23 / 28
23
「カシム・ヴォルガード! 貴様、昨日の非礼、万死に値するぞ! 私と正々堂々、男の決闘で白黒つけようじゃないか!」
翌朝、まだ露も乾かぬうちに、ジュリアン殿下が軍勢(と言っても、ボロボロの従者三人)を引き連れて再び現れました。
殿下の手には、宝石が散りばめられた装飾過多な手袋が握られていました。
それをカシムの足元に叩きつけようとした瞬間、カシムは生け垣の手入れをしていた大きなハサミを「ザシュッ」と威嚇するように鳴らしました。
「……殿下。昨日の今日で、よくもまあその顔を出せましたね。決闘ですか? よろしい。剣でも槍でも、お相手しましょう。ただし、貴方の首を飛ばした後の報告書作成は、すべて私の非番の時間外で行わせてもらいますが」
カシムが冷徹な瞳で剣の柄に手をかけた時、私は縁側から身を乗り出して叫びました。
「待った! 中止よ、中止! そんな非合理的な殺し合い、この庭では許可しませんわ!」
「メーサ! 止めるな、これは男のプライドを賭けた戦いなのだ!」
ジュリアン殿下が叫びましたが、私は首を横に振りました。
「プライドで腹が膨れますか? 剣で決闘なんてしたら、庭に血が流れるでしょう? そうなれば、私が丹精込めて育てた『吸血蔦』が異常進化して、都一つが滅びるわよ。それでもいいの?」
「「……それは困る」」
二人の声が重なりました。
「だから、私がもっと平和的で、かつ個人のポテンシャルが明確に出る決闘方法を提案してあげるわ。……アンナ、あれを持ってきて!」
アンナが運んできたのは、山のように積まれた、あの懐かしの「下町の串焼き」でした。
「決闘の内容は、制限時間三十分の『大食い大会』よ! 一番多く食べた者が勝者。敗者は勝者の命令に絶対服従。これこそが、命を散らさず、胃袋を散らす合理的な戦いだわ!」
「大食い……だと? この私が、そんな卑俗な競技に参加しろと言うのか!」
「あら、殿下。王たる者、民が食べるものの限界を知らなくてどうするのですか? それとも、カシムに胃袋の容量で負けるのが怖いのかしら?」
私の挑発に、殿下の顔が真っ赤になりました。
「お、おのれ……。受けて立とうじゃないか! カシム、覚悟しろ! 私の高貴な消化器官の力を見せてやる!」
「……。ふん、面白い。受けて立とう」
こうして、我が家のボロいテーブルを囲み、前代未聞の「串焼き大食い決闘」がスタートしました。
「レディー……ゴー!」
ララ様の合図と共に、三人の手が串へと伸びました。
カシムは、現役騎士団長らしく、無駄のない動きで肉を口に運び、咀嚼し、飲み込んでいきます。
まるで精密な機械が燃料を補給しているような、圧倒的な効率性。
対するジュリアン殿下は、最初は余裕の表情でしたが、五本目を過ぎたあたりで手が止まりました。
「……くっ、この肉、脂身が多すぎるぞ! ソースの味が濃すぎて、喉が焼けるようだ!」
「殿下、それが下町の『活力』ですわ。お上品にナイフとフォークを探している暇はありませんよ!」
私はと言えば、二人とは別の次元で、至福の表情を浮かべて串を咀嚼していました。
「んん~、やっぱり美味しいわ! 左手で串を持ち、右手で水を飲み、顎の筋肉を一定のリズムで動かす……。これが『メーサ式・最適化咀嚼法』よ!」
「……メーサ様、あなたも参戦していたのですか?」
ララ様が呆れたようにツッコミを入れましたが、私は止まりません。
三十分後。
テーブルの上には、戦いの跡である「串の山」が三つ出来上がっていました。
「……ぐ、ぐふっ。もう、一口も、入らん……。世界が、肉の匂いで満たされている……」
ジュリアン殿下は、わずか十本で撃沈し、椅子からずり落ちて白目を剥いていました。
王族の繊細な胃袋には、下町の脂ギッシュな洗礼は重すぎたようです。
「……十五本。ふぅ、いい訓練になった」
カシムは少しだけ汗をかきながらも、涼しい顔で完食していました。
さすがは最強の騎士団長。その強靭な内臓は、まさに鋼のようです。
「……甘いわね、二人とも」
私は、自らの目の前にある「二十五本」の串の山を指差しました。
「勝者は、私よ! 合理主義者は、自分の限界を把握し、そこから逆算してペース配分を行うもの。……そして何より、食べ物への愛が足りないわ!」
私は最後の一本を優雅に飲み込み、勝利のガッツポーズを決めました。
「「……負けた」」
ジュリアン殿下は絶望し、カシムは苦笑いを浮かべました。
「さて、敗北した殿下。約束通り、私の命令に従ってもらうわよ」
「……。うっ、殺せ……。殺して、この胃もたれから解放してくれ……」
「そんな勿体ないことしませんわ。……命令はこれよ。『今すぐ王宮に戻り、ララ様が残した未処理の書類を、一晩で全部片付けること!』。できないなら、明日の朝食も串焼き五十本よ!」
「ひ、ひいいいいい! やります! 書類やりますから、肉だけは勘弁してくださいぃぃ!」
ジュリアン殿下は、膨れたお腹を抱えながら、従者たちに引きずられるようにして逃げ帰っていきました。
どうやら当分、お肉の匂いを嗅ぐだけでトラウマが蘇る体質になったようです。
「……。メーサ。お前、本当に情け容赦ないな」
カシムが、少し苦しそうにお腹をさすりながら言いました。
「あら、これが一番の解決策よ。殿下は仕事が片付くし、私は静寂を手に入れる。……カシム、あなたもよく頑張ったわね。ご褒美に、後でお腹に優しいハーブティーを淹れてあげるわ」
「……。それだけは、毒見なしで頼むぞ」
私たちは、肉の香りが漂う庭で、ようやく訪れた静かな時間を噛み締めました。
暴力ではなく、食欲による解決。
私の合理主義は、今日もまた、平和なボロ家の安寧を守り抜いたのでした。
翌朝、まだ露も乾かぬうちに、ジュリアン殿下が軍勢(と言っても、ボロボロの従者三人)を引き連れて再び現れました。
殿下の手には、宝石が散りばめられた装飾過多な手袋が握られていました。
それをカシムの足元に叩きつけようとした瞬間、カシムは生け垣の手入れをしていた大きなハサミを「ザシュッ」と威嚇するように鳴らしました。
「……殿下。昨日の今日で、よくもまあその顔を出せましたね。決闘ですか? よろしい。剣でも槍でも、お相手しましょう。ただし、貴方の首を飛ばした後の報告書作成は、すべて私の非番の時間外で行わせてもらいますが」
カシムが冷徹な瞳で剣の柄に手をかけた時、私は縁側から身を乗り出して叫びました。
「待った! 中止よ、中止! そんな非合理的な殺し合い、この庭では許可しませんわ!」
「メーサ! 止めるな、これは男のプライドを賭けた戦いなのだ!」
ジュリアン殿下が叫びましたが、私は首を横に振りました。
「プライドで腹が膨れますか? 剣で決闘なんてしたら、庭に血が流れるでしょう? そうなれば、私が丹精込めて育てた『吸血蔦』が異常進化して、都一つが滅びるわよ。それでもいいの?」
「「……それは困る」」
二人の声が重なりました。
「だから、私がもっと平和的で、かつ個人のポテンシャルが明確に出る決闘方法を提案してあげるわ。……アンナ、あれを持ってきて!」
アンナが運んできたのは、山のように積まれた、あの懐かしの「下町の串焼き」でした。
「決闘の内容は、制限時間三十分の『大食い大会』よ! 一番多く食べた者が勝者。敗者は勝者の命令に絶対服従。これこそが、命を散らさず、胃袋を散らす合理的な戦いだわ!」
「大食い……だと? この私が、そんな卑俗な競技に参加しろと言うのか!」
「あら、殿下。王たる者、民が食べるものの限界を知らなくてどうするのですか? それとも、カシムに胃袋の容量で負けるのが怖いのかしら?」
私の挑発に、殿下の顔が真っ赤になりました。
「お、おのれ……。受けて立とうじゃないか! カシム、覚悟しろ! 私の高貴な消化器官の力を見せてやる!」
「……。ふん、面白い。受けて立とう」
こうして、我が家のボロいテーブルを囲み、前代未聞の「串焼き大食い決闘」がスタートしました。
「レディー……ゴー!」
ララ様の合図と共に、三人の手が串へと伸びました。
カシムは、現役騎士団長らしく、無駄のない動きで肉を口に運び、咀嚼し、飲み込んでいきます。
まるで精密な機械が燃料を補給しているような、圧倒的な効率性。
対するジュリアン殿下は、最初は余裕の表情でしたが、五本目を過ぎたあたりで手が止まりました。
「……くっ、この肉、脂身が多すぎるぞ! ソースの味が濃すぎて、喉が焼けるようだ!」
「殿下、それが下町の『活力』ですわ。お上品にナイフとフォークを探している暇はありませんよ!」
私はと言えば、二人とは別の次元で、至福の表情を浮かべて串を咀嚼していました。
「んん~、やっぱり美味しいわ! 左手で串を持ち、右手で水を飲み、顎の筋肉を一定のリズムで動かす……。これが『メーサ式・最適化咀嚼法』よ!」
「……メーサ様、あなたも参戦していたのですか?」
ララ様が呆れたようにツッコミを入れましたが、私は止まりません。
三十分後。
テーブルの上には、戦いの跡である「串の山」が三つ出来上がっていました。
「……ぐ、ぐふっ。もう、一口も、入らん……。世界が、肉の匂いで満たされている……」
ジュリアン殿下は、わずか十本で撃沈し、椅子からずり落ちて白目を剥いていました。
王族の繊細な胃袋には、下町の脂ギッシュな洗礼は重すぎたようです。
「……十五本。ふぅ、いい訓練になった」
カシムは少しだけ汗をかきながらも、涼しい顔で完食していました。
さすがは最強の騎士団長。その強靭な内臓は、まさに鋼のようです。
「……甘いわね、二人とも」
私は、自らの目の前にある「二十五本」の串の山を指差しました。
「勝者は、私よ! 合理主義者は、自分の限界を把握し、そこから逆算してペース配分を行うもの。……そして何より、食べ物への愛が足りないわ!」
私は最後の一本を優雅に飲み込み、勝利のガッツポーズを決めました。
「「……負けた」」
ジュリアン殿下は絶望し、カシムは苦笑いを浮かべました。
「さて、敗北した殿下。約束通り、私の命令に従ってもらうわよ」
「……。うっ、殺せ……。殺して、この胃もたれから解放してくれ……」
「そんな勿体ないことしませんわ。……命令はこれよ。『今すぐ王宮に戻り、ララ様が残した未処理の書類を、一晩で全部片付けること!』。できないなら、明日の朝食も串焼き五十本よ!」
「ひ、ひいいいいい! やります! 書類やりますから、肉だけは勘弁してくださいぃぃ!」
ジュリアン殿下は、膨れたお腹を抱えながら、従者たちに引きずられるようにして逃げ帰っていきました。
どうやら当分、お肉の匂いを嗅ぐだけでトラウマが蘇る体質になったようです。
「……。メーサ。お前、本当に情け容赦ないな」
カシムが、少し苦しそうにお腹をさすりながら言いました。
「あら、これが一番の解決策よ。殿下は仕事が片付くし、私は静寂を手に入れる。……カシム、あなたもよく頑張ったわね。ご褒美に、後でお腹に優しいハーブティーを淹れてあげるわ」
「……。それだけは、毒見なしで頼むぞ」
私たちは、肉の香りが漂う庭で、ようやく訪れた静かな時間を噛み締めました。
暴力ではなく、食欲による解決。
私の合理主義は、今日もまた、平和なボロ家の安寧を守り抜いたのでした。
あなたにおすすめの小説
処刑回避のため家出した令嬢は、男装騎士として運命をやり直す
松平ちこ
恋愛
一度目の十七歳の人生で、すべてを失った。ただ生きていただけなのに。
家族も、居場所も、そして――命そのものを。
次に目を開けたとき、カメリアは「過去」に戻っていた。
二度目の人生で彼女が選んだのは、貴族令嬢として生き直すことではなかった。
家族を守るために、男として身を隠し逃げることを決意する。
少年リンとして身を寄せた隣国アスフォデル国の教会で、前世では起こらなかったはずの王位継承を目の当たりにする。
冷酷無慈悲と噂される新国王ライラック・アスフォデルは、あろうことか、カメリアの家族がいるミレット王国へと宣戦布告の準備を始めたという。
その噂の真意を突き止めるため、リンは兵として志願し、潜入するとこを決意する。
けれど、彼女は知らなかった。
この世界には、彼女の「最期」を知る者がいることを。
逃げ続けた先で、リンはやがてミレット王国の闇と向き合うことになる。
そして明かされる真実は、彼女の選択すべてを揺るがしていく――。
これは、処刑された令嬢が生き直し、逃げたはずの運命に再び捕まる物語。
能ある妃は身分を隠す
赤羽夕夜
恋愛
セラス・フィーは異国で勉学に励む為に、学園に通っていた。――がその卒業パーティーの日のことだった。
言われもない罪でコンペーニュ王国第三王子、アレッシオから婚約破棄を大体的に告げられる。
全てにおいて「身に覚えのない」セラスは、反論をするが、大衆を前に恥を掻かせ、利益を得ようとしか思っていないアレッシオにどうするべきかと、考えているとセラスの前に現れたのは――。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
義妹がやらかして申し訳ありません!
荒瀬ヤヒロ
恋愛
公爵令息エリオットはある日、男爵家の義姉妹の会話を耳にする。
何かを企んでいるらしい義妹。義妹をたしなめる義姉。
何をやらかすつもりか知らないが、泳がせてみて楽しもうと考えるが、男爵家の義妹は誰も予想できなかった行動に出て―――
義妹の脅迫!義姉の土下座!そして冴え渡るタックル!
果たしてエリオットは王太子とその婚約者、そして義妹を諫めようとする男爵令嬢を守ることができるのか?
嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
断罪される令嬢は、悪魔の顔を持った天使だった
Blue
恋愛
王立学園で行われる学園舞踏会。そこで意気揚々と舞台に上がり、この国の王子が声を張り上げた。
「私はここで宣言する!アリアンナ・ヴォルテーラ公爵令嬢との婚約を、この場を持って破棄する!!」
シンと静まる会場。しかし次の瞬間、予期せぬ反応が返ってきた。
アリアンナの周辺の目線で話しは進みます。