待合室

おりん

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月に一度の通院

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 心療内科の待合室は安心して身を隠すのに丁度良い。会社を休職してからは特にそう思う。
 オフィス街の喧騒の中、立ち並ぶビルのひとつ。その一階に隠れるようにある心療内科。扉を開けると、そこには狭いけれどいだ空間がある。

 待合室の椅子は、診察を待つ人、会計を待つ人、傷病手当金の証明欄を待つ人達で埋まっていて、お互いの顔を見ることはあるけれど、誰もが他の誰かの存在を知ろうとはしない。

 皆が自分と似たような辛さ、不安や寂しさを抱えているだろうということを想像し、お互いが今ここに居ることを、必要以上に認識しないように気を遣っている。
 自宅の部屋も安心だけれども、孤独感は否めない。けれど、ここには自分と同じような人達が適当な距離感でいてくれて、目の前の診察室の中には先生がいる。それだけで平穏な気持ちになれる。

 だから何年か前に、心療内科の待合室が炎に包まれた事件のニュースを見た時、怒りと恐怖と悲しみで震えが止まらなかった。なんてことをするんだ。こんなにいだ空間を侵すなんて。今でも時々思い出し、心が痛くなる。

「田宮優花さん、お入りください」

 診察室のドアが開いて、先生が私の名前を呼んでくれる。はい、と静かに答えて、小走りの私は診察室に招き入れられる。

「どうぞ、お掛けください」

 先生が丸い眼鏡の中にある小さな瞳を更に細めて、私の顔を覗き込みながら、丸椅子に座らせてくれる。

 これまで幾つかのクリニックに通っているけど、心療内科の先生は、大きく分けて二パターンいる。絶対にメンタルダウンしないような先生。メンタルダウンしやすくて自分自身で薬を処方して飲んでいそうな先生。

 私は後者の先生が好きだ。今の先生は後者の先生。いつもデスクの上にはカテキンいっぱいの緑茶のペットボトル五〇〇ミリリットルが置いてあって、喉の殺菌もバッチリしてそう。

「調子はどうですか」

「あ、はい。悪くは……ないです」

 先生がホッとしたように、ニッコリ笑ってくれる。比較的調子が良い時は、この笑顔だけで、医療の効能が実感できる。だから先生の前では、少しでも調子が良いように振る舞おうとしてしまう。

 でも、私の最悪だった時の状態を知っている先生は、全てお見通しだ。
「焦燥感とかはどうですか。夜は眠れていますか」

 先生が聞いてくるように、日中は焦燥感で落ち着かず、夜は薬で眠りについても、夜明け前には目が覚めて眠れない。だから、昼間はまた眠くなって、そして襲ってくる焦燥感。何かをしようとしても身体が上手く動かない。最悪の状態の時にあった希死念慮が無くなり、生きていたいと思う分、調子が悪くないだけだ。

 私は体調について話せるだけ話す。しかし、先生には分かりきっている事のようだ。
「いつも通りのお薬をだしておきますね。朝晩寒くなってきたので、身体は冷やさずに。暖かいものを食べて。出来る限り規則正しい生活を送ってくださいね」

 診察が終わり、先生は小さな瞳をいっぱいに開けて「お大事に」と言いながら、また私を待合室に戻してくれる。あ、少し疲れた。先生は好きだけれど、診察室の中では、心の中を丸裸にされているみたいになる。

 会計に呼ばれるまで、待合室の平穏に戻る。私が診察室へ入る前に座っていた椅子には他の人が座っていて、その隣の席が空いている。木目調の壁に貼られている子犬の写真が可愛いな、と思いながら、その椅子に座る。

「田宮さん。お待たせしました」
 暫くボンヤリしていると、受付の職員さんに呼ばれて会計を済まし、傷病手当金の証明欄をもらって、次の予約をとる。

「では、来月の同じ日の同じ時間で、予約をお取りしておきますね」
 お大事に。という声を背に待合室を出ると、そこは急ぎ足の人達が行き通う道路。一気に波打つ日常に戻ってしまい、あとは、その向かい側にある院外薬局で薬を受け取るだけ。これで月に一度の私のなぎのイベントは完了する。
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