待合室

おりん

文字の大きさ
5 / 5

待合室で

しおりを挟む
 バスターミナルの待合室の活気は強過ぎもせず弱くも無く、気持ちを少しずつ前に向けるのに丁度良い。
 繁華街の喧騒の中、鉄道の線路が重なる高架の下にあるバスターミナル。広くはないけれど開放感のある空間がある。
 待合室の椅子は、これから何処かに旅出る若者やカップル、家族連れで埋まっていて、皆がこれからの旅の楽しみや興奮を少し抑えながら笑顔を見せている。
 面談の日の終わりに、谷口さんもバスツアーに行きたい、と言ってくれた。後になって強引な自分の行動にびっくりして、嫌になりかけたけれど、会社を辞めたら谷口さんに会う事は出来なくなる。じゃあ、最初で最後のデートのつもりでも良いじゃない。嫌なほど開き直っている自分がいた。
 バスツアーの集合場所はバスターミナルの直ぐ隣のビルの前。私と谷口さんはバスターミナルの待合室で集合時間前に待ち合わせることにした。
 私は待合室のエントランスを入って直ぐの一番目立つ椅子に陣取った。谷口さんが迷わずに、直ぐに私を見つけてくれますように。久しぶりにつけた胸元のペンダントの位置を何度も確かめる。
 待ち合わせ時間よりも随分と早く来てしまって、待合室にいる人達の顔はどんどんと入れ替わっていく。色んな人の話し声や歩く音が絶え間なく続いていて、一番目立つ所に長時間陣取っている自分が少しずつ居づらくなってくる。本当に谷口さんは来てくれるのかな。心配にもなってきた。
 谷口さんが来なかったら、こんな所にいる私は馬鹿みたいじゃないか。やっぱり、ここは自分のいる場所でないような気がしてきて、後ろの方の余り目立たない椅子に目を向けた。あっちに移ろう。そう思って席を立つ。
 するとエントランスから小さな子供がはしゃいで凄い勢いで走って来た。危ない。ぶつかる。私は子供を避けて身体をくねらせた。そしたらバランスを崩して地面へ倒れそうになる。わあ……。
 地面に倒れるはずの私の身体。それが誰かの腕に掴まれて軽くなる。
 谷口さん?
 谷口さんの横顔がはっきりと見えた。私は谷口さんの腕にしっかりと掴まれていた。谷口さんが私の身体を抱きかかえて起こしてくれた。私は目を瞑った。その瞬間、待合室の全ての音が消えたような気がした。
「あー。お姉さんとお兄さん、仲良ししてる」
 さっきの小さな子供だろうか。声が聞こえた。同時に「シー」とお母さんの声だろうか、子供の声を制止する。待合室の人達の視線がこちらに向いているように感じる。
 私は恥ずかしくて目を瞑ったまま俯いていた。恐る恐ると顔を上げながら目を開けると、真っ赤になった谷口さんの顔が直ぐ間近にあった。
 「大丈夫?」
 谷口さんの唇が不器用に動く。私は首を縦に振った。真っ赤な顔の谷口さんは笑ってくれた。私はもう一度大きく首を縦に振る。
 待合室の人達が皆、私と谷口さんを微笑ましく見ていた。小さな子供がパチパチパチと拍手していた。強く波打つ鼓動と伝わって来る温もりが、私に力を与えてくれていた。そして今までの事、何もかも全てが嘘だったみたいに、私の心は穏やかにいでいた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

✿ 私は夫のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...