発情期のタイムリミット

なの

文字の大きさ
4 / 14

強がりと本音

しおりを挟む
翌朝、陸は鏡の前で自分の顔を見つめていた。頬がほんのり赤く、瞳も潤んで見える。

「やば……これじゃバレバレじゃん」

慌てて冷たい水で顔を洗うが、火照りは引かない。むしろ、昨日より症状が進んでいるようだった。

「抑制剤……」

薬箱を開けて錠剤を取り出す。昨日大輝に怒られたので、今日は規定通り一錠だけ。

「これで持ってくれ……」

祈るような気持ちで薬を飲み込んだ。

学校に着くと、陸はいつものように早めに教室に入った。まだ生徒はまばらで、静かな環境で勉強に集中できる。

「おはよう、陸」

しかし、陸が参考書を開いて五分もしないうちに、大輝がやってきた。

「おはよう……」

陸は小さく挨拶を返すが、顔を上げない。大輝に顔を見られたら、きっと心配されてしまう。

「調子どうだ?」

案の定、大輝は陸の様子を伺ってくる。

「普通だよ。もう大丈夫」

「そうか?」

大輝は隣に座り、じっと陸の横顔を見つめる。

「ちょっと、見すぎ……」

「やっぱり赤いな」

「赤くない!」

陸は慌てて反論するが、その拍子に大輝と目が合ってしまった。

「あー、やっぱり」

大輝は小さくため息をつく。

「瞳も潤んでるし、完全に発情期の前兆だ」

「しー!」

陸は慌てて大輝の口を手で塞いだ。しかし、その瞬間、甘い香りがふわっと漂う。

大輝の目が少し見開かれた。

「……匂いも、昨日より濃くなってる」

陸は真っ赤になって手を引っ込めた。

「ごめん……」

「謝ることじゃない」

大輝の声は優しかったが、どこか苦しそうだった。

「でも、俺……」

「今日は保健室に行け」

「嫌だ」

「陸」

「絶対嫌!試験まであと五日しかないのに、勉強できないじゃん!」

陸の声が少し大きくなり、数人の生徒が振り返る。陸は慌てて声を潜めた。

「とにかく、俺は大丈夫だから」

「大丈夫じゃないだろ。昨日も倒れたし」

「今日は倒れない」

「根拠は?」

「……気合」

「またか」

大輝は陸の頭をぽんと叩いた。

「お前の気合、最近全然効いてないぞ」

「うるさい」

陸は頬を膨らませて大輝を睨む。しかし、その表情があまりにも可愛らしくて、大輝はドキッとした。

――ダメだ。こんなに可愛い顔されたら、俺まで集中できなくなる。

チャイムが鳴り、一時間目の授業が始まった。

数学の時間、陸は必死に先生の説明を聞こうとしていた。しかし、体温が上がってきて、頭がぼんやりする。

「白石君、この問題分かりますか?」

不意に当てられ、陸は慌てて立ち上がった。しかし、その瞬間、めまいが襲ってくる。

「あ……」

陸の体がふらつく。隣の大輝が咄嗟に陸の腕を掴んで支えた。

「大丈夫ですか?」

先生が心配そうに近づいてくる。

「はい、ちょっと立ちくらみで……」

「保健室に行きますか?」

「いえ、大丈夫です」

陸は無理に笑顔を作って答えた。

授業が終わると、大輝が廊下に連れ出す。

「もう限界だろ」

「限界じゃない」

「さっき俺が支えなかったら倒れてただろ」

「たまたま」

「たまたまじゃない」

大輝は陸の肩を掴んで向かい合わせになった。

「なあ、陸。どうしてそんなに意地張るんだ?」

「意地じゃない……」

陸の声が小さくなる。

「じゃあ何だよ」

「……怖いんだ」

陸がぽつりと呟いた。

「何が怖い?」

「発情期になったら、きっと大輝に迷惑かける。甘えちゃうかもしれないし、わがまま言っちゃうかもしれない。そしたら……」

陸の声が震える。

「そしたら?」

「そしたら、大輝が俺を嫌いになっちゃうかもしれない」

その言葉に、大輝の胸が締め付けられた。

「バカ」

大輝は陸の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「俺がお前を嫌いになるわけないだろ」

「でも……」

「でもじゃない。お前がどんなにわがまま言っても、どんなに甘えても、俺は絶対にお前を嫌いにならない」

「本当?」

陸が上目遣いで大輝を見る。その表情があまりにも愛らしくて、大輝は思わず頬に手を当てた。

「本当だ。というか……」

大輝の声が小さくなる。

「というか?」

「俺はお前に甘えて欲しいんだ」

「え?」

陸の頬がさらに赤くなる。

「お前がいつも一人で頑張ってるの見てると、もっと俺に頼って欲しいって思う。俺はお前の幼なじみなんだから、甘えて欲しい」

大輝の真剣な表情に、陸の心臓がバクバク鳴る。

「でも……甘えたら」

「甘えたら?」

「勉強どころじゃなくなる……」

陸の小さな呟きに、大輝は少し困った表情を見せた。

「俺といると集中できなくなるってこと?」

「……うん」

陸は正直に答えた。

「大輝といると、ドキドキして、頭が真っ白になって、勉強のことなんて忘れちゃう」

その告白に、大輝の胸が熱くなった。

「俺も同じだよ」

「え?」

「俺もお前といると、ドキドキして、バスケのことも忘れちゃう。特に最近は……」

大輝は陸に一歩近づく。

「特に最近は?」

「特に最近は、お前のことばっかり考えてる」

二人の距離がどんどん縮まっていく。陸の甘い香りが、大輝の鼻をくすぐる。

「大輝……」

「陸……」

しかし、その時。

「おーい、桐谷ー!」

バスケ部の仲間の声が響き、二人は慌てて離れた。

「あ、ああ。何だよ」

「練習の件で相談があるんだけど」

「わかった。すぐ行く」

大輝は振り返って陸を見た。

「陸、今度こそ無理すんなよ」

「……うん」

陸は小さく頷いた。

大輝が去った後、陸は一人廊下に残された。胸がまだドキドキしている。

――特に最近は、お前のことばっかり考えてる。

大輝の言葉が頭の中でリピートされる。

「私も……大輝のことばっかり考えてる」

小さく呟いて、陸は頬を両手で覆った。

午後の授業中、陸の体調はさらに悪化していた。微熱が続き、時々息苦しくなる。

三時間目の国語では、教科書の文字がぼやけて見えなくなった。

「白石君、大丈夫?」

先生が心配そうに声をかける。

「はい、大丈夫です……」

しかし、陸の声は弱々しかった。

隣の大輝が、陸のノートの端に小さくメモを書いて渡す。

『無理すんな』

陸は苦笑いを浮かべ、返事を書いた。

『大丈夫』

しかし、その「大丈夫」は、もう誰も信じられないほど儚いものだった。

四時間目の理科の時間、とうとう陸は限界を迎えた。

「えーと、次の実験は……」

先生の説明を聞いていた陸の意識が、ふっと途切れる。

「陸!」

大輝の声が聞こえたが、陸の身体は机の上に崩れ落ちていた。

「先生、白石が!」

教室が騒然となる。

「早く、保健室に……」

「はい」

大輝は陸を抱きかかえ、急いで保健室へ向かった。

保健室で目を覚ました陸は、またも大輝の心配そうな顔に迎えられた。

「またやっちゃった……」

「当然だ。あんな状態で授業受けてたら倒れるに決まってる」

大輝の声には心配と少しの怒りが混じっていた。

「ごめん……」

「謝るな」

大輝は陸の手を握った。

「謝るくらいなら、もっと俺に頼れよ」

「でも……」

「でもじゃない。お前が倒れるのを見る方が、よっぽど辛いんだ」

大輝の真剣な表情に、陸は何も言えなくなった。

「今日はもう帰ろう。俺も一緒に帰る」

「でも、バスケの練習……」

「お前の方が大事だ」

その言葉に、陸の胸が温かくなった。

帰り道、二人は並んで歩く。夕日が二人の影を長く伸ばしている。

「大輝……」

「何?」

「ありがとう」

「どういたしまして」

大輝は陸の頭を優しく撫でる。

「でも、明日からはちゃんと俺に頼れよ」

「……考えてみる」

「考えるじゃなくて、頼れ」

「……わかった」

陸は小さく頷いた。

しかし、心の中では不安が渦巻いている。試験まであと四日。発情期まで、おそらくあと二日。

陸はまだ、大輝に頼ることがどういう意味を持つのか、その答えを見つけられずにいた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

魔法学校の城に囚われている想い人♡を救い出して結婚したい天才有能美形魔術師(強火執着)の話

ぱふぇ
BL
名門魔法学校を首席で卒業し、若くして国家機関のエースに上り詰めた天才魔術師パドリグ・ウインズロー(26歳)。顔よし、頭脳よし、キャリアよし! さぞかしおモテになるんでしょう? ええ、モテますとも。でも問題がある。十年越しの想い人に、いまだに振り向いてもらえないのだ。そんな片思い相手は学生時代の恩師・ハウベオル先生(48歳屈強男性)。無愛想で不器用、そしてある事情から、魔法学校の城から一歩も出られない身の上。先生を外の世界に連れ出すまで、全力求婚は止まらない! 26歳魔術師(元生徒)×48歳魔術師(元教師)

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~

マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。 王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。 というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。 この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。

処理中です...