何の躊躇もなく心を開ける。猫たちの声が聞こえるなんて、誰にも言えない秘密だけれど。
「悠月、おはよう」
振り返ると、叔父の健太郎がカウンターから顔を出していた。いつものように人懐っこい笑顔だけれど、目の下にはうっすらとクマができている。
「おはようございます、叔父さん」
「おはよう。今日も頼むよ。俺は午後から銀行に行ってくる」
銀行……その言葉に、悠月の胸がきゅっと締め付けられた。
三年前、近くに大型ショッピングモールができてから、この商店街は急速に寂れていった。老舗の店が次々と閉店し人通りもめっきり減って、喫茶店の常連客も高齢化が進み、新しいお客さんはほとんど来ない。猫カフェ目当ての客も、アクセスの良い駅前の新しい店に流れてしまった。
「悠月、心配してるの?」
足元で、長老猫のコロがゆっくりと振り返った。グレーの毛に白い斑点がある、この店で一番の古株だ。
「コロさん……」
「大丈夫。きっと何とかなるよ」
コロの優しい声に、悠月は少しだけ救われた気がした。
でも現実は厳しい。客足は減る一方で、猫たちの医療費や餌代もかさむ。健太郎は必死に頑張っているけれど、もう限界が近いのかもしれない。昨夜も叔父が電話で誰かと話している声を聞いてしまったのだ。
『すみません。来月末には……』
その先は聞こえなかったけれど、叔父の沈んだ表情を見れば、店の経営が厳しいことは明らかだった。
悠月は猫たちの餌やりを始めた。一匹一匹の好みを覚えているから、みんな喜んで食べてくれる。
「悠月の作ったご飯、美味しいね」
「いつもありがとう」
猫たちの幸せそうな声を聞いていると、悠月の心も温かくなった。でも、その温かさの裏に、言い知れぬ不安が潜んでいた。
午後の静かな時間。喫茶店エリアには常連の老夫婦が一組だけだった。
夕方、疲れた顔で帰ってきた叔父さんに意を決して声をかけた。
悠月は意を決して声をかけた。
「何だい?」
「お店のこと……大丈夫ですか?」
健太郎の表情が一瞬曇った。でも、すぐにいつもの笑顔を作った。
「心配しなくていいよ。叔父さんが何とかするから」
でも、その笑顔が無理をしているのは明らかだった。
悠月は猫たちと一緒に店の掃除をしていた。
「悠月、心配?」
白猫のシロが心配そうに見上げてくる。
「みんなと離れ離れになったりしないよね?」
悠月の問いかけに、猫たちは一瞬静まり返った。
「大丈夫」
「みんなでずっと一緒」
「悠月も一緒」
でも、その声にも不安が混じっているのが分かった。猫たちも、店の危機を感じ取っているのだ。
「絶対に、みんなを守りたい」
悠月は心の中でそう誓った。でも自分に何ができるのか分からなかった。
その夜、悠月は布団の中で天井を見つめながら考えていた。もし、お店が閉店してしまったら、猫たちはどうなるのだろう。保護施設に引き取られるのか、それとも……
考えたくない未来が頭をよぎって、悠月は目を閉じた。
明日もまた、「ニャンコの隠れ家」で猫たちと過ごせますように。
悠月はそう願いながら、眠りについた。まだ知らない。運命を変える出会いが、すぐそこまで近づいていることを。
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