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王宮での「地獄の引き継ぎ」を終え、公爵邸に戻った私は、自室の扉を勢いよく蹴り開けました。
「アンナ! 大きなトランクをありったけ用意して! あと、質屋のギルドに連絡を。今すぐ『査定のプロ』を三名ほど、裏口から招き入れるのよ!」
「お、お嬢様!? 引き継ぎから戻られたと思ったら、今度は夜逃げの準備ですか!?」
控えていたアンナが、ひっくり返った声を上げました。
しかし、私の目はかつてないほど鋭く、そしてキラキラと輝いています。
「失礼ね、夜逃げじゃないわ。これは『資産の最適化』よ。いい、アンナ。この部屋にあるものの半分は、公爵家の所有物。でも残りの半分は、私の給与……つまり、これまでの労働対価で買った『私物』なのよ」
私はクローゼットに飛び込み、シルクのドレスや毛皮のコートを次々と放り出し始めました。
「このドレスは去年の誕生日に自分で買ったもの。売却! このエメラルドの耳飾りは、殿下の浮気調査を完遂した際に自分へのご褒美で買ったもの。当然、売却! あ、この殿下から賜ったネックレスは……」
私は、金色の台座に大粒のルビーが嵌まったネックレスを手に取りました。
ジュリアン殿下が、去年の記念日に「君の瞳のように……いや、なんでもない」と顔を赤くしながら渡してきた一品です。
「……これは、本人に突き返しましょう。呪われていそうですもの。あ、でも台座の金だけ剥がして売れないかしら?」
「お嬢様! 公爵令嬢としての矜持をどこへ捨ててきたのですか! そんなことをしたら、それこそ悪役令嬢を通り越して強盗令嬢ですわ!」
アンナに必死で止められ、私は渋々ルビーのネックレスを「返却用ボックス」へと放り込みました。
「チッ……。まあいいわ。それよりアンナ、私の隠し金庫は無事?」
「はい。ベッドの下の、さらに床板を三枚剥がした先にある、あの禍々しい魔術錠がかかった金庫ですね。無事ですよ」
「よし。あれには、私が王太子妃候補として働き始めてから、お父様からせしめた……いえ、正当に受領した『精神的苦痛への慰謝料』がギッシリ詰まっているわ」
私は床板を剥がし、鈍い光を放つ小さな金庫を引き出しました。
中には、金貨が詰まった袋がいくつも入っています。
これだけあれば、都の端で小さな家を買い、一生遊んで暮らすには十分な額です。
「お嬢様、本気で家を出るつもりなのですか? 公爵様は、お怒りではありましたが、お嬢様を追い出すとは一言も……」
「アンナ、あなたはわかっていないわ。あのお父様のことよ。一週間もすれば、新しい婚約話を持ってくるに決まっているじゃない。今度はどこかの国の、癖の強いじい様か、あるいは性格のねじ曲がった成金あたりをね」
私はテキパキと、旅先で必要になるであろう「魔導コンロ」や「万能ナイフ」をトランクに詰め込みました。
ドレスよりも、実用的な道具。
宝石よりも、保存の利く干し肉。
それがこれからの私のモットーです。
「私はもう、誰かのために帳簿を合わせたり、誰かの不始末を謝罪して回るのは御免なの。これからは自分のために、自分の好きなことだけをして生きるわ。まずは、あのお洒落すぎるティーカップを全部叩き売って、丈夫な木製のマグカップを買うのよ!」
「こだわりが極端すぎます……」
アンナは呆れ果てていましたが、それでも私の荷造りを手伝い始めました。
彼女の手際の良さは、さすが私の侍女です。
「お嬢様、この『魔導式・肩たたき機』はどうしますか?」
「それは持っていくわ。肩こりは、自由な生活の敵ですもの」
「この『公務の愚痴を書き殴った日記』は?」
「それは暖炉で燃やして。灰すら残さないでちょうだい。証拠隠滅よ」
作業は深夜まで続きました。
部屋の中は、みるみるうちに空っぽになっていきます。
かつては「王太子妃に相応しい豪華な部屋」と称えられた空間が、今はただの、引っ越し間際の空き家のような寂寥感を漂わせていました。
しかし、私の心はこれまでにないほど満たされていました。
重いドレスを脱ぎ捨て、動きやすい綿の服に着替えた時の、あの解放感。
コルセットで締め付けられていた脇腹が、深呼吸をするたびに歓喜の声を上げているようです。
「……終わったわね。アンナ、協力感謝するわ。あなたは公爵邸に残ってもいいのよ?」
私は、最後に残った小さなバッグを肩にかけ、アンナに向き直りました。
「何を言っているのですか。お嬢様のあんなに楽しそうな『悪巧みの顔』を見てしまったら、お供しないわけにはいかないでしょう? 私も、あのお堅い公爵邸には飽き飽きしていたところです」
アンナは、私の予備のバッグをひょいと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべました。
「いい心がけね。それじゃあ行きましょう。自由と、安眠と、美味しい串焼きが待つ世界へ!」
私たちは、寝静まった公爵邸を、文字通り「忍び足」で抜け出しました。
門番が居眠りをしている隙を突き、裏門から外の世界へと飛び出します。
夜空には、冷たくも美しい月が輝いていました。
私は立ち止まり、一度だけ後ろを振り返りました。
高くそびえ立つ公爵邸。
あの中には、私の過去と、窮屈な義務が詰まっています。
「さようなら、公爵令嬢メーサ。明日からは、ただのメーサとして生きるわ!」
私は誰に聞かせるでもなくそう宣言すると、夜の闇へと駆け出しました。
足取りは軽く、心はもっと軽い。
追放? 婚約破棄?
そんなものは、最高の人生のスパイスに過ぎないのだと、私は確信していました。
「アンナ! 大きなトランクをありったけ用意して! あと、質屋のギルドに連絡を。今すぐ『査定のプロ』を三名ほど、裏口から招き入れるのよ!」
「お、お嬢様!? 引き継ぎから戻られたと思ったら、今度は夜逃げの準備ですか!?」
控えていたアンナが、ひっくり返った声を上げました。
しかし、私の目はかつてないほど鋭く、そしてキラキラと輝いています。
「失礼ね、夜逃げじゃないわ。これは『資産の最適化』よ。いい、アンナ。この部屋にあるものの半分は、公爵家の所有物。でも残りの半分は、私の給与……つまり、これまでの労働対価で買った『私物』なのよ」
私はクローゼットに飛び込み、シルクのドレスや毛皮のコートを次々と放り出し始めました。
「このドレスは去年の誕生日に自分で買ったもの。売却! このエメラルドの耳飾りは、殿下の浮気調査を完遂した際に自分へのご褒美で買ったもの。当然、売却! あ、この殿下から賜ったネックレスは……」
私は、金色の台座に大粒のルビーが嵌まったネックレスを手に取りました。
ジュリアン殿下が、去年の記念日に「君の瞳のように……いや、なんでもない」と顔を赤くしながら渡してきた一品です。
「……これは、本人に突き返しましょう。呪われていそうですもの。あ、でも台座の金だけ剥がして売れないかしら?」
「お嬢様! 公爵令嬢としての矜持をどこへ捨ててきたのですか! そんなことをしたら、それこそ悪役令嬢を通り越して強盗令嬢ですわ!」
アンナに必死で止められ、私は渋々ルビーのネックレスを「返却用ボックス」へと放り込みました。
「チッ……。まあいいわ。それよりアンナ、私の隠し金庫は無事?」
「はい。ベッドの下の、さらに床板を三枚剥がした先にある、あの禍々しい魔術錠がかかった金庫ですね。無事ですよ」
「よし。あれには、私が王太子妃候補として働き始めてから、お父様からせしめた……いえ、正当に受領した『精神的苦痛への慰謝料』がギッシリ詰まっているわ」
私は床板を剥がし、鈍い光を放つ小さな金庫を引き出しました。
中には、金貨が詰まった袋がいくつも入っています。
これだけあれば、都の端で小さな家を買い、一生遊んで暮らすには十分な額です。
「お嬢様、本気で家を出るつもりなのですか? 公爵様は、お怒りではありましたが、お嬢様を追い出すとは一言も……」
「アンナ、あなたはわかっていないわ。あのお父様のことよ。一週間もすれば、新しい婚約話を持ってくるに決まっているじゃない。今度はどこかの国の、癖の強いじい様か、あるいは性格のねじ曲がった成金あたりをね」
私はテキパキと、旅先で必要になるであろう「魔導コンロ」や「万能ナイフ」をトランクに詰め込みました。
ドレスよりも、実用的な道具。
宝石よりも、保存の利く干し肉。
それがこれからの私のモットーです。
「私はもう、誰かのために帳簿を合わせたり、誰かの不始末を謝罪して回るのは御免なの。これからは自分のために、自分の好きなことだけをして生きるわ。まずは、あのお洒落すぎるティーカップを全部叩き売って、丈夫な木製のマグカップを買うのよ!」
「こだわりが極端すぎます……」
アンナは呆れ果てていましたが、それでも私の荷造りを手伝い始めました。
彼女の手際の良さは、さすが私の侍女です。
「お嬢様、この『魔導式・肩たたき機』はどうしますか?」
「それは持っていくわ。肩こりは、自由な生活の敵ですもの」
「この『公務の愚痴を書き殴った日記』は?」
「それは暖炉で燃やして。灰すら残さないでちょうだい。証拠隠滅よ」
作業は深夜まで続きました。
部屋の中は、みるみるうちに空っぽになっていきます。
かつては「王太子妃に相応しい豪華な部屋」と称えられた空間が、今はただの、引っ越し間際の空き家のような寂寥感を漂わせていました。
しかし、私の心はこれまでにないほど満たされていました。
重いドレスを脱ぎ捨て、動きやすい綿の服に着替えた時の、あの解放感。
コルセットで締め付けられていた脇腹が、深呼吸をするたびに歓喜の声を上げているようです。
「……終わったわね。アンナ、協力感謝するわ。あなたは公爵邸に残ってもいいのよ?」
私は、最後に残った小さなバッグを肩にかけ、アンナに向き直りました。
「何を言っているのですか。お嬢様のあんなに楽しそうな『悪巧みの顔』を見てしまったら、お供しないわけにはいかないでしょう? 私も、あのお堅い公爵邸には飽き飽きしていたところです」
アンナは、私の予備のバッグをひょいと持ち上げ、不敵な笑みを浮かべました。
「いい心がけね。それじゃあ行きましょう。自由と、安眠と、美味しい串焼きが待つ世界へ!」
私たちは、寝静まった公爵邸を、文字通り「忍び足」で抜け出しました。
門番が居眠りをしている隙を突き、裏門から外の世界へと飛び出します。
夜空には、冷たくも美しい月が輝いていました。
私は立ち止まり、一度だけ後ろを振り返りました。
高くそびえ立つ公爵邸。
あの中には、私の過去と、窮屈な義務が詰まっています。
「さようなら、公爵令嬢メーサ。明日からは、ただのメーサとして生きるわ!」
私は誰に聞かせるでもなくそう宣言すると、夜の闇へと駆け出しました。
足取りは軽く、心はもっと軽い。
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そんなものは、最高の人生のスパイスに過ぎないのだと、私は確信していました。
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