追放された料理人。〜元婚約者を見返してやる~

なの

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第17話 決勝前夜

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第二回戦から一日が過ぎた夜、リオンは宿の部屋で明後日の決勝戦に向けて準備を進めていた。

残ったのは五人。ガストン、アントワーヌ、ルシアン、そして謎めいた料理人エミール──いずれも王国を代表する実力者たちだった。

技術も、経験も、名声も、自分が最も劣っているかもしれない。

それでも、リオンの心は静かに燃えていた。

「僕には……僕だけの武器がある」

料理道具を丁寧に手入れしながら、リオンは母の言葉を思い出す。

技術は確かに大切。でも、本当に大事なのは心。

食べる人を思う気持ちこそが、料理の魂になる。その教えが、今の自分を支えていた。

机に向かい、リオンはフィルタス町のマリア宛に手紙をしたためた。

――

『マリアさんへ

お元気でいらっしゃいますか。
おかげさまで、なんと決勝戦まで進むことができました。正直、まだ夢のようです。

この大会を通じて、改めて料理の素晴らしさに気づきました。
技術以上に、心を込めることの大切さを。

マリアさんが教えてくれたことが、今も僕の背中を押してくれています。

明後日の決勝、全力で挑んできます。
きっと良い報告ができるように──。』



ペンを置き、リオンは窓の外に視線を向けた。

王都の夜景は華やかに光を放っているが、心は遠く離れたフィルタス町へと向かっていた。

あの温かい食堂、優しいマリアの笑顔、そして声援を送ってくれた町の人々──。

皆の期待を胸に、最後まで戦い抜こう。自分らしく、まっすぐに。

その頃──。

エドワードは自邸の書斎で、窓辺に立っていた。

リオンの料理を味わうたび、封印していた記憶が疼く。

母の優しさ、幼い自分、そして──かつて愛した人の笑顔。

『君の料理は魔法のようだ』

あのとき口にした言葉は、決して嘘ではなかった。

本当に、リオンの料理には魔法のような力がある。

人の心を癒やし、記憶を呼び覚ます不思議な力が──。

なのに、なぜ自分はそれを手放してしまったのか。

「エドワード様、まだお仕事中ですか?」

ふと、セラフィーナ王女が入室する。

「いえ……決勝戦のことを考えていたのです」

「まあ、あの料理大会の。審査に随分と真剣なのですね」

セラフィーナの微笑には、どこか含みがあった。

「もしかして……特別な思い入れのある参加者が?」

エドワードの表情が強張る。

「……そのようなことはありません」

「ふふ、そうでしょうか?」

問いはそれ以上深まらなかった。けれど、彼女の目にはすべてが映っているようだった。

一方、アレクサンドルは一人静かに息を吐いた。

「料理大会が終了したら、王都滞在は終わりだ。その後はエリザベス令嬢との結婚準備に入る」

出発前の父の言葉が、重く胸に残る。時間がない。

決勝戦が終われば、リオンとの距離はさらに広がってしまう。

自分は政略結婚を進め、リオンは料理人としての未来を歩む。

交わることのない道。けれど──。

「せめて、最後に……」

アレクサンドルは拳を握りしめた。

決勝が終わったら、必ず会おう。ほんの一言でも、本当の気持ちを伝えたい。

偽りの結婚をする前に、この胸にある真実だけは……届けておきたい。

翌朝、リオンは会場の下見に訪れた。

決勝戦にふさわしい大規模な設備、拡張された観客席──明日は、王国中の注目が集まる。

その空気に少し緊張しながら、会場を歩いていると声をかけられる。

「リオンさん!」

振り返ると、第二回戦で共に戦ったマックスがいた。

「明日、頑張ってください」

「ありがとう。マックスも、素晴らしい料理を作っていたよ」

「いや……僕はまだまだ。でも、リオンさんの料理を見て、学べたことがありました」

マックスの瞳は真剣だった。

「技術だけじゃなくて、心で作ることの大切さです」

その言葉に、リオンの胸が温かくなる。

自分の料理が、誰かの心に届いた──それだけで報われる思いだった。

夜、宿に戻ったリオンは最後の確認をした。

新たな技術を練習するのではない。

心を整え、これまで歩んできた自分を振り返る時間。

母から教わった技術。

マリアから学んだ、誰かのために料理することの意味。フィルタス町で得た、人を喜ばせる喜び。

そして、アレクサンドルへの、深く静かな想い──。

すべてが、今の自分を形作っている。それを明日の一皿に込めよう。

深夜──。

リオンは目を閉じても眠れず、静かに窓辺に立った。

胸に渦巻くのは、緊張だけではなかった。

エドワード様への想い。
かつての恋人として、自分の料理をどう受け止めているのだろう。

そしてアレクサンドル様。
観客席から見守ってくれているあの瞳に、何を届けられるのか。彼には、婚約者がいる。想いがあっても、それは決して叶うことのない恋。

それでも──。

「それでも、僕は料理を作り続けよう」

リオンは深く息を吐く。

愛する人のために。応援してくれる人たちのために。

そして、料理という芸術への愛のために。

明日は、自分のすべてを懸けた戦い。

誰よりも強く、まっすぐに──自分の料理を届けよう。

同じ夜空の下で、エドワードもまた眠れずにいた。

リオンの料理を、明日もまた味わう。

そのとき、自分はどうなってしまうのだろう。

なぜ、あの男の料理は自分をこんなにも乱すのか。

そしてアレクサンドルも、静かに夜空を仰いでいた。

明日が終われば、すべてが決まる。

リオンの未来も、自分の運命も。

それでも──。

せめて最後に、心からの想いを伝えたい。

それができれば、どんな結末を迎えても悔いはない。

そして夜明け。

リオンは自然と目を覚ました。

「お母さん、見守っていてください」

母の形見のスプーンに口づけし、胸ポケットにそっとしまう。

今日という日は、これまでの人生すべてを注ぎ込む一日。

技術も、想いも、愛も。全てを一皿に込めて──。

料理という力で、世界に問いかける。

愛とは何かを。料理とは、誰のためにあるのかを。

運命の幕が、今、静かに上がろうとしていた。


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