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第十二章:過去との対峙
しおりを挟むエリアスとアレクシスの婚約が正式に発表されると、その報せは嵐のように隣国アルビオン王国を駆け巡り、王宮と貴族社会に激震を走らせた。
「氷血公爵」として他国にまでその名を轟かせるアレクシス・ヴァン・レイヴンが、素性も定かではない一人の青年を伴侶に迎えるというのだ。
その前代未聞のニュースは、瞬く間に貴族たちの間で憶測と噂の渦を巻き起こした。
しかし、その衝撃的な報せと共に広まったのは、もう一つの、さらに驚くべき情報だった。
新たな公爵の伴侶となる青年が、おとぎ話の中にしか存在しないと思われていた、伝説の「恵みの魔法」の使い手であるということ。
ルミナス王国では、エリアスの魔法による数々の奇跡が、既に人々の間で語り草となっていた。
彼が手をかけた荒れ地は例外なく豊かな農地に変わり、不治の病に苦しむ人々を癒し、枯れかけた森を蘇らせる。
その噂は国境を越え、商人や旅人を通じて各国に広まり、彼はいつしか「恵みの聖人」として民衆から深く敬愛されるようになっていた。
そして、その報せは、エリアスを絶望の淵に突き落とした故郷、ラティス公爵家にも届いていた。
「まさか……エリアスが、生きていたというのか……」
ラティス公爵は、青ざめた顔で震える手で報告書を握りしめていた。
ルミナスの諜報員から極秘裏にもたらされた手紙には、アレクシス公爵の婚約者が「恵みの魔法」の使い手であり、「エリア」という偽名を使っていること、そしてその容姿が、勘当した息子エリアスと完全に一致することが詳細に記されていた。
隣で報告を聞いていた、エリアスの兄であるベルトランもまた、信じられないといった様子で呟いた。
「そんな……あいつが、あの氷血公爵と番に?ありえない……」
彼らが家名を守るために切り捨て、偽りの罪を着せて追放した弟が、今や隣国で最も権力のあるαの番として迎え入れられようとしている。しかも、彼が持つ「恵みの魔法」は、今や大国でさえ喉から手が出るほど欲しがる計り知れない戦略的価値を持つ力となっていた。
「それだけではございません。ルミナス王国では『恵みの聖人』として民衆から絶大な支持を得ているとのこと。彼の一声で、民衆が動くほどの人気だとか……」
報告する家臣の声が、無情にも公爵の絶望を深めていく。
自分たちがゴミのように捨てた息子が、今や隣国で最も権力のあるαの寵愛を受け、民衆の心を掴んでいる。そして何より恐ろしいのは、エリアスがすべての真実を知っているということだった。
あの夜の裏切り、そして自分たちが彼を陥れたという事実を。
「父上、もし……もしあいつが、我々に復讐を考えているとしたら……」
ベルトランの震える声に、公爵は激昂した。
「黙れ!ありえないことだ!」
息子を怒鳴りつけながらも、公爵の内心では、ベルトランと同じ恐怖が黒い渦となって渦巻いていた。
氷血公爵アレクシスの権力と財力をもってすれば、傾きかけたラティス家など、赤子の手をひねるよりも容易く潰すことができるのだ。
一方、アルビオン王国の王宮では、第二王子ジークフリートが玉座の間で報告を受け、その血の気の引いた顔を隠せずにいた。
「エリアスが……生きている、だと……?」
彼の脳裏に、あの雨の夜の記憶が鮮明に蘇る。
番契約の破棄を告げた時の、エリアスの絶望に染まった美しい顔。無慈悲に踏みにじった勿忘草の刺繍。そして、愛人であるオリヴァーと共に、彼を嘲笑った自分の醜い姿。
しかし今、そのエリアスは自分よりも遥かに強大な力を持つαと結ばれようとしている。
しかも、彼が持つ「恵みの魔法」は、今や各国が国運を賭けてでも手に入れたいと願うほどの価値を持っていたのだ。
「殿下、こちらがルミナスからの詳細な報告書にございます」
侍従が差し出した書類には、エリアスの現在の状況が詳細に記されていた。
ルミナス王国での慈善活動、数々の治癒の奇跡、荒廃した農地の劇的な改良、そして何より、あの冷酷無比と噂される氷血公爵との、深く情熱的な愛情関係。
「『恵みの聖人』として、民からの支持は絶大。公爵からの寵愛も並々ならぬもので、彼のためなら国一つ動かすことも厭わないとまで噂されております」
ジークフリートの手が、屈辱と恐怖に震えた。
自分がその価値に気づかず、ただの道具として利用しようとして捨てたΩが、今や天上の星のように、手の届かない高みで輝いている。
その時、別の侍従が息を切らして駆け込んできた。
「殿下!レイヴン公爵からの親書が、たった今、届きました!」
恭しく差し出された手紙を開くと、そこには簡潔にして、冷徹な威圧感を放つ文面が記されていた。
『来月、執り行う我が伴侶との婚礼の儀に、アルビオン王国代表として貴殿が出席されることを切に望む。我が番は、貴国との末永い友好関係を重視している。なお、彼の『恵みの魔法』による貴国への農業支援について、具体的な協定を検討したく思う』
それは、表面上は極めて丁重な外交的招待状だった。しかし、その裏に隠された意図を読み取れないほど、ジークフリートは愚かではなかった。
――これは挑戦状だ。
エリアスが生きていること、そして今や自分の庇護下にあることを知らしめ、同時に彼の計り知れない価値を見せつけるための、周到に計算された一手だった。
「……どう、なされますか、殿下?」
侍従の問いに、ジークフリートは乾いた唇を舐めた。
「……出席する。アルビオン王国の、王太子代理としてな」
その声は、自分でも驚くほど掠れていた。
彼は、自分が犯した過ちの大きさと、これから支払うことになるであろう代償の重さを、ようやく理解し始めていた。
その頃、ラティス公爵家では、緊急の家族会議が開かれ、怒号と嘆きが飛び交っていた。
「今すぐエリアスに謝罪の手紙を送るべきです!許しを乞わねば、我々は破滅します!」
「馬鹿を申すな!我々がすべての非を認めることになるではないか!」
公爵は頑なに体面を保とうとしたが、その心の奥では、後悔と恐怖が嵐のように吹き荒れていた。
息子の持つ「恵みの魔法」の真の価値を、今更ながらに理解したのだ。
あの力さえあれば、ラティス家の財政難など一瞬で解決できたはずだった。何という愚かな判断を下してしまったのか。
そして、この混乱の中心にいるもう一人の男、オリヴァー・アシュフォード伯爵子息もまた、自室で震えていた。
親友を裏切り、その純粋な心を弄び、絶望の淵に突き落とした罪の重さ。その報いが、今まさに自分たちに牙を剥こうとしている。
「僕たち、一体どうなってしまうんだ……」
彼の整った顔は恐怖で青ざめ、美しかった指先は神経質に震えている。
エリアスが本気で復讐を望むなら、氷血公爵の力をもってすれば、アシュフォード家など一夜にして地図から消し去ることができるだろう。
各国に張り巡らされた情報網を通じて、エリアスの物語は、尾ひれがついて急速に広まり始めていた。
政略の道具として利用され、偽りの番に裏切られ、濡れ衣を着せられて追放された悲劇のΩが、運命のαと出会い、真実の愛を見つけて幸せを掴んだという、まるで吟遊詩人が歌うような美談として。
そして、その物語の卑劣な悪役として、ジークフリート王子、オリヴァー、そして非情なラティス公爵家の名前も、人々の間で囁かれ始めていた。
復讐の舞台は整った。
エリアスが望むと望まざるとにかかわらず、過去との対峙の時は、静かに、しかし確実に近づいていたのである。
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