婚約破棄、感謝!今日からただの愉快な隣人として生きていきます。

夏乃みのり

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「カシム・ヴォルガード! 貴様、昨日の非礼、万死に値するぞ! 私と正々堂々、男の決闘で白黒つけようじゃないか!」


翌朝、まだ露も乾かぬうちに、ジュリアン殿下が軍勢(と言っても、ボロボロの従者三人)を引き連れて再び現れました。


殿下の手には、宝石が散りばめられた装飾過多な手袋が握られていました。

それをカシムの足元に叩きつけようとした瞬間、カシムは生け垣の手入れをしていた大きなハサミを「ザシュッ」と威嚇するように鳴らしました。


「……殿下。昨日の今日で、よくもまあその顔を出せましたね。決闘ですか? よろしい。剣でも槍でも、お相手しましょう。ただし、貴方の首を飛ばした後の報告書作成は、すべて私の非番の時間外で行わせてもらいますが」


カシムが冷徹な瞳で剣の柄に手をかけた時、私は縁側から身を乗り出して叫びました。


「待った! 中止よ、中止! そんな非合理的な殺し合い、この庭では許可しませんわ!」


「メーサ! 止めるな、これは男のプライドを賭けた戦いなのだ!」


ジュリアン殿下が叫びましたが、私は首を横に振りました。


「プライドで腹が膨れますか? 剣で決闘なんてしたら、庭に血が流れるでしょう? そうなれば、私が丹精込めて育てた『吸血蔦』が異常進化して、都一つが滅びるわよ。それでもいいの?」


「「……それは困る」」


二人の声が重なりました。


「だから、私がもっと平和的で、かつ個人のポテンシャルが明確に出る決闘方法を提案してあげるわ。……アンナ、あれを持ってきて!」


アンナが運んできたのは、山のように積まれた、あの懐かしの「下町の串焼き」でした。


「決闘の内容は、制限時間三十分の『大食い大会』よ! 一番多く食べた者が勝者。敗者は勝者の命令に絶対服従。これこそが、命を散らさず、胃袋を散らす合理的な戦いだわ!」


「大食い……だと? この私が、そんな卑俗な競技に参加しろと言うのか!」


「あら、殿下。王たる者、民が食べるものの限界を知らなくてどうするのですか? それとも、カシムに胃袋の容量で負けるのが怖いのかしら?」


私の挑発に、殿下の顔が真っ赤になりました。


「お、おのれ……。受けて立とうじゃないか! カシム、覚悟しろ! 私の高貴な消化器官の力を見せてやる!」


「……。ふん、面白い。受けて立とう」


こうして、我が家のボロいテーブルを囲み、前代未聞の「串焼き大食い決闘」がスタートしました。


「レディー……ゴー!」


ララ様の合図と共に、三人の手が串へと伸びました。


カシムは、現役騎士団長らしく、無駄のない動きで肉を口に運び、咀嚼し、飲み込んでいきます。

まるで精密な機械が燃料を補給しているような、圧倒的な効率性。


対するジュリアン殿下は、最初は余裕の表情でしたが、五本目を過ぎたあたりで手が止まりました。


「……くっ、この肉、脂身が多すぎるぞ! ソースの味が濃すぎて、喉が焼けるようだ!」


「殿下、それが下町の『活力』ですわ。お上品にナイフとフォークを探している暇はありませんよ!」


私はと言えば、二人とは別の次元で、至福の表情を浮かべて串を咀嚼していました。


「んん~、やっぱり美味しいわ! 左手で串を持ち、右手で水を飲み、顎の筋肉を一定のリズムで動かす……。これが『メーサ式・最適化咀嚼法』よ!」


「……メーサ様、あなたも参戦していたのですか?」


ララ様が呆れたようにツッコミを入れましたが、私は止まりません。

三十分後。


テーブルの上には、戦いの跡である「串の山」が三つ出来上がっていました。


「……ぐ、ぐふっ。もう、一口も、入らん……。世界が、肉の匂いで満たされている……」


ジュリアン殿下は、わずか十本で撃沈し、椅子からずり落ちて白目を剥いていました。

王族の繊細な胃袋には、下町の脂ギッシュな洗礼は重すぎたようです。


「……十五本。ふぅ、いい訓練になった」


カシムは少しだけ汗をかきながらも、涼しい顔で完食していました。

さすがは最強の騎士団長。その強靭な内臓は、まさに鋼のようです。


「……甘いわね、二人とも」


私は、自らの目の前にある「二十五本」の串の山を指差しました。


「勝者は、私よ! 合理主義者は、自分の限界を把握し、そこから逆算してペース配分を行うもの。……そして何より、食べ物への愛が足りないわ!」


私は最後の一本を優雅に飲み込み、勝利のガッツポーズを決めました。


「「……負けた」」


ジュリアン殿下は絶望し、カシムは苦笑いを浮かべました。


「さて、敗北した殿下。約束通り、私の命令に従ってもらうわよ」


「……。うっ、殺せ……。殺して、この胃もたれから解放してくれ……」


「そんな勿体ないことしませんわ。……命令はこれよ。『今すぐ王宮に戻り、ララ様が残した未処理の書類を、一晩で全部片付けること!』。できないなら、明日の朝食も串焼き五十本よ!」


「ひ、ひいいいいい! やります! 書類やりますから、肉だけは勘弁してくださいぃぃ!」


ジュリアン殿下は、膨れたお腹を抱えながら、従者たちに引きずられるようにして逃げ帰っていきました。

どうやら当分、お肉の匂いを嗅ぐだけでトラウマが蘇る体質になったようです。


「……。メーサ。お前、本当に情け容赦ないな」


カシムが、少し苦しそうにお腹をさすりながら言いました。


「あら、これが一番の解決策よ。殿下は仕事が片付くし、私は静寂を手に入れる。……カシム、あなたもよく頑張ったわね。ご褒美に、後でお腹に優しいハーブティーを淹れてあげるわ」


「……。それだけは、毒見なしで頼むぞ」


私たちは、肉の香りが漂う庭で、ようやく訪れた静かな時間を噛み締めました。


暴力ではなく、食欲による解決。

私の合理主義は、今日もまた、平和なボロ家の安寧を守り抜いたのでした。
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