ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

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カフェ・アルケミスタが開店して一月が過ぎた。

おかげさまで店はすっかり軌道に乗り、騎士団員や近隣の商人たちを中心に、多くの常連客で賑わうようになっていた。

しかし、ある日の昼下がり、マリアンはカウンターに頬杖をつきながら、ふとため息を漏らした。

「……どうも、華がないわねぇ」

店内を見渡せば、テーブル席で腕っぷしの自慢話に花を咲かせる屈強な騎士たち。カウンターでは、パン屋の主人と仕立て屋の女将が商売の情報交換をしている。そして隅の席では、いつものように騎士団長様が、仏頂面で報告書とにらめっこ中だ。

「何言ってるんですか、マスター。これだけ繁盛してるんだから、言うことなしでしょうが」

洗い物をしていたカイが、不思議そうに言った。

「ええ、繁盛していることには、心から感謝しているわ。でもね、カイ。お客様が、あまりにもむさ苦……いえ、男性に偏りすぎていると思わない?」

マリアンの言葉に、カイは改めて店内を見渡し、そして納得したように頷いた。

「確かに……。まるで男の酒場みたいですな。お花が足りませんな、お花が」

「でしょう? やはりカフェたるもの、女性のお客様が優雅にお茶を楽しめるような空間でなくては。よし、決めましたわ!」

マリアンはぱんと手を打つと、きりりとした表情で宣言した。

「もっと女性のお客様に喜んでいただけるような、見た目も華やかで、心ときめく新作スイーツを開発します!」



その日から、マリアンの厨房での戦いが始まった。

「うーん、この生地は色がくすんでしまったわね。却下よ」

「これは甘すぎるわ。もっと上品な甘さにしないと」

「形が不揃い! これではお客様には出せません!」

彼女は、持ち前の探求心と完璧主義を発揮し、夜遅くまで試行錯誤を繰り返した。失敗作の山が、カイの胃袋へと次々に消えていく。

転機が訪れたのは、ある雨上がりの午後だった。

厨房の窓から差し込んだ太陽の光が、テーブルに置かれたガラスのコップを通り抜け、壁に小さな七色の光――虹を映し出した。

「……虹」

その美しい光の帯を、マリアンはしばらく見つめていたが、やがてその翠色の瞳が、ぱっと輝きを放った。

「これよ……! これだわ!」

彼女はすぐさま調理台に向かうと、新しい挑戦を始めた。

ラズベリーで赤色を、カボチャで黄色を、ピスタチオで緑色を、ブルーベリーで紫色を。天然の素材だけを使い、生地そのものに美しい色をつけていく。

そして、それぞれの生地の間に挟むクリームも、色に合わせて、甘酸っぱいレモンクリーム、香り高いローズクリーム、濃厚なチョコレートクリームと、一つ一つ味を変えていった。

数日後。

カフェ・アルケミスタのショーケースには、まるで宝石箱をひっくり返したかのような、色とりどりの小さな円盤が並んでいた。

「新作、『虹色マカロン』です!」

その可憐な見た目は、瞬く間に王都の女性たちの心を鷲掴みにした。

「まあ、なんて可愛らしいお菓子なの!」
「食べるのがもったいないくらい綺麗ですわ!」
「見て! 色ごとに全部味が違うのよ! なんて素敵なんでしょう!」

カイが流した情報も手伝い、噂はあっという間に広まった。これまで店を遠巻きに見ていた若い女性や、好奇心旺盛な貴族の令嬢たちが、次から次へと店に押し寄せてきたのだ。

むさ苦しかった店内は、一気に華やかなドレスと、甲高い笑い声で満たされるようになった。



そんな店の変化に、一番戸惑っていたのは、常連客筆頭のあの男だった。

いつものように店にやってきたアレクシスは、満席の店内と、自分を見てひそひそと噂話をする女性客たちに、居心地悪そうに眉をひそめた。

「……騒々しいな」

いつもの席に着くと、彼はカウンターに並べられたカラフルな菓子――虹色マカロンを、訝しげな目つきで一瞥した。

「新作ですわ、騎士団長様。今、女性のお客様に大変な人気なのですよ」

マリアンがにこやかに説明するが、アレクシスはふん、と鼻を鳴らした。

「……子供だましの菓子だな。俺には、いつもの(地味なバタークッキー)でいい」

そう言って、彼はいつも通りコーヒーを飲み、報告書に目を通し始めた。しかし、その視線が、時折ちらちらと、宝石のように輝くマカロンに向けられていることに、マリアンは気づいていた。

やがてコーヒーを飲み干し、アレクシスは席を立った。

いつも通り、無言で代金を置き、店を出ていく。

……かと思われた。

彼は、出口のドアに手をかけたまま、マリアンに背を向けた状態で、ぽつりと言った。

「……あの、七色の菓子」

「はい?」

「……部下たちへの、差し入れにしたい。甘いものが好きな軟弱な奴らがいてな」

マリアンは、思わず吹き出しそうになるのを必死でこらえた。カウンターの陰で、カイの肩がぷるぷると震えている。

「全種類、一つずつ。急ぎで包んでくれ」

「はい、かしこまりました!」

マリアンは、満面の笑みで返事をすると、一番綺麗な化粧箱に、七色のマカロンを丁寧に詰めていった。

箱を受け取ったアレクシスは、一度も振り返ることなく、しかしどこか慌てたような足早で、屯所へと帰っていく。その大きな背中が、なんだかウキウキしているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。

「ふふっ。団長様も、本当に可愛いところがおありになるのね」

「マスター、団長様の胃袋だけじゃなく、ついに乙女心まで掴んじまいましたな!」

新作スイーツの大成功は、カフェ・アルケミスタに新しい風を吹き込み、そして、無愛想な騎士団長の、また新たな一面をマリアンに教えてくれたのだった。
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