崖っぷち令嬢、婚約破棄されました!

夏乃みのり

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王立アカデミーの卒業記念パーティーは、これ以上ないほどの熱気に包まれていた。

きらびやかなシャンデリアの光が、着飾った貴族令息令嬢たちの宝石やドレスに反射して、会場の隅々まで眩い光を投げかけている。

これから国を担う若者たちの輝かしい未来を祝うその席で、わたくし、ルミア・フォン・ヴァインベルクは一人、壁際のテーブルで静かにシャンパングラスを傾けていた。

「ルミア様、あちら…」

心配そうに声をかけてきたのは、数少ない友人のクロエだ。
彼女の視線の先には、この国の王太子であり、わたくしの婚約者であるアレス殿下が、聖女リリアナを伴って仲睦まじげに談笑している姿があった。

「ええ、見ているわ」

わたくしが答えると、クロエはますます眉をひそめる。

「見ているって…!婚約者であるルミア様を差し置いて、あんな…!一言言ってやらなくては!」

「いいのよ、クロエ。もうすぐだから」

「えっ?もうすぐって、何が…」

クロエが戸惑いの声を上げた、その時だった。
会場の中央に進み出たアレス殿下が、凛とした声で叫んだのだ。

「皆、静粛に!ここにいる、ヴァインベルク公爵令嬢ルミアに話がある!」

その声に、会場の喧騒がぴたりと止む。
全ての視線が、アレス殿下と、そして壁際に立つわたくしに突き刺さる。

(キターーー!待ってましたわ、この瞬間を!)

内心でガッツポーズをするわたくしとは裏腹に、隣のクロエは顔面蒼白だ。

アレス殿下は、聖女リリアナの肩を優しく抱き寄せると、悲劇のヒーロー然とした表情で、高らかに宣言した。

「ルミア・フォン・ヴァインベルク!君との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」

会場が、どよめきに包まれる。
令嬢たちの扇子が忙しなく動き、令息たちは固唾をのんで成り行きを見守っている。

「君は、心優しくか弱きリリアナに嫉妬し、数々の嫌がらせを行った!教科書を隠し、ドレスを汚し、階段から突き落とそうとしたこともあったな!そんな悪逆非道な女を、未来の王妃にはできん!」

(…はて?全く身に覚えがありませんわね)

わたくし、ここ半年ほど、卒業研究である「魔力循環式全自動窓拭き機」の開発に没頭し、ほとんど研究室に籠りきりだったはずだ。

アレス殿下の言葉に、リリアナは待ってましたとばかりにしくしくと泣き始める。
その健気な姿に、一部の令息たちが同情的な視線を送っている。

「そ、そんな…ルミア様が…」

クロエがわなわなと震えている。
わたくしはそんな彼女を片手で制すると、優雅なカーテシーとともに、アレス殿下の前に進み出た。

「殿下」

「なんだ!今更謝っても遅いぞ!」

「いいえ。殿下のお申し出、謹んでお受けいたしますわ」

「……は?」

アレス殿下は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で固まっている。
会場のざわめきも、一瞬にして静まり返った。
きっと、わたくしが泣いて許しを乞うか、怒り狂ってリリアナに掴みかかるか、そんな展開を期待していたのだろう。

「お受け…するのか?」

「はい。喜んで」

わたくしはにっこりと、作り物めいた完璧な淑女の笑みを浮かべてみせた。
すると、アレス殿下の顔がみるみるうちに赤くなっていく。

「な、なんだその態度は!悔しくないのか!」

「悔しい?まさか。殿下こそ、ご自身の立場を正しくご理解された方がよろしいかと」

「な、なんだと!?」

「つきましては、婚約破棄に伴う慰謝料、並びに手切れ金について、後日改めてお話を伺ってもよろしいですわよね?」

わたくしは、事務的な口調で続ける。

「もちろん、これまでヴァインベルク公爵家が王家に対して行ってきた多額の投資や、緊急時の貸付金の即時返済についても、父から改めて書状が届くかと存じますわ」

「なっ…!き、汚いぞ!金の話など!」

「まあ、ご自分で蒔いた種ではございませんか。それから、先ほどわたくしが行ったという嫌がらせの件ですが」

わたくしは会場をぐるりと見渡す。

「証拠は、おありなのでしょうか?もしないのであれば、それは王太子というお立場を利用した、ヴァインベル-ク公爵家に対する重大な侮辱と受け取りますが」

「ぐっ…!」

アレス殿下が言葉に詰まる。
それもそのはず、全てはリリアナが「ルミア様に意地悪されたの」と涙ながらに訴えただけの、根も葉もない言いがかりなのだから。

「それに、わたくしがリリアナ様を階段から突き落とそうとしたという日、わたくしは魔道具開発の最終調整で、丸一日、魔術師ギルド長のゼノン・アークライト公爵と共に研究室におりましたわ。必要であれば、彼に証言を願いましょうか?」

「ゼノン公爵だと!?」

変人と名高い、あの天才魔術師の名が出た途端、アレス殿下の顔から完全に血の気が引いた。

会場のあちこちから、「そういえば、ヴァインベルク嬢を最近見かけなかったな」「むしろ聖女様の方が、殿下の権威を笠に着て…」「しーっ!聞こえるぞ!」などと、ひそひそ話が聞こえてくる。

流れが完全に変わったことを察したのだろう。
今まで泣いていたリリアナが、おずおずと口を開いた。

「る、ルミア様、ごめんなさい…!でも、アレス様と私の愛は、本物なんですぅ…!」

(ええ、どうぞご勝手に)

「左様でございますか。それは大変結構なことで」

わたくしはもう一度、完璧なカーテシーを披露する。

「では、わたくしはこれにて失礼いたします。今後の王国の安寧と、お二人の輝かしい未来を、心よりお祈り申し上げますわ」

そう言い残し、わたくしは呆然と立ち尽くすアレス殿下とリリアナ、そして固唾をのんで見守る人々を背に、会場の巨大な扉へと向かった。

クロエが慌てて後を追ってくる。

「ルミア様!お待ちください!」

「ああ、クロエ。ありがとう。でも、もう大丈夫よ」

扉の前で振り返り、わたくしは彼女に微笑みかける。
それは、令嬢ルミア・フォン・ヴァインベルクの仮面を脱ぎ捨てた、心からの笑顔だった。

「さあ、帰りましょう。明日から、忙しくなるわ!」

明日から、わたくしはただのルミア。
ずっと夢見ていた、わたくしだけの小さなお城を作るのだ。

扉を開けると、ひんやりとした夜風が頬を撫でた。
それはまるで、新しい人生の始まりを告げる、祝福の風のように感じられた。
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