遊び人の令嬢が目を付けたのは、私の真面目な婚約者でした

おいどん

文字の大きさ
6 / 6

6

しおりを挟む

「エリーネ嬢を選んだのは、私だ」
「えっ?」
「私が、貴女と婚約したいと父に申し出たのだ」

驚きで固まっているエリーネを、ノルトがじっと見つめる。
吸い込まれそうな群青色の瞳に映る自分を見てエリーネははっと我に返り、絞り出すようにノルトに問いかける。

「どうして、私を?」
「エリーネ嬢が入学したての頃、隣国からの留学生がいただろう。語学が堪能な貴女はその案内役に選ばれて、偶然その姿を目にした。流暢な発語はもちろんだが、何より貴女の温かな対応に彼らの緊張もすぐに和らいでいって…そうだな、その時私はすでに貴女に惹かれていたのだと思う」

確かに、そんなこともあった。
けれど、それは一年以上も前の話だ。

「何度か貴女に話しかけようとはしたのだが、なかなか出来ずにいた。そうこうしている間に、貴女が誰かと婚約してしまうかと思うと気持ちが焦り―――父に頼んだのだ」
「そう、だったのですね。そんなこと、お父様は何も…」
「フォスティア子爵にも黙っていてもらった」

ノルトは再びエリーネの手を取り、ぎゅっと力を込める。

「…不安だった。エリーネ嬢が拒否できないことを知りながら、私の気持ちを押し付けるような婚約を結んでしまった。もしこれを貴女が知ったら、失望されるかもしれないと思うと…。情けないだろう、私は自分かわいさに、貴女と向き合うことから逃げていた」

そう言うノルトはすっかり気落ちした様子で、いつもの毅然とした彼からは想像もできない表情をしていた。
まるで夢でも見ているかのような展開に、エリーネは言いたいことも聞きたいことも、たくさんあった。
しかしそれ以上に、目の前にいるノルトがどうしようもない程、愛しく思えた。

「…不安に思うことは、何もありません」

落ち着いた声でエリーネはそう言い、自身の手を掴むノルトの手に、もう片方の手をそっと重ねる。

「私も、ノルト様のことを心からお慕いしておりますから」

その言葉を聞き、ノルトははっと驚きで顔を上げた後、安心したようにくしゃっとした笑顔を見せた。

―――あぁ、ノルト様はこんな顔で笑うのね。

愛おしさを伝えるかのように、エリーネもノルトに柔らかな微笑みを返した。



―――――



「あぁもう!イライラする!」

怒りを隠すことなく、べルティーナは人通りの多い廊下を歩いていく。
彼女はべルティーナになる前から、自分は男を惹き付ける女だという自信があった。
そのプライドを、下に見ていた男に折られるとは。

「なんで私があんなこと言われなきゃならないの!…って、あれ?」

前方に見知った人物を見つけ、べルティーナはニヤリと笑みを浮かべると、その者の腕に飛びついた。

「久しぶりじゃない!」

ノルトに出会う前に自分に言い寄って来た男だ。
何度かデートしたが、軽い感じが気に食わなくて、会うのを避けていた。

「ねぇ、またデートしましょうよ!今なら貴方の誘いにものってあげるわよ?」

するりと男の手に自身の手を重ね、指を絡ませようとする。

「―――やめろ!」

男は勢いよくべルティーナの腕を振り払う。
その目には軽蔑の色が浮かんでいた。

「…何よ。それが女性にする態度なの!?」
「お前と一緒にしないでくれ!」
「は?どういうこと?」
「お前、婚約者がいる男に手を出しただろ」

ノルトのことだ、とべルティーナはすぐに分かった。
先程のことが思い出され、更にイライラが募っていく。

「だから何」
「そんなことしたら、家名に傷をつけることくらい、お前だってわかるだろ!」
「知らないわよ、そんなの!盗られるほうが悪いんじゃない!!」

男は呆れたように溜息をつく。

「お前からしたら俺みたいな男は考えなしに遊んでるように見えるかもしれないが、俺だって貴族だ。守るべきルールがある。お前はそれを破った。…この学園には、もうお前を相手にする男はいないよ」

そう言って、男はべルティーナに背を向けた。
べルティーナは体の力が抜けたように、その場に座り込む。
二人の言い争いは廊下中に響き渡っており、何事かと人が集まり始めていた。

「…もういい。もう飽きた、こんな夢!大学の方がマシ!!早く覚めてよ!!」

べルティーナにとって、もはや人目などどうでも良かった。
どうせ夢なら、何が起ころうともう関係ない。
だが、彼女を取り巻く世界は、一向に変わらなかった。

「なんで覚めないの!!私がこんな目に合うはずない!全部夢なんでしょ!!」

気が触れたように喚き叫ぶべルティーナに、周りの学生も混乱の目を向ける。
離れた場所からその騒ぎに気付いたエリーネは、思わず足を止めた。

「気にすることはない。これで彼女も反省すればいいのだが」

隣にいたノルトにそう言われ、エリーネは小さく頷く。

「それより…」

ノルトは少しだけ身をかがめ、エリーネの顔を覗き込む。

「明日、予定がないと言っていたな」
「ええ」
「では、明日また二人で会えないだろうか。…今度は、ちゃんと言葉にするから」

耳まで真っ赤に染めたノルトが、エリーネに左手を差し出す。
その姿が可愛らしくて、エリーネは思わずくすっと笑いを零した。

「もちろんです!たくさんお洒落していきますね」

エリーネがその手を取ると、ノルトは嬉しそうに微笑む。
触れ合った指先から、二人はお互いの温もりを確かに感じていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

[完結]気付いたらザマァしてました(お姉ちゃんと遊んでた日常報告してただけなのに)

みちこ
恋愛
お姉ちゃんの婚約者と知らないお姉さんに、大好きなお姉ちゃんとの日常を報告してただけなのにザマァしてたらしいです 顔文字があるけどウザかったらすみません

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

あなたがそのつもりなら

素亭子
恋愛
リリアーナはランス侯爵からの求婚をうけて結婚したが、わずか一年で夫は愛人を持った。リリアーナの仕返しの話です

みんながまるくおさまった

しゃーりん
恋愛
カレンは侯爵家の次女でもうすぐ婚約が結ばれるはずだった。 婚約者となるネイドを姉ナタリーに会わせなければ。 姉は侯爵家の跡継ぎで婚約者のアーサーもいる。 それなのに、姉はネイドに一目惚れをしてしまった。そしてネイドも。 もう好きにして。投げやりな気持ちで父が正しい判断をしてくれるのを期待した。 カレン、ナタリー、アーサー、ネイドがみんな満足する結果となったお話です。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

処理中です...