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休職を始めたときの話
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「一度、じっくり休んで療養したらどうだろう?」
半年前、私に休職を勧めてくれたのは、人事部の谷口さんだった。それより前から心療内科には通っていて、先生にも休職を提案されていた。
けれど、休職したらそのまま会社を辞める事になるんじゃないかと心配で、なんとか自分を誤魔化しながら勤務を続けていた。
でも、どうしても欠勤する日がでたり、半日休ませてもらったり。私が所属する経理部は月末月初が特に忙しいから、そんなタイミングで急に休んだりするのは、周りにとても迷惑をかけてしまう。
申し訳ないです。上司に相談したら、谷口さんと面談する機会を設けてくれた。それから度々できた谷口さんとの二人の時間。谷口さんは、真剣に私と向き合ってくれる。
私の病名は、躁うつ病。数年前から、心療内科に通ったり、やめたりを繰り返している。
特に何かきっかけがあった訳ではない。子供の頃から何となく集団に馴染めない感覚はあった。
かといって友達がいないわけでもない。ただ、周りと波長が合わないような。同じ空間にいても、周りの皆が随分と先に行っているような、全然別の方向に向かっているような、そんな感覚があって、私は自分を隠して皆に合わせる習慣が身についていた。
大学を出て今の会社に就職してからも同じ。沢山の人と出会う営業職なんて、私にはオリンピックに出る事のように凄いことのように感じられて、経理部に配属される会社に何とか入った。経理部ならば、自分の仕事をキッチリやって、それに必要な範囲で決まった人とだけ付き合えば、私でもやれそうな気がしたから。
それから五年。殆どの日を会社と家を往復するだけの日々。毎日、同じルーティン。毎月、毎年、同じ繁忙期があって、それを繰り返す。
もちろん、大学時代の友達や経理部の人達とご飯に行ったり遊びに行ったりもする。でも皆が笑うタイミングで同じように笑顔を作って、それが本当に楽しいこともあるけれど、ただ自分がそうしていれば場の雰囲気を壊さなくて良いから、そうする事も多い。だから本当の自分を曝け出す相手なんて私にはいない。家族にでさえ、そんな事は出来ない。
それなのに、谷口さんには、不思議と何でも話すことができる。辛いね。しんどいね。いつも私の言葉に相槌しながら、表現する事を臆する気持ちを、そのまま優しく受け入れてくれる。心療内科の先生が頼りになる壁であるとすれば、谷口さんは全てを柔らかく受け止めてくれるクッションみたいだ。
谷口さんは私よりニ年だけ歳上で先輩だけど、もっと大人だからだろうか。よく見るとお寺で見る仏像みたいに凜々しくも繊細そうな表情が、私を正直にしてくれるのだろうか。
「田宮さんは勤続五年だから、うちの就業規則では、一年間の休職をすることが出来るよ。その間、健康保険から傷病手当金という休職補償のようなものも貰えるし。金銭面でも安心できる」
前に営業部で私と同期の本郷さんが休職した話を聞いていたから、それは知っていた。
「でも本郷さんは、そのまま退職してしまったから」
そう言うと、谷口さんは本当に悲しそうな顔をして、人事部として何も出来なくて僕も辛かった、と言う。営業部にいた本郷さんは、休職期間が満了しても復職できずに、退職してしまった。営業部の勢いのあるノリについていけなかったらしい、という話は聞いていた。
「私、不安で」
そう言葉を捻り出した。するとどんどんと言葉が紡ぎ出し始める。
私、皆と同じように頑張りたくて頑張ってきたんですけど、何故か一人だけ何処か違う場所にいるみたいで、いつも息苦しくて。こんな自分が嫌で、そう考えるともっともっと嫌になって。
そしたら気がおかしくなりそうになって、寝ていても突然に不安で押し潰されそうになって、だから急に起き上がって、更に立ち上がって、でも辛くて。
それで、また寝転がって布団にくるまるのだけれども、また朝まで眠れなくて。
そして会社に行ったら、迷惑をかけているような自分が嫌で、また苦しくなって。私なんて居なくなっても良いんじゃかいか、とか思って。
私の眼には涙が染み込んできていた。こんなに自分の正直な気持ちを吐き出したのは、産まれて初めてかもしれない。恥ずかしい。でも、谷口さんは、じっと聞いていてくれて、少し楽になった私を真っ直ぐに見つめてくれていた。
「田宮さん。大丈夫。せっかくの休職制度、僕は人事部として社員が安心して療養して元気になって欲しいんです。それで復職できる会社にしたいんです」
ごめんなさい。私、喋りすぎた。すみません。染み込んだ涙を堪えながら、私は谷口さんの真っ直ぐで優しい視線に縋りついた。
「だって、誰だって病気になるかもしれないし、怪我するかもしれない。安心して働けないと、良い会社にならないと思うんです。だから、田宮さんも安心して療養して欲しい」
とても嬉しかった。私、療養して良いのかもしれない。しっかり治して、またこの会社で頑張りたい。そう思った。
「経理部長も、田宮さんはキッチリと仕事ができる社員なので、ちゃんと戻って来られるように頼むよ、て言われてるんですよ」
だから、ちゃんと療養してほしい。改めて谷口さんが言ってくれた。
半年前、私に休職を勧めてくれたのは、人事部の谷口さんだった。それより前から心療内科には通っていて、先生にも休職を提案されていた。
けれど、休職したらそのまま会社を辞める事になるんじゃないかと心配で、なんとか自分を誤魔化しながら勤務を続けていた。
でも、どうしても欠勤する日がでたり、半日休ませてもらったり。私が所属する経理部は月末月初が特に忙しいから、そんなタイミングで急に休んだりするのは、周りにとても迷惑をかけてしまう。
申し訳ないです。上司に相談したら、谷口さんと面談する機会を設けてくれた。それから度々できた谷口さんとの二人の時間。谷口さんは、真剣に私と向き合ってくれる。
私の病名は、躁うつ病。数年前から、心療内科に通ったり、やめたりを繰り返している。
特に何かきっかけがあった訳ではない。子供の頃から何となく集団に馴染めない感覚はあった。
かといって友達がいないわけでもない。ただ、周りと波長が合わないような。同じ空間にいても、周りの皆が随分と先に行っているような、全然別の方向に向かっているような、そんな感覚があって、私は自分を隠して皆に合わせる習慣が身についていた。
大学を出て今の会社に就職してからも同じ。沢山の人と出会う営業職なんて、私にはオリンピックに出る事のように凄いことのように感じられて、経理部に配属される会社に何とか入った。経理部ならば、自分の仕事をキッチリやって、それに必要な範囲で決まった人とだけ付き合えば、私でもやれそうな気がしたから。
それから五年。殆どの日を会社と家を往復するだけの日々。毎日、同じルーティン。毎月、毎年、同じ繁忙期があって、それを繰り返す。
もちろん、大学時代の友達や経理部の人達とご飯に行ったり遊びに行ったりもする。でも皆が笑うタイミングで同じように笑顔を作って、それが本当に楽しいこともあるけれど、ただ自分がそうしていれば場の雰囲気を壊さなくて良いから、そうする事も多い。だから本当の自分を曝け出す相手なんて私にはいない。家族にでさえ、そんな事は出来ない。
それなのに、谷口さんには、不思議と何でも話すことができる。辛いね。しんどいね。いつも私の言葉に相槌しながら、表現する事を臆する気持ちを、そのまま優しく受け入れてくれる。心療内科の先生が頼りになる壁であるとすれば、谷口さんは全てを柔らかく受け止めてくれるクッションみたいだ。
谷口さんは私よりニ年だけ歳上で先輩だけど、もっと大人だからだろうか。よく見るとお寺で見る仏像みたいに凜々しくも繊細そうな表情が、私を正直にしてくれるのだろうか。
「田宮さんは勤続五年だから、うちの就業規則では、一年間の休職をすることが出来るよ。その間、健康保険から傷病手当金という休職補償のようなものも貰えるし。金銭面でも安心できる」
前に営業部で私と同期の本郷さんが休職した話を聞いていたから、それは知っていた。
「でも本郷さんは、そのまま退職してしまったから」
そう言うと、谷口さんは本当に悲しそうな顔をして、人事部として何も出来なくて僕も辛かった、と言う。営業部にいた本郷さんは、休職期間が満了しても復職できずに、退職してしまった。営業部の勢いのあるノリについていけなかったらしい、という話は聞いていた。
「私、不安で」
そう言葉を捻り出した。するとどんどんと言葉が紡ぎ出し始める。
私、皆と同じように頑張りたくて頑張ってきたんですけど、何故か一人だけ何処か違う場所にいるみたいで、いつも息苦しくて。こんな自分が嫌で、そう考えるともっともっと嫌になって。
そしたら気がおかしくなりそうになって、寝ていても突然に不安で押し潰されそうになって、だから急に起き上がって、更に立ち上がって、でも辛くて。
それで、また寝転がって布団にくるまるのだけれども、また朝まで眠れなくて。
そして会社に行ったら、迷惑をかけているような自分が嫌で、また苦しくなって。私なんて居なくなっても良いんじゃかいか、とか思って。
私の眼には涙が染み込んできていた。こんなに自分の正直な気持ちを吐き出したのは、産まれて初めてかもしれない。恥ずかしい。でも、谷口さんは、じっと聞いていてくれて、少し楽になった私を真っ直ぐに見つめてくれていた。
「田宮さん。大丈夫。せっかくの休職制度、僕は人事部として社員が安心して療養して元気になって欲しいんです。それで復職できる会社にしたいんです」
ごめんなさい。私、喋りすぎた。すみません。染み込んだ涙を堪えながら、私は谷口さんの真っ直ぐで優しい視線に縋りついた。
「だって、誰だって病気になるかもしれないし、怪我するかもしれない。安心して働けないと、良い会社にならないと思うんです。だから、田宮さんも安心して療養して欲しい」
とても嬉しかった。私、療養して良いのかもしれない。しっかり治して、またこの会社で頑張りたい。そう思った。
「経理部長も、田宮さんはキッチリと仕事ができる社員なので、ちゃんと戻って来られるように頼むよ、て言われてるんですよ」
だから、ちゃんと療養してほしい。改めて谷口さんが言ってくれた。
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