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復職面談
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それから何回か、毎月同じ日同じ時間に、心療内科の待合室で谷口さんを見守った。気づかれないように。見つからないように。そうしているうちに一年間の私の休職期間は終わりに近づいていた。
徐々に調子は良くなってきていて、先生からも復職できそうだね、と言われて、嬉しさ半分と不安が半分。
「田宮さん。最近本当に顔が活き活きとし始めましたね。でもテンションがハイになりすぎないように。ハイになったときには、少し落ち着くように気をつけてくださいね」
先生が少し心配そうに言ってくれた。
そうなのだ。私はうつ状態から躁状態に変わると、また調子が悪くなる事があるから、気をつけないといけない。
それと気になる事があった。経理部の同僚が、たまに「大丈夫? 調子はどう?」と気にかけるメッセージを送ってくれる。この前メッセージをくれた時、いま会社が効率化を図っていて、業務システムも入れ替えたり業務体制を大幅に刷新するみたい、ということを教えてくれていた。
――効率化。
嫌な予感がした。環境の変化に弱い私が復職してやっていけるのだろうか。もしかして効率化で、私は要らなくなるのじゃないだろうか。
そんな時、谷口さんから、休職期間満了が近づいてきたから面談しましょう、とメールが届いた。兎にも角にも谷口さんに会える。そう思うと心が踊った。
――谷口さん、ありがとうございます。主治医からも復職可能だろうと言われています。復職できたら嬉しいです。
そう返信した。でも色々と不安が頭の中を駆け巡る。会社の効率化のこと。谷口さんの体調。谷口さん、メンタル弱ってるのに、会社の効率化対応のことで忙しさとストレスがいっぱいになっているのかもしれない。
それに加えて、私の休職のことへの対応。本当にごめんなさい。居ても立っても居られなくなるような焦る気持ちが湧いてくる。早く谷口さんに会って色々話をしたい。けれど先生が注意してくれたように、テンションがハイにならないように気をつけないといけない。
そんな時、私はネットでこんな広告を見た。
――パワースポット日帰りバスツアー。メンタルが疲れている貴方。パワースポットを巡って心をリフレッシュしませんか。
おー。これ行きたい。直感的に思った。私が就職活動で疲れていたとき、友達に誘われて、神社を巡るバスツアーに参加した事があった。
岩の上に立つ鳥居から眺める青い海原。樹齢九〇〇年以上の御神木。小さな池に静かに流れ落ちる清らかな滝。
不思議と心が落ち着いて、身体が無重力に浮くような、そんな安らぎを感じる事ができた。これに行けば私は復職して頑張れそうな気がした。
あの時は友達と行ったけど、今度は一人? できたら誰かと一緒に行きたい。自然と谷口さんの顔が浮かんでくる。谷口さんもパワースポット巡りをすれば、少しは元気になれるかもしれない。余計なお世話だろうか。それより私が谷口さんを誘うなんて出来るだろうか。誘ったところで、谷口さんが来るわけない。そしたら益々自己嫌悪に陥る。
頭がグルグル回り出す。取り敢えず寝よう。私はバスツアーのページをスマホにブックマークした。
谷口さんとの面談の日。私は久しぶりに会社へ来た。黒いスーツを着た知らない人達が何人か社内でウロウロしている。あの人達、誰だろう? 私を出迎えてくれた経理部の同僚は「システム会社の人なのよ。最近よく出入りしていて、落ち着かないの」と教えてくれた。
普段は部内会議で使う少し大きめの会議室に私はひとりで待った。空間が持ち余ってる。もっと小さい部屋、空いてなかったのかな。
会議室のドアが開いて、谷口さんともう1人、経理部長が入ってきた。谷口さんだけだと思ってたから、少し緊張してしまう。
「この会議室しか空いてなくてね。ごめんね」
経理部長が話を切り出した。システム会社の人達が小さな会議室を全て使っているらしい。
それよりも谷口さんが下を向いている。心療内科の待合室で見かけた時と同じように、元気がなさそうだ。経理部長が話を続ける。
「田宮さん、谷口くんから聞いているけれど、調子が良くなってるみたいだね。復職できそうかな」
「はい。お陰様でだいぶ良くなりました。主治医からも復職は大丈夫と言われています。皆さんにご迷惑ををお掛けして本当に申し訳ございませんでした」
私は出来るだけ元気な笑顔を作って答えた。経理部長の顔が少し緩んだと思ったら、急に真剣な顔になった。やっぱり嫌な予感がする。
「それは良かった。ただ、会社が効率化のために体制を変えようとしていてね。経理部も大分変わりそうなんだ」
谷口さんは顔を上げたけれど、私からの視線を逸らす。経理部長が話を進める。
「定型的な業務はRPAというロボットで自動化する事になっていて、経理部員の数も減らす予定なんだ。いや、田宮さんに戻って来て欲しくないわけではないよ。田宮さんは、とてもしっかりしていて、間違いも少なくやってくれるから信頼できるんだけど、会社の方針だし時代の流れだから仕方ないというか」
ロボットならば、メンタル不調で休む事もないから、周りに迷惑もかけずに良いかもしれない。
「それで田宮さんには、営業部に移って欲しいんだ。営業事務は欠員があって丁度良いんだ」
営業部。同期の本郷さんが、そのノリについて行けずにメンタルダウンして休職して辞めてしまった。私にはそこでやっていける気がしない。
「……田宮さん。本当にごめんなさい……安心して復職できるように……なんて話していたのに」
谷口さんが初めて私の目を見て、そう言った時、私は驚くほど冷静だった。そして直ぐに言葉を発した。
「私、退職します」
谷口さんは、びっくりした顔をしていて、経理部長は安堵したような表情をしている。
こんな話になったら退職する。そんな事をハッキリと決めていたわけでは無いけれど、答えは既にあったような気がした。躁状態で流れに任せて決断をしたのでもない。私は至って冷静だ。
経理部長は私の退職の決断を止める事も無く、ひたすら私への労いを色々と話してくれた。殆ど頭に残らなかったけれど、経理部長も本意では無い事はよく分かった。後は谷口君と事務的な話をして下さい。と言って、経理部長は席を外した。
「僕、人事部員としてダメだね」
二人きりになった会議室。谷口さんの口から初めて弱音が出た。そんな事はないです。仕方のない事です。会社が決めた事だし、時代の流れでもあるし。私、もっと経理の勉強をして、ロボットに負けないようなスペシャリストになります。そしてもっと強くなります。だから大丈夫です。谷口さん、人事部なんだから、冷徹になる時はならないと。そうでないと自分が辛くなりますよ。そんな事を谷口さんに話していた。
もう辞めると決めたなら、怖いものが全て無くなっていて、私はスマホを取り出して、ブックマークした画面を谷口さんに見せた。
――パワースポット日帰りバスツアー。メンタルが疲れている貴方。パワースポットを巡って心をリフレッシュしませんか。
「これ一緒に行きませんか?」
何言ってるんだ、こいつ。もう一人の自分がそんな事を言っていたが、無視してやった。
谷口さんは興味深そうに画面を見てくれた。そして、最近すっかり自信を無くして疲れている事。自分もメンタル不調である事。夜もなかなか眠れない事。会社を辞めようかと思う時がある事。そんな事を私に話してくれた。
私は頷きながら聞いていた。涙が溢れて来て、それを見た谷口さんは「ごめんね。こんな話をして」と言った。私は首を横に振った。「田宮さんは凄いよ」そんな事を言う谷口さんに、もう一度私は大きく首を横に振った。
徐々に調子は良くなってきていて、先生からも復職できそうだね、と言われて、嬉しさ半分と不安が半分。
「田宮さん。最近本当に顔が活き活きとし始めましたね。でもテンションがハイになりすぎないように。ハイになったときには、少し落ち着くように気をつけてくださいね」
先生が少し心配そうに言ってくれた。
そうなのだ。私はうつ状態から躁状態に変わると、また調子が悪くなる事があるから、気をつけないといけない。
それと気になる事があった。経理部の同僚が、たまに「大丈夫? 調子はどう?」と気にかけるメッセージを送ってくれる。この前メッセージをくれた時、いま会社が効率化を図っていて、業務システムも入れ替えたり業務体制を大幅に刷新するみたい、ということを教えてくれていた。
――効率化。
嫌な予感がした。環境の変化に弱い私が復職してやっていけるのだろうか。もしかして効率化で、私は要らなくなるのじゃないだろうか。
そんな時、谷口さんから、休職期間満了が近づいてきたから面談しましょう、とメールが届いた。兎にも角にも谷口さんに会える。そう思うと心が踊った。
――谷口さん、ありがとうございます。主治医からも復職可能だろうと言われています。復職できたら嬉しいです。
そう返信した。でも色々と不安が頭の中を駆け巡る。会社の効率化のこと。谷口さんの体調。谷口さん、メンタル弱ってるのに、会社の効率化対応のことで忙しさとストレスがいっぱいになっているのかもしれない。
それに加えて、私の休職のことへの対応。本当にごめんなさい。居ても立っても居られなくなるような焦る気持ちが湧いてくる。早く谷口さんに会って色々話をしたい。けれど先生が注意してくれたように、テンションがハイにならないように気をつけないといけない。
そんな時、私はネットでこんな広告を見た。
――パワースポット日帰りバスツアー。メンタルが疲れている貴方。パワースポットを巡って心をリフレッシュしませんか。
おー。これ行きたい。直感的に思った。私が就職活動で疲れていたとき、友達に誘われて、神社を巡るバスツアーに参加した事があった。
岩の上に立つ鳥居から眺める青い海原。樹齢九〇〇年以上の御神木。小さな池に静かに流れ落ちる清らかな滝。
不思議と心が落ち着いて、身体が無重力に浮くような、そんな安らぎを感じる事ができた。これに行けば私は復職して頑張れそうな気がした。
あの時は友達と行ったけど、今度は一人? できたら誰かと一緒に行きたい。自然と谷口さんの顔が浮かんでくる。谷口さんもパワースポット巡りをすれば、少しは元気になれるかもしれない。余計なお世話だろうか。それより私が谷口さんを誘うなんて出来るだろうか。誘ったところで、谷口さんが来るわけない。そしたら益々自己嫌悪に陥る。
頭がグルグル回り出す。取り敢えず寝よう。私はバスツアーのページをスマホにブックマークした。
谷口さんとの面談の日。私は久しぶりに会社へ来た。黒いスーツを着た知らない人達が何人か社内でウロウロしている。あの人達、誰だろう? 私を出迎えてくれた経理部の同僚は「システム会社の人なのよ。最近よく出入りしていて、落ち着かないの」と教えてくれた。
普段は部内会議で使う少し大きめの会議室に私はひとりで待った。空間が持ち余ってる。もっと小さい部屋、空いてなかったのかな。
会議室のドアが開いて、谷口さんともう1人、経理部長が入ってきた。谷口さんだけだと思ってたから、少し緊張してしまう。
「この会議室しか空いてなくてね。ごめんね」
経理部長が話を切り出した。システム会社の人達が小さな会議室を全て使っているらしい。
それよりも谷口さんが下を向いている。心療内科の待合室で見かけた時と同じように、元気がなさそうだ。経理部長が話を続ける。
「田宮さん、谷口くんから聞いているけれど、調子が良くなってるみたいだね。復職できそうかな」
「はい。お陰様でだいぶ良くなりました。主治医からも復職は大丈夫と言われています。皆さんにご迷惑ををお掛けして本当に申し訳ございませんでした」
私は出来るだけ元気な笑顔を作って答えた。経理部長の顔が少し緩んだと思ったら、急に真剣な顔になった。やっぱり嫌な予感がする。
「それは良かった。ただ、会社が効率化のために体制を変えようとしていてね。経理部も大分変わりそうなんだ」
谷口さんは顔を上げたけれど、私からの視線を逸らす。経理部長が話を進める。
「定型的な業務はRPAというロボットで自動化する事になっていて、経理部員の数も減らす予定なんだ。いや、田宮さんに戻って来て欲しくないわけではないよ。田宮さんは、とてもしっかりしていて、間違いも少なくやってくれるから信頼できるんだけど、会社の方針だし時代の流れだから仕方ないというか」
ロボットならば、メンタル不調で休む事もないから、周りに迷惑もかけずに良いかもしれない。
「それで田宮さんには、営業部に移って欲しいんだ。営業事務は欠員があって丁度良いんだ」
営業部。同期の本郷さんが、そのノリについて行けずにメンタルダウンして休職して辞めてしまった。私にはそこでやっていける気がしない。
「……田宮さん。本当にごめんなさい……安心して復職できるように……なんて話していたのに」
谷口さんが初めて私の目を見て、そう言った時、私は驚くほど冷静だった。そして直ぐに言葉を発した。
「私、退職します」
谷口さんは、びっくりした顔をしていて、経理部長は安堵したような表情をしている。
こんな話になったら退職する。そんな事をハッキリと決めていたわけでは無いけれど、答えは既にあったような気がした。躁状態で流れに任せて決断をしたのでもない。私は至って冷静だ。
経理部長は私の退職の決断を止める事も無く、ひたすら私への労いを色々と話してくれた。殆ど頭に残らなかったけれど、経理部長も本意では無い事はよく分かった。後は谷口君と事務的な話をして下さい。と言って、経理部長は席を外した。
「僕、人事部員としてダメだね」
二人きりになった会議室。谷口さんの口から初めて弱音が出た。そんな事はないです。仕方のない事です。会社が決めた事だし、時代の流れでもあるし。私、もっと経理の勉強をして、ロボットに負けないようなスペシャリストになります。そしてもっと強くなります。だから大丈夫です。谷口さん、人事部なんだから、冷徹になる時はならないと。そうでないと自分が辛くなりますよ。そんな事を谷口さんに話していた。
もう辞めると決めたなら、怖いものが全て無くなっていて、私はスマホを取り出して、ブックマークした画面を谷口さんに見せた。
――パワースポット日帰りバスツアー。メンタルが疲れている貴方。パワースポットを巡って心をリフレッシュしませんか。
「これ一緒に行きませんか?」
何言ってるんだ、こいつ。もう一人の自分がそんな事を言っていたが、無視してやった。
谷口さんは興味深そうに画面を見てくれた。そして、最近すっかり自信を無くして疲れている事。自分もメンタル不調である事。夜もなかなか眠れない事。会社を辞めようかと思う時がある事。そんな事を私に話してくれた。
私は頷きながら聞いていた。涙が溢れて来て、それを見た谷口さんは「ごめんね。こんな話をして」と言った。私は首を横に振った。「田宮さんは凄いよ」そんな事を言う谷口さんに、もう一度私は大きく首を横に振った。
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