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大ホールの中央。
学園で最も権勢と人気を誇る三人の男が、一人の女を巡って、一触即発の火花を散らしていた。
「離せ、ギルバート! ルシアン! 彼女は私の婚約者だ!」
皇太子アルフォンスが、威厳を持って叫ぶ。
「フン。婚約者だろうが関係ねえ。こいつが踊りたいのは、俺だ」
騎士ギルバートが、獰猛な笑みで応酬する。
「おや、二人とも。彼女の知的好奇心を、最も満たせるのは、私だと思うがね?」
魔術師ルシアンが、楽しそうに目を細める。
周囲の生徒たちは、息を呑んで、この修羅場(逆ハーレム)の行方を見守っていた。
「きゃー! どうなるの!?」
「セレスティナ様、一体、誰を選ぶの……!?」
その、カオスの中心で。
セレスティナ・フォン・ヴァイスハイトは。
(……うるさい)
(……面倒だわ。本当に、うるさい)
彼女の頭脳は、この人生最大の面倒事を、いかに最小限の労力で回避するか、それだけを、高速で計算していた。
(誰か一人を選べば、残りの二人が、後々まで面倒だわ)
(かといって、全員と順番に踊るなど、面倒の極み)
(ならば、取るべき道は、一つ)
セレスティナは、完璧な淑女の笑み(無表情)を、三人に均等に向けた。
「皆様」
その、凛とした声に、三人の男たちが、ぴたりと動きを止める。
全員が、彼女が自分を選ぶと、確信していた。
「皆様方のお申し出、大変光栄に存じますわ」
セレスティナは、まず、完璧なカーテシーで、場を収めた。
「ですが、わたくしの体は、一つしかございません。このままでは、皆様のお顔を立てることもできず、何より、パーティーの進行を妨げてしまいますわ」
「(うむ……! なんて、周囲への配慮……!)」
アルフォンスが、彼女の気高さに、早くも感動している。
「そこで、ご提案がございます」
三人が、ゴクリと息を呑む。
「皆様、公平を期すため、くじ引きでは、いかがでしょう?」
「「「…………は?」」」
三人の男たちの、間の抜けた声が、綺麗にハモった。
予想だにしなかった、あまりにも斬新な提案に、観衆も、ざわめく。
「く、くじ引き、ですって……!?」
「あの三人を、運で……!?」
アルフォンスが、最初に、我に返った。
「(くじ引きだと!? この私を、皇太子である私を、運任せに!?)」
一瞬、屈辱に顔を歪ませたが、すぐに、彼のポジティブ回路が作動する。
「(いや、しかし! 公平を期す、という彼女の判断は、未来の国母として完璧だ! そして、天は、必ず、私を選ぶに決まっている!)」
「……フン。面白い」
ギルバートが、口の端を吊り上げた。
「(皇太子も、天才も、関係ねえ、運勝負か。上等だ! 受けて立つ!)」
「……ククッ」
ルシアンが、肩を揺らして笑った。
「(なるほど。確率論か。我々のプライドを、誰も傷つけない、実に合理的な解決策だ。彼女らしい)」
三者三様、全員が、この提案を(自分に都合よく解釈して)受け入れた。
「「「よかろう(いいだろう/上等だ)!」」」
その瞬間。
セレスティナの「回避術」は、すでに、発動していた。
「よし! では、すぐに王家の紋章入りのくじを用意させ……」
「待てよ、皇太子! そんなんじゃ、イカサマし放題だ!」
「いや、私が、三色の光の魔術を生成しよう。それが、一番公平だね」
「なんだと、ルシアン!」
「お前が、イカサマしないと、誰が言える!」
三人の男たちが、「くじ引きの方法」という、新たな論争(面倒事)に、夢中になった。
彼らの意識は、もはや、セレスティナには向いていなかった。
(……今だわ)
セレスティナは、誰にも気づかれぬよう、音もなく、その場から、一歩、二歩と後ずさる。
彼女の視線の先には、目をキラキラさせて、三人の論争を見守っている、ミレイナの姿があった。
(きゃー! くじ引きの方法まで、情熱的ですわ!)
セレスティナは、そのミレイナの背後に、すっと回り込むと、優しく、彼女の手を取った。
「!」
「ミレイナさん」
「は、はい! セレスティナ様!?」
突然、憧れの人物に手を取られ、ミレイナは、顔を真っ赤にして、飛び上がった。
セレスティナは、彼女にだけ聞こえる声で、優雅に微笑みかける。
そして、ホールのはるか彼方、きらびやかなデザートビュッフェのテーブルを、そっと指さした。
「さあ、ミレイナさん」
「わたくしたちは、あちらのケーキでも、頂きましょう」
「え……! あ……! はい!」
(セレスティナ様と、お二人で、ケーキ……!)
ミレイナは、人生最高の幸福に、うっとりと頷いた。
「皆様、どうぞ、ごゆっくりと、くじをお決めになってくださいまし」
セレスティナは、論争に夢中な三人の背中に、そう声をかけると、返事も待たずに、踵を返した。
そして、ミレイナの手を引いたまま、人混みの中へと、華麗に、消えていった。
「――よし! では、ルシアンの魔術で、決着をつけよう!」
「フン。誰が引いても、文句は言うなよ」
「ああ、実に楽しみだ……」
三人が、ようやく結論を出し、誇らしげに、セレスティナがいた場所を振り返る。
そこには、誰もいなかった。
「「「…………」」」
「……あれ?」
アルフォンスが、辺りを見回す。
ギルバートが、舌打ちをする。
ルシアンが、きょとんとする。
三人は、すぐに、ホールの隅で、優雅にケーキを吟味している、銀髪の後頭部を見つけた。
彼女の隣では、ミレイナが、幸せそうに、イチゴのタルトを頬張っている。
「(……ああ。チョコレートのミルフィーユも、美味しそうだわ)」
セレスティナは、今夜初めて、心の底から、穏やかな表情を浮かべていた。
「「「(……逃げられた……!?)」」」
三人の男たちは、大ホールのど真ん中で、呆然と、立ち尽くすしかなかった。
「(な、なんと……! 我々が争っている間に、聖女をエスコートするとは! なんという、レディファースト……! いや、違う! これは、『くじ引きが終わるまで、あちらでお待ちしておりますわ』という、彼女なりの、高度な合図だ!)」
アルフォンスが、盛大に勘違いを上塗りする。
「(……あの女。俺たちを、撒きやがった。……フン。面白え。ますます、手に入れたくなったぜ)」
ギルバートが、獰猛な笑みを深める。
「(あはは! やられた! 『くじ引き』は、我々の注意を逸らすための、『陽動』だったというわけか! なんて、クレバーなんだ、彼女は!)」
ルシアンが、心の底から、愉快そうに笑う。
彼女の、ただの「面倒事からの現実逃避」は。
三人の男たちには、「塩対応の回避術」という名の、超高度な駆け引きにしか、見えていなかった。
学園で最も権勢と人気を誇る三人の男が、一人の女を巡って、一触即発の火花を散らしていた。
「離せ、ギルバート! ルシアン! 彼女は私の婚約者だ!」
皇太子アルフォンスが、威厳を持って叫ぶ。
「フン。婚約者だろうが関係ねえ。こいつが踊りたいのは、俺だ」
騎士ギルバートが、獰猛な笑みで応酬する。
「おや、二人とも。彼女の知的好奇心を、最も満たせるのは、私だと思うがね?」
魔術師ルシアンが、楽しそうに目を細める。
周囲の生徒たちは、息を呑んで、この修羅場(逆ハーレム)の行方を見守っていた。
「きゃー! どうなるの!?」
「セレスティナ様、一体、誰を選ぶの……!?」
その、カオスの中心で。
セレスティナ・フォン・ヴァイスハイトは。
(……うるさい)
(……面倒だわ。本当に、うるさい)
彼女の頭脳は、この人生最大の面倒事を、いかに最小限の労力で回避するか、それだけを、高速で計算していた。
(誰か一人を選べば、残りの二人が、後々まで面倒だわ)
(かといって、全員と順番に踊るなど、面倒の極み)
(ならば、取るべき道は、一つ)
セレスティナは、完璧な淑女の笑み(無表情)を、三人に均等に向けた。
「皆様」
その、凛とした声に、三人の男たちが、ぴたりと動きを止める。
全員が、彼女が自分を選ぶと、確信していた。
「皆様方のお申し出、大変光栄に存じますわ」
セレスティナは、まず、完璧なカーテシーで、場を収めた。
「ですが、わたくしの体は、一つしかございません。このままでは、皆様のお顔を立てることもできず、何より、パーティーの進行を妨げてしまいますわ」
「(うむ……! なんて、周囲への配慮……!)」
アルフォンスが、彼女の気高さに、早くも感動している。
「そこで、ご提案がございます」
三人が、ゴクリと息を呑む。
「皆様、公平を期すため、くじ引きでは、いかがでしょう?」
「「「…………は?」」」
三人の男たちの、間の抜けた声が、綺麗にハモった。
予想だにしなかった、あまりにも斬新な提案に、観衆も、ざわめく。
「く、くじ引き、ですって……!?」
「あの三人を、運で……!?」
アルフォンスが、最初に、我に返った。
「(くじ引きだと!? この私を、皇太子である私を、運任せに!?)」
一瞬、屈辱に顔を歪ませたが、すぐに、彼のポジティブ回路が作動する。
「(いや、しかし! 公平を期す、という彼女の判断は、未来の国母として完璧だ! そして、天は、必ず、私を選ぶに決まっている!)」
「……フン。面白い」
ギルバートが、口の端を吊り上げた。
「(皇太子も、天才も、関係ねえ、運勝負か。上等だ! 受けて立つ!)」
「……ククッ」
ルシアンが、肩を揺らして笑った。
「(なるほど。確率論か。我々のプライドを、誰も傷つけない、実に合理的な解決策だ。彼女らしい)」
三者三様、全員が、この提案を(自分に都合よく解釈して)受け入れた。
「「「よかろう(いいだろう/上等だ)!」」」
その瞬間。
セレスティナの「回避術」は、すでに、発動していた。
「よし! では、すぐに王家の紋章入りのくじを用意させ……」
「待てよ、皇太子! そんなんじゃ、イカサマし放題だ!」
「いや、私が、三色の光の魔術を生成しよう。それが、一番公平だね」
「なんだと、ルシアン!」
「お前が、イカサマしないと、誰が言える!」
三人の男たちが、「くじ引きの方法」という、新たな論争(面倒事)に、夢中になった。
彼らの意識は、もはや、セレスティナには向いていなかった。
(……今だわ)
セレスティナは、誰にも気づかれぬよう、音もなく、その場から、一歩、二歩と後ずさる。
彼女の視線の先には、目をキラキラさせて、三人の論争を見守っている、ミレイナの姿があった。
(きゃー! くじ引きの方法まで、情熱的ですわ!)
セレスティナは、そのミレイナの背後に、すっと回り込むと、優しく、彼女の手を取った。
「!」
「ミレイナさん」
「は、はい! セレスティナ様!?」
突然、憧れの人物に手を取られ、ミレイナは、顔を真っ赤にして、飛び上がった。
セレスティナは、彼女にだけ聞こえる声で、優雅に微笑みかける。
そして、ホールのはるか彼方、きらびやかなデザートビュッフェのテーブルを、そっと指さした。
「さあ、ミレイナさん」
「わたくしたちは、あちらのケーキでも、頂きましょう」
「え……! あ……! はい!」
(セレスティナ様と、お二人で、ケーキ……!)
ミレイナは、人生最高の幸福に、うっとりと頷いた。
「皆様、どうぞ、ごゆっくりと、くじをお決めになってくださいまし」
セレスティナは、論争に夢中な三人の背中に、そう声をかけると、返事も待たずに、踵を返した。
そして、ミレイナの手を引いたまま、人混みの中へと、華麗に、消えていった。
「――よし! では、ルシアンの魔術で、決着をつけよう!」
「フン。誰が引いても、文句は言うなよ」
「ああ、実に楽しみだ……」
三人が、ようやく結論を出し、誇らしげに、セレスティナがいた場所を振り返る。
そこには、誰もいなかった。
「「「…………」」」
「……あれ?」
アルフォンスが、辺りを見回す。
ギルバートが、舌打ちをする。
ルシアンが、きょとんとする。
三人は、すぐに、ホールの隅で、優雅にケーキを吟味している、銀髪の後頭部を見つけた。
彼女の隣では、ミレイナが、幸せそうに、イチゴのタルトを頬張っている。
「(……ああ。チョコレートのミルフィーユも、美味しそうだわ)」
セレスティナは、今夜初めて、心の底から、穏やかな表情を浮かべていた。
「「「(……逃げられた……!?)」」」
三人の男たちは、大ホールのど真ん中で、呆然と、立ち尽くすしかなかった。
「(な、なんと……! 我々が争っている間に、聖女をエスコートするとは! なんという、レディファースト……! いや、違う! これは、『くじ引きが終わるまで、あちらでお待ちしておりますわ』という、彼女なりの、高度な合図だ!)」
アルフォンスが、盛大に勘違いを上塗りする。
「(……あの女。俺たちを、撒きやがった。……フン。面白え。ますます、手に入れたくなったぜ)」
ギルバートが、獰猛な笑みを深める。
「(あはは! やられた! 『くじ引き』は、我々の注意を逸らすための、『陽動』だったというわけか! なんて、クレバーなんだ、彼女は!)」
ルシアンが、心の底から、愉快そうに笑う。
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