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「……お嬢様。本日の朝食は、喉を通らないほど不味いニュースを添えてお届けします」
翌朝。爽やかな朝日を浴びて優雅にティーカップを持っていた私の元へ、マーサが「遺書」でも運んできたかのような顔で現れた。
「やめてちょうだい、マーサ。昨夜、せっかくアラルク様といい雰囲気だったのに、あの筋肉バカのせいで台無しになったのよ。これ以上、私の胃を荒らさないで」
「残念ながら、その胃にトドメを刺す報告です。セドリック様が、国王陛下に直接『ルルノとの婚約破棄を白紙に戻したい』と嘆願書を出しました。しかも、マリアンヌ様との婚約も一方的に解消すると宣言したそうです」
「ブッ――――!!」
二日連続の噴水ショーである。
私は口に含んだ最高級のアッサムティーを、今度はマーサの顔……ではなく、床の高級絨毯へとぶちまけた。
「何ですって!? あの男、正気なの!? マリアンヌちゃんを捨てて、私に戻る!? どのツラを下げて、どの筋肉を動かしてそんな寝言を言っているのよ!」
「さらに悪いことに、セドリック様は『ルルノは僕を愛するあまり、兄上を使って僕を嫉妬させようとしている。彼女を救えるのは僕だけだ!』と、涙ながらに訴えたそうです。陛下も『そんなに愛し合っているなら……』と、少し同情的になっているとか」
(お父様(国王様)も騙されないでぇぇ! あの男の涙は、ただの筋肉の汗よ!)
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
最悪だ。アラルク様との関係が「公認」になりつつあるこの時期に、王家の家長である国王様が「元サヤ」を推奨し始めたら、私の計画が根底から崩れてしまう。
「ルルノ・エルバート! 陛下がお呼びだ! さあ、僕たちの『真実の愛』を証明しに行こう!」
扉が豪快に蹴破られ、そこには満面の笑みを浮かべたセドリック様が立っていた。
……今日も無駄に胸元がはだけている。なぜこの男は、服を着るという基本的な礼儀を忘れるのか。
「……セドリック様。今すぐその開いた口と胸元を縫い合わせて差し上げましょうか? 一生、愛だの恋だの、あるいはプロテインだのと喋れないように」
「ははは! 今日も毒舌が冴えているね、ルルノ。その激しい気性こそが、僕への執着の証だ。さあ、王宮の広間へ行こう。父上も待っている」
強引に腕を掴まれ、私はズルズルと引きずられるようにして連行された。
王宮の大広間。そこには、眉間に深い皺を寄せた国王陛下と、なぜか「フフッ」と楽しそうに扇子で口元を隠すヴィクトリア王妃様、そして……。
この世の終わりを見つめるような、氷点下一万度の瞳をしたアラルク様がいた。
(……アラルク様! 助けて! 今すぐこの男を北の果ての強制労働施設へ叩き込んで!)
「ルルノよ。セドリックから話は聞いた。……お前は、この愚息を愛するあまり、アラルクを『当て馬』に使ってまで復縁を迫っているというのは本当か?」
国王陛下の重厚な問いかけに、広間がしんと静まり返った。
「陛下、誤解ですわ! 天と地がひっくり返っても、私がこの男を愛することなど……!」
「父上、見てください! 彼女は今、照れて顔を赤くしています! これが愛でなくて何だと言うのですか!」
セドリック様が、私の怒りで赤くなった顔を指差して叫ぶ。
「セドリック……。貴様、一度俺の剣でその余計な口を削ぎ落としてほしいようだな」
アラルク様がゆっくりと立ち上がった。その周囲には、物理的な冷気が渦巻いている。
「兄上、そんなに怖い顔をしないでください。ルルノが僕を選んだとしても、僕たちの兄弟の絆は不滅です。……さあルルノ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
セドリック様が両腕を広げる。
私は、人生で一番の「殺意」を込めて、隣に置いてあった水の入った水差しを掴んだ。
「――いい加減になさい、この筋肉達磨!!」
私は陛下たちの前であることを忘れ、セドリック様の顔面に水を浴びせた。
「冷たっ!? ルルノ、これはもしや……洗礼の儀式か!? 僕たちの新しい門出を祝う……!」
「いいえ。……汚染されたあなたの脳内を、少しでも浄化するための最低限の処置ですわ!」
私は陛下に向き直り、床に膝をついた。
「陛下! お聞きください! 私が愛しているのは、アラルク殿下ただお一人です! セドリック様との婚約なんて、私にとっては人生最大の汚点、黒歴史、一刻も早く抹消したいデータなんですの!」
「ほう、ルルノよ。そこまで言うか」
陛下が困惑したようにアラルク様を見た。
アラルク様は、私の方へ歩み寄ると、その大きな手で私の肩を抱き寄せた。
「父上。これ以上の茶番は不要です。……ルルノは俺が、正式に『第一王子の婚約者』として迎え入れると決めました。……セドリック、お前の身勝手な妄想で、俺の女をこれ以上汚すな」
アラルク様の力強い宣言に、広間がざわめく。
しかし、セドリック様はまだ諦めていなかった。
「……だったら、勝負です、兄上! どちらがルルノにふさわしいか、王家に伝わる『愛の試練』で白黒つけましょう!」
(……愛の試練? 嫌な予感しかしないわ……!)
アラルク様の腕の中で、私は自分の明るい未来が、再び怪しい雲行きになってきたことを悟った。
翌朝。爽やかな朝日を浴びて優雅にティーカップを持っていた私の元へ、マーサが「遺書」でも運んできたかのような顔で現れた。
「やめてちょうだい、マーサ。昨夜、せっかくアラルク様といい雰囲気だったのに、あの筋肉バカのせいで台無しになったのよ。これ以上、私の胃を荒らさないで」
「残念ながら、その胃にトドメを刺す報告です。セドリック様が、国王陛下に直接『ルルノとの婚約破棄を白紙に戻したい』と嘆願書を出しました。しかも、マリアンヌ様との婚約も一方的に解消すると宣言したそうです」
「ブッ――――!!」
二日連続の噴水ショーである。
私は口に含んだ最高級のアッサムティーを、今度はマーサの顔……ではなく、床の高級絨毯へとぶちまけた。
「何ですって!? あの男、正気なの!? マリアンヌちゃんを捨てて、私に戻る!? どのツラを下げて、どの筋肉を動かしてそんな寝言を言っているのよ!」
「さらに悪いことに、セドリック様は『ルルノは僕を愛するあまり、兄上を使って僕を嫉妬させようとしている。彼女を救えるのは僕だけだ!』と、涙ながらに訴えたそうです。陛下も『そんなに愛し合っているなら……』と、少し同情的になっているとか」
(お父様(国王様)も騙されないでぇぇ! あの男の涙は、ただの筋肉の汗よ!)
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
最悪だ。アラルク様との関係が「公認」になりつつあるこの時期に、王家の家長である国王様が「元サヤ」を推奨し始めたら、私の計画が根底から崩れてしまう。
「ルルノ・エルバート! 陛下がお呼びだ! さあ、僕たちの『真実の愛』を証明しに行こう!」
扉が豪快に蹴破られ、そこには満面の笑みを浮かべたセドリック様が立っていた。
……今日も無駄に胸元がはだけている。なぜこの男は、服を着るという基本的な礼儀を忘れるのか。
「……セドリック様。今すぐその開いた口と胸元を縫い合わせて差し上げましょうか? 一生、愛だの恋だの、あるいはプロテインだのと喋れないように」
「ははは! 今日も毒舌が冴えているね、ルルノ。その激しい気性こそが、僕への執着の証だ。さあ、王宮の広間へ行こう。父上も待っている」
強引に腕を掴まれ、私はズルズルと引きずられるようにして連行された。
王宮の大広間。そこには、眉間に深い皺を寄せた国王陛下と、なぜか「フフッ」と楽しそうに扇子で口元を隠すヴィクトリア王妃様、そして……。
この世の終わりを見つめるような、氷点下一万度の瞳をしたアラルク様がいた。
(……アラルク様! 助けて! 今すぐこの男を北の果ての強制労働施設へ叩き込んで!)
「ルルノよ。セドリックから話は聞いた。……お前は、この愚息を愛するあまり、アラルクを『当て馬』に使ってまで復縁を迫っているというのは本当か?」
国王陛下の重厚な問いかけに、広間がしんと静まり返った。
「陛下、誤解ですわ! 天と地がひっくり返っても、私がこの男を愛することなど……!」
「父上、見てください! 彼女は今、照れて顔を赤くしています! これが愛でなくて何だと言うのですか!」
セドリック様が、私の怒りで赤くなった顔を指差して叫ぶ。
「セドリック……。貴様、一度俺の剣でその余計な口を削ぎ落としてほしいようだな」
アラルク様がゆっくりと立ち上がった。その周囲には、物理的な冷気が渦巻いている。
「兄上、そんなに怖い顔をしないでください。ルルノが僕を選んだとしても、僕たちの兄弟の絆は不滅です。……さあルルノ、僕の胸に飛び込んでおいで!」
セドリック様が両腕を広げる。
私は、人生で一番の「殺意」を込めて、隣に置いてあった水の入った水差しを掴んだ。
「――いい加減になさい、この筋肉達磨!!」
私は陛下たちの前であることを忘れ、セドリック様の顔面に水を浴びせた。
「冷たっ!? ルルノ、これはもしや……洗礼の儀式か!? 僕たちの新しい門出を祝う……!」
「いいえ。……汚染されたあなたの脳内を、少しでも浄化するための最低限の処置ですわ!」
私は陛下に向き直り、床に膝をついた。
「陛下! お聞きください! 私が愛しているのは、アラルク殿下ただお一人です! セドリック様との婚約なんて、私にとっては人生最大の汚点、黒歴史、一刻も早く抹消したいデータなんですの!」
「ほう、ルルノよ。そこまで言うか」
陛下が困惑したようにアラルク様を見た。
アラルク様は、私の方へ歩み寄ると、その大きな手で私の肩を抱き寄せた。
「父上。これ以上の茶番は不要です。……ルルノは俺が、正式に『第一王子の婚約者』として迎え入れると決めました。……セドリック、お前の身勝手な妄想で、俺の女をこれ以上汚すな」
アラルク様の力強い宣言に、広間がざわめく。
しかし、セドリック様はまだ諦めていなかった。
「……だったら、勝負です、兄上! どちらがルルノにふさわしいか、王家に伝わる『愛の試練』で白黒つけましょう!」
(……愛の試練? 嫌な予感しかしないわ……!)
アラルク様の腕の中で、私は自分の明るい未来が、再び怪しい雲行きになってきたことを悟った。
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