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カシムと心が通じ合い、私の脳内ではすでに「二軒連結型要塞」の改築費用と節税対策の計算が終了していました。
「よし、カシム。まずは生け垣を撤去して、そこに共同の『毒蔦訓練場』を作りましょう。それから……」
私が意気揚々とプランを語り始めたその時、路地の入り口から、これまでで最も重厚な、そして聞き覚えのある蹄の音が近づいてきました。
現れたのは、王家の馬車をも凌ぐ豪華さを誇る、アトラス公爵家の紋章が刻まれた黒塗りの馬車でした。
「……お嬢様。あのお方は、肥料のセールスマンでも王子のストーカーでもありませんわ。本物の『ラスボス』の登場です」
アンナが表情を引き締め、私の背後に立ちました。
馬車から降りてきたのは、私の父であり、現アトラス公爵。
鉄仮面のような無表情と、歩くたびに威圧感を振りまく、我が家の「絶対権力者」です。
「……メーサ。このような掃き溜めで、何をうつつを抜かしている」
お父様の第一声は、周囲の空気を物理的に数度下げるほどの冷たさでした。
「お父様、ご機嫌よう。掃き溜めだなんて失礼ね。ここは私の『合理的な城』よ。ところで、今日は何の御用? もしかして、私の分の串焼きを買いに来てくださったの?」
「戯言を。……お前に新しい縁談を持ってきた。相手は隣国の有力貴族、ヴォルフガング伯爵だ。高齢だが資産は今の我が家の三倍。お前を『有能な秘書役』として迎えたいと言っている」
お父様は、私の意思を無視して、一枚の婚姻届を差し出しました。
「……秘書役? お父様、それは結婚ではなく『不当な労働力派遣』ではありませんか? 私の市場価値を資産額だけで判断するのは、極めて非合理的だわ」
私が反論しようとした瞬間、私の前に、大きな影が割り込みました。
「……公爵閣下。その縁談、私が騎士団長の権限において、全力で却下させていただきます」
カシムが、いつになく低い、それでいて揺るぎない声で言い放ちました。
「……カシム・ヴォルガードか。貴様、公爵家の内情に首を突っ込むつもりか。騎士団長とはいえ、一介の武官に我が家の令嬢を左右する権利はないはずだ」
お父様の鋭い視線がカシムを射抜きましたが、カシムは一歩も引きませんでした。
「権利ならあります。……私は現在、メーサ・ド・アトラス嬢と『人生の連結契約』……つまり、婚約の協議中ですので。閣下、お前の娘を、二度とあのような王宮の二の舞にするつもりはありません」
「協議中だと? メーサ、本当か」
お父様の視線が私に戻りました。
「ええ、本当よ! カシムの家は間取りが最高だし、何より彼は私の『毒見』を一生受けてくれると約束してくれたわ。ヴォルフガング伯爵なんて、計算外よ!」
「……。間取りだの毒見だの、相変わらず理解に苦しむ基準だな。……カシムよ、ならば証明してみせろ。公爵家の娘を養うだけの覚悟が、貴様にあるのかを」
お父様が静かに手を挙げました。
すると、馬車の影から公爵家専属の精鋭護衛たちが四人、音もなく現れました。
「私を納得させたければ、この者たちを三十秒以内に無力化してみせろ。……お前の『守る力』、言葉だけではないことを見せてもらおう」
「……。三十秒もいりませんよ。……メーサ、少し離れていろ」
カシムが腰の剣を、鞘ごと手に取りました。
抜剣はせず、あくまで「制圧」に徹する構え。
「カシム、頑張って! 勝ったら今日の夕食は特盛りの串焼きよ!」
私の応援が合図となったかのように、護衛たちが一斉にカシムに襲いかかりました。
しかし、カシムの動きは、私の「合理主義」をもってしても計測不可能なほど速く、正確でした。
バキッ、ドカッ、ガッ。
鈍い音が四回響き、カシムが元の位置に戻ったとき、時計の針は十秒も進んでいませんでした。
護衛たちは皆、急所を的確に打たれ、地面に這いつくばっていました。
「……。……ふん。腕だけは鈍っていないようだな」
お父様が、わずかに口角を上げたように見えました。
「お父様。カシムは強いわよ。それに、私の無茶苦茶なスケジュール管理にも耐えられる唯一の人材だわ。これ以上の『優良物件』、世界中探してもいないわ!」
私はカシムの腕をギュッと掴み、お父様を真っ直ぐに見据えました。
お父様はしばらく黙って私たちを見つめていましたが、やがて大きくため息をつき、婚姻届を懐にしまいました。
「……勝手にするがいい。……カシム、娘を泣かせるようなことがあれば、次はお前を王立図書館の『蔵書整理』の刑に処すよう、私から陛下に奏上するからな」
「……。肝に銘じておきます、閣下」
カシムが深く頭を下げました。
お父様は、一度も振り返ることなく馬車に乗り込み、去っていきました。
嵐のような訪問でしたが、去り際にアンナに「……娘を頼む」と呟いたのを、私は聞き逃しませんでした。
「……。ふぅ。メーサ、これで本当の、本当の自由だな」
カシムが安堵したように、私の頭を撫でました。
「ええ! お父様の承認も得たし、これで『連結工事』の障害はすべて取り除かれたわ! ララ様、今すぐ工事の最終見積もりを出してちょうだい!」
「はいっ、メーサ様! 特急で仕上げますわ!」
ララ様が元気よく返事をし、アンナが嬉しそうに涙を拭っています。
一悶着ありましたが、結果的には最高に合理的な決着となりました。
「さあ、カシム! お祝いに、生け垣を壊すわよ! 今日からここが、私たちの新しい『愉快な要塞』の建設予定地よ!」
私は夕空に向かって、これまでで一番大きく、そして一番幸せなガッツポーズを決めました。
「よし、カシム。まずは生け垣を撤去して、そこに共同の『毒蔦訓練場』を作りましょう。それから……」
私が意気揚々とプランを語り始めたその時、路地の入り口から、これまでで最も重厚な、そして聞き覚えのある蹄の音が近づいてきました。
現れたのは、王家の馬車をも凌ぐ豪華さを誇る、アトラス公爵家の紋章が刻まれた黒塗りの馬車でした。
「……お嬢様。あのお方は、肥料のセールスマンでも王子のストーカーでもありませんわ。本物の『ラスボス』の登場です」
アンナが表情を引き締め、私の背後に立ちました。
馬車から降りてきたのは、私の父であり、現アトラス公爵。
鉄仮面のような無表情と、歩くたびに威圧感を振りまく、我が家の「絶対権力者」です。
「……メーサ。このような掃き溜めで、何をうつつを抜かしている」
お父様の第一声は、周囲の空気を物理的に数度下げるほどの冷たさでした。
「お父様、ご機嫌よう。掃き溜めだなんて失礼ね。ここは私の『合理的な城』よ。ところで、今日は何の御用? もしかして、私の分の串焼きを買いに来てくださったの?」
「戯言を。……お前に新しい縁談を持ってきた。相手は隣国の有力貴族、ヴォルフガング伯爵だ。高齢だが資産は今の我が家の三倍。お前を『有能な秘書役』として迎えたいと言っている」
お父様は、私の意思を無視して、一枚の婚姻届を差し出しました。
「……秘書役? お父様、それは結婚ではなく『不当な労働力派遣』ではありませんか? 私の市場価値を資産額だけで判断するのは、極めて非合理的だわ」
私が反論しようとした瞬間、私の前に、大きな影が割り込みました。
「……公爵閣下。その縁談、私が騎士団長の権限において、全力で却下させていただきます」
カシムが、いつになく低い、それでいて揺るぎない声で言い放ちました。
「……カシム・ヴォルガードか。貴様、公爵家の内情に首を突っ込むつもりか。騎士団長とはいえ、一介の武官に我が家の令嬢を左右する権利はないはずだ」
お父様の鋭い視線がカシムを射抜きましたが、カシムは一歩も引きませんでした。
「権利ならあります。……私は現在、メーサ・ド・アトラス嬢と『人生の連結契約』……つまり、婚約の協議中ですので。閣下、お前の娘を、二度とあのような王宮の二の舞にするつもりはありません」
「協議中だと? メーサ、本当か」
お父様の視線が私に戻りました。
「ええ、本当よ! カシムの家は間取りが最高だし、何より彼は私の『毒見』を一生受けてくれると約束してくれたわ。ヴォルフガング伯爵なんて、計算外よ!」
「……。間取りだの毒見だの、相変わらず理解に苦しむ基準だな。……カシムよ、ならば証明してみせろ。公爵家の娘を養うだけの覚悟が、貴様にあるのかを」
お父様が静かに手を挙げました。
すると、馬車の影から公爵家専属の精鋭護衛たちが四人、音もなく現れました。
「私を納得させたければ、この者たちを三十秒以内に無力化してみせろ。……お前の『守る力』、言葉だけではないことを見せてもらおう」
「……。三十秒もいりませんよ。……メーサ、少し離れていろ」
カシムが腰の剣を、鞘ごと手に取りました。
抜剣はせず、あくまで「制圧」に徹する構え。
「カシム、頑張って! 勝ったら今日の夕食は特盛りの串焼きよ!」
私の応援が合図となったかのように、護衛たちが一斉にカシムに襲いかかりました。
しかし、カシムの動きは、私の「合理主義」をもってしても計測不可能なほど速く、正確でした。
バキッ、ドカッ、ガッ。
鈍い音が四回響き、カシムが元の位置に戻ったとき、時計の針は十秒も進んでいませんでした。
護衛たちは皆、急所を的確に打たれ、地面に這いつくばっていました。
「……。……ふん。腕だけは鈍っていないようだな」
お父様が、わずかに口角を上げたように見えました。
「お父様。カシムは強いわよ。それに、私の無茶苦茶なスケジュール管理にも耐えられる唯一の人材だわ。これ以上の『優良物件』、世界中探してもいないわ!」
私はカシムの腕をギュッと掴み、お父様を真っ直ぐに見据えました。
お父様はしばらく黙って私たちを見つめていましたが、やがて大きくため息をつき、婚姻届を懐にしまいました。
「……勝手にするがいい。……カシム、娘を泣かせるようなことがあれば、次はお前を王立図書館の『蔵書整理』の刑に処すよう、私から陛下に奏上するからな」
「……。肝に銘じておきます、閣下」
カシムが深く頭を下げました。
お父様は、一度も振り返ることなく馬車に乗り込み、去っていきました。
嵐のような訪問でしたが、去り際にアンナに「……娘を頼む」と呟いたのを、私は聞き逃しませんでした。
「……。ふぅ。メーサ、これで本当の、本当の自由だな」
カシムが安堵したように、私の頭を撫でました。
「ええ! お父様の承認も得たし、これで『連結工事』の障害はすべて取り除かれたわ! ララ様、今すぐ工事の最終見積もりを出してちょうだい!」
「はいっ、メーサ様! 特急で仕上げますわ!」
ララ様が元気よく返事をし、アンナが嬉しそうに涙を拭っています。
一悶着ありましたが、結果的には最高に合理的な決着となりました。
「さあ、カシム! お祝いに、生け垣を壊すわよ! 今日からここが、私たちの新しい『愉快な要塞』の建設予定地よ!」
私は夕空に向かって、これまでで一番大きく、そして一番幸せなガッツポーズを決めました。
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