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第21話:世界でいちばん幸せな産声
財津グループが誇る最新鋭のクリニック。その最上階にある、ホテルのスイートルームと見紛うほどの豪華な分娩室に、恵介の苦しげな呼吸音だけが響いていた。
「……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」
定期的に襲ってくる、身を裂くような痛み。恵介はベッドのシーツを固く握りしめ、必死にそれに耐えていた。
「恵介!しっかりしろ!俺がここにいる!」
隼人は、恵介の隣で、その汗で濡れた手を固く握りしめていた。
その顔は、普段の冷静沈着さが嘘のように、不安と心配で歪んでいる。完璧だったはずの「オペレーションXデー」も、愛する番の苦しむ姿を前に、彼の頭からは完全に抜け落ちていた。
「そうだ、呼吸をしろ!吸って、吐いて……!俺に合わせて!」
「む、りですっ、そんな、冷静に……っ!」
「そうか!なら俺が代わりに産む!どうすればいい!?」
「できるわけないでしょう!」
痛みの中、思わずツッコミを入れてしまう。あまりにもトンチンカンな狼狽ぶりに、一瞬だけ痛みが和らいだ気がした。
そんな二人の横で、陽は与えられた「最も重要な任務」を、忠実に、そして健気に果たしていた。
「ママ、がんばって……!がんばって!」
陽は恵介のもう片方の手を小さな両手で包み込み、涙をいっぱいに溜めた瞳で必死に母を励まし続けている。その姿は、どんな特撮ヒーローよりも、頼もしく輝いて見えた。
数時間に及ぶ死闘の末、ついにその瞬間が訪れた。
医師の力強い声が、部屋に響く。
「財津さん、もうすぐですよ!次が最後です、いきんで!」
「―――っ!!!!」
恵介はありったけの力を振り絞った。隼人と陽の手を、今にも握り潰さんばかりに強く握りしめる。
そして―――
「オギャー!オギャー!オギャー!」
力強く、生命力に満ち溢れた産声が、部屋中に響き渡った。
その瞬間、あれほど恵介を苛んでいた痛みが、嘘のようにすうっと引いていく。
「おめでとうございます!元気な、元気な男の子ですよ!」
助産師が、綺麗に体を拭かれた小さな赤ちゃんを、恵介の胸元へそっと運んでくる。
「……あ」
初めて見る我が子の顔。
ふにゃふにゃで、しわくちゃで、まだ目も開いていない。けれど紛れもなく、自分と、愛する隼人との子。
恵介は震える手で、その柔らかな頬にそっと触れた。
温かい、生きている。
その事実が、どうしようもないほどの感動となって胸いっぱいに広がった。
涙が後から後から、止めどなく溢れてくる。
ふと隣を見ると、隼人がその大きな体で声を殺して泣いていた。
α界の頂点に君臨する男が、まるで子どものようにしゃくりあげて。
「……恵介……ありがとうっ!よく、頑張った……!ありがとう!」
隼人は恵介の髪を、その額を何度も何度も優しく撫で、感謝の言葉を繰り返す。
そして、小さなヒーローもまた、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。
「ママ……っ、あかちゃん……!」
「陽。ありがとうね。ずっと手を握っててくれて、心強かったよ」
恵介がそう言うと、陽はしゃくりあげながらも誇らしげに胸を張った。
「……弟、だぞ。お前の」
隼人が涙で濡れた声で陽に言う。
陽はおそるおそる、ベッドに横たわる小さな弟の顔を覗き込み、そして小さな指でそっとその手に触れる。
すると赤ちゃんが、きゅっ、と陽の指を握り返した。
「わっ……!」
陽の顔が驚きと喜びでぱあっと輝いた。
世界でいちばん、幸せな産声。
世界でいちばん、美しい涙。
かつて、孤独の淵でたった一人で陽を産んだ日。あの日の絶望が、今、この輝くような幸福で、完全に上書きされていく。
隼人は泣き濡れた顔のまま恵介に深いキスを落とした。
「愛してる、恵介」
「俺も……愛してます、隼人さん」
新しい家族の誕生。
腕の中にある、二つの、かけがえのない宝物。
神崎恵介改め、財津恵介の、世界でいちばん甘くて温かい物語は、これからも、ずっと続いていくだろう。
【完】
お読みいただきありがとうございました。
「……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」
定期的に襲ってくる、身を裂くような痛み。恵介はベッドのシーツを固く握りしめ、必死にそれに耐えていた。
「恵介!しっかりしろ!俺がここにいる!」
隼人は、恵介の隣で、その汗で濡れた手を固く握りしめていた。
その顔は、普段の冷静沈着さが嘘のように、不安と心配で歪んでいる。完璧だったはずの「オペレーションXデー」も、愛する番の苦しむ姿を前に、彼の頭からは完全に抜け落ちていた。
「そうだ、呼吸をしろ!吸って、吐いて……!俺に合わせて!」
「む、りですっ、そんな、冷静に……っ!」
「そうか!なら俺が代わりに産む!どうすればいい!?」
「できるわけないでしょう!」
痛みの中、思わずツッコミを入れてしまう。あまりにもトンチンカンな狼狽ぶりに、一瞬だけ痛みが和らいだ気がした。
そんな二人の横で、陽は与えられた「最も重要な任務」を、忠実に、そして健気に果たしていた。
「ママ、がんばって……!がんばって!」
陽は恵介のもう片方の手を小さな両手で包み込み、涙をいっぱいに溜めた瞳で必死に母を励まし続けている。その姿は、どんな特撮ヒーローよりも、頼もしく輝いて見えた。
数時間に及ぶ死闘の末、ついにその瞬間が訪れた。
医師の力強い声が、部屋に響く。
「財津さん、もうすぐですよ!次が最後です、いきんで!」
「―――っ!!!!」
恵介はありったけの力を振り絞った。隼人と陽の手を、今にも握り潰さんばかりに強く握りしめる。
そして―――
「オギャー!オギャー!オギャー!」
力強く、生命力に満ち溢れた産声が、部屋中に響き渡った。
その瞬間、あれほど恵介を苛んでいた痛みが、嘘のようにすうっと引いていく。
「おめでとうございます!元気な、元気な男の子ですよ!」
助産師が、綺麗に体を拭かれた小さな赤ちゃんを、恵介の胸元へそっと運んでくる。
「……あ」
初めて見る我が子の顔。
ふにゃふにゃで、しわくちゃで、まだ目も開いていない。けれど紛れもなく、自分と、愛する隼人との子。
恵介は震える手で、その柔らかな頬にそっと触れた。
温かい、生きている。
その事実が、どうしようもないほどの感動となって胸いっぱいに広がった。
涙が後から後から、止めどなく溢れてくる。
ふと隣を見ると、隼人がその大きな体で声を殺して泣いていた。
α界の頂点に君臨する男が、まるで子どものようにしゃくりあげて。
「……恵介……ありがとうっ!よく、頑張った……!ありがとう!」
隼人は恵介の髪を、その額を何度も何度も優しく撫で、感謝の言葉を繰り返す。
そして、小さなヒーローもまた、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。
「ママ……っ、あかちゃん……!」
「陽。ありがとうね。ずっと手を握っててくれて、心強かったよ」
恵介がそう言うと、陽はしゃくりあげながらも誇らしげに胸を張った。
「……弟、だぞ。お前の」
隼人が涙で濡れた声で陽に言う。
陽はおそるおそる、ベッドに横たわる小さな弟の顔を覗き込み、そして小さな指でそっとその手に触れる。
すると赤ちゃんが、きゅっ、と陽の指を握り返した。
「わっ……!」
陽の顔が驚きと喜びでぱあっと輝いた。
世界でいちばん、幸せな産声。
世界でいちばん、美しい涙。
かつて、孤独の淵でたった一人で陽を産んだ日。あの日の絶望が、今、この輝くような幸福で、完全に上書きされていく。
隼人は泣き濡れた顔のまま恵介に深いキスを落とした。
「愛してる、恵介」
「俺も……愛してます、隼人さん」
新しい家族の誕生。
腕の中にある、二つの、かけがえのない宝物。
神崎恵介改め、財津恵介の、世界でいちばん甘くて温かい物語は、これからも、ずっと続いていくだろう。
【完】
お読みいただきありがとうございました。
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