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嵐のようなジュリアン殿下の騒動が落ち着き、我がボロ家には、ようやく平穏な日常が戻ってきました。
マンドラゴラの叫び声も、今日はどこか穏やかで、毒蔦たちも日向ぼっこを楽しんでいるようです。
私は縁側に腰を下ろし、隣の家の庭で黙々と薪を割っているカシムの背中を、じっと見つめていました。
鍛え上げられた広背筋が、斧を振り下ろすたびに躍動します。
その無駄のない動き、まさに機能美の極致。
私は手に持った設計図(自作)と、カシムの背中を交互に見比べ、一つの「合理的結論」に達しました。
「……カシム、ちょっといいかしら。大事な話があるの」
私は意を決して立ち上がり、生け垣の境界線へと向かいました。
「……。なんだ、メーサ。また変な植物の種でも見つけたのか? 悪いが、今日は非番だが騎士団の報告書が残っているんだ」
カシムは斧を置き、タオルで汗を拭いながらこちらを向きました。
その瞳には、隠しきれない期待と、わずかな緊張が混じっているように見えます。
「いいえ、もっと個人的な……私の『将来』に関わる話よ」
私の真剣なトーンに、カシムが息を呑むのがわかりました。
彼は姿勢を正し、真っ直ぐに私を見つめ返しました。
「……将来、だと? ……そうか。お前がそこまで真面目な顔をするのは珍しいな。……聞こう。お前の言いたいこと、すべて受け止めるつもりだ」
「ありがとう、カシム。……実はね、私、ずっと考えていたの。このボロ家での生活は最高に自由だけれど、一つだけ、どうしても納得がいかない『欠陥』があるのよ」
「欠陥……? 屋根のことか? それなら俺が明日、補強してやる」
「違うの。……実は私、隣からあなたの家をずっと観察していて、気づいてしまったのよ」
私は一歩踏み出し、カシムの胸板を指差しました。
「カシム、実は私……あなたの家の方が、圧倒的に『生活動線』が優れていると思うの!」
「……。は?」
カシムが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。
「見てちょうだい! あなたの家のキッチンの配置、そして井戸から勝手口までの距離! さらに、寝室からテラスへの接続角度! あれはまさに、家事効率を最大化するために計算し尽くされた『黄金比』だわ!」
私は興奮気味に、手に持っていた自作の「カシム邸・間取り分析図」を広げました。
「私のボロ家は、トイレに行くたびに一旦外に出なきゃいけないけれど、あなたの家は違う。……カシム、私、あなたの家の『間取り』に恋をしてしまったみたいなの!」
沈黙が流れました。
遠くで、ララ様が「……あ、これ、一番言っちゃいけないパターンだ」と呟くのが聞こえました。
カシムは、広げられた設計図と、目を輝かせている私の顔を交互に見比べた後、深いため息をついて天を仰ぎました。
「……メーサ。お前。……今、俺に何を言っているかわかっているのか?」
「わかっているわよ! あなたの家の設計士を教えてほしいの。あるいは……その、合理主義的な観点から提案なんだけれど、私のボロ家とあなたの家を『連結』して、一つの巨大な高効率要塞にするというのはどうかしら?」
「連結だと……?」
「ええ! そうすれば、お互いの警備コストも削減できるし、何より私があなたの家の素晴らしいキッチンを自由に使えるようになるわ。これこそが、近隣住民としての究極の協力体制(アライアンス)よ!」
私は完璧な提案だと確信し、満面の笑みでガッツポーズを決めました。
しかし、カシムの反応は意外なものでした。
彼はガシッ、と私の両肩を掴み、そのまま自分の方へと引き寄せました。
「……メーサ。いいか、よく聞け。俺はお前の合理的な提案なんて、一文字も聞いていない」
「えっ、でも、キッチンが……」
「キッチンの話はやめろ。間取りの話もだ。……お前が俺の家に来たいというなら、連結なんて面倒な真似をする必要はない。そのまま、荷物をまとめて引っ越してくればいいだろうが」
カシムの顔が、これまでにないほど赤くなっていました。
それは、怒りではなく、もっと熱い、形にならない感情が溢れ出しているような色でした。
「……。引っ越すって、それじゃあ不法占拠になっちゃうじゃない」
「……。馬鹿か。不法占拠なわけがあるか。……『家族』になれば、占拠じゃなくなるんだよ。……いい加減に気づけ、この合理主義の塊め」
カシムはそう吐き捨てると、私の頭を乱暴に抱き寄せました。
彼の胸の鼓動が、驚くほど速く、私の耳に直接響いてきます。
「……。カシム、あなた、心拍数が平常時の1.5倍に跳ね上がっているわよ。健康上の問題かしら?」
「……。お前のせいだと言っているんだ、この鈍感令嬢が!」
カシムが私の耳元で叫び、そのままさらに強く抱きしめられました。
「……あ、あの……メーサ様、カシム様。……盛り上がっているところ申し訳ないのですが」
生け垣の陰から、ララ様とアンナが顔を出しました。
「……連結工事の予算案、私がすでに作成しておきました。カシム様の資産状況から逆算すると、来月の着工が合理的ですわ」
ララ様が、眼鏡(伊達)をクイッと上げながら、別の書類を掲げました。
「……。お前ら、いつからそこにいたんだ……!」
カシムが真っ赤な顔で離れましたが、その手はしっかりと私の手を握ったままでした。
「……ふふっ。いいじゃない、カシム。間取りも、あなたも、丸ごと私の生活に取り入れてあげるわ。……これからも、よろしくね」
私は、彼の手をギュッと握り返しました。
自由、自立、そして少しの計算違い。
私の新しい人生は、どうやら「連結」という名の、もっと賑やかで温かい場所へと続いていくようです。
夕日に照らされた二つの家の間で、私は今日一番の幸せな、そして少しだけ照れくさいガッツポーズを心の中で決めました。
マンドラゴラの叫び声も、今日はどこか穏やかで、毒蔦たちも日向ぼっこを楽しんでいるようです。
私は縁側に腰を下ろし、隣の家の庭で黙々と薪を割っているカシムの背中を、じっと見つめていました。
鍛え上げられた広背筋が、斧を振り下ろすたびに躍動します。
その無駄のない動き、まさに機能美の極致。
私は手に持った設計図(自作)と、カシムの背中を交互に見比べ、一つの「合理的結論」に達しました。
「……カシム、ちょっといいかしら。大事な話があるの」
私は意を決して立ち上がり、生け垣の境界線へと向かいました。
「……。なんだ、メーサ。また変な植物の種でも見つけたのか? 悪いが、今日は非番だが騎士団の報告書が残っているんだ」
カシムは斧を置き、タオルで汗を拭いながらこちらを向きました。
その瞳には、隠しきれない期待と、わずかな緊張が混じっているように見えます。
「いいえ、もっと個人的な……私の『将来』に関わる話よ」
私の真剣なトーンに、カシムが息を呑むのがわかりました。
彼は姿勢を正し、真っ直ぐに私を見つめ返しました。
「……将来、だと? ……そうか。お前がそこまで真面目な顔をするのは珍しいな。……聞こう。お前の言いたいこと、すべて受け止めるつもりだ」
「ありがとう、カシム。……実はね、私、ずっと考えていたの。このボロ家での生活は最高に自由だけれど、一つだけ、どうしても納得がいかない『欠陥』があるのよ」
「欠陥……? 屋根のことか? それなら俺が明日、補強してやる」
「違うの。……実は私、隣からあなたの家をずっと観察していて、気づいてしまったのよ」
私は一歩踏み出し、カシムの胸板を指差しました。
「カシム、実は私……あなたの家の方が、圧倒的に『生活動線』が優れていると思うの!」
「……。は?」
カシムが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。
「見てちょうだい! あなたの家のキッチンの配置、そして井戸から勝手口までの距離! さらに、寝室からテラスへの接続角度! あれはまさに、家事効率を最大化するために計算し尽くされた『黄金比』だわ!」
私は興奮気味に、手に持っていた自作の「カシム邸・間取り分析図」を広げました。
「私のボロ家は、トイレに行くたびに一旦外に出なきゃいけないけれど、あなたの家は違う。……カシム、私、あなたの家の『間取り』に恋をしてしまったみたいなの!」
沈黙が流れました。
遠くで、ララ様が「……あ、これ、一番言っちゃいけないパターンだ」と呟くのが聞こえました。
カシムは、広げられた設計図と、目を輝かせている私の顔を交互に見比べた後、深いため息をついて天を仰ぎました。
「……メーサ。お前。……今、俺に何を言っているかわかっているのか?」
「わかっているわよ! あなたの家の設計士を教えてほしいの。あるいは……その、合理主義的な観点から提案なんだけれど、私のボロ家とあなたの家を『連結』して、一つの巨大な高効率要塞にするというのはどうかしら?」
「連結だと……?」
「ええ! そうすれば、お互いの警備コストも削減できるし、何より私があなたの家の素晴らしいキッチンを自由に使えるようになるわ。これこそが、近隣住民としての究極の協力体制(アライアンス)よ!」
私は完璧な提案だと確信し、満面の笑みでガッツポーズを決めました。
しかし、カシムの反応は意外なものでした。
彼はガシッ、と私の両肩を掴み、そのまま自分の方へと引き寄せました。
「……メーサ。いいか、よく聞け。俺はお前の合理的な提案なんて、一文字も聞いていない」
「えっ、でも、キッチンが……」
「キッチンの話はやめろ。間取りの話もだ。……お前が俺の家に来たいというなら、連結なんて面倒な真似をする必要はない。そのまま、荷物をまとめて引っ越してくればいいだろうが」
カシムの顔が、これまでにないほど赤くなっていました。
それは、怒りではなく、もっと熱い、形にならない感情が溢れ出しているような色でした。
「……。引っ越すって、それじゃあ不法占拠になっちゃうじゃない」
「……。馬鹿か。不法占拠なわけがあるか。……『家族』になれば、占拠じゃなくなるんだよ。……いい加減に気づけ、この合理主義の塊め」
カシムはそう吐き捨てると、私の頭を乱暴に抱き寄せました。
彼の胸の鼓動が、驚くほど速く、私の耳に直接響いてきます。
「……。カシム、あなた、心拍数が平常時の1.5倍に跳ね上がっているわよ。健康上の問題かしら?」
「……。お前のせいだと言っているんだ、この鈍感令嬢が!」
カシムが私の耳元で叫び、そのままさらに強く抱きしめられました。
「……あ、あの……メーサ様、カシム様。……盛り上がっているところ申し訳ないのですが」
生け垣の陰から、ララ様とアンナが顔を出しました。
「……連結工事の予算案、私がすでに作成しておきました。カシム様の資産状況から逆算すると、来月の着工が合理的ですわ」
ララ様が、眼鏡(伊達)をクイッと上げながら、別の書類を掲げました。
「……。お前ら、いつからそこにいたんだ……!」
カシムが真っ赤な顔で離れましたが、その手はしっかりと私の手を握ったままでした。
「……ふふっ。いいじゃない、カシム。間取りも、あなたも、丸ごと私の生活に取り入れてあげるわ。……これからも、よろしくね」
私は、彼の手をギュッと握り返しました。
自由、自立、そして少しの計算違い。
私の新しい人生は、どうやら「連結」という名の、もっと賑やかで温かい場所へと続いていくようです。
夕日に照らされた二つの家の間で、私は今日一番の幸せな、そして少しだけ照れくさいガッツポーズを心の中で決めました。
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